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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第七章 『思惑と思い』
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魔を統べる王

 出陣したソルダート軍が孤立し、

 地下でレーエンたちがフライデーと衝突し、

 カリオスがケトニスの死に怒り、嘆いていた頃。


 魔法の国ヴォールで、動きがあった。

 ソルダートの大軍が出撃したという話は国王『リューゲ・ヴォール』の耳にも入っており、彼は執務室で机に着き、次の手を考えていた。

 この結果は、大方想像はできていた。

 あの魔族の軍団。小規模ながらも質の良い戦士が揃っている。

 特にリーダーとなっている者。これまでの戦いや、行動から考えてかなり頭が切れる。

 無策に数だけで攻めようとすれば、返り討ちにされるのは目に見えていた。


 多少知能があり、狩りを主にして生活している生き物は、弱っているとみるとすぐに獲物に飛び付く。人間も大元は狩りで生活していた。故にその気質がまだ残っているのだろう。

 

 ただ、『食料調達』が『領土調達』に進化しただけ。

 個々人間の争いが、集団同士の争いに進化しただけ。

 それが戦争だ。


 そして自分もまた、その人間のはしくれだ。


 故にソルダートの失敗を理解できない訳ではない。

 しかし、と瞼を閉じ、気持ちを整理するとともに、自分自身にも言い聞かせる。

 王というものは誰よりも上にいなければならない。人民を統治し、領土を統治し、国を栄光へと導かなければならない。

 王とは、人間でありながら、その人間の上に立つ者。

 そんな当たり前のことを、かの国の王は忘れていたのだろう。


 人間としては、ソルダートの気持ちは理解できる。

 しかし王として、同感は持てない。


「傲りすぎたな、ソルダート」

 そう、ため息とともに心境と吐露したときだった。




「まるで他人事だな、リューゲ・ヴォール」




 声がすると同時に、人影が現れた・・・

 それは文字通り、執務室の何もない空間に出現した。


 明かりのない、闇が充満した新月の夜を思わせるマントを羽織り、それに塗りつぶされないほど漆黒の肌。

 頭部には、捻れ、まがった、奇形な角が3本。

 小柄の若い男性の姿だが、年齢は七百を越えている。故にその佇まいから表情、言動一つに至るまで、そのすべてに王を思わせる重みが宿っている。


 漆黒の王。

 魔族の王。


「魔王、『ヘルツォーク』か」

 突如現れた侵入者、しかもそれが魔王だと知りながも、リューゲの声音に怯えや狼狽はなかった。

 むしろ、呆れたといったようすだ。

 それもそのはず。

「『瞬間移動テレポート』ではない。幻だな」

  ヘルツォークの姿は実体のない幻影。しかし熟練された魔法の知識がなければ、見破ることはできなかっただろう。

 それをあっさり看破されたヘルツォークだか、「バレたか、流石だな」と肩をすくめるだけで、気にする様子もなく悠然とリューゲの前に立つ。

 そして、問う。

「まだ、こんな狂った戦争を続ける気か?」

 魔王の言葉に、リューゲは淡々と返す。

「今更だ。戦争はもう誰にも止められん」

 彼は椅子に深くもたれ、深くため息を吐く。

「一度燃え広がった火は、野を焼き切るまで消えはしない。攻撃対象、憎悪する相手がいなくなるまで戦争は続く」

「野を焼き払うまで、か。火も良いが、どちらかといえば感染症だろう」

 感染症。戦禍という名の感染症。

「平和な時代には正常だった者も、戦の火に焼かれ、心に深い傷を負い、思考は復讐、または正義・大義のためとうたいだし剣をとる。そして血が流れる。それの繰り返しだ」

 ヘルツォークは足を進め、執務机を回り込んで、

世界感染パンデミックは時間が経ち、感染対象がいなくなるまで拡大し続ける。つまり、皆が戦争を、または戦争を始めた頃の昂りを忘れるまで続く」

 リューゲの前に立ち、再度問う。

「それをわかった上で、お前はまだこの『戦争』という病に頼ろうと言うのか?」

 ヘルツォークの視線は鋭いものになっていた。それは敵意や殺意の類ではなく、咎めるような眼光。

 そして瞳の奥には哀れみが見える。

 直接口にはしないが、ヘルツォークはリューゲに問うている。


『お前の望む平和はそんなものか』と。

『そんなことでしか手に入れられないのか』と。


 リューゲはその瞳を理解し、ため息を吐いた後、

「……魔王よ。人間とは競い、争う生き物なのだ。いや、正しくは、自分のために戦う生き物なのだよ」

 静かに語る。

「領土、水、食料、資源などから愛や憎しみ、思想や宗教といった心の在り方や感じ方まで、様々な理由で人は争う」

 リューゲは席を立ち、部屋の隅ある本棚に向かう。そしてその中から一冊の歴史書を開く。

 彼はそれをめくり、とあるページで手を止める。

 かつての魔族と人間の戦いが描かれたページだ。

 突然魔族が現れ、世界を侵略し始めた。それらと人間は戦い勝利をおさめたという歴史。

 しかし、

「この戦争も、差別から始まった(・・・・・・・・)



 それは

 

 語られることのない

 

 歴史の裏――――――――――



 大陸の辺境にいた、角を持つ民族。彼らは主に地中に住処を持ち、食糧調達以外に地上に出てくることはほとんどなかった。故に人間との接点がなかった。

 しかし大陸全体の人口が増え、各国が領土拡大に力を入れ始めた。

 その拡大の過程で彼らは発見され、やがて奴隷として取引されるようになった。

 それが太古の戦争の発端。

 のちに『魔族』と呼ばれる彼らは『魔王』という地位を設けて結束し、戦争は開始された。

 そして、その事実に心を痛めたかつてのヴォールの王によって戦争は終結した。



「差別も同じだ。『ああはなりたくない』『自分は彼らと同じではない』『自分の方が上だ』。そういった考えは、裏を返せば『自分は綺麗であり続けたい』という欲望だ。その欲望を満たすために人は差別し、それに反発した魔族に対しても『自分たちの方が上だ』ということを示したいがために戦った」

 リューゲは本を閉じ、本棚に戻す。

「所詮、我ら人間は己の欲望を満たすためにしか生きられない。だから戦う。自分の優越感を満たすために競い、自分の要求を通すために争う」

「ハッ、とても平和を目指している男の言葉には思えないな。いや……」

 彼の言葉を聞いて、ヘルツォークは鼻で笑う。

「その欲望を操作するのがお前の仕事ということか」

「誤解だ、魔王。私はただ各国が結束しやすい状況を作っただけだ。戦争を始めた時にも言っただろう。魔族という敵、脅威に対抗しようとする意志が人を結束させる、と。私が結束させるのではない。それでは意味がない。人々が自らの意思で結束する。それこそに意味がある」

 他者から強要された結束など何年も持たない。それどころかより大きな争いを生むだけだ、とリューゲは魔王の前に戻る。

 そうしてお互い立って対面すると、酷い体格差だ。魔王の身長は十代前半の少年ほどしかない。

 しかしリューゲは、同じ王として魔王を見る。


「故に人間には戦争が必要なのだ。打ち倒すべき共通の敵がいる戦争がな」


「なるほど。お前の言い分は分かった。とうに理性など崩壊していたということもな」


「崩壊というのもまた正しくない。理性というものは言い訳でしかない。それもまた『理性的でいたい』という欲望でしかないのだから」


「フン、何にせよ。まだまだ戦争は続けるということか」


 ヘルツォークは呆れて肩を竦めると、きびすを返す。

最終警告・・・・は無駄だったということか」

「何?」

 リューゲの表情に怪訝な色が浮かぶ。

 それにヘルツォークは別れの挨拶をするように片手をあげ、

「かつての戦争の再来だ」

 そして一度だけ振り返る。



「これより、この魔王は『魔族の王』ではなく、『魔という概念そのものの王』となろう」


 覚悟しておけ、人間どもよ。



 そう言い残し、幻影は霧散した。

 残されたのは静寂。

 不穏な静寂のみ。

「…………魔の、王だと」

 リューゲの脳裏に不吉な予感が過った。

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