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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第七章 『思惑と思い』
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進行前夜

 巨鳥の魔獣『幻鷲げんしゅう』に乗ればドルンからソルダートまで一日で行くことができる。

 フライデーの襲撃を受けたの後、

 レーエンとトレラントが率いている部隊は幻鷲に乗り、魔界からソルダートに向かっていた。

 地下の大空。風を切る音の中、トレラントはレーエンの幻鷲に近づく。

「おい、レーエン!」

 ゴオォ、という風の音が耳を満たしているため、彼はやや大きめの声でレーエンに話しかける。

「ん? なんだ?」

「さっきのフライデーのこと、ブリッツやクランに伝えなくていいのか?」

「え? なんていった?」

「だから! フライデーの事! ブリッツたちに伝えなくていいのかって!」

「え? もっと腹から声出せ!」

「だーかーら! ―――――――襲撃の事ッ! 伝えなくていいのかって言ってんだよッッ!!」

「ああ、そうだな。俺もそう思ってた」

「ぜってー聞こえてねえだろ!!」

「フッ、冗談だ。ちゃんと全部聞こえてるよ」

「お前マジでふざけんなよ……」

 青筋を浮かべるトレラントに「悪かったって」と軽く謝り、レーエンはしばし沈黙する。

 確かにトレラントの提案通り、情報は共有した方がいい。

 しかしその相手である『フライデー』は魔王直属の部下。そんな彼女から襲撃を受けたのだ。


 それはつまり、本格的に魔王が動き出したということ。


 今までテコでも動かなかったあの魔王が、重い腰を上げたということだ。

 しかし……

(襲撃の意味が分からない……)

 俺たちの進軍を阻止したかった。その意図はあると思う。

 しかし本当にそれだけだろうか。

 襲撃をしてきたということは、素直に考えれば敵になったということ。しかし彼女のあの態度、そして口ぶり……

『魔王様の命でございます。どうかこの出陣、お控えください』

 初めから仕留めるつもりなら、姿を現して言葉を交わす前に鎖を使って殺したはずだ。あんな交渉すらしないはず。

 しかし結果的に死者が少なからず出た。

 殺すつもりだったのか、そうでなかったのか。それすらもよく分からない。

 それに、『魔王は和解を諦めていない』とも言っていた。

 結局魔王はヴォール側なのか、そうでないのか……

 不確かなことばかりだ。

 それでもブリッツやクラン、それにクレマシオンやリュゼにも情報を伝えるべきだろうか……

 レーエンは返答に少し迷ってから、

「……いや、今は余計な混乱を招くだけだ。情報共有はソルダートを落としてからにしよう」

 彼の回答にトレラントは「なるほど、了解」と納得したようで、幻鷲をもとの列に戻した。

 レーエンも気持ちを切り替える。

 今は強国ソルダートを落とすことに専念しなければいけない。

 腐っても強国だ。主戦力が居ないとはいえ、迷いを抱えたまま戦って勝てる相手だとはさすがに思っていない。

 正直言って、ドルンは通貨過程だと思っていた。

 もとから本命はソルダート。そのためにドルン城を手にいれ、ストレングス・ソルダートをおびき寄せる餌にした。

 故に準備は遥か昔から始めていた。

「――――――既に打てる手は打った。後は俺たちがやるだけだ」



      ・・・


「……なるほど。これがお前の打った手か」

 時刻は夕刻。

 ソルダート領内。とある町。

 その大通りから大きくはずれた、外れの外れ。端の端。

 隠すように建物に囲まれた墓地。

 繁華街の大きな賑わいが薄らとしか聞こえない、やや静謐とした墓地。

 まるでこの墓地自体が巨大な集団施設のような場所。

 日が傾いているため、影が墓地全体を満たし、まるでこの場所だけ先に夜の帳が落ちているかのよう。

 そしてずらりと並んだ墓石の前には、見覚えのある魔法陣が描かれている。

 一つ一つ丁寧に。全ての墓石の前に。

 それを見て、『彼』は鼻で笑う。

「相変わらず芸がない。発動は襲撃に合わせて二十四時間後といったところか」

 しかし、次いで口元に浮かんだのは狂った三日月だ。

 彼は宙に手を翳し、それと同じ魔法陣を出現させると、

「が、まあ、悪くない飾りか」

 魔法陣を横に凪ぎ、号令・・を出す。

「目覚めよ、亡者ども! 仕事に時間だ!」

 途端、地面にいくつもの盛り上がりができる。

 そしてその地面から腕が、足が、顔が、飛び出す。死体の状態は様々で、死後間もないのかきちんと形が残っているモノから、腐敗が進んでいて這い出すごとに肉が零れ落ちていくモノもいる。

 同時に冷たい空気に、粘つくような死臭が混じる。

 その臭いに彼はまたも狂気的に笑い、

「生者には、まだ早すぎる臭いだな」

 なんて皮肉を言って身を翻す。

「『魔を統べる王』。我ながら中々上出来じゃないか」

 さて、と魔王『ヘルツォーク』は進軍を開始する。

「二十四時間以内にソルダートを落とすとしようか」



      ・・・



 時は進んで深夜。

 三日月が浮かぶ帳の下には、夜よりもどす黒い空気が滞留している。

 静寂の中に馬の足音が響く。

「報告だ!」

 馬は、森のなかにある開けた場所で止まる。


 彼らが纏っている鎧。

 その肩には『ケーラ』の紋章が。


 ソルダートの伝令を殺した、あの小隊の一人である。

 彼は誰もいない森の闇に向けて声を張り、報告する。

「我らはケーラは作戦通りソルダート城に招き入れられた。こちらの準備は万端だ」

『そうですか。ご苦労様です』

 森の中に声が響く。女性の声。

 しかしまるで木々に反響しているかのようで、正確な位置はわからない。

 その得体の不明さに男性は寒気を感じるが、顔には出さず、

「あとはお前たちの進行に合わせる。予定通り頼むぞ」

 それだけ言うと、すぐに馬をひるがえして森を去っていった。

 その後ろ姿を見送った後、声の主は鼻で笑う。

「あれで怯えを隠しているつもりですか。まだまだ人間は若いですね」

 それから彼女は「さて」と気持ちを切り替える。

「魔王様はご仕度を終えたご様子。それでは私も動きましょう」



 闇から溶け出るように現れた女性。

 闇色の肌に、禍禍しい二本の角。

 彼女―――――――フライデー・・・・・も、進軍を開始した。



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