第十六話
最弱勇者の俺でしたが新たなる任務を請け負いました。
その名もベルゼブブ家復興計画。
今の魔族のうらぶれた雰囲気からするとちょっと難しそうだけどお仕事もらった以上は精一杯努力するのが下僕の勤めであります。まあご褒美ももらえるみたいだし今までと比べれば美味しい話だよね。
それで俺はただいま一人で城の内部で金になりそうなものを漁っていた。もうすでに金目のものは売り払われていて残っている宝飾品はわずかだった。その中でも書斎を探していると奥のほうからアルバムが出てきた。
「これは家族写真かな」
ずいぶんと昔のものらしい。写真には記念のためか全員が着飾った姿で、夫婦と三人の子供が並び、端には老人がいすに腰掛けていた。真ん中にはスーツ姿の金髪の少年と少し年上の黒いワンピースの少女ともう一人。最後の少女は身なりはよいが体はやせこけていて、悲しげに翡翠色の瞳をレンズに向けていた。
「多分みんなが小さいころの写真だろうな」
おそらく魔族が栄えていたころにみんなで撮ったのだろう。だとすると先代は魔王様の父親か。彼は傍にいる穏やかそうな老人の表情とは対照的にどこか鋭い目つきをしている。なんとなく勇者ハロルドに雰囲気が似ている気がする。多分彼が生きていたら俺はケチョンケチョンに貶されるんだろうな。だって魔族のパパだよ?
「イーリスにセシルに魔王様、小さいころから結構可愛いな」
セシルは少年の姿だったけど今と雰囲気は変わらない。少しはにかみながらも優しい笑顔をこちらに向けている。魔王様は今よりあどけない雰囲気があって素直そうで可愛い。イーリスは教会から引き取られたばかりなのだろう。ぎこちないながらも形だけは笑おうとしているがやはり失敗している。でもそんなところも結構可愛い。
「今度写真でも撮るか」
幸いこの世界でも魔術で記録を残すことができる。俺自身は最弱勇者だけどそういうスキルは一通り身につけてあるので準備すればいつでもできる。
「思い出も作らないとな」
一応イーリスに告白されたわけだし、俺も魔族の一員だしこれから先に何か残すためにも思い出になるものはあったほうがいい。まあそういうのは過去を振り返ったときにあると嬉しいからね。
「プレゼントは……あとにするか」
前回魔王様にもタイミングが大事と言われたけどイーリスも最近忙しいみたいだし。どうやら勇者ハロルドの領地で情報収集をしているらしい。セシルの呪いとかもあるけど女の子一人にしておくのは心配だ。後から俺も参戦することにしよう。
「まあ今日のところはこの辺で終わらせとくか」
書斎ではアルバムの他に古ぼけた花瓶や何に使うのかわからない魔石を発掘した。とりあえずこれを質に出すか売り払うかすれば多少の金にはなる。
「次は……」
領地経営も任されたので帳簿を確認してから今年の取れ高も計算する。領地の大半はすでに勇者に収奪されているか農民が逃げ出して荒地になっている。その残りの中でギリギリ税金を払えそうな農民からは現物支給でどうにかしてもらっている。ぶっちゃけ取り立てにいくというよりはもはや完全に向こうの厚意だしご近所付き合いの延長線上になっているけど。俺が顔を出したときは取れたてのトマトを分けてもらった。超おいしかったので御礼の変わりに畑仕事手伝ったけど。魔族だからといって常に上から目線は難しい話です。
「今年は乗り越えられるかな」
新参者が言うのもあれだけど魔族の帳簿はドンブリ勘定な上にところどころ不自然な記録がある。一応資産とか魔王様のものは誰も手をつけていないみたいだけど、他はかなり怪しい。その上収入も農民からの税金に頼りきりで先行きが不安だ。
「これは勇者を倒すのが早そうだな」
荒れた土地に農民を戻すためにも治安はよい方がいいに決まっている。勇者といえば聞こえはいいがその実大半は行き場のないならず者だったり、どこか後ろ暗いものを持っているのだ。彼らが土地を収奪するのは別に正義のためではなく金のためでありただの憂さ晴らしのようなものだ。
「領地を取り戻すのと農民を増やすことの両方が目標だな」
魔族の財政が傾いている以上現状維持だけでは無理そうだ。俺一人の力ではすべて解決できそうにないがそこは魔王様や知り合いに相談するのがよいだろう。
「勇者ハロルドに今度アドバイスもらうか」
あいつは魔族の領地を支配して経営も成功している。本人の性格はかなりきついけど仕事ぶりはまじめというか努力至上主義なので一定の成果は挙げているし相談するのも手だろう。まあ彼の場合仕事は上手くいっても敵を大量に作り上げるスタイルだけど。
ということで一通りの仕事を終えた俺でした。いや、難しい話が続いて頭がこんがらがってきたな。あとは市場で書斎で発掘したものを交換して一日終えるだけだな。
「って大事なことを忘れていた!」
俺は懐から下僕の日課を記した紙切れを取り出す。
「庭掃除と風呂焚き、今日こそはちゃんとやらないと」
以前はサボってしまって魔王様にめちゃくちゃ怒られてしまった。とりあえず庭は落ち葉をざっと掃いたあと適当にごまかし、いそいそと風呂場に向かう。そこで水を張った後、薪から火をおこす。なぜかここだけ和式なのだ。
「湯加減はどうですか」
壁越しに魔王様の鼻歌が聞こえる。どうやら今日は機嫌を損ねずにすんだようだ。ほっと胸をなでおろし俺は薪を用意する。
「ちょうどいいわ」
空気がこもっているのか魔王様の声が響く。時折小さな水音がして彼女が本当にそこにいるのだと実感する。
「下僕23号も一緒に入る?」
「いえっ……大丈夫です」
冗談めかして言われると俺は内心激しく動揺した。だって裸姿の魔王様が壁一枚隔てたところでのんきに鼻歌歌って俺のことを誘うんだよ?何考えてるんだんだよ。
「でもあなたに来てもらわないと私困るのよ」
風呂場の窓が開かれ魔王様がそこから顔を出す。
「ねえ早く来て」
魔王様は自分の状態を気にした風もなく開けっぴろげな様子で話す。時折彼女が動くたびに派手な水音が立ちそれがこちらまで撥ねてきた。
「早くして、お願い」
普段上から目線の魔王様が珍しく下僕の俺にねだってくる。正直非常に戸惑っている。これはどういう意味なんだろう。内心ドギマギしていたが俺はなんとか逃げようと試みた。
「……俺にはイーリスがいますから」
「そう本気にならなくてもいいじゃない」
魔王様が何がおかしいのか楽しげに笑う。俺はからかわれていたようだ。
「シャンプーの詰め替えしてなかったから悪戯しただけ」
「スミマセンあとで替えておきます」
そういえばすっかり忘れていた。イーリスの渡されたやつに書かれていたな。
「ああ楽しかったわ」
「そうですかいな」
というかこれってイーリスにばれたらただですまないレベルの悪戯だよな。だって相手はかなりまじめだし俺の命がかなり危ういよ。いくら家の主だからといってこれを平然とやってのける魔王様にはかないません。
「もうこんな真似やめてくださいね」
「それは貴方しだいよ」
しれっと言い返す魔王様。俺の立場ってなんだろう。
「あと最後に言いますけど俺には理人ってイーリスにつけてもらった名前があるんで。間違っても下僕23号なんて論外なネーミングセンスを振りかざさないでください」
「仕方ないわねそこだけは譲歩してあげるわ」
そんなこんなで一日の日課は無事に終了したのであった。