ソルダートへの夜襲 -3
―――混乱続くソルダート王国。
ゾンビが発生してからおよそ五時間経過。
二時間にも及んだ会議が終わった後、モーリスは再び兵士たちの待機室に向かった。
「状況を説明せよ!」
扉を開け放つと同時に、彼は室内の兵士に問う。
情報を集約するために残っていた兵士たちの一人がそれに反応し、説明する。
「はっ! 屍体は現在城門前二百メートル付近まで接近。住民の避難は城門前を含め、おおむね西へと避難を完了しました。ただ……」
「ただ?」
「……西側の避難が進んでおりません。城壁の外に出ることを躊躇っている住民が思った以上に多いようで、救援を要請した国の救援が来るまで出たくないとの声が非常に多いです」
「馬鹿な……ソルダートの兵士が避難を援護するのだろう?」
「……はい。ですが、やはり国から離れたくないという住民が……」
「……クソ」
モーリスは頭を抱える。
それでは避難の意味がない。ゾンビが発生しているのは城下町内。
つまり、この中に居る限り危険なのだ。
しかしそれでも逃げようとしない住民。
それは、この国こそが最も安全だという信仰故に他ならない。
今まで築いてきたソルダート王国の栄えある歴史。
絶対的平和の神話。
それが悪い意味で住民の心を繋ぎ止めているのだ。
―――それは住民だけではない。大臣らも同じだった。
さきの会議、出た結論を要約すると『住民の避難と城を守ることに専念しろ』である。
(それだけのことに何時間使ったんだ……)
思い出すだけで、モーリスの腸は沸騰しそうになる。
今頃大臣らは城を放棄した場合に備えて避難する準備を整えているだろう。自分たちのことしか考えていない。
今まであんなに人間に国の運営を任せていたと思うとぞっとする。
「……嘆いても仕方ない」
彼は思考を切り替え、兵士たちの指示を出す。
「城の防衛は他の部隊に任せる。こちらはとにかく住民の避難が最優先とする」
『はいっ!』
「確認だが、住民は自らの意思で外に逃げたくないといっているのだな? 何か障害があるわけではないのだな?」
その質問に、先ほど答えた兵士が「はい」と再び答える。
モーリスは「ふむ」と思考する。
――――つまり外への『不安』があるから逃げたがらないということだな。
城下町を覆っている城壁の内部よりも、外部の方が危険だと思い込んでいる。
そして兵士が護衛するといっても、それでも逃げたがらないのは、兵士への信頼がないからだ。
おそらく城門を閉めたことが影響している。あれが悪印象を植え付けてしまった。
「城下町への依存と兵士への不信感……」
これらを払拭しない限り、住民たちは動かないだろう。自分達がおかれている状況を理解できていないならなおさらだ。
―――問題を解決するには、二つの方向がある。
一つは兵士への信頼の回復。
しかしこれには巧みな話術とカリスマ性が必要になる。
まず『なぜ城門を閉めたか』、これについて大衆が納得するような、正当かつ明確な説明が必要になる。
そして大衆を導くだけのカリスマ性。
それらがなければ回復は難しい。
―――これができるのは、王を除けば大臣の誰かになるが……
果たして今の状況で、そんな芸当をできる者が残っているだろうか。
モーリスは先程の会議を思い出し、力なく首を横に降る。
そんな大臣は、今この国には存在しない。
かといって王の帰還を待っている時間もない。
兵士に説明させる訳にもいかない。こういう演説関係のものは、人望があるか、ある程度高い地位にいる人間でなければ効果がない。
故に王か大臣ということになるのだが、現状それは厳しい。
………………そうなると、必然的に二つ目になるが……
「……」
考えて、モーリスは頭を抱える。
――――これはできない。
もうひとつの案。
それは城下町が安全ではないと、夢を見ている住民に現実を叩きつけること。
だが普通に説いて回っても効果はない。
なにより、現在そうして――――つまり説明して住民を誘導しようとしているのだ。それで住民たちが動かなくて困っているのだ。
故に、より効果的行うなら、それは……
「城の一つでも爆発させてみる、というのはいかがでしょう?」
「いやいや、そんなことできるわけないだろう……」
「ですがインパクトはあるかと」
「インパクトって……」
「冒頭のインパクトというのは大変重要でございます。それによって、読者が本を買ってくれるかどうかが決まります」
「って、いったいお前はなんの話を…………え?」
そこでようやく、モーリスは違和感に気がついた。
今、話していた声。
男しかいないこの部屋のなかで……
女性の声。
とっさに顔をあげたモーリス。そして突然現れた彼女に驚く兵士たち。
そんな人間たちの視線に囲まれ、『フライデー』は一礼する。
「残念ながら――――――時間切れでごさいます」
刹那、
赤い噴水が部屋のあちこちで上がった。
気づけば、フライデーの袖口からは大量の槍が飛び出しており、それが兵士たちの首をはねたのだ。
首を切り終えた槍は、フライデーの袖口に吸い込まれていき、彼女は何事もなかったかのように部屋を出ようとする。
その途中、彼女は一度だけ足元を見た。
そこには切られてなお、まだ微かに息のあるモーリスが――――首だけになった彼が転がっており、半ば空虚になった目でフライデーを見上げていた。
「―――ぁ……………」
そんな彼の前に、フライデーはしゃがみ、
「結局、あなたも従順な手先の一部だったと言うことです。いろいろなことに対して不満を持っていたようですが、それも口だけ、または心だけの『指示待ち人間』。だからあっさり殺された」
手先は結局、脳を持たない手先に過ぎません、と。
そうしてモーリスの意識が消えるのを見届けてから、彼女は部屋を出た。
廊下に出ると、彼女を見つけた兵士たちが武器を構えて迫ってくる。
それに向かい合い、フライデーは袖口からあらゆる刃物を飛び出させ、戦闘体制に入る。
「それでは、私フライデー、侵略させていただきます。人間の皆々様、死のお覚悟を」
袖口の刃物はやがて連なり、折り重なり、銀色の翼を形成する。
フライデーはその翼を兵士たちに向けて凪いだ。
埃を払うように、何気なく。
それだけで集まっていた兵士十人余りの体が細切れになった。
そうして翼を数回振り回し、とりあえず集まった兵士を一掃した彼女はふと窓の外を見る。
「夜が明けるまであと三時間強ですか……それだけあれば十分に城を落とせますね」
さて、と彼女は一息吐き、廊下を歩き始めた。
目的は場内に居る人間の駆除。
逃げる者は追わないが、挑んでくるものは破壊する。
「まずは一階から、順々に行きましょう」