第十二話
ということで前回とある人物の画策に翻弄され
多大な犠牲を払ってアクセサリーを購入した俺たち一行は次なる目的地へ。
それは。
大本命のランジェリーショップです!
ええ男の俺が入るのには大変勇気がいる場所です。
だがしかし!
男には筋を通さなければならないことだってあるのです!
えっ?今まで一度くらい入ってみたいと思ったんじゃないかって?
そ、そんなこと…ゲフッゴホッ
べ、別に思ってないんだからねっ!?
とツンデレ気味にモノローグを始めさせていただきました魔王様の下僕ことナントカ理人です。苗字は好きなやつを適当につけてくれ。えっ?他力本願は駄目?まあそこのところはお手柔らかに頼みますよ。
さてさてずいぶん前の話になりますが、勇者ハロルドに匿われた魔王様の弟セシルは呪いにかけられて女の子の姿になっていました。しかもとびきりスタイルのいい、出るとこ出たボンキュッボンの美少女に。
それで胸を痛めたのか、はたまた自分のアイデンティティに関わることだからなのか、セシル様女性用下着を着けていませんでした。しかもなんとか勇者ハロルドが頑張って下のほうは履かせてくれたみたいだけど上は着けたがりません。
で俺たちは魔王様の命令により下着を買いにランデブー!ランジェリーだけにね!
うわあああっそこ寒いとか引かないで!
魔王様のベルゼブブ家には何か事情があるようで二人の仲は結構微妙みたいだ。別に険悪とかそういうのじゃないよ?ただいいとこのお家だから色々複雑らしい。
だって弟のセシルじゃなくて姉が跡を継いでるし、そのこと本人たちも気にしてるみたいだし。
まあ二人ともはっきりとは口にしないけどね。
そうした魔族の間の複雑な問題に気がついたのはつい最近のことだ。勇者ハロルドと一戦を交えたあと(お互いただの勘違いだったんだけど)塔と城の間を行ったり来たりしてまるで伝言ゲームのように二人の間でやりとりしていた。
魔王様は弟のことをかなり心配しているっぽい。でも当のセシルはというとテコでも動かないつもりだ。おそらく自分が帰ったら魔王様の立場が危うくなるとか思ってるのだろう。自分にかけられた呪いのこととかもあるしね。
と話がそれてしまった。そうです。下着の話でした。
俺も買出しに行く前に一緒についてくるよう何度か説得を試みたよ?でも言えば言うほど駄目っていうか。おしとやかに見えて根は頑固なんですよセシル様。以下は実際にあったやりとりだ。
その日は魔王様のお使いで俺はイーリスと一緒に勇者ハロルドの塔にきていた。
「セシル様、気持ちはわかりますけど女性の体になってしまったからには、必要といいますか」
「申し訳ありません。でもどうしても着けたくないんです」
悲しそうにうつむくセシルに、なんだか悪いことをしている気がしてきたけど俺は頑張った。
「セシル様、これはマナーというかルールというか、今後の生活のためにも考えておかなければならないことで」
「申し訳ありません。でも誰に迷惑をかけるつもりもなく、ただ着けたくないんです」
迷惑っていうか、まあ男性諸君からしたらご馳走なんだけどね。着けないのはありがたいけど俺も主の目があるのでサボるわけにはいかない。えっ?心の中では悶絶していましたとも。
「セシル様、女性の体のラインを保つにもそういうのは必要といいますか」
「私の体に興味を持つ人間などいないと思います」
「いえ!そんなことありません。セシル様ほどお美しい方は滅多に見かけませんよ」
「申し訳ありません。私は元は男なのでそのようなことを言われても……」
あれっいいこと言ったつもりなのに本人の心の琴線にまったく触れてないんですけど。うーん。困ったな。
「魔王様も心配なさっていますからどうかお願いします」
「申し訳ありません。いくら姉の頼みでもできません」
これも駄目か。じゃあ他にするか。
「イーリスも心配しているみたいですよ」
「申し訳ありません。彼女にも迷惑をかけてしまいました」
おおっ好感触だ。まあ実際は本人から聞いてなかったけどつい適当に繕ってしまった。だってあんまりイーリスに頼りたくなかったし、せっかくだから下僕として何か自分でやりたかったし。
よし!あと一押し!
「下僕22号も心配してましたよ」
「申し訳ありません。でも彼は犬です……よね?」
しまった。これは微妙だったか。
まあ断られてもまだ候補はあるさ!
「下僕の俺も気が気でないといいますか」
「……あなたにまで迷惑をかけてしまって申し訳ありません。でもやっぱり」
駄目だったか。
もういい。ちょっとずるいけど奥の手を使おう。
あいつには悪いが俺よりはマシかもしれない。
「セシル様、一個屋根の下で男のハロルドと一緒にいるのですから」
「申し訳ありません。ハロルドにも迷惑をかけるかもしれませんが着けたくありません」
ええ?これも駄目?弱ったな。俺はない頭を必死に動かしてあれやこれや言うけどなかなかうなずいてもらえない。
結局どんなにもっともらしいことでなだめすかしてもセシルは納得なかった。
致し方ない。背に腹は変えられない。俺も本気を出すことにした。
「セシル様、男は基本野獣なんですよ。自分のことは自分で守らないと。いつかパックリ食われますよ」
「そ、そんな……」
あれっ気がついたらひどいことになってた。セシルは頬を赤らめて視線を逸らしてしまう。そうして気まずい沈黙が訪れ、ぽたりと雫が一滴セシルの眦からこぼれた。
「お前、セシルになんてこと言ったんだ」
そのまま勇者ハロルドの胸で声を殺して泣くセシル様。
「その、ごめん、なさい?」
うわあああ。俺女の子泣かせて今めちゃくちゃ悪いやつみたいじゃないか。
「いえ違う…んです、ただ私がわがままを……言っただけで」
セシル様俺を庇ってくれてるみたいだけどその実余計にハロルドを怒らせただけだよ?
なんだろう。優しさって時に下手な悪意より恐ろしいよね。
そして俺は予想通り命の危機にさらされたわけで。
正義を振りかざす勇者ハロルドが俺にギロリと獣のような視線を向けてきた。
やばい。俺の命は今日で終わるかもしれない。そう思い俺は全力で駆け出す。
しかし。大事なことを忘れていた。
奴のステータスは俺のものを全て上回っていたのだ。だから当然の結果として。
「お前という奴はっ!」
「ひいぃっ!」
ハロルドは俺に詰め寄りすごい形相で睨み付ける。
「何を!」
「ぐへっ!?」
俺の胸元をつかみ凄む姿はもはや勇者の面影もなく。
「やったんだっ!」
「うがぁっ!?」
一発頭突きをかましてきた。
それ以上何も思い出せないのはなぜだろう。あははは。
ああそうさ!ここでは言えないあんなことやこんなことが…あったのかもしれない。
頼む!思い出させないでくれ!
まあ俺一人の力では無理だったという話です。
しかもその後勇者ハロルドに嫌味言われまくったし、振り返ったら自分でもセクハラしてるみたいで段々つらくなってきたし。散々な結果だったよ。
そうそうハロルドだけどさ、あいつも硬派気取ってるけど絶対むっつりだよ。だってもうやめてやれだの、あいつも嫌がってるだの正論じみたこと言うけどさ。下着がないと困るのは本人なんだからな!
結局俺だけじゃ埒が明かなくて最後はイーリスになんとかしてもらった。こういうとき頼っちゃうのは悪いかな、とは思うけどやっぱり新参者の俺じゃ無理だったし。うん。イーリスが行ったらすぐに解決した。何があったかは知らないけど奥の部屋でめちゃくちゃ大きな物音がしていたから、力技だったんだろう。
ああそうだ!下着の話でしたよね。
そうそう俺とイーリス一行は今ランジェリーショップの門で身構えていました。
なぜなら。
俺たちはどちらも入店なんかしたことがなかったから!