鶏が空を飛んだ夜
既に3月も半ば近く、まさに三寒四温、桜開花の報もちらほらの折、その夜は月が一月後戻りしたのではないかと思えるほどの、膨らみ始めた冬芽も凍てつく寒い夜であった。午後十一時過ぎ、私は、自宅最寄の私鉄の駅を降りて、徒歩で自宅に向かっていた。
コートの襟を立てても、首筋に注ぎこんでくる冷気が肌を刺す。
「女房はともかく、娘の詩織はもうとっくに寝ているはずだ」
駅周辺の商店、居酒屋にはまだ灯が入っている。中でも、店頭に並ぶ蜜柑に注ぐ、果実店の裸電球の光が目にまぶしい。この郊外の街はまだまだ宵の口である。駅から放射状に延びる5本の道のそれぞれを、電車を降りた人々の誰も彼もが背中を丸めて家路を急ぐ。