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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第七章 『思惑と思い』
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ソルダートへの夜襲

 冷たい月光のもとには、ぬるい空気が漂っている。


 ソルダート城、その城下町前の門の見張り台には、男が一人いた。

「ふあぁ~……ねみぃー」

 今日、見張りの当番となっている男は大きく欠伸をし、月を見る。

 雲はなく、快晴といえる夜に浮かぶ三日月。

 遠くから聞こえる虫の音が、より静寂を引き立てている。そんな静かで平穏な夜。

 男は「平和だなぁ」と心境を吐露し、ため息を吐いて舌打ちをする。


 ―――何でこんな日に見張りなんだ。

 要らねえだろ。誰が攻めてくるってんだよ。


「ったく、せっかく王様も兵士長も遠征にいって楽できるってのに、最悪だ」

 男は文句を垂れる。


 楽できる、そう考えているのは彼だけはない。

 現在、ソルダートにはストレングスも主力兵士たちも半数以上出払ってしまっている。

 故に残っている少数の管理職たちで、多数の部下を監督しなければならないのだ。

 そうなると自然、管理しきれない部分が出てくる。

 普段厳しい上下関係の中にいる兵士たち。その不満や、束縛からの解放感が兵士全体に蔓延していた。


 見張りの男は門の外ではなく、中の城下町を見る。夜になり、大通りには多数の明りが灯っている。店の前の明かりだ。その明かりに引かれるように人が店に入っていく。仕事終わりにいっぱいという感じだろう。

 ――――――羨ましい限りだ。こっちは仕事だっつうのに。

 夜勤だってのに手当ても何も出やしない。

「はぁ、損するばっかりだな兵士わ」

なら・・死んで再就職というの・・・・・・・・・・はいかがでしょう・・・・・・・・?」

「へ?」

 冷たい、淡々とした女の声。


 それに振り向いた刹那。

 男の視界がぐるりと反転した・・・・・・・・

 最後に、逆さまの世界で目にしたのは……

「めい、……ど?」

「はい。冥土メイドでございます。ご愁傷さま」

 

 べちゃ――――――、と。

 血しぶきを上げて男の死体が転がる。

 それを見下ろして、

「失礼。首を切り落としてしまいました。これでは『ゾンビ』に再就職は無理ですね」

 フライデーは頬に付着した返り血をハンカチで拭う。

 そしてハンカチを捨てると、

「それでは、―――――侵略を開始します」

 彼女は見張り台から飛び降り、門の管理室へと向かった。


      ・・・


 ソルダートの城下町。

 賑わう大通りの繁華街。

 城下町の入口から城の門まで続いているこの通りは、大陸でも有名だ。

 昼は商人や住民の声で賑わう商店街、

 夜は兵士や旅人を癒す飲み屋街と二つの顔を持っている。

 故に通りは、夜だというのに光で満たされており、毎夜お祭り騒ぎのような状態となる。

 今日も例にもれず酔っ払いたちが声を上げて、通りはうるさいほどの賑わいで満ちている。

「まったく、ソルダート王サマサマだよなー!」

 ごった返した人の波の中、誰かが言う。

「ほんとだよな! 俺らがこうして気ー抜いて酒飲めんのも、王様が平和を守ってくれてるおかげだーな」

 なんて声に対し、

「ああ? 誰だ? そんな間抜けなこと言ってんのは?」

 どこからか別の酔っ払いの声が上がる。

「へーわへーわってな、そのへーわ守ってんのは俺ったちらぞ!」

「そーだそーだ! おーさまはなーんもしてねえよ。街だってちょーちょーとかしちょーとかぁ、その辺りがしきってっから良い街になんだよ。オー様なんてお飾りだっつーの」

「ああ? おいダレらぁ! 国王様をブジョクしたのはぁ!!」

「うるっせえ! どいつもこいつもぅるっせえぞ!」

「おお! 喧嘩だ喧嘩だ!」

「やれやれぇ(笑)」

 なんて、愚痴や陰口はやがて暴言、罵詈雑言へと変わっていき、その喧騒は歓喜の声に囲まれていく。

 これもまたいつもの光景だ。

 が、やはり風紀を取り締まる人間が少ないからだろう。今日はいつも以上に、良くも悪くも通りは活気に満ちていた。

 その様子、客の何人かは冷めた目で見ていた。

「今日はもめ事が多いなぁ……」

 なんてカウンターで焼いたカリカリのチーズを齧りながらビールを飲んでいた男はため息を吐く。

 と、飲み過ぎたせいだろう。男を尿意が襲う。一瞬『トイレに行こう』という案が浮かぶが、それはすぐに消え失せる。この活気で時間帯だとトイレはおそらく最悪の状態となっているだろう。上と下から噴出した汚物まみれのトイレには行きたくない。

 ということで彼は金を払うとそそくさと店から出て、人通りのない真っ暗な路地裏に入る。

 そこでズボンを下げて、下の方を解放する。

「ああー……くせーな」

 食べたものが悪かったからだろう。自分のものだが酷い臭いだ。それとも誰かがどこかで用を足しているのか。

 男は路地の奥の方を見る。暗闇で何も見えないが、本当に酷く臭い。まるで死臭だ。

「へへ。どんなクソしたんだよ。そして俺もどんだけ出んだよ。飲み過ぎたな完全に」

 と、笑っていると路地裏の闇から人影が現れる。

 フラフラと歩く男性の人影。

 どうやらその男性からその臭いがしているようだ。

「おい、クセぇーぞお前」

 小便の切れを確かめながら、男はフラつく男性を嗤う。

「……」

 しかし男性は特に気に掛ける様子はない。

 そう無視されたことに少々苛立ちを覚えた小便男は、終えた後下の方を終うのも忘れて男の胸ぐらを掴む。

「おい、くせーって言ってんだよこの汚物男」

「……」

「おれはなぁ、喧嘩が大嫌いなんだよ。けどなぁ、それ以上に人のことを無視するクソ礼儀知らずが一番嫌い、―――――――」

「……」

 それ以上、小便男の暴言が続くことはなかった。

 何故か。

 当然だ。人間は喉で声を発している。

 その喉がなくなれば・・・・・・・・・、喋れるわけがない。

「ぁが、こッ……」

 喉を喰い千切られた・・・・・・・男は、断面から真っ赤なパイプをさらしたまま、地面に倒れて動かなくなった。

 その倒れた男に、ふらつく屍体の・・・男性は飛びついた。

 そして――――――


 ぐちゃ、くちゃ、べちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、―――――――


 顔を、腹を、腕を、足を、片付け忘れた男のシンボルを、ありとあらゆる所にかじりつき、食いちぎる。

 しばらくして、男のいたるところから骨が見えるようになったころ、ようやく男性は食事をやめる。

 そして再び立ち上がり、フラフラと歩き始めた。

 真っ暗な路地裏から、賑わう大通りへと。

 そして、大通りの喧騒は、一層大きなものへと変わっていく。



 歓声、奇声、大きな歌声から、


 悲鳴と絶叫入り交じる

 阿鼻叫喚へと。


      ・・・


「何事だ!? いったい何があったんだ!?」

 城内兵士の待機室にて、管理職の男『モーリス』は声を上げて状況を問う。

 しかし休んでいる最中だったのだろう、切羽詰まった声とは対照的に、その姿はひどく間抜けだ。

 明らかに慌てて着替えてきた、着崩れた鎧をまとい、モーリスは狼狽している兵士たちに情報を求める。

 しかし、兵士たちも何が起こっているのか、どうしていいのかわからず、しぱらく誰も発言をしなかった。

 一分後、ようやく若い兵士が一人、周りから小突かれるようにして前に出てくる。

「そ、ソルダート城下町が攻撃を受けていると思われます!」

「思われる? 確かな情報ではないのか?」

「それは……」

「口ごもるな! 分かっていることだけ速やかに話せ!」

 本当に攻撃を受けているなら、一秒の猶予もない。そんな状況で判断しなければいけない場合、情報の精度もそうだが、何よりスピードが命となる。

 モーリスが一喝すると、兵士はようやく気持ちを切り替えられたようで、分かっているだけの情報を話す。

「はい! 十数分前に城下町で敵軍団ど思われる集団の発生を確認。そして今ほど、その集団が『屍体』であるという報告が見回りの兵からありました!」

「屍体……ゾンビだと?」

「はい。しかし、それが城壁外部から侵入したものか、内部で発生したものかは不明であります。しかし、主な出現場所が東城門付近であること、加えて東城門の管理室と連絡がとれないことから敵による進軍である可能性が高いと思われます」

「はじめからそう伝えろ!」

「申し訳ありません!」

 ようやく情報を共有できたものの、モーリスはため息を吐く。

 ――――――兵士たちの顔に、緊張感がない。

 戦いのためのピリリとした緊張感が欠落している。

 あるのは不安ばかりだ。誰か何とかしてほしいという女々しい不安。

 単純な数、個々の戦闘力のみを評価すれば申し分ない。

 しかしそれらが一丸となっていない。組織として機能していないのだ。

 今までは国王や騎士団長、兵士団長などがいて主な指示を出していて、規律があり、強固な組織となっていた。

 しかし現在国王らは不在。戦闘力があるとはいえ、今居るのはまともに戦場にたったことのない者ばかり。

 侵略にせよ内部テロにせよ、完全に隙を突かれた。

 とりあえずモーリスは数人の班長を選抜し、城下町から敵を入れないよう、防御を固めること、城下町の住民を速やかに安全地帯に避難させること、そして引き続き情報を集めるよう簡単に指示を出すと、身なりを整えて会議室へと向かった。

 兵の待機室に向かう前に、管理職以上は全員会議室に集まるよう伝達があったのだ。

 おそらく大臣らが情報を欲しているのだろう。しかし今兵士待機室の様子をみて、現状を聞いた限り、そんな悠長に会議などしている余裕はなさそうだ。

 ―――俺一人だけでも、欠席して現場に向かうべきだろうか。

 そう思ってはいるものの、国に従順な足は、自然と会議室へ歩を進めていくのだった。

 と、

「ん?」

 歩いていた廊下の窓から、城門が見えた。

 そこには数人の兵士が居て何かをしている。そして城門から集団が駆け込んできている。

 ――――あの駆け込んできているのは…………住民か?

 いったい何事だろうか。まさかもうそこまで敵が攻めてきているのだろうか。

 そう思っていた、次の瞬間、


 ゴゴゴゴゴゴッ、―――――と。


 何かとてつもなく重いものが動く音がした。

 モーリスは城門を注視する。すると、

「……―――ッ! 城門を閉めているのか!?」

 そんな馬鹿な。住民の避難もまだで、しかも城下町には兵士だって残っているはずだ。

 その状況で門を閉めるなど、民を見捨てるようなものではないか。

 城外も城内も、いったい何が起こっているのか。

 ―――早く現状を確認せねば。

 モーリスの足は会議室へと急いだ。

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