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第三話

前門の魔王、後門の鬼畜美少女。さてどちらを選びましょうか。

そんなこんなで魔王の城に鴨が葱背負ったようにノコノコやってきた最弱勇者の俺は二人の魔族に行く手を阻まれたわけですが。しかも前のお話との間にイーリスの魔術で手足を拘束されてただいま俺はピンチに陥っていました。


「さて下僕23号、まずは我らベルゼブブ家の眷属として契約をしてもらおうか」

魔王様そんなにナチュラルに迫ってこないでください。あなたの豊満な肉体は今じゃ目の毒です。迫力ありすぎです。全身を黒にコーディネートして悪のオーラを紛々とさせているのがなんとももう……。華のある黒のイブニングドレスでビシッと決め、すばらしいプロポーションを見せ付けてくれても素直に喜べる心のゆとりがもうありません。

「イーリスあの封筒を出してくれないかしら」

魔王の言葉にこくりとうなずくとローブ姿の美少女イーリスが俺の懐をガサガサ探り始める。これはあれですか。今俺は逆セクハラを受けていることでよろしいのでしょうか。少し前まで彼女と顔が近づいただけで甘酸っぱい感傷に浸っていた俺でもさすがにドン引きです。年若い娘さんが男の体を無心にまさぐっている姿を見てお父さんが泣いていないか心配です。というかイーリスさん目的のためには手段を選ばないタイプなんですね。

「魔王様こちらです」

猟師服っぽい勇者姿の俺の胸ポケットから取り出したのは告白時に渡された謎の白い封筒。てっきりこれは俺への熱い気持ちを伝える恋文かと思っていたらそうではなかったようです。そんな俺の淡い恋心を盛大に裏切ってくれたイーリスは涼しげな表情で封筒を手渡す。なんだか急に悲しくなってきたぞ。あれっ今俺は失恋したのか。そうなのか。俄かに信じがたい。気がつけば目頭がじわりと熱くなる。……泣いてなどいない。ないったらないのだ。ぐすん。

「よくやってくれましたイーリス、これで手はずは整った」

魔王は受け取ったものを開封し中身を取り出し不敵に笑った。

「今から契約を始める」

「ちょっと待ってください、それは何ですか。っていうか何の契約をするんですか」

俺は何か不穏なものを感じ質問する。明らかに自分の人生が間違った方向に進んでいるのが見てわかる。うん。魔族の皆さんはどうしてこうも勝手に話を進めるのか。そしてなぜこんなに冷たい視線を再び浴びせてくるのでしょうか。

「ふう。先ほど言わなかったか、今からお前は我らがベルゼブブ家と契約して御家振興のために身を粉にして働くのだ。そしてこれが契約の際使用される特別な羊皮紙だ」

魔王は呆れた表情でため息をつく。なんだこのコイツ分かってないから教えてやろうみたいなやれやれ感。ため息つきたいのはこっちなんですけど。

「イーリス、ナイフの準備を」

「承知いたしました」

そばで控えていたイーリスが腰に携えていた短剣を引き抜く。あれっこれからマジでどうなるの。

「腕の拘束を解きました。そこの下僕23号、左手を差し出しなさい」

「ちょっと待っ…」

ギロリと睨まれる。逆らうなってことらしい。めちゃくちゃ怖い。

「はい」

「そのまま手のひらを上にして力を抜いてください」

指示通りにおずおずとイーリスの方に手を向けるとすぐに鋭い痛みが指先に走った。痛い。冗談じゃない。傷口からはドクドクと血液があふれ出し更に激しい痛みまで襲ってくる。

「なにやってくれてんだ」

「あなたはおとなしくしていてください」

イーリスの魔術で動きを止められる。その上更に強力なもので俺の口が利けないようにしていた。……彼女は何をする気なんだ。

「ではこちらにあなたのサインを」

「……っ」

もはや抵抗する気が失せて素直に言うことを聞く。だって逃げられそうにないし。テーブルにあった羊皮紙に動くほうの右手で自分の名を綴る。

「このままあなたの血液を加えて契約内容を読み上げます。あなたはそれを輪唱すればすべてが完了します」

要は血判ということだ。よく見れば彼女が使ったナイフの先端に俺の血がべっとりついている。そして俺が止める隙もなく血液が一滴ぽたりと羊皮紙の上に垂らされた。

「偉大なるベルゼブブ家に従属する……我が名を持って……身を尽くすことを」

長々とした詠唱と共に俺の意識は霞んでいく。それはまるで音楽のように頭の中でリズムをつけて繰り返される。やばい。これ、どうなってるんだ。

「母なる大地に誓い……兄弟の血を……で贖い……」

頭がガンガンして気分は最悪だ。しかも指先の傷口が更にひどくなり、そこから左腕にかけて熱を持ったように激しく痛んだ。

俺このまま生きていられるのか。全身を激痛が襲い俺は声を殺して耐えていた。

「汝の……を捧げ……に身を焦がし……光を求め……」

死ぬってこんな感じなのかな。そんな埒もないことを考えては必死に自分の考えを否定しようとする。

痛い。苦しい。誰か助けてくれ。あまりの激痛に我を忘れて叫びあげたいのに魔術がそれを許さない。

「……の名の下に……することを……」

絶望的なまでに長い苦悶の時間に顔を歪め解放される時を待つ。駄目だ。もう。そう全てを諦めそうになった瞬間――

「汝を使役する」

終わりの言葉が何かの啓示のように耳を突く。

気がつけば先刻まで身体を苛んでいた痛みが急に消え去り、あたりはしんと静まり返っていた。

「終わった…のか」

恐る恐る声を出すとイーリスが無言で頷いた。どうやらこれで契約が完了したらしい。

「はい、これであなたは私たちに従属するようになります」

「ははっ…そうか」

本当なら何か言い返してやりたいのに言葉がうまく出てこない。俺は半ば放心状態でぼんやりと魔王に視線を向ける。

「それで魔王様、俺は何をすれば……」

彼女に対して恨みつらみの一言を言う気にもなれない。これが魔族に契約したということなのだろうか。全身を襲う倦怠感と相手に逆らえないという無力感から俺は悄然と壁にもたれかかっていた。

「今日は休め。今までの下僕たちに比べるとそなたは辛抱したほうだ」

魔王からねぎらうようにそう告げられた。それは褒めているのだろうか。軽口でも叩いてやりたいが生憎今はそういう気分になれなかった。

「私が部屋に案内します」

どこか神妙な表情でイーリスが俺の手を引く。これは二回目だ。最初は騙されて。彼女は可憐な笑顔を浮かべていた。でも今は感情を押し殺したような表情をしている。こちらが彼女の素なんだろう。愛想がなくて冷酷な方が。

そうか。俺は騙されてたのか。改めてそう実感する。だけど以前の彼女と比べると手に触れる仕草に優しさのようなものがあった。

「傷の手当をしましょうか」

埃っぽい倉庫から薬草を取り出しイーリスは調合を始める。

「…回復魔法使えないの?」

「申し訳ありません。私は攻撃魔法特化型なので」

ふうんと俺は気のない返事をする。なんだかどうでもいい気分だった。

「素材ってそれだけしかないの?家に行ったらもっと上級のがあるんだけど」

ふと抱いた疑問を彼女にぶつける。薬草のレベルが低いのだ。しかも魔族の倉庫にあるにしては種類も少なくあったとしても効果が弱いものばかり。

「申し訳ありません。ここにはこれ以上のものは……」

珍しくすまなそうな声で答えられる。やたらと仰々しい言葉を使う彼女にしては素直で驚いたとでも言うべきか。

「別にいいよ。ただ気分の問題」

商売として素材を取り扱っている身として感じたことを言ったまでだ。文句のつもりはなかった。

「イーリス、だっけ。これから俺はどうなるんだ」

名前を呼ばれて戸惑ったのか一瞬妙な間が空く。イーリスは何か考えるように天井を見上げてから俺の質問に答えた。

「あなたはベルゼブブ家の眷属として魔王様に仕えることになります」

「具体的には」

「領地の経営、勇者との交渉、そして魔族に関わる術式の習得などです」

淡々とした口調で告げられる。ついでに彼女が調合した薬品を使用されてほっと息をついたのもつかの間、再びまた例の沈黙が走る。

「あのさ、もしかしてイーリスって」

「はいなんでしょうか」

きりっとした表情で彼女はこちらを見上げる。なんというか序盤とのギャップがすさまじい。うん。最初はただの清楚な美少女だと思ったんだよ。でもなんだろうこの手のひら返し。

これはその、推察に過ぎないが、もしかしなくてもあれなんじゃないのか。

「ただのコミュ障?」

「……」

沈黙は肯定を示すとはよく言ったもので、イーリスの頬は朱に染まっていた。

「もしかしなくても人付き合い苦手?」

「……」

更に言葉を続けると彼女は顔をぷいと横にそらしてしまった。どうやら図星らしい。

「……っ仕方ないじゃないですか。人には事情というものがあるんです」

声を震わせて早口で答えるさまはなんというかちょっと哀れで。

俺はそれ以上の追及はやめておいた。

だってほら、この人怒らせると滅茶苦茶なこと始めそうだし。

「もう、あなたは休んでください。部屋はあっちです」

目もあわせないで倉庫のすぐ隣の使用人部屋に連れて行かれる。

「明日からはあくせく働いてもらいますよ下僕23号さん」

一応さん付けなのだがそこはかとなく伝わる軽い扱い。なんだろう。ちょっと不服だ。

でも。

「わかったよ。明日はよろしくなイーリス」

返事をすると耳まで赤くなって彼女はそそくさと帰ってしまった。照れているのだろうか。ちょっとかわいい。うんキャラ変わりすぎではあるけど。


だけど、俺この人と一緒に働くんだよな。うまくできるのか。

一抹の不安が残るのであった。



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