第九話
「で、どう誤解したらこんな状況になった」
勇者ハロルドは予想に違わずたいそうご立腹だった。まあ当たり前だよね。勝手に魔族に侵入された挙句大事なお家を木っ端微塵にされたんだから。
「ははぁ、申し訳ありません」
「頭を下げるんじゃなくて理由を説明しろといってるんだが」
「理由と申しましても、今あることがすべてです」
イーリスは家具の陰に隠れて雷魔法を使うわ、振り回しすぎて未知なる力に目覚めた犬の下僕22号は気持ち悪そうに火をはき続けるわではっきりいって最悪だよね。
「俺はただの家畜業者を迎え入れたつもりだったんだが」
「ははぁ返す言葉もございません」
不機嫌顔の勇者ハロルドは今にもぶちぎれそうだ。彼にしてみたら日常の何気ない風景が見ず知らずの魔族に滅茶苦茶にされたんだからそりゃ不愉快だろう。ごめん、悪かった。でもハロルドも悪人面だし、言動から誤解される要素はあったよね?なんて自分のことを棚にあげて言ったら俺は叩きのめされるのかな。
「謝ってすむならナントカはいらないんだけどな」
「ははぁおっしゃるとおりです。俺はそういう方にはお世話になったことがないもので想像が及びませんでした」
「いちいち回りくどい言い方をするな」
「ハロルド様ほどではございません」
ああいえばこう言う。それは俺のことです。だって理不尽なことって、された方からしたら最悪でもした方からするとああやっちゃった、くらいの感覚ってこと多いし、そもそもここで謝り続けても怒りが静まることはほぼないし。
むかつくのは当然だけどそれを百パーセント受け入れる必要もないはずだ。そう信じたい。
たまにいるからさ、人を怒りの捌け口にして滅茶苦茶当り散らす人。彼は根がいい人っぽいからどうにか謝るだけで済みそうだけどね。
「減らず口を」
「ははぁ申し訳ありません。恨むならこんな俺を育て上げてしまった俺の親と一族郎党を恨んでください」
「自分には責任がないと言いたいのか」
「いえいえ、俺一人の責任にしてしまっては少し物足りないかと思いまして。せっかくなんで出血大サービスを。俺だけでなく一族の者にも身を切らせますので」
「そんな配慮はいらない」
勇者ハロルドは血管が千切れそうなほどの怒りをどうにかこらえているようだ。さっきから拳を強く握っていて、しかもそれが小刻みに震えている。やばい。言い過ぎたかも。俺は小物っぽく体を縮めへらへらと笑った。
「ははっ言い過ぎました。申し訳ありません」
「だったら最初からやるな」
至極当然の返しが来る。ああそれが分かってるから聞きたくなかったんだよ。
「俺はハロルド様ほど聡明な人間ではないもので」
「はあ、人を勝手に卑屈だ、甘えてると言ったのはどこのどいつだったかな」
「誰でしょうかそんな命知らずな不届き者。まさかこれほど自信に満ち溢れすばらしい人格をお持ちのハロルド様にひどいこという奴がいるなんて。どこの誰ですかそいつ。俺が懲らしめてやりますよ」
「ああ俺もそいつをものすごく懲らしめてやりたい衝動に駆られているよ」
こめかみをひくつかせてハロルドはにたりと笑う。こういうところが悪人面なんだよな。というか今懲らしめてる最中だよね。
「根に持つ男は嫌われますよ」
「自分の言葉をすぐに翻す男はもっと嫌われるぞ」
お互いが睨み合う剣呑な雰囲気。なんだろう。前回死の瀬戸際であることないことわめき散らしてしまったのは悪かったとは思ってる。でもこの人も俺の命狙ってたよね。しかも追い詰め方が容赦なかったし。
説教したのは悪かった。だけどあれは俺の黒歴史だからさ。人間誰しも恥ずかしい過去の一つや二つあるよね?あとその話題には触れてくれるなってマジで言いたい。思い出すだけで恥ずかしい!
「言葉が変わったととらえるのではなく俺が成長したのだと解釈していただくとお互い幸せになれる気がしますが」
「そういうのなんていったかな。無責任の考えなしだったかな。それとも自分の都合だけしか考えない身勝手野郎っていうんだっけな」
「ははぁハロルド様はたいそう賢い方ですね。俺は学がないもので」
なんだか自分がどこかの誰かに似てきているような気がする。ああ家畜小屋の使い魔さんか。ホントいらないところばっか人の影響受けるんだよな俺って。
「謙遜と自己卑下は違うんだけどな」
「胸に刻んでおきます」
ハロルドが怒るのはもっともなんだけどさ。どうしてかこの人って言葉がきついんだよね。だからギルドでもぼっちだったんじゃないかと俺は思った。まあ端的に言うと超絶俺様の喧嘩好き。野球で言えばピッチャーで四番で実力はあるんだけどチームプレーが大嫌いでメンバーを叱り飛ばす奴。またの名を努力至上主義、孤高な俺様カッコイイ病患者。まあこれは言い過ぎかな。
ああ、俺だって口喧嘩は嫌いなんだよ。でもそれで負けるのはもっと嫌いなんだ。
つまるところ俺たちは似たもの同士なのだ。だから相性が決定的に悪い。それはもうそりが合う合わない以前のレベルで。
「うるさいんだよこの言い訳大好き人間」
「うるさいんですよこの俺様な自分大好き人間」
最終的にはただの悪口の言い合いになってるし。というか会ってちょっとしか経っていないのになかなかひどい。俺もびっくりしている。
こうして二人でいがみ合っていると近くから凛とした少女の声がした。
「そのくらいにしてくださいお二人とも」
旅の目的であった魔王の弟のセシルだ。どうして女の子の格好をしてるかって?俺もそれは知らない。話を聞いた限りでは何かの呪いらしい。
「そうだそうだー。ハロルド怒られてやんの」
「むっそれはお前もだろう」
勇者ハロルドは少女に諌められてばつが悪そうだった。ちょっとだけ胸がすくような思いをした。
「へへっ俺はちゃんと謝ったしー。お前ほど口悪くないしー」
「むっ」
どうやらこの男はセシルの前ではいい人間でありたいらしい。それが面白いのでもう少しからかってみる。
「もしやハロルド、女の子相手だと尻に敷かれるタイプ?ひゅーひゅーカッコイイ}
「静かにせんか」
「あれー恥ずかしがっちゃって。謙遜と自己卑下は違うとか誰かが言っていたような」
「…むっ」
必死に怒りをこらえている様が勇者ハロルドの表情から見て取れる。やっぱり愛の力って偉大だな、なんて思いつつ相手の少女を見やる。
「もうっお二人とも!」
首元に魔族の証でもある黒い宝石をあしらったネックレスをしたセシルは胸の前で手を組んで俺たち二人を叱ってくれる。だが悲しいかな。その困ったような表情が俺の嗜虐心に火をつける。
簡単に言うと最近どぎつい魔王様やイーリス、使い魔さんのおかげで使用人気質が身についてしまった俺が久々の初心な反応にはしゃいでしまったわけだ。
もう優しいって罪だよね、とか勇者ハロルドが惚れ込んでいる相手だということも忘れて一瞬気持ち悪いこと言いそうになる。だって超絶かわいいよ。
絹糸のような金髪に魔王様とそっくりの緋色の瞳。そして極め付きはやはり魔族の力なのか。あどけない顔立ちに反した出るところが出た豊満な肉体。地味な使用人服を着てるからよく分からないけど結構大きいよねあれ。しかもそれでいて動きの一つ一つに気品のようなものがあるんだからいいよね。いやーたまには怒られるのもいいかな、なんて少し矛盾してるなと思いつつ、ついやにさがってしまう。
「下僕さんもいい加減にしてください」
聞きなれた別の少女の冷たい声を耳にして現実に戻る。
「あれっイーリス無事だったのか?」
てっきりハロルドにやられたとばかり思っていたので素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ええセシル様に治していただきました」
少し不機嫌なのは俺のせいなのか?そう思いつつも色々怖いので具体的にどうとか聞く気にはなれなかった。だってやっぱり怖いし。
「というかハロルドー。よくもイーリスに怪我させたなー」
「いや俺は…」
ついでに思い出したので勇者ハロルドの首を締め上げる。彼も少しだじろいだが以降は抵抗しなかった。変なところ素直だな。
「俺も生きた心地がしなかったんだからなー」
「それは…俺のせいでは…」
そして平然とやってのけてしまう自分自身に再びびっくり。なんというかこういうとき俺は魔族の一員になったんだなとか実感する。
「言い訳は駄目だぞー」
「…言い訳じゃない」
勇者ハロルドは憮然とした顔でそう答える。
「下僕さんそれはこの村にかけられた魔法です」
「魔法?」
「ええこの地域一帯には反撃の魔法がかけられてるんです」
イーリスの説明によれば勇者ハロルドが来た直後から魔族の魔法を吸収、反射する作用のものが発生したらしい。詳細は不明だがそれは魔王の弟のセシルが呪いをかけられた時期とも一致する。つまり魔王のベルゼブブ家は誰かに狙われてるそうだ。
「セシル様の呪いって?」
「女性の姿になってしまったことです」
イーリスが答えると少女は恥ずかしそうに俯いた。そうして体を隠すように腕を組むと大事な部分が協調されて二重の意味でやばい。
「お恥ずかしい限りです。本来ならベルゼブブ家の跡取りは私なのに」
「いえセシル様に責はありません」
セシルって一応男の子なんだっけ。あまりにか弱くて可憐だからぜんぜん気づかなかった。
「気に病むな。お前がどんな姿でも構わないだろ」
「…そうですね」
勇者ハロルドもフォローのつもりか頭をぽんぽんしている。なんだか両思いのカップルみたいだよな、なんて思ったが、考えてみれば男同士だった。そう考えると結構危ない構図だな。
ギロリ
冷たい視線が向けられ俺は我に返る。
「何だよ」
「今失礼なこと考えてただろ」
なんだこいつ。めちゃくちゃ怖い。というかこれは嫉妬か。ハロルドは番犬が飼い主を守るように険しい表情で睨んできた。やばいだろこれ。男だけの三つ巴なんて勘弁してくれよ。
「やめてくださいお二人とも」
そしてとりなしてしまうセシルも単体で結構危ないというか危機意識がなさ過ぎるだろ。
「いいんだセシル」
「…でも」
口ごもる姿もなんていうか男がつけ込みたくなるんだよな。人が良さそうな雰囲気といいちょっと自身のなさそうな顔つきといい。
「こいつが下品なだけだ」
「そうですセシル様」
援護射撃をするイーリス。ちょっとぐさっとくる。なんだろ。女の子に冷たく言われると意外と傷つくよね。
「ということでお前たちには引き取ってもらいたいのだが」
「待ってくだ…」
「そうしたいのは山々ですが魔王様から仰せつかったことがありまして」
完全に俺は蚊帳の外で話が続く。イーリスさんには敵いません。そして忘れてたけど当然といった表情でなに騎士気取ってやがる勇者ハロルド!
「なんだそれは」
「セシル様のことです」
イーリスは困ったように眉を寄せて勇者ハロルドの耳元にこっそりと何かを告げていた。
「…それは」
「魔王様の願いです」
何故か彼は顔を赤くしていた。さてはお前むっつりだな。
「俺にはできない」
「いえ私も仕事ですので」
なんだろうと気になりイーリスのほうを見ると目をそらされた。あれっ少し傷ついたぞ。
「なあハロルド。俺にも聞かせてくれよ」
仕方がないので勇者ハロルドの腕をつかみ、力を入れる。
「俺の口からは……」
「そう硬いこというなって」
さらに力を入れると音を上げたのか男は弱弱しい声で告げる。
「セシルの衣服を買い与えよという話だ」
「それがどうして問題なんだ」
俺が首をかしげると勇者ハロルドは小さな声で耳打ちしてきた。
「セシルは女性ものの衣服を嫌ってな」
ふんふん。それがどうしたんだろう。
「特に体を締め付けるものがいやだといってな」
ああ女の子の服ってぴったりしたものも多いからね。でもそういうのが苦手なら避ければいいんじゃない?そう言い返すと男は複雑そうな顔をした。
「避けて通れるものならしていたんだけどな」
なんだか深刻な話らしい。これは真面目に話を聞かないと。そして礼儀として襟元を正して、姿勢を直した俺にとんでもない一言が告げられた。
「その…下着は身に着けないわけにはいかないだろう」
なんとか下だけは履いてもらったんだが、といらないことまで付け足される。
つまり。
魔王の弟セシルは今大変なことになっていたのだ。