第十話
さて、本題に戻ろう。
ただいま俺は魔族の一大事に直面していた。
えっ今までのことはそんなに大変じゃなかったのかって?
いえいえ命の危険くらいいくらでもありました。
でもここまで全世界に影響を及ぼしかねない危機は人生初です。
もったいぶらないで話を聞かせろ?はい、もっともなお話です。
では言わせてもらいましょう!
俺は!今!魔王の弟のセシルの下着を買うという!大事なお仕事を!仰せつかったのです!
せっかくの機会なのでエクスクラメーションマークを使わせてもらいました。
なにがびっくりって魔王の弟セシルは呪いにかけられていて巨乳の乙女姿に。しかも第九話のやりとりからなんと上のほうの下着をつけていないんだとか。そんな大事なことを放置したままセシルを匿っていた勇者ハロルドを二、三発でかしたとぶん殴ってやりたいです。
多分勇者ハロルドは孤高の俺様ぼっちだからこんなに素直で真面目な可愛い子に説教なんてできなかったと思うんだよね。これはぼっち特有の変なところだけ干渉しない個人主義に根ざしたことだから彼を責めることはできない。俺だって…いや俺のことはともかくさ。まあ下だけ女性もの下着を履かせた時点で勇者ハロルドは力尽きたんだと推察する。だって品がよくて優しそうで真面目な子が下着つけてないんだよ!?超絶特大サイズのツインメロンの金髪乙女がだよ?これは男なら放置するのが正解だよね?むしろ下もつけさせ…ゲフンゲフン。
ということでイーリスと二人で俺が元から住んでいた村の最寄の大都市にやってきました。えっ?魔王様の下僕としての仕事?一日で終わるわけないじゃん。あのあと庭掃除と風呂焚き忘れてこってりしぼられました。大丈夫。命まではとられなかったから。
途中で自宅に寄って必要な衣類やら商売道具やらをまとめ、村の様子も確認する。話を聞いた限り変わったことは起きていなかったから問題ないんだけど。でも俺に声をかける村民の皆とは少し距離ができてしまったのは実感した。もちろん魔族と契約した刻印は隠しておいたよ?でも雰囲気から何かを悟ったみたいだった。色々お世話になっているから挨拶はしておいたけど。
もうこの家に戻ることもないかなと少しセンチな気分に浸ってしまう。家の中はチャチな鍵がかけてあるくらいで大事なものは金庫にしまってある。時折村長の身内の何人かが掃除に来てくれているのでほこりはかぶっていなかった。
俺、素材屋として名を上げていたから商売のことでは重宝されていたんだけどな。確かにすごく親しい関係ではなかったけど仲はよかった。だから魔族の一員になってしまったのが少しだけ寂しくなった。
要はただの最弱勇者としての生活が終わってしまったってことなんだけど。
まあ皆とは会おうと思えばいつだって会える。たまに顔出せと村長も言ってくれたことだし。
ということで本題の下着探しならぬ大都市散策へ。
魔王様から必要な金はあらかたもらっていたけど金は大いに越したことはない。俺は一緒にもってきた幾ばくかの素材を売り払い資金の足しにした。
「まいど!」
買い取り業者のオッサンがウサギの皮やドラゴンの鱗、薬草の類と引き換えに銀貨数枚を渡してくれた。うん。久しぶりにしては上出来かな。
「それで私たちは衣服を探しに行くんでしたよね」
イーリスはいつものローブ姿で街を闊歩している。一緒にお供する俺は魔王様から支給された使用人服ではなく普通の勇者の姿。一見するとただの旅人だ。
「ああ、でもせっかく来たんだから他に見たいものあるしそっち先にしないか」
先ほどの銀貨が入った袋を持ち上げる。うれしいことにずっしり重い。
「はい。ではそうしましょう」
珍しく素直な返事をするイーリス。なんだろう。怒られないと変な気分がするって俺も結構毒されてるのかな。
「じゃあまずはアクセサリーを探すか」
「了解しました下僕さん」
勇者の格好をしているのにその呼ばれ方は何かとまずいくないか。
「……その下僕って名前ここだと異様に浮く気がするんだけど」
「他に何か候補があればそちらにしますが」
イーリスは淡々とした口調で俺の意見を聞く。この夕飯のメニュー変えましょうかくらいのニュアンスってどうなんだろう。
「うーん俺の本来の名前は?」
「そちらを使用すると魔王様から叱られます」
なんでも契約した時点で命名権は魔王に奪われてしまうらしい。だから俺の元の名前は使ってはいけないといわれた。忌み名みたいなものなのかな。
「じゃあイーリスがつけて」
自分で名前付けて変に格好つけてると気恥ずかしいし逆に地味すぎてもつまらない。まあただの自意識過剰なんだけどさ。せっかくだから頭のよさそうなイーリスに頼むことにした。
「……ボルクなんてどうでしょう」
数分間悩んで口にしたのはドイツ語で去勢された大人のオス豚を意味する単語だった。
「あの…それって悪口じゃないよね?」
「いえ、下僕さん家畜小屋で生き生きしてたので」
俺が家畜小屋で誤ってイーリスを押し倒したことまだ根にもたれてるんだろうか。自分がどう思われてるのかなんだか急に心配になってきた。
「仕方ないですね……じゃあリヒトでどうですか」
こちらはすぐに出てきた。というかこっちの方が絶対に先に考え付いた名前だよね。だって明らかにまともそうだし。
「じゃあそっちで頼む。書き方はどうしよう。漢字で理人でいいかな」
10話目にしてようやく名前を得た主人公の俺でした。
「了解しました。では理人さんアクセサリーショップに行きましょうか」
「そうだな」
時間とお金はたっぷりある。久しぶりの休日だし欲しいものでも揃えよう。
こうして俺たちはいつもの鬱蒼とした森の中にある城から抜けて、華やかで活気のある商業都市で休暇が始まった。