猫の幽霊
朝、学校へ通学しているときだった。
この日は晴天で、太陽が強く輝いていた。小夜子は後頭部あたりに強い日差しを感じ、髪がちりちりと焼けるのではないかと心配する。四月に入り、すっかり桜の季節だと思った矢先に夏の猛暑を連想させる天気だった。
小夜子は歩きながら、ふと道端に何かが転がっていることに気がついた。近づいて見てみると、それは猫の死体だった。少し高いところから落ちて首の骨を折ってしまったのか、ありえない方向に首が曲がったままアスファルトの地面に横たわっている。
もしもこれが普通の人間であれば、無視して通りすぎるか、保健所などに通報して終わりである。けれども小夜子は奇妙なことに、そのどちらも行動に移すことはなく、きょろきょろと何かを探すように周りを見始めた。
「見つけた」
小夜子は塀の上ですやすやと寝ている黒い猫を見つけると、起こさないようにそっと近づいた。
「猫さん、猫さん」
周囲に人がいないか気にしながら、小夜子は黒猫にそっと話しかけた。話しかけられた猫はうっすらと目を開けて小夜子の顔を確認した。
「なんだい」
猫は不思議そうな顔しながら、小夜子の言葉に返事する。
「ちょっと言いにくいことなんだけど、あそこで転がっているもの見てもらってもいいかな」
「ふーん。べつにいいけど」
猫は言われるがまま近づいて見てみると、尻尾をぴんっと立てて全身の毛を震わせた。
「死んでるじゃないか!」
「そうなんです」
「僕はいつの間に死んでしまったんだ?」
「ごめんなさいそれは私にもちょっと」
猫は自分が死んだという事実を知り、落胆してしまう。しかし、そういう性格なのかそれともすべての猫に言えることなのかあっさりと立ち直り、あくびさえ浮かび始めた。
「まあしょうがないか」
それからすたすたと自分の死体を乗り越えて歩いていく。
それは小夜子にとって珍しくない光景だった。猫や犬の死体を見かければ、基本的にはその近くにその本人の霊が寝ていたりぼけっとしていたりしていることが多かった。そうした霊というのは不思議なもので、自分が死んでいると自覚していないのである。小夜子がそのことを教えてあげると、本人たちも納得して、あっさりと成仏してしまうのである。
動物の霊というのは不思議なもので、冥土への行き方を本能的に知っているのか、自分の死体を乗り越えてひたすら一方方向に向かって歩いていく、途中壁があっても幽霊なので通り抜けて、とにかくひたすら歩いていくのである。
どうやら冥土への道というのは自分の死体の向こう側にあるようで、一度興味があった小夜子はそのあとを追いかけたことがあったが、追いかけている途中で霞がかかったかのようにぼやけて消えてしまった。現在の目の前で去っていく猫も、どこかでこの世から消えていくのだろう。
ちなみに人間の場合だと動物と違って冥土への行き方も分かっておらず、それどころが自分が死んだという事実に対して憤慨するケースが、小夜子の経験上多かった。そういう人間に出会った場合はできる限りその死を悼むように手を合わせたりし、あなたの死に対して悲しんでいますというアピールをすると、納得して落ち着いていくれる。それからしばらくは自分の死体を追いかけたり、大事な家族の様子を見守ったりしたあと、葬式が終わったあたりで自然と消えていることが多い。長くても四十九日を過ぎれば大抵はきれいさっぱりと成仏している。
ふと猫は歩きを止めて、半身だけこちらの方を振り向いた。
「きみ、お腹の中に変なの抱えているね」
「えっ?」
「人間の子供って感じじゃないね」
「分かるの?」
「うん。まるでイタチの形してる」
「イタチの・・・・」
「教えてくれたお礼に言うけど、もうすぐ生まれるよ」
猫はそれだけ告げると、塀を通り抜けて見えなくなった。
小夜子は猫に言われたことが頭の中でも何度も繰り返され、呆然と立ち尽くした。
「もうすぐ...もうすぐ生まれる」
それは小夜子にとって覚悟していたことだった。だが、こうして唐突にその瞬間が来ると教えられるとさすがに小夜子も動揺をせざる得なかった。
小夜子は自分の心臓が高まるのを感じていた。
「もうすぐあなたに会えるのね・・・」