王と雷光
―――ソルダート王国が魔王とケーラ王国の策略で陥落寸前な状態にあったころ。
ソルダートから遠く離れた森の中。
「……そろそろ時間か」
月の角度を確かめながら、少年は短く息を吐いて気構える。
それに隣に居た少女は自分の武器の調子を見ながら、
「そうね。病み上がりなんだから無理しないでよ?」
なんて少年に声をかけるが、その声はやや諦めが見える。彼に何を言ったところで無意味なのは、彼女が一番分かっているからだ。
少年の、瞳の奥にある光が強まる。
抜身の刃の如く、また野獣の如く、獰猛で鋭い眼光。
「――――――ぶっ殺すぞ」
魔族の少年は、刃を構えた。
・・・
魔族に占拠されたドルン城の奪還……を失敗したソルダート・ストレングスの軍は、森を抜け、平野で野宿をしていた。
見晴らしのいい小高い丘の上。
この場所なら夜襲があっても敵を発見しやすいと、選んだのだ。
晴れ渡った夜空の下。
松明の明かりと、兵士の眠るテントが点々としているなか、一際大きく立派なテントがある。
そこにストレングスは居た。
彼は他二人の兵士と共に、テーブルの上に地図を広げていた。
ドルンからかなりのハイペースで馬を走らせ、現在、ソルダートまで残り3日ほどのところに来ていた。
幸いにもここまで魔族などの襲撃はない。
しかし、逆にストレングスはそれを訝しむ。
「……」
―――おかしい。なぜ襲撃がない。
彼は二人の兵士を見る。彼らは襲撃がないことに疑問を抱いているようだが、それに安堵している節がある。
ストレングスは逆だ。
まるで、嵐の前の静けさのようだ、と。
先に、伝令を城に向かわせたのは、その心配があったからだ。
狙いが国王でないなら、王国では? と予想したが故の策だった。
その伝令が、そろそろ城についている頃だ。到着しだい、伝書の鷹を飛ばせと命令してあるため、情報はそれを待つしかないのだが、
――――――何もなければいいのだが。
そう城を案じつつ、ストレングスは連合会議でのヴォールの言葉を思い出していた。
先んじて兵を送ったソルダート。それをやめるようにヴォールは再三言っていた。
『敵の戦力や戦術も分からないままに攻め入るのは少し待ってくれと言っているのだ。もう少し様子を見てからでも遅くない』と。
それを無視して突撃し、この様だ。
まったく、気にくわない。あのヴォールの言葉のままではないか。
「……なんてザマだ」
思わずそう吐き捨て、頭を抱える。
その様子に兵士たちはなにも言わず、ただ心配気な視線を向ける。
……ストレングスは理解していた。それが、何かに縋る目だと言うことを。
兵士たちは手足だ。
そしてそれを束ねる王が脳なのだ。
脳なき手足は朽ちるだけ。
だから彼らは王に縋る。頼る。それが自然な流れだ。
故に王は、常に毅然としていなければならない。
「―――とにかく、今は一刻も早く国にも戻らねばならん」
思考を切り替え、淡々と指針を告げるストレングス。
これ以上死傷者を出すわけにはいかない。
「明日はより急ぎ、国に着くようにする。故に備えて今日は各自休息を―――」
そう切り上げようとした、
矢先のことだった。
「た、大変です!」
一人の兵士がテントに跳び込んできた。
その血相を変えた顔を見て、他の兵士たちのただ事ではないことを悟り、表情が強張る。
しかしストレングスはそれを理解しつつ、落ち着きを保って問う。
「何事だ?」
飛び込んで来た兵士は、必死に呼吸を整えながら叫んだ。
「て、敵襲で――――」
そして、それ以上言葉が続くことはなかった。
彼の首に一本の矢が刺さったからだ。
「て、……ぎ……ぁ……」
絞り出すような、苦悶の声を最後に漏らして倒れる兵士。
それを見て他の兵士たちは即座にストレングスの前に立ち、身を盾に守ろうとする。
しかし、
「退け! 邪魔だ!」
「お待ちくださいストレングス様!」
そんな兵士たちを無視して、ストレングスはテントの外に飛び出した。
そこに広がっていたのは、地獄だった。
至る所で燃え盛る炎。
転がる死体。
兵士たちの悲鳴。
魔族たちの歓喜の奇声。
「……」
その光景に、彼は言葉を失った。
その光景に、彼の心は砕かれた。
それほどに圧倒的で暴力的で、残虐的な光景だったのだ。
悲鳴と、焦げた臭いに混じって漂ってくる生臭い鉄の臭い。
「王ッ!」
慌てて出ていた兵士が駆け寄る。
と、そこに、ストレングスを射殺そうと矢が飛んできた。
兵士は剣を抜き、それを弾いてストレングスの手を引く。
「王! ここはもうダメです! お逃げください!」
「……逃げる?」
地獄を目の前にして、砕けかけた彼の心を、その言葉が繋ぎ止めた。
「逃げるだと? この俺が?」
静かに、ゆっくりと兵士の方を見るソルダート。その瞳には再び光が宿っていた。
その鋭い眼光に、兵士は気圧され口を噤む。
「す、ストレングス様……」
「答えよ。俺は……何だ?」
辺りに広がる惨状。
いつ命を失ってもおかしくないこの状況で、しかしソルダートは落ち着いた口調で問う。
恐ろしいほどに、落ち着いた口調で。
「答えよ」
「……我らが王でございます」
「そうだ、王だ。俺はストレングス・ソルダート。ソルダートの国王だ」
そして彼は立ち上がり、兵士を見た後、目の前の地獄に目を向ける。
そしてその中で逃げ惑っている兵士たちを見る。
そして―――――
「――――――逃げるなッッ!! この臆病者どもがッッッ!!!」
彼の怒号は大気を震わせ、地獄の隅々まで響いた。
その声にソルダートの兵士だけでなく、襲ってきた魔族たちまでも硬直し視線を向けた。
彼の一喝で、全員が、場の全てが動きを止めた。
静寂の中、視線の中心で、ストレングス……
否、
ソルダート王国国王『ストレングス・ソルダート』は、前に出て腰から剣を抜き、掲げる。
「俺はストレングス・ソルダート! 王だ! 王は逃げんッ!!」
そこに矢が飛んでくる。
魔法を帯びた矢。おそらく二キロ以上先から狙撃しているのだろうが、それでもなお威力が落ちないよう風の魔法が施されている。
それにストレングスも兵士も気づき、兵士はストレングスを守ろうとする。
しかし、ストレングスは剣を構え、
「王とは、国の道しるべである!!」
彼の頭蓋を射ぬかんとした矢を、
「故に王は戦場に立ち、道を切り開く!! どれだけの犠牲があろうとも!!」
ガキンッ――――
矢を切り払った。
魔法を帯びた矢を、剣術と剛腕、肉体の力のみで切り飛ばした。
そして兵士たちに告げる。
「付いてこい臆病者どもよ! そして俺に示せ! お前たちは勇者であると!! さすれば俺がソルダートに真の平和と、繁栄と、最強を約束してやる!」
戦え、勇者どもよッッ!!――――――、と。
彼の言葉が、さっきよりも、より深く戦場に、兵士たちの中に響いた。
一時の静寂の後、
地獄の各地で、小さな火が起こった。
叫びという小さな声が。
ソルダート兵士たちの叫び。
それは互いに共鳴するように次第に大きくなっていき、一つの大きな波となる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」
剣を振り上げる兵士たち。
その様子に今まで優勢だった魔族が怯み始める。
形勢が逆転。
「―――――うるっせえなッ! 猿ばっかりかよッ!」
その叫びの嵐の中を、一筋の雷光が駆けた。
そして雷光は戦場を駆け抜け、一息でストレングスに肉薄し、刃を振るう。
それにストレングスも反応し、剣で受け止める。
ガギンッ―――――――
鉄と鉄が激しく交わる音。
その手応えに、『ブリッツ』は獰猛な笑みを浮かべる。
「王とか勇者とかどうでもいいんだよ! とりあえずさっさと死ね!」
「雷を身に纏うの魔法……そうか。ヴォールからの情報にあったな。お前が主犯格の一人か」
衝突の後、ブリッツは一度距離をとり突撃の構えをとる。
それを見て、ストレングスも剣を構える。
「荒い太刀筋だ。それで俺を切れると思っているのか?」
「お前の方こそ、そんなノロマな剣で俺を切れると思っているのか?」