第八話
今回も微妙にアクション?シリアス?です。コメディのはずが…すみません。念のためR15タグ追加しておきました。
さてさてただいま俺は絶賛後悔中なのであった。
とりあえず状況説明でもさせてください。あっ興味のない人は読み飛ばしてね。
今までのあらすじ
第一話:魔族の女の子こと鬼畜美少女イーリスに告白された俺。
第二話:魔王とイーリスに刃物を突きつけられた俺。
第三話:無理やり魔族と契約することになった俺。
第四話:勇者に攫われた魔王の弟セシルの奪還を仰せつかった俺。
第五話:家畜小屋にいるドM使い魔にドン引きした俺。
第六話:勇者ハロルドの領地に移動してちょっとセンチメンタルな気持ちになった俺。
そして前回。
第七話:業者のふりして勇者ハロルドの塔に侵入したはいいけど、草葉の陰で彼の不幸話に涙した俺。
ええそれだけだったのならまだよかったんですけどね。
塔内部で魔王の弟セシルの捜索に向かっていたはずの同僚兼先輩の下僕22号(犬)が突然勇者ハロルドがいる応接室に駆け出して。俺は何も考えずに飛び出してしまったのだ。
そして今に至る。
「お前は畜産業者の男じゃないか、ここで何をしている」
勇者ハロルドは隣にいる少女セシル(魔王の弟)を庇うような形で俺を睨んだ。ギロリ。敵意にあふれた目で睨まれ、俺は仕方なくあいまいに笑った。ごめんなさい。怪しいものじゃないんです。なんて言って許してもらえるはずがないので俺は必死に言い訳を考えた。
「いえ、その忘れ物をしてしまったので……」
「ふうん」
胡乱げな表情で勇者ハロルドは俺の言葉に耳を傾ける。まあ俺とイーリスはとっくに塔の外を出ていると思ったから不審がられるのは当然だ。
「申し訳ありませんハロルド様、俺たちはそろそろ出ます」
「……」
勇者ハロルドがめちゃくちゃ怖い顔をしている。やばい。俺はその場でポカンとしている現行犯を抱き上げ適当に頭を下げてそそくさとその場を後にした。
「お騒がせいたしました。ここで失礼しま――」
「茶番はもういいだろう、そこに隠れている女も出て来い」
勇者ハロルドが腰に携えていた剣を引き抜く。これはあれでしょうか。今回初のバトルシーンということでよろしいでしょうか。
「お前たちは魔族だろう。ここで何をしている」
勇者ハロルドが片手で剣を自由自在に操る姿はもちろん様になっていて。時折切っ先が俺の顔面ギリギリを掠めたり、鋭い突きが俺の腹部を狙ったり。うん。やっぱり勇者を名乗るだけあってそれ相応の実力はあるよね。
「すみません、すみません。もう勘弁してくださいっ!」
対する俺は丸腰。というか犬一匹抱えて逃げ惑うだけ。
「質問に答えろ。お前は何をしに来た」
勇者ハロルドは顔色一つ変えずに俺に迫ってくる。やばい。ここで切られたら避難できないだろう。
「逃げてないでさっさとしろ!」
俺の態度に痺れを切らしたのか男は怒声を浴びせてくる。もう何この人。めちゃくちゃ強そうなんだけど。前回ぼっちで可愛そうだとか思ったけどそれは撤回する。
彼は全然不憫じゃない!
だって今可愛そうなのは俺だし!
「ちょっと、待ってくださいよ!こんなんじゃ答えようがないでしょ!」
まっすぐで鋭い太刀筋が何度も俺を襲う。それを右に左にかわして腕をブンブン振り回しては抜け道を探す。
「うるさい、今質問しているのは俺だ」
勇者ハロルドは見るも止まらぬ剣さばきで俺の急所を次々に狙ってくる。もうやめてぇぇぇ。
「まったく、ちょこまかとよく動く」
息を切らしながらも冷静で無駄のない動きで俺を追い詰める様はまさしくプロのもの。俺だって他人事だったら絶賛していたよ。でもさ。
「もう無理ぃぃぃっ!」
体を大きく横にそらし俺は絶叫する。なんだろう。この絶体絶命な雰囲気。生き残れる自信がありません!ぜえはあと荒い息を繰り返しながら全力で走っていると胸の辺りで何かがもぞもぞと動き出した。
「クーン」
切なそうな鳴き声がして俺は一瞬足を止める。抱き上げた犬が目をクラクラさせていた。どうやら酔ってしまったらしい。
「すまない!もう少しの辛抱だ!」
声を張り上げ犬に言い聞かせる。というか俺はまず自分の心配をしたほうがいいんじゃない?と思わなくはないけどさ。だがそんなやりとりも勇者には鬱陶しいものでしかなかったようだ。
「お前はよく喋る割りになかなか戦おうとしないな」
「すみませぇぇん!」
先ほどまでの剣さばきはどこに言ったのか。苛立ち紛れに勇者ハロルドが剣を俺の鼻先に向けてくる。怖い。怖すぎる。
「さっさと目的を言え。さもなければ命の保障はできない」
男がジリジリとにじり寄り、俺はそれにあわせて一歩二歩と後ずさる。なんだろうこの距離感。今蛇に睨まれた蛙の気分がわかった。
「俺たちはただの畜産業者です」
「そんなはずはないだろう」
威圧的な声で否定され、更にゆっくりとした動きで剣をのど元に向けられる。それと同時に壁際まで追い詰められ俺は言葉を失った。駄目だ。もう逃げ場はない。
「もう一度問うお前たちは何者だ」
いっそ土下座でもしてさっさと白状してしまおうか。そんな考えが脳裏をよぎる。
「俺は……」
「下僕さん、伏せてください!」
背後からイーリスの声して身をかがめた瞬間――
ズガアアン
雷撃が俺の頭上を通過し、そのまま勇者の体を貫いた。
やった、のか?
辺りを見渡すと人っ子一人いない。イーリスの魔術の力は絶大なようだ。
よかった。なんとか乗り切れた。
俺は小さく息をつき周囲に視線を向ける。応接室は先ほどの雷撃でめちゃくちゃになっていて今では跡形もなく破壊されている。というか魔王の弟セシルはどこにいったのだろう。そう疑問に思ったが俺は生き残ったことに頭がいっぱいで深く考える余裕がなかった。
「イーリス、大丈夫かー」
呑気に彼女の名を呼んで周辺をたむろする。あれっここに隠れてなかったっけ。俺たちが待機していたところも念のため調べたがイーリスはいなかった。
「イーリスー」
はっきりいって俺は馬鹿だった。しかも浅はかで考えなしだった。だから近くに人の気配があることに気がつくこともなく。
「イーリ……」
「なんだまだ仲間が残っていたか」
首筋に剣が突きつけられる。誰かと振り返ると先ほど倒したはずの男が暗い相貌で俺を見下ろしていた。でもなぜだ?彼は傷一つ負っていない。
「下僕さん、早く逃げてください!」
遠くからイーリスの声がする。よく見ると彼女は深手を負っていた。多分勇者ハロルドにやられたのだろう。だがイーリスはさして気にした風もなく次の一手に向けて魔力を集中させていた。
目の前の男が彼女をチラリと見る。攻撃対象を変更したようだ。駄目だ。イーリスが危ない。このままだと彼女はハロルドにやられてしまう。
でも俺には戦う力などなく、彼女を助ける術など持っていない。そう思ったはずなのに。
「イーリス駄目だ!ここは俺に任せろ!」
俺の口から信じられない言葉が発せられる。ちょっと待て。俺は何言ってるんだ。今絶体絶命のピンチを自ら呼び寄せちゃったよ!
「お前は自信家だな。本当にそれでよかったのか?」
男が低く笑う。やばい。勇者ハロルド今完全に極悪人面してるし。
「悪いなお前の命はもうないと思ってくれ」
突きつけられた刃が俺の頸部を圧迫する。あともう少しすれば血管を引き裂き、首筋を血であふれさせるところだった。
考えろ。考えろ。何かないか。現状をひっくり返すような打開策。この状況を切り開く方法。
ない頭で必死に考える。何か。何でもいい。でも。焦れば焦るほど何も出てこない。
「じゃあな、この世とはお別れだ。短い人生だったな」
男が淡々とした口調で告げる。それはまるで数分後に再会するくらいの口ぶりで。なぜだか無性に腹が立った。こいつにとって命ってこれくらい軽いものなのか。なんだ、そんなものなのか。
プツン
理性の糸が切れる音がした。もうどうだっていいや。自暴自棄だ。気がつけば俺は支離滅裂なことを口走っていた。
「さっきからなんだ勇者ハロルド。お前のやり方汚いんだよ。なんだ。ちょっと財力と権力有り余っててルックスがいいからって調子に乗るなよ。もう俺の命は長く持たないみたいだしはっきり言ってやるよ」
クソ、最弱勇者の俺が何啖呵切ってるんだよ。死ぬほど恥ずかしい状況なのに俺は馬鹿みたいに熱くなっていた。
「お前は卑怯なんだよ。すぐ剣に頼って困ったら人を脅してそれで解決できればいいと思ってる。あのな。いくら口下手だからってそんなやり方で友達もくそもできないだろ。お前ふざけてんのか。そこが駄目なんだよ。孤独とかいって甘えてるんじゃねえよ」
ああ、これぼっちの勇者ハロルド絶対お冠だよ。俺何やってるんだろ。半分後悔しているのに、言葉が堰を切ったように出てくる。
「お前はただ傷つくのが怖いだけだろ。そうやって臆病だから人を信じようとしない。だからお前は裏切られるんだよ。そのままだとお前一生人に利用されて終わるぞ。大体な。腕っ節とか金の力だけが自分の価値だと思ってるからお前は信用したやつにいいように使われるんだよ」
え?何で俺こいつに説教してるんだよ。というか俺は何様だ。
「お前は卑屈なんだよ。自信がないだけなんだよ。それが強い?ふざけてるんじゃねえよ。自分のことも見えてないやつが傍にいる人間を守れるとでも思ってるのかよ。それはただの思い上がりだ。魔王の弟のセシルだってそれで喜ぶはずがないだろ」
ぜえはあ、ぜえはあ。あれっ俺何言っちゃってるの?っていうか何で勇者相手に喧嘩売ってるの?
一瞬で我に返ったがもう遅かった。
「もう終わりだ」
男が静かにそう告げ、勇者ハロルドの剣が俺の頸部を切りつける。
ああ俺はもう死ぬのか。そう悟る。
異世界にきても短い人生だったな。本当に呆気ないほど短くて、やっぱり何もできなかった。
さようならイーリス。ごめんな、力になれなくて。
俺はそっと目を閉じる。
また終わってしまうのだ。俺はヒーローなんかになれなくて。
やっぱりただの人だった。
と俺は格好つけながら終わりを覚悟したはずだった。
もう最後だと、そう思ったはずだったのに。
ゴオオオオン
強烈な熱風が俺の背後から押し寄せてくる。
なんだこれ。
重いまぶたを開くと腕にあったふさふさと暖かい感触が消えていて。
ゴオオオオン、ゴオオオオン
代わりに巨大な犬型の神獣が何度も何度も口から火を放っていた。そして。
げっぷ
どうやら下僕22号を振り回しすぎたらしい。犬は俺のせいで滅茶苦茶酔っていた。
ゴフッ、ゲフッ、ゴホゴホッ
そのまま怒涛の勢いで火の粉をはき続けるのだった。




