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とある勇者のお話

長らく放置すみません……。勇者ハロルド視点です。作者はすっかりセシルが女の子だと思って途中で気がついたので苦手な方は申し訳ないです。一応親愛の情のつもりですが。

「降ってきたな」

城の小窓をのぞくとあたりは一面雪に覆われていた。男は小さく息をついた。彼が構えた城は村の外れの荒れ果てた場所にある。夏場はうっすらと草が生えているが冬になれば大地は凍てつき景色は一変する。それを毎年乗り越えるのは男の双肩にかかっていた。

「ハロルド様」

可憐な少女の声がする。男が振り返ると魔族の娘がきれいに着飾って待っていた。

「聖夜にはまだ早いんじゃないか」

「姉が送ってきたんです。せっかくなのでハロルド様に見てもらえって」

少女の名はセシル。丁寧な言葉遣いや物腰柔らかな振る舞いから男とは比べ物にならないほど高貴な生まれなのだろう。彼女は自分の姉との衝突を恐れてか家を飛び出してしまったらしい。

「最初に会ったときはこんな格好をする娘だとは思わなかったな」

「それは忘れてください」

面と向かってほめるのが気恥ずかしいので適当に茶化す。すると少女がわずかに頬を赤らめたがすぐに唇を尖らせる。

「もう他に言うことはないんですか」

こういうとき男は己の不器用さを恨むのだった。もう少しうまい言い方ができたらと。

「このドレスとか新しい首飾りとか、どうとも思わないんですか」

すねたような口ぶりで少女はドレスの裾を軽く持ち上げる。首もとの装飾品は小ぶりの真珠が連なったもので淡い光を放っている。

「…に、にあうんじゃ……ない……っか」

かろうじて出てきた言葉それだけだった。我ながら本当に口下手だ。人に言われなくたってわかっているのだ。

「ふふっやっぱりですか。嬉しいのでもっとほめてください」

柔らかい笑みを浮かべ少女はくるりと一回まわってみせる。

「…に、にあ……ああちがう。…き、きれ……じゃ……もう無理だ。勘弁してくれ」

だがどれだけ言葉を尽くしても少女の美貌を表現することはできず。

「素直になればいいのに」

くすりと笑われてしまう。無邪気に言われてしまえば不思議と腹も立たず男は言い返す気にもならない。

「なれたらいいのにな」

今は本心からそう思う。以前なら鼻で笑ってやり過ごすか剣でなぎ払って追い出すはずだったのに。

「じゃあほめてくれないハロルド様にひとつ仕返しです」

少女は悪戯っ子っぽい笑みを浮かべて男に近づく。なんだか不穏な気配がする。

「おい何をする気だ」

「内緒です」

少女がにこにこ笑いながら男を壁際まで追い詰める。そのまま彼は一歩二歩とじりじり詰め寄られー-

「悪い子にはお仕置きです。私も姉や父にやられたベーゼです」

顔を寄せられ頬に口付けられる。触れるだけの親しいもの同士が行うものだ。

「なっ」

「あれっベーゼって知りませんか」

知るも何もすべてが初めてだった。あまりの衝撃に男は顔を真っ赤にして。

「……俺はセシルがこんな悪戯をするやつだとは思わなかった」

自分の気持ちを誤魔化すようにぼそっとつぶやく。我ながら本当に女々しい。

「それはもちろんお仕置きですから」

年下の少女が大人びた表情でこちらを見つめる。

「素直にほめてくれないハロルド様と大事なことを人に相談してくれない城主様への」

どうやら村の耕作地を荒らした勇者たちを剣で追っ払ったことがばれていたようだ。イーリスが相談に来ていたのだ。

「下僕さんも後で駆けつけてくれるそうですけど勝手に一人で解決しないでください」

少女が頬を膨らませる。迫力はまったくない。

「別にあいつに頼る必要もないだろう」

あの男は力のない魔族の下僕に過ぎないはずなのに勝手に人の城に侵入し、畜産業者を語ってセシルを奪おうとし、そして城の内部を破壊しつくした。恨むことはあっても頼ることはほぼないだろう。

「ハロルド様も彼のことが気に入っているように見えましたよ」

「そんなことはない」

ただ刃を向けた瞬間の彼は別人のようだった。怒りとも悲しみともつかない表情で男を見つめていた。

「ただの同属嫌悪だよ」

「やっぱり素直じゃないですね」

彼の言葉は正しい。だからこそ男は何も言い返せなかった。正しいと知っていながらも男が常に眼を背けていた事実だった。

「素直じゃないハロルド様にはもうひとつお仕置きです」

再び少女がにじり寄る。今度は顔を腕で隠して万全の準備ができていた。はずだった。

「……もう心配かけないでください」

ぎゅっと抱きしめられる。

「あなたがとても強い人だってことくらいわかっています。簡単に負けるはずがないって。だけど怖いんです。あなたが怪我をするのもいなくなってしまうのも」

少女の細い腕を振り払うのは容易なことだった。だけど男にはそれができない。

「剣を持っているときのあなたはとても怖い顔をしています。冷たくて人を傷つけるのをなんとも思っていないような。時々あなたがもうもどってこないじゃないかと心配になります」

男は少女を安心させる言葉など持っていない。彼女が言っていることはすべて的を射ている。

静かに男は彼女の背に腕を回す。

「俺だって怖いんだよ。時々自分でもそう思う。俺はどうしようもない人でなしなんじゃないかと。目の前で他人が泣こうが喚こうがその場で死のうがどうとも思わないじゃないかと」

少女を抱きしめる腕に力が入る。

「俺は何も知らないガキのまま大きくなってしまったんだと最近になって思うんだ。俺の親はのんだくれで兄貴は泥棒だった。俺は体が小さくていつもいじめられてたから剣術だけは練習した。だけど勉強はからきしで教会もメシ食いに行っただけでありがたい話なんてまともに聞かなかった。だから頭も悪い。その分腕っ節にだけは自信がある。金を稼ぐのは生きるためだった。汚いまねはしたくなかったから真面目にやっていたけどな」

男は少しの間だけ声を殺して嗚咽を漏らす。

「信じてくれとは言わない。だけどこれ以上手を汚すつもりはない。俺だってお前に何かあったらと思うと怖い。だから城を狙うやつは早めに話をつけたかったんだ。本当なら俺を信じろとかかっこつけたかったけど今の俺には自信がないんだろうな」

男は力なく笑う。

「心配かけて悪かった。今度からは相談するしちゃんと話もする。許してくれセシル」

男は少女の頬に口付ける。

「これじゃぜんぜん仕返しになってません。あんまりにも悲しすぎます。ハロルド様が全然幸せそうじゃありません」

少女がむっとした口調で告げる。

「罰としてくすぐりの刑です」

「……っ俺真面目に話したつもりなんだが……」

真剣な顔でわきの下をこちょこちょされてしまう。

「もうっ……くくっ…やめっ……くすぐったい……」

「まだまだです」

「くくっ……もう無理……」

男は声を上げて笑う。

「だったら俺も……」

「あっ……ひゃっ……ちょっとっ…きゃあ」

仕返しに男は少女の体をくすぐりだす。

「もうっ……こっちは仕返しの仕返しです」

「じゃあ俺はそのまた仕返しの仕返しの仕返しだっ」

少女が着飾っていることなどすっかり忘れて二人してくすぐりの戦いを始める。

「あははっ……もうっ……くすぐったいです」

「こっちも……もうクタクタだ」

床に寝そべり二人で大の字になって並ぶ。

「この年になってガキみたいなことするとはな」

「せっかくのドレスがめちゃくちゃです」

お互い顔を見合わせて笑う。

「セシルにもこんな子供っぽいところがあったとは思わなかった」

「ハロルド様が怖がりなことも知りませんでした」

「それを言ったらそっちが結構泣き虫なことも」

「ハロルド様こそ」

二人は動き回って乱れた呼吸を落ち着かせる。

「そろそろ聖夜か」

「サンタさんには何かお願いしましたか」

「ああしたさ。うちには煙突がないから入るなら裏手からにしてくれと」

ひねくれた発言に少女に苦笑される。

「素直じゃないですね」

「そうだな、素直じゃないな」

男は笑う。少女には叱られてしまいそうだが本当はそれでもいいような、そんな気がした。

「実を言うとな、お前がいてくれるから今年は何もいらないんだ」

だから少しだけ本音を漏らす。

「だからサンタさんには悪いが今年は彼に来てもらわなくたって構わない」

「……もう」

少女が困ったような顔をする。

「私もハロルド様もこんなにさびしがりな人だとは思いませんでした」

そうか。自分はさびしがりだったのか。男は言われて初めて納得した。

今まで一人で生きてきたつもりだった。一人でも平気だと思っていた。

だから気がつかなかったのだろう。

でも今年の聖夜は一人じゃない。

それが本心から嬉しかった。

そろそろ本編のほうも進めていく予定です。

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