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第七話

「ベルゼブブ家のセシル?俺は知らないな」

勇者ハロルドは不遜な男だった。それは道中領民から聞いていた話どおりだった。かつては魔王の支配していたこの土地も勇者ハロルドが治めるようになってから栄えるようになったらしい。彼が辣腕をふるって財政を立て直したと領民は口々に誉めそやしていた。

「いえ、私も詳しくが存じ上げてはいないのですがこちらに魔王の弟がいると伺いまして」

俺とイーリスは業者に扮して卵や乳などの畜産物を納品した後、世間話ついでにたずねてみた。もちろんこちらが本題だったのだが。

「ここには俺の女と使用人しかいないぞ。まあ金目のものならわんさかあるんだけどな」

ハロルドは低く笑った。その言葉通り彼の居城には立派な甲冑や財宝が飾られており、男が絶大な権力と財力を有しているのがわかる。だがその傲岸な態度のおかげか彼に仕えているのは年老いた執事と少ない使用人だけだった。

「もういいだろう。さあ早く帰ってくれ」

あまり触れてほしくない話題だったらしい。だがこちらも引き下がるわけにもいかない。だって俺たちも魔王の弟探しに来てたわけだし。とそんなこんなで俺はここに留まる言い訳を考えたが結局上手い口上が思い浮かばずハロルドに追い返されてしまった。

「そんなー、ひどいよハロルドー。いくら金も権力も有り余ってちょっとイケメンだからって上から目線で調子に乗りやがってー。中二病こじらせて孤高を気取ったファッションぼっちだからって、それはないだろー」

「…下僕さんうるさいし意味不明です。静かにしてください」

「へーい、ごめんなさい。ただの嫉妬です」

ちょっとむしゃくしゃしたので俺は投げやり口調で答える。その直後にイーリスが絶対零度の冷たい視線を食らう。うん。ゴメン。まあ予想はできていたけどね。でも諦めるわけにもいかないのでこっそりと二人で作戦会議だ。

「どうしよう。っていうかそもそも魔王の弟のセシルってここにいるのか」

「それは確かです。下僕22号も反応してますし」

「ワン」

忘れていた。犬もついてきていたんだった。下僕22号は誇らしげに胸をそらし、俺に体をなでるよう催促してきた。なんだ。一瞬ほのぼのしてしまったじゃないか。

「セシル様は魔族の首飾りをしているので見ればわかるはずです」

「ってことは首飾りつけてる男の子を捜せばいいってこと?」

「はい、すぐに見つかればいいのですが。セシル様は小柄な男性なのでどこかで拘束されている可能性もあります」

それだったら手の出しようがない。弱ったな。

「見つからなかったら?」

「その場合下僕22号の力を借ります」

足元ではっはっと息をする犬を見下ろす。彼はなぜだか自信たっぷりの表情だった。その根拠のない自信はどこから来るんだ?正直俺より自信に溢れているのがうらやましい。というか謎だ。なぜだろう。犬だからなのか。

「じゃあ俺たちはどうする?」

「…しかたありません。私たちはここで待機します。下僕22号は内部の捜索を」

「ワン」

イーリスの指示に従い犬はてちてちと先に進む。これは大丈夫なのか?いささか不安だったが他に手段も思い浮かばない。足音が遠のいたのを確認して俺たちは会議を再開した。

「で、なんか作戦ありますかね」

「まずハロルドの様子からいって、正面突破は危険そうです」

「だよな」

「なので相手に気づかれないように隙をうかがうところから始めないと」

うん。つまり作戦はない、ということでよろしいのでしょうか。そう納得した俺たちは一つの決断を下す。要は…。待機です。

「…いいか。これから俺は声を出さないからな」

「了解しました」

もうここまできたら帰ったふりだけして中で隠れていよう。俺はイーリスに目で合図して二人でやたらとサイズのでかい家具の陰に身を潜めた。そうして勇者ハロルドの姿をしばらく観察していると奥から品のある少女の声がした。

「ハロルド様、お客様がいらしてたなら一声かけてくださればよかったのに」

「ただの業者だ。お前を呼ぶまでもない」

年の頃は十四、五くらいだろうか。育ちのよさそうな雰囲気とは正反対の地味な使用人服に身を包み、頭には三角巾を、片手にモップ、もう一方ではバケツを支えている。見るからにお掃除してます、といった雰囲気だ。

「ハロルド様そんな口の利き方ではお友達もできませんよ。せっかく親しくなるいい機会だったのに」

「俺はお前がいれば満足なのだ」

小柄な少女とガタイのいいハロルドが並んだ構図はまさしく美女と野獣。いやビジュアル的にはシンデレラと野獣か。しかも勇者ハロルドさっきよりも口調がやわらかい。これはあれか?アイがラブでユーってことか。

「むう、俺にだって事情があるのだ」

もの言いたげな表情で少女を見つめる姿は少し切なそうで。俺はなぜだかハロルドに同情した。だってこの人ファッションじゃなくてガチのぼっちみたいだし。しかも脈なさそうだし。

「俺はお前に出会うまで勇者業一筋だったからな。来る日も来る日も戦いで心が静まることのほうが少なかった。しかも俺の口下手が祟ったのかギルドでは同僚や部下に裏切られたりしたし、上司にはあらぬ噂を立てられ最後には濡れ衣着せられた」

さらっとものすごいこと言ったよ勇者ハロルド。その数行で一冊本かけるんじゃないかってくらいすごいネタだよね。

「一念発起してギルドを辞めてソロで活動していたら、今度は更に噂に尾びれがついて伝わっていて俺の居場所はなくなっていった。だから俺は一番魔王の力が強いここにやってきて裸一貫で領地経営を始めたんだ。でも経営に成功したからといって、苦手なものは苦手なままだったという話だ」

やばい。段々不憫になってきたぞハロルド君。金も権力もあってちょっとイケメンだからって嫉妬していたことは水に流そう。うん。ごめんよハロルド、君は立派だ。

「だからといってすぐに諦めてしまっては、できるものもできるようにはなりません。ハロルド様」

「ハハッそうだな」

少女がやさしい口調でハロルドを諌める。彼はなぜだか嬉しそうだった。あれっなんだかいい話っぽくなってきたぞ。

「お前は俺にたくさんのことを教えてくれた。いくら礼を言っても足りないくらいだ」

「いえハロルド様。私の方こそ姉のことでお世話になっているのですから」

どうやら少女にも何か事情があるらしい。こちらも少し憂いげな表情で目を伏せている。というか何これ。俺は童話の世界にでももぐりこんじゃったの?

「お前の姉上は強烈な方だからな。この間も怒られてしまった」

「すみません。私が我侭を言ったばかりに」

ん?この子はシンデレラなの?継母に苛められてる系なのか。それにしては話が微妙にかみ合わないな。

「どうやら俺が領地を荒らしていると思っているんだ。そして俺がお前を攫ったのだとも」

「申し訳ありません。でも私は自分の意思でここに来たのです。呪いをかけられて一族の跡取りとしての責務が果たせなくなったのですから当然です」

「そう自分を責めてやるな」

なんだろうこの展開。俺まったくついていけないんだけど。というか勇者ハロルド誤解されまくりの人生でいいのかな。俺は彼が心配になってきた。だってさこの人見かけに反して健気っていうか、努力してる割りに幸せ成分が足りてないよ?

「姉上は相続云々の問題は気にしていない。ただお前の心配をしているだけだ。今度手紙を書くといい」

「はい、ハロルド様」

君って金稼いだ割に案外ピュアなんだね。そう勇者ハロルドに言いたくなったのは俺だけではないだろう。なんだろう。この脱力感。女を囲ってるように見せかけて実はただのいい人でしたってオチ。不良が捨て犬拾っちゃうテンプレ展開。

あれってさ正直ずるいと思うんだよね。だって俺みたいなタイプが犬拾おうとしたら周囲の大人に数時間真面目に説教されて終わるんだよ。しかも自分で返して来いとか鬼みたいなこと言われるし。わびしい気持ちだけが残って、その後女の子と急激に親しくなったとかなかったよ?

「……下僕さん今嫉妬してませんか」

「そ、そんなことはないよ?」

イーリスがあきれた表情でこっちを見る。ゴメン昔の嫌なことが脳裏をよぎったからさ。こういうことってあるよね?

「ないと思います」

テレパシーか。そうなのか。俺はイーリスの察しのよさに戦慄した。

「というか下僕さん、この状況で呑気に話を聞いていられるんですね」

「えっ?だって他にすることないよ」

「今の話を聞いたら何か言いたくなりませんか?」

やれやれとイーリスは肩をすくめた。俺は何か変なこといったんだろうか。とりあえず数秒間逡巡した後俺は奥の二人のやり取りから得た結論を口にした。

「勇者ハロルドはマジで一回誰かに人生相談したほうがいい。あの人絶対だまされてるって。というかこれから先、人に利用されまくるよね、きっと」

「…はあ」

「まあハロルドは純粋な好意から言ってるんだろうけどさ。この人もうちょっと危機感というか打算というものを覚えたほうがいいと思う。だってさ今のハロルドはヘタレっていうか女の子からしたらただのいい人止まりだよ?つらいときそばにいたとしても女の子の恋愛は上書き保存って知らないのかな。本当あくまでキープ扱いになるんだよ?そう、俺は声を大にしていいたい!お前は、今、駄目な方向に突き進んでいると!」

思わず熱弁をふるってしまった。だって俺が振られたあの日とか、愚痴に付き合ったのに別の人といい雰囲気だった時とか思い出しちゃったから。やばい。視界が涙でじわりと滲む。ああもう思い出したくない!

壁に頭を打ち付けたくなるくらいの危ない衝動に駆られ、俺はしばらく息を荒げたままだった。だから大事なことをすっかり忘れていたのだ。

テチテチ

勇者たちに忍び寄る黒い影。そいつが奥の二人がいる部屋へと進入する。

「って下僕22号っ!」

俺は動揺して犬の元へと駆け寄る。まずい。あいつが見つかったら俺たちが隠れてるってばれるじゃないか。

「やめてください、下僕さん」

イーリスの制止する声なんて聞いてる暇もなく俺は全力疾走で犬を追いかける。早く捕まえなければ、それだけしか考えていなかった。

だから気づいていなかったのだ。

「そこの女性がセシル様なんです!」

彼女が声を張り上げてもそれは俺には届かず。

「待てっ!」

俺は勇者達がいる応接室に特攻していた。


そう、確かに下僕22号は俺たちの指示を忠実に守っていたのだった。

魔王の弟セシルは呪いで少女の姿にされていたのだ。

それに気がつかなかったのは完全に俺の落ち度で。

自分自身のせいで弟奪還計画は失敗したのだった。






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