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第十一話

俺たちが入ったのは大都市の中でも比較的治安のよい区域にある貴金属店だった。

「こちらが新しく入荷した商品です」

入るや否や店員に声をかけられお値段やや高めのイヤリングやらネックレスやらの説明を聞くことになってしまった。まあ向こうも商売なので俺たちも適当に相槌を打つ。

「そちらのお客様にはラピスラズリの耳飾などいかがですか」

「いえ、今日は主の使いで参ったもので。私はただの付き添いです」

イーリスは気のない返事をする。女の子ならアクセサリーとか好きかと思ったんだけどそうでもなかったようだ。まあ俺が誘っただけなんだけどさ。

「そんなことおっしゃらず。せっかくの機会ですからこちらのものを一度試しに身に着けていただいてはどうでしょうか。気に入らなかったら別のものでも」

「いえ……」

店員に強く押されるとイーリスも強くは出られないようで流されるままに瑠璃色の耳飾を試着していた。

「どうですか……理人さん」

「ああ、よく似合ってるんじゃないか」

イーリスが上目遣いで俺の方を見る。豊かな黒髪を一房耳にかけてラピスラズリのイヤリングを着けている姿が妙に色っぽい。大粒の瑠璃がイーリスの透明感のある綺麗な肌によく映えて一瞬見とれてしまった。うん。二人して見つめ合うとちょっと気恥ずかしいな。

「馬子にも衣装ってやつか」

「……あなたに聞いた私が馬鹿でした」

一気に機嫌が悪くなるイーリス。あれっ褒めてほしかったのか。うーん女心は難しい。

「ああ、そんな意味じゃなくてさ。普段と雰囲気違うから驚いたっていうか…まあ綺麗なんじゃない?」

なぜ疑問系なんだとか自分でも思うけど、細かいところは突っ込まないで!俺だって場の雰囲気に流されてるだけなんだから!

「お洒落すると意外と大人っぽいというか、やっぱり女の子だったんだな、というか…可愛い…ような?」

口調がたどたどしくなるのは俺が人を褒めなれていないせいなのか、相手がイーリスだからなのか。深く考えると羞恥で死にそうになるのでとりあえず思考放棄します。

「そう!あれだ!お母さんがおめかしすると、ああこの人も女だったんだよなって気持ち?」

「……」

やばい。またイーリスの機嫌が急降下する。

「ち、ちがった!クラスの気になる子が急にお化粧しだして、やっぱり男ができたのかって嫉妬と失望と一抹の自己憐憫の情でどうにかなっちゃいそうな気持ち?」

「……」

うわあああ!その汚物を見るような眼差しを俺に向けないで。ただの冗談ですよ!

「ああ、ちがうちがう。あれだよな。……そう、あれだよ、あれ!」

ちょっと待って!今出てきそうだから!あと数秒間だけ我慢して!

「やっぱりまごにも…」

ああ、これ駄目だったやつだわ。もう何も思いつかないし適当でいいや!

「イーリス、お前は今輝いている!超可愛い!世界で一番綺麗だ!あとなんだ…イーリス最高!超絶美人さんの隣にいる俺マジ男冥利に尽きるわー!……もうこれでいいだろ」

「……」

なんだろうこのやらかした感じ。イーリスからも同情の目で見られるし今の俺ってもしかしなくても死ぬほど恥ずかしい男なのかな。

「すまない!これが俺の限界だ!もう勘弁してください!」

「もういいです。…ちょっと気になって聞いてみただけですから」

こういうときだけ使う妙なテンションで頭を下げるとそれがイーリスにも伝わったのか再びあのぎこちなさが場を襲ってくる。ああ気まずいんだよ!俺の馬鹿!


俺たち二人のやりとりが終わるのを見計らったように店員がにゅっと入ってきた。

「試着していかがでしたか」

俺たちが微妙な空気なのを変えてくれたのは幸いだった。

「ははっ。どうだイーリス」

話題をそらすなと目で咎められたけど気にしない気にしない。そして店員もさして気にした風もなくやおらに口を開きセールスを始めてきた。

「まあお客様、本当によくお似合いです。このラピスラズリは太平洋に浮かぶ小さな島国の一つのジャパンでは幸福のお守りとされているとても縁起のよい宝石なんですよ。この石がお似合いということはこれもきっと何かの縁でしょう。お客様には素敵な出会いがこれから先訪れるという前兆かもしれませんよ」

「は、はあ…」

笑顔を張り付かせて言いなれた口上でイーリスに畳み掛ける姿はまさにプロのもの。狙った獲物は逃さないといった雰囲気でじわりじわりと詰め寄ってくる。対するイーリスは困ったような顔で話を聞いている。

「し・か・も!このラピスラズリという宝石は古代エジプトでは王族しか身につけることのできない大変貴重な宝石だったんですよ。それがお似合いということはですね、お客様からは普通の人間では持ちえぬ素晴らしい高貴なオーラが漂っているということですよ。もしや前世ではどこかの国のお姫様だったのかも!」

「そ、そうですか…」

俺よりはるかにお世辞がうまいのはやはりお仕事だからなのでしょうか。本当に滑らかに口が動くこと。何食わぬ顔で褒め殺すのなんてお手の物。

「私しがない宝石商をしておりますがこれほどラピスラズリがお似合いな方は初めてです。ああっお客様に出会ってしまったのも本当に素晴らしいご縁です。ありがとうございます神様仏様。今私はミューズの化身ともいうべきお方に出会ってしまいました。このラピスラズリも大変喜んでいます。ええ私には石の心がわかるんですよ!」

「へ、へえ……」

店員は堂に入った話し方で客に口を挟む隙を与えない。言ってること微妙におかしくない?とか思ったやつ出て来い!俺もそう思ったから!

「どうですか。この美しい瑠璃の輝きを。まるで空や海を想起させる神秘的な輝きを秘めているようには思えませんか!?」

店員のちょっとスピリチュアルなノリについていけずイーリスも戸惑っているようだ。仕方ない。こういうときは俺の出番だ。

「あの、俺たち下見に来ているだけなんです」

「まあ、そういうことですか」

店員はふんふんと一人で納得してイーリスを解放してくれた。


「で、彼氏さん?彼女へのプレゼントってことはあれですか?」

イーリスが遠くに言ったのを確認した後俺は店員に再び捕まった。なんだろう。こいつすごく下世話なやつじゃないかとか言いたいけど言えないぞ?

「ついにゴールインですよね?二人は紆余曲折を経て、愛し愛されーの、人生山あり谷あり、病めるときも健やかなるときもってなるんでしょ!?」

店員テンションおかしくなってるし。俺の肩をつかんでまくし立てる姿はもはや責め立ててるようにしか見えないよ?

「ああ幸せになれコンチクショー!祝いたくないけど祝福するぜ兄弟!ああそうだ。俺たちはいつだって見送る側なのさ!」

気がつけばハンカチ握りしめながら熱弁ふるってるし。

「俺たちだって祝えるだけマシって自分に言い聞かせてるんだぜ!だって人の幸せ喜べなかったら自分も幸せになれないだろ!?」

素面でこのテンションって逆にすごいなとか俺はどうでもいいこと考えながら適当に相槌を打つ。これって別にセールスじゃないし仕事の一部とは到底思えないけど深いことは考えない。うんうん。考えない。

「俺だってねえいつかはあの子と一緒になるんだ、とか思った時代ありましたよ!?でもさ良い子はみんな先に色男といい雰囲気になってるしさあ。最初から勝ち目ないし?みたいな」

うわあ、この人俺と同じ人種だよ。嫉妬と失望と一抹の自己憐憫でどうにかなってる最中の人だよ。俺の将来こんな風になると思ったら目頭が。

「ああ、そうだよ!俺も仕事忙しいしー楽しいしーとか自分に言い訳言い聞かせてズルズルしてたらうん十年経ってましたよ!?親に孫の顔見せられないの悪いな、とか心の中で謝り続けてうん十年だよ!?」

俺の肩をつかむ力がさらに強くなる。

「そうですよ!もう半分諦めてるよ!だから落ち着いて人の幸せ祝えるんだよ!もう俺以外みんな幸せになりやがれってもんだい!」

逆切れ気味の上に、なぜだかべらんめい口調になってるし。

「だからお兄さん!さっきのやつお安くしておきますから!これくらいはどうですか!」

ものすごい勢いで算盤を弾いて俺の前に差し出す。

「これは私の宝石商としての最後の思いです!お兄さん、幸せになってください!」

片手で腕をつかまれ身動きが取れない。これは暗に買えって言ってるのかな?

「うーん、それはちょっ…」

「ああ何が気に入らないんですか!?お兄さんの彼女さん超美人じゃないですか。しかもさっき良い雰囲気でしたよ!?絶対チューしようとしてたでしょ。私には分かります!こういうちょっと暗くて狭いところってカップル大好きですもんね!?しかも彼女さん気強そうに見えて案外奥手そうだし。絶対強引なのに弱いでしょ!?ああいうの人目が気になっちゃうけど受け入れちゃうタイプでしょ!?私には分かるんです!」

話が段々逸れてくるのはなぜなんだ。あとこの性格だから恋人できないんじゃないと思ったのは俺だけじゃないよね。

「彼女さん恥ずかしがりだけどああ見えて尽くす系な雰囲気だし!これはあれですよね!?普段は派手な格好とか苦手だけど彼氏のためなら大胆な服装も頑張っちゃう系な女の子ですよね!?あれたまんないっすよね!?だって私服は清楚系なのに水着は露出度大目の紐ビキニとか!?うれしさ倍増ですよね!?」

テンション高すぎだしそれ半分くらいあなたの妄想ですよね。

「ああうらやま…おっと失礼。そうそう。お金の話でした」

「俺に買うつもりはありません」

「お兄さん、幸せになるには多少の犠牲を厭っていてはいけませんよ」

店員はさっきのうらみつらみからは信じられないほど爽やかな笑みを浮かべて、そろばんを俺の顔面ギリギリまで持ってくる。怖い。この人の執念とか怨念とか色々が詰まった営業スマイル怖すぎる。

「幸せになりたいんですよね?」

「……」

にっこりと微笑む店員を前に俺は何もいえなかった。なんだろう。この百戦錬磨の手誰を相手にしたときのような緊張感。

「幸せっていいものですよね?」

そろばんが顔にぶつかる。痛いし近い。

「幸せになるって素敵なことですよね?」

「……」

「し・あ・わ・せって、す・て・き・な・ことですよね!?」

「ふ…へい」

なすすべもなく俺はがくがくうなずいた。

「まいど、ありがとうございました!」

店員の素敵な笑顔が俺に向けられる。ああイーリス、今日俺はまた一つ賢くなってしまったよ。

「こちらが包装した商品です」

華やかな飾りのついた袋を手渡される。

「…ありがとうございました」

寒くなった懐を意識すると急に悲しくなってきたけど気にするもんか!

まあプレゼントは買えたから別に良いよね?


だけど俺は悲しい教訓を得ました。

「人の話は最後まで聞くな」

勉強代は高くつきましたとさ。

今回ギャグでこんな話になりましたが、あんな店員は実在しない…はずですよね?

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