亀裂の種
「ふあぁ……」
ソルダート王国、ソルダート城。
その城壁の見張り台で、欠伸をした新米兵士。
それを見ていた先輩兵士が彼の尻に軽い蹴りを入れる。
「おい、気を抜くんじゃない」
「あイて。すいません。良い天気なんで」
そう笑う新米に、先輩はため息を吐く。
「ったく。お前もっと緊張感もてよ。今がどういう状況か分かってるだろ?」
「ソルダート王が兵士の3分の1を連れて出陣。現在城は手薄状態。故に僕たちがしっかりと守らないといけない、ですよね」
新米兵士はそう教科書を朗読するように状況を口にした後、ため息を吐いて肩を落とす。
「勝手ですよね、おーさまも。普通この時期自分から出撃なんてしないですよ」
「しっ、おい! 口を慎め! 本来なら重罪だぞ」
「あ、すんません」
誰も聞いていないか、焦って周りを警戒する先輩兵士。それに新米兵士は「大丈夫ですよ」とヘラヘラ笑う。
「ここには俺と先輩以外いませんよ。他は城の内部を固めてますよ。だから、多少サボってもバレませんて」
なんて、そういう話だけはきっちり聞いている彼に先輩は呆れつつ、
「……まあ、確かに、お前の抜けた気持ちも分からんではないな」
そう、空を見上げる。
「今日はいい天気だ」
・・・
ソルダート領内にある、城からから程近い街道。
そこはソルダート城の正門へと続く道で、兵士だけでなく、商人や一般国民も使う国の動脈にあたる道のひとつだ。
しかし、近年は魔族が頻繁に出没するようになり、敬遠されがちになっている。
そのため動脈でありながら、人の通りは少ない。
そこに、馬を走らせるものたちがいた。
鎧と兜には、ソルダートの紋章が。
「急げ急げ! なんとしてもこの緊急事態を知らせるのだ! 一刻でも早く、一秒でも早くだ!」
彼らは魔族討伐のため出陣したソルダートの伝令班。
その討伐が失敗に終わり、ソルダート王と残りの兵が敵陣で孤立状態にあることを知られるために。
「走れ走れ! 蹄がなくなっても走り続けろ!」
電報を持った兵士は叫び、鞭を打つ。
班は電報を持った者を中心に、三人がトライアングル状に囲んでいる。
と、
「ッ! 2時の方向に部隊発見!」
「何!?」
先頭を走っていた兵士の言葉に、一瞬緊張が走る。
先頭を行く兵には、とりわけ目がいい者が選ばれる。故に他の兵士がその影を確認するまでには、少々時間がかかる。
先頭以外の兵は、その間、思考を巡らせる。
味方だろうか。しかし自軍の拠点からはまだ遠い。
いや、そもそも……
「人間か?」
「――――――はい!」
そう先頭の兵が答えた直後、ようやく全員がその影をとらえることができるようになる。
その姿を見て、全員が安堵の息を漏らした。
鎧を着た騎馬の小隊。その肩や胸の紋章は、見覚えがある。
「ケーラです! 同志ケーラの国の者です!」
その紋章が目に入った瞬間、全員は心から幸福を感じた。
まさに九死に一生の思い。
そして、
心強い味方に、同志に会えたこともそうだが、
何よりも自分達と同じ人間が会えたことが、心の救いだった。
ケーラの小隊も伝令らを発見したようで、合流した。
ケーラの兵士は馬を並走させながら、伝令班に近づき、部隊長だけが伝令に近づくことを許された。
部隊長は並走しながら伝令に問う。
「ソルダートの伝令か。我らはケーラ国王アイゼン・ケーラ様よりソルダート支援の任を授かった者だ。その急ぎ様、いかがされた?」
「ケーラからの支援? そのような話は聞いていないが?」
「ソルダートが大規模な出兵を行うと聞いて急遽決まったのだ。手紙もある」
部隊長は懐から手紙を取り出す。そこには確かにケーラの刻印があり、正式な文書であることがわかった。
伝令は内心「なるほど」と納得する。急遽決まったが故に小隊しか変声できたなかったというわけか。
しかしその分兵士の質は良さそうだ。おそらく精鋭ぞろいなのだろう。
「心強い」
伝令は素直に気持ちを口にし、それに部隊長も笑みを返し、再度質問する。
「それで、なぜそこまで急いているのだ? 何が問題があったのなら遠慮なく言って欲しい。すぐに助太刀する」
その暖かく、力強い言葉に、伝令班は皆胸を締め付けられるような思いだった。
かつては敵国として睨み合っていた強国同士。互いにたくさんの仲間を殺され、怨みも憎しみも溜まりに溜まっていた。
そんな状況だったのだ。もう、手を取り合うことはないだろうと思っていた。
しかし今、こうして手を差し出してくれている。かつての敵国が、手を差し伸べてくれている。
最悪の状況下で、その差し伸べてくれた手が、どれだけありがたいことか。
そのことへの感謝で、胸がいっぱいになった。
しかし、それを顔に出すわけにはいかない。気丈に振る舞わなければいけない。例え仲間でも言えないことはある。
故に伝令は、ポーカーフェイスを保ちながら問題のない範囲でことを伝える。
「詳細は明かせないが、前線で少々問題が発生した。故に城に援軍を求めに向かっている」
「そうか」
話を聞いたケーラの部隊長は内容を察したのか、神妙な顔になる。
そして、
「――――――前線が孤立したという情報は、正しかったようだな」
刹那、
伝令の首が飛んだ。
「「「ッッッ!!!???」」」
それに伝令を守っていた三人の兵士が目を見開いて固まる。
一体何が起こったのか。
いや、起こった出来事は至極単純で明快だった。
伝令が話し終わったとき、ケーラの部隊長が剣を抜き、伝令の首を切り飛ばしたのだ。
「な、なッ―――――貴様何を!!」
そうソルダートの兵が叫ぼうとした瞬間、その残りの兵士たちも次々とケーラの兵に切り殺された。
あっという間に道端には四体のソルダートの兵士の死体が出来上がり、それを見てケーラの部隊長は指示を出す。
「魔族がやったようにみせかけておけ! できるだけ無残にだ! 馬も殺せ!」
その指示通り、兵士たちは死体から鎧を脱がし、腕や足を細切れにして、どうも剣で穴だらけにしてミンチにする。
こんな所業、人間にできるわけがない。きっと魔族だ。
そう思わせるためだけに、死体を蹂躙した。
やがて仕事を終えると、部隊長は「よし」と出来栄えに口角を挙げる。
「これでソルダートに情報はいかない。アイゼン・ケーラ様の企て通り、ソルダートは終わりだ」
魔族という共通の脅威が出現し、結束した人間。
しかしその内部に、亀裂が生じ始めていた。