第十四話
長いので第十三話を二つに分割しました。
「いらっしゃいませ」
店員のお姉さま方はとても感じがよくて優しい女性でした。挙動不審な俺を笑顔で迎え入れてくれるし、イーリスのお話にも丁寧に耳を傾けてくれる。その姿はまさにプロフェッショナル。あまりの神々しさに後光が差してました。
「で、上90の下65でしたっけ?」
小声でイーリスに確認すると絶対零度の視線を食らいました。どうやら禁句だったようです。
「す、すみま…せん」
だって今ランジェリーショップとかいう非日常的な空間にいるんだよ?壁紙見てごらん。超ラブリーで超ファンシーだよ?照明だってめちゃくちゃ明るいし、逆に俺がいるとなんか後ろめたいよ?
「口動かす前に早く探してください」
周囲にはレースがあしらったフリフリの可愛らしさ満点の下着だらけ。時折ド迫力のセクシー下着とか、これ何に使うのかな?と思うものまで何でも揃ってるんですよ。
「この綺麗なネグリジェとかどうかな?」
「それはいりません」
「じゃあこのキュートな寝巻きとか」
「なんか言い方がおっさんくさいので嫌です」
一人でいるのが嫌でイーリスに絡みまくる俺。端から見ると仲睦まじいカップルとかに見えるのかもしれないけど気分は難破船の板にしがみつく船員である。だって変態だとか思われたら俺一生立ち直れそうにないし、世間様に顔向けできないよ?
「イーリス俺を見捨てないで」
「やめてください気持ち悪いです」
無理やり連れ込まれたのになんでイーリスの方が落ち着いて見えるのだろう。なんか俺ただのダメンズとかいう人種だと思われそうで怖い。
「あれっ彼氏さんですか」
案の定店員さんが生暖かい笑顔を向けてくれるし。付き合って何ヶ月目ですかとかめちゃくちゃ気を使ってくれてるし。
「ああ三ヶ月くらいですかね。もうコイツ照れ屋の癖に超可愛いんですよ。今日もね一緒に行かないと嫌だとか死ぬほど可愛いこと言ってくれて俺のハートを鷲づかみして。えっ?なれ初めですか?うーん向こうから告白してくれたんですよ。で付き合うことになって。出会った頃は優しくて可愛いな、なんて思ってたんですけど付き合いだすと結構小悪魔っていうかツンとしたり拗ねちゃったり逆に俺を振り回してくれるタイプで。いやぁそんなワガママも可愛いし、逆に気の強いところにもほれ込んじゃいまして。今じゃ職場でもアツアツって感じで。そうです職場恋愛なんですよ。もう今が幸せの絶頂って感じ?働くのも楽しいし休日も楽しいし。俺ってこんなに幸せでいいのかなーなんて。アハハハ」
気がつけばあることないこと適当に言っちゃった。だってそもそも彼氏ですらないし。えっ?コイツ呼ばわりした日には殺されちゃうよ?
「いいですね。彼女さん愛されてますね」
「ハハッもう愛しまくってますよ」
架空の彼女で惚気まくるってこんな感覚なのかな。背筋に冷たいものを感じながらも俺は延々話続けた。だってもう後に引けなかったし。
「じゃあ今日はプレゼントですか?」
「ハイ、記念日で。もう可愛い可愛い彼女のために俺からプレゼントしちゃいますよ」
あれっ最近何かを買ったんだけどな。俺同じこと繰り返してない?しかも今度は自発的に。
「なんか迷ってるんですよねー。あれも可愛いしこれも可愛いから。俺の彼女なんでも似合っちゃうからなー。なんか全部欲しくなってきたなー。どうしようかなー。お姉さんどれがいいと思います?」
しかも自分で自分を追い詰める発言してるし。
「そうですね、こちらなんていかがですか」
お姉さんプロだから色んな下着を持ってきてくれるし。いや、全部俺の自業自得なんだけどね。
「情熱の赤で燃えるような恋心を伝えるのがいいかな。それとも王道の可愛さ全開のピンク?元気の出るイエローもいいし、清潔感のあるブルーも捨てがたい。ああ、でも癒し系のグリーンもいいなあ。逆に小悪魔っぽさを強調する黒?大人の魅力を引き出すヴィオレット?どれもいいなあ。ああ困ったな。なかなか選べないな」
お姉さんの厚意を無駄にしたくなくて迷った振りを続ける。今更自分の発言にドン引きそうになるけど気にしたら負けだ。というかすでに色々なものに負けてしまっているけど。
「ふふっ時間をかけて考えて大丈夫ですよ。大事な彼女さんのためですから」
「そうですねーアハハハ」
言えない。ただのお使いだなんて言えない。スキーに喩えるとボーゲンもできないのに直滑降で滑り出した気分です。
でも素人であることを言い訳にするのはよくないよね?ということで数分間熟考しました。
魔王様ならもちろん全てブラックで統一しているから黒。使い魔さんならセクシー路線で紫とか?まあその辺のところは専門店で買ってそうだけど。セシルだったらサイズ的には女の色香を強調する系の濃いブルーとかなんだろうけどさ。本人癒し系っていうか自分の色気に気がついていないから健康的にグリーンがオレンジが妥当か。まあ勇者ハロルドもいるから明らかに誘うようなタイプはちょっとね。何かあっても俺は責任取れないから。というか本来の俺の目的はこっちだったよな?なんで今イーリスの方を考えないといけないんだろう。でも男に二言はない。というか今更でっち上げだったなんて言えない。そうだ下着だ。これって上だけのとか上下揃ったのとかあるけどどっちがいいんだろう。イーリスのは小ぶりだしな。色気はあきらめて無邪気なフリフリのレースで可愛さ強調したほうがいいのか?逆に健全さを意識してシンプルなやつにする?えっ?谷間って寄せればできるの?うーん寄せれば人並みの色気も出るのかな。だったらストレートに女の子らしさを表現したピンク?フェミニンさも大事にした品のある薄紫?ああだけどそれだと他の女の子の中に埋もれてしまう。だったら勝負に出て、ないボリュームを別の要素で補うようにして派手な路線を狙いましょう。色は男の目を引くように赤とか濃いブルーとかグリーンとか。暖色はぼやけちゃうからこのくらい派手にしないとね。インパクト大事だよね?そうだよ!大事だよ!だって愛し合う二人にとっては女性の魅力を最大限に引き出すことは義務だよ?相手とかいるのかとかよく知らないけど。ほらっ。いたとしたら俺がその人の立場になっていいものを選ばないと。サイズ的にはA?うーんBなら種類も豊富なんだけどな。というかイーリスのサイズ俺知らないな。分からないことだらけだな。でも言い訳はよくないし。ああ考えよう。そうだ考えよう。考えないと。まじめに。考えなきゃ考えなきゃ。
「……イーリスどうしよう」
「人をダシにしておいてわざわざ聞きに来ないでください」
片手に店員のお姉さんに勧めてもらったのを携えて相談するとイーリスに冷たく返された。
「だって善意を無駄にしたくないじゃん?」
「そのために人を犠牲にしてもですか?」
にべもなく言われると俺は言葉に詰まる。いや、今はそんな厳しい状況じゃないんだけどさ。
「候補はあるんだよ。こっちの緑と赤」
「見事にクリスマスカラーですね。……好きなんですかこういうの」
暗に俺の趣味かと聞かれたけど別にそういうのじゃないよ?
「いや、質と量を天秤にかけた結果季節感が出ただけです」
「最低ですね」
虫けらを見るような眼差しが超痛いです。
「あっ。セシルの分はこれでどう?」
「……」
ごまかすようにセシルのサイズに合った特大の下着をぶら下げる。ブラだけに。
って本当すみませんっ。痛い。痛い過ぎます。
「そちらは私がすでに購入済です」
「えっ」
ということは俺の思索の時間は全て無駄だったの?俺の一世一代の大決心は無意味だったの?
「何とは言いませんが今あなたの考えているとおりです」
イーリスはとても聡い女性だった。俺の考えていることなんてお見通し。
「じゃあさ、これどうしよう?」
「ご自分でどうにかしたらいいのでは」
小声で再度相談すると冷たく突き放された。ちらりと店員のお姉さんの方を見ると何を誤解したのか痴話げんかと思われてしまったようだ。にっこりと微笑まれる。
「言えない。嘘だなんて言えない。頼むから少しだけ付き合ってよ。あとでアメちゃん買ってあげるから」
「嫌です。自分でまいた種は自分でどうにかしてください。あなたもいい年でしょう」
正論を言われたらぐうの音も出ない。だけど断るのも勇気がいる。そうやって俺が逡巡しているとお姉さんが素敵な笑顔で助け舟を出してくれる。
「まあ、彼女さん一度試着してみては」
ナイス!素敵な誤解だ。それはもう取り返しのつかないレベルの。
そして絶対零度の視線におびえながら俺は身をすくめていると、お姉さんが採寸をしてくれるという。誰の?もちろんイーリスさんのです。
「彼氏さんは待っててくださいね」
優しい一言を添えられ、そのまま二人は試着室に入ってしまった。
「助かった……」
それは束の間の平穏。嵐の前の静けさ。別の名をただの気休めともいう。
だけど採寸するだけだし。逆にイーリスも今度自分で買うときに役に立つし、俺ちょっとくらい、いいことしたよね?うんうん。俺は今日も善行を積んだ。あとは精進あるのみだ。
「はあ…深呼吸深呼吸」
先のことを考えたくないので試着室から一番遠いところで目を閉じて息を整える。これだったら変態とか思われないよね?そんな現実逃避をしている俺に再びお姉さんがやってきて親切に声をかけてくれた。
「彼氏さんも試着室に入りますか」
「ふ…えっ?ああ、もちろんです」
冷静に考えて普通に断ればよかったのに何故か適当に返事をしてしまった。いや、恋人同士なら当然なんだけどね。そうそう。当たり前だよ。当たり前。
「何入って来てるんですかこの変態」
カーテンの中に押し込まれた俺はその瞬間に冷たい罵声を浴びされる。
「いや、もう着替え終わってるのかと思って……」
試着室でイーリスは肩にシャツをかけただけの格好だった。胸元を見ると俺が選んだのじゃなくて、元の本人の地味な下着だった。着替えの途中なのかローブは羽織ってないし、シャツのボタンは数個しかつけ終えていないしで、俺結構タイミング悪かったよね。
「もうっ……あと少しで終わりますから後ろ向いててください」
「……悪い」
お互い顔を赤くしながら奇妙な間が訪れる。やばい。怒られるよりもこっちの方が気恥ずかしくて死にそう。
「というかさ、その採寸どうだった」
「別に……サイズが少し変わっていたみたいです」
一応答えてくれるのはギリギリ許してくれてるってことなのかな?
「今までのだと体に合わないので買い換えたほうがいいと勧められました」
早口で説明されると再び変な緊張が走る。あれっ俺って叱られないのかとか予想と外れて反応に困る。
「なので新しいものを私も買い直そうかと」
後ろで衣擦れとか聞こえてくるのがなんかやばい。振り返ったら絶対駄目なやつだよな。これ。
「……なんか色々すまない」
「別にいいです。いい機会でしたから……どうせならもう一つ打ち明け話でもします。考えたらあなたに話していないこと結構ありましたから……」
イーリスが震えるような声で付け足す。恥らうようなたどたどしい口調が逆に危うく感じられる。
「私、実は魔族ではないんです。昔教会で暮らしていたんですけど色々あってベルゼブブ家の養子になったんです」
「……そうか」
「教会は厳しいところでした。自分のことに構っている余裕もなかったので流されるままに何も考えずに生きていたらこういう性格になっていて」
「……うん」
「だからあなたにもひどいこと言ってしまいますけど、それは元からなのであまり気にしないでください」
「……うん。だけどどうしたんだ。なんかあったのか?」
「いえ二人きりになることもあまりありませんでしたし。先ほど店員の女性と話していてあなたにも何か思うところがあったので」
そういい終えるとイーリスはカーテンを開けた。どうやら着替えが終わったらしい。彼女はいつもの白のローブ姿だった。
「恋人なんかいらないと思ってましたけど、たまには恋愛とかそういうこと楽しんだほうがいいかと思いまして」
そのまま俺に赤と緑の下着を手渡す。
「この二つお会計お願いします」
「ふ……へっ?」
つまり俺たちは付き合うってことですか。そう聞きたかったけど彼女は先に行ってしまった。
「ん?どういうこと?」
俺は首をかしげながら店員のお姉さんがいる方に進み、支払いを済ませる。まあ誤解がそのままなのは若干気まずかったけど。
「彼女さんプレゼント喜んでくれるといいですね」
ついでに俺の恋愛を応援されてしまった。しかも衝撃の事実を教えられる。
「採寸したんですけど、そちらの下着サイズが彼女さんにぴったりで私も驚きました」
つまり。俺には秘めたる能力がまだまだあったということだ。うん。それ以外はさっぱり分かりません。何がどうだったのイーリス!なんて後から聞きようもなかった。