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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第七章 『思惑と思い』
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狩りと殺戮

 ヴォールに魔族からの協定文が届いた頃。同じくその文章はソルダート王国にも届いていた。

「……ふん」

 伝令が王座に持ってきたそれを一瞥したストレングス・ソルダートは、鼻を鳴らし、文書を床に破り捨てる。

「くだらん。これで挑発のつもりか?」

 口の端を吊り上げた彼の目には怒りはなく、ただただ相手を浅はかだと嗤っている。一体この文書を書くことに何の意味があったのか。いや、挑発だとさっき自分で言ったか。

 しかしこの程度の挑発で国家連合軍が、否、ソルダート王国国王ストレングス・ソルダートが怒り狂うと本気で思っているのだろうか。

 安く見られたものだ。むしろそちらの方が少々腹が立つ。

「……」

 だが、どうだろう。

「おい」

 そう一声かけられ、跪いている伝令は「はっ!」と返事をする。ストレングスは彼に問うてみることにする。

「真の強さとは何だ?」

 そう問われた伝令は戸惑いを隠すことができず、「真の強さ、でございますか?」と問い返してくる。その顔をよく見るとまだ青年の青さが残っており、まだまだ兵として経験が浅いをことが分かる。

 しかしストレングスは「うむ」と確かに頷く。そしてその重厚な、相手の命を圧迫するような声と態度を持って再度、その伝令の青年に問う。

「お前の考えで良い。答えてみよ。真の強さとは何だ?」

「……真の、強さ」

 そうぽつりと繰り返した後、青年が唾を飲むのが聞こえた。この問いを間違えれば自分の命はない、というのをはっきりと感じているのだろう。顔は一瞬で蒼ざめ、脳が必死にその答えを探している故に、瞳は虚空を凝視し、痙攣している。

 おそらく彼の頭の中では今頃走馬燈が駆け巡っているだろう。そしてなぜ手紙を私に来ただけなのにという文句と、なぜこんな仕事に付いてしまったのかという後悔と、まだ死にたくないという願いも、ともに嵐のように渦巻いているに違いない。

 しかしそんな理不尽は分かっている。もちろん気にくわなければストレングスは本当に彼の首を落とすつもりだ。軟弱な兵士はこの国に必要ない。

 全て分かった上で、ストレングスは彼に問うている。

「さあ、答えてみよ!」

「…………私は」 

 そう、伝令は一度開いた口を引き結び、しかし意を決して立ち上がり、

「真の強さとは、敵の謀略を前にしてもなお、正面から敵を打破して、蹂躙してこそ証明されるものであり、それこそ、我ら百戦錬磨のソルダートが代々受け継いできた、ソルダートの唯一にして絶対の戦術であり、魂であり、誇りであります! その強さの証明ができるのであれば、私は今すぐにでも伝令という殻を捨て去り、槍を持ち、戦場に馳せ参じて敵軍を一刀両断して御覧に入れましょう!」

「よくぞ言ったっ!!」

 それを聞き勢いよく王座から立ち上がり、ストレングスその手で空を薙いで配下達に命じる。

「全軍出撃だ! 我も出るぞ!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!』

 その言葉に城内がドッと沸く。

 ストレングスはその中、宣言通り自分も戦支度をするために席を立つ。が、その前に目の前に居る伝令を再度見る。その顔の中には命拾いしたという安堵の色はない。今目の前に立っているのは歓声を背に受け誇らしげに敬礼する、一人の兵士……否、戦士だ。

「伝令!」

「はっ!」

「先の宣言、まことに見事であった。貴様を我が側近に加えてやる」

「はっ! なんとありがたきお言葉!」

 そう彼は再び国王の前に跪く。それに満足げに彼は頷き、支度をするためにその場を去る。

「……魔族だろうが何だろうが知ったことか」

 廊下を行くストレングスは、そう、嗤う。その笑みは国王という器を持つ男がするような上品で冷静なものではなく、獣じみた狂戦士の獰猛なそれだった。



      ・・・



 カリオスとケトニス、プリュイは相変わらず森の中をうろついていた。

 戦争でろくに森で遊ぶことができなかったケトニスは木々の間を漂う空気を感じ、音を聞くだけで嬉しがり、それをプリュイは喜んで見ている。

 もちろんカリオスもそれは嬉しい。悲しい顔をするよりも笑ってくれる方が見ていて嬉しいに決まっている。

 が、

「……」

 彼の口数は極端に少なくなっていた。

 そして時折プリュイを盗み見て、不満げな顔をする。

 あの熊の狩り以来、カリオスの方からプリュイと距離を取るようになり、プリュイはますますケトニスと仲良くなったみたいだ。

 と、

「私、ちょっと……あっちの草の中見てくるね!」

 そう彼女はモジモジしながら茂みの中に入っていく。その様子は明らかに用を足しに行ったものであり、プリュイもカリオスも「分かった」と彼女を見送った。

 そして森の中には二人。

 気まずい空気が流れる、と思っていたカリオスだったが、

「――――――さて」

 そう切り出したのはプリュイの方で、彼の顔にはなぜか薄い笑みが浮かんでいる。

「何か感想は?」

「……どういうこと?」

 優越感を含んだ言葉だったが、その意味が理解できずカリオスは首を傾げる。が、それにプリュイは肩を竦めて笑い、

「誤魔化してるの?」

 と、

「さっきから僕のこと避けてるの分かってるんだけど」

「……」

 気づかれないようにと注意していたのだが、どうやらバレてしまっていたらしい。カリオス的にはバレると気まずくなったりすると思っていたのだが、しかし予想に反してプリュイは嗤っている。

「嫌じゃないの?」

「は? 何が?」

 そうカリオスから聞かれて、プリュイは首を傾げる。それは、分かっているのに答えないとかそんな挑発的なモノではなく、本当に分からないといった顔だった。

 なのでカリオスは言葉を変えてもう一度問う。

「だから、じっと見られて嫌じゃないのかぁと思って……」

 ごめん、と彼は謝る。

 確かにプリュイのことは……正直好きではない。しかし別に不快な思いをさせたかったわけではないし、そんな自分勝手が通るとも思っていない。

 だから彼は素直に謝る。

 が、何故かプリュイはそれにさらに「は?」と眉をひそめて、

「何で謝ってるんだ?」

 と訊いてくる。

 やはり表情はまるで理解できないと言った様子で、対面していたカリオスも彼が何を求めているのか分からなくなる。

「え、だってじっと見てたし……嫌な思いさせたかなって……」

「別に嫌じゃないけど……何? 正直な気持ちを言ってほしいんだけど」

「正直な気持ちって……」

 彼は一体何を言っているんだろう。カリオスにはプリュイの意図が全く読めない。

 正直な気持ちって、一体何だろう。まさか、プリュイのことを良く思っていないとはっきり言えということだろうか。

 つまりそれは、カリオスに「嫌い」と……

「君、僕のこと嫌いだろ」

「え……」

 予想通りかつ、先に自分の内心を言い当てられて、カリオスは狼狽する。

 その様子を見てプリュイは「やっぱり」とまたさっきの薄ら笑いを浮かべる。が、なぜだろう。その切り替わる一瞬の間に……少し、安堵が垣間見えた。

「まあ嫉妬することは悪いことじゃないし、僕は責めないけど」

 なんて彼は腕を組んでそう言う。まるでカリオスを許すかのように。しかし、

「嫉妬って……何を言ってるの?」

「は?」

 その疑問に、彼の顔はまた不可解気に歪む。

 どうやら彼は何か勘違いをしているらしい。今の顔を見てそれが分かったカリオスは、小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、静かに口を開く。

「……僕は、君の狩りの仕方が好きじゃないだけだよ」

 そう。

 カリオスはさっきの熊の狩り。あれが気にくわなかった。

 ……もっと簡単にいうなら、許せなかった。

「あんなの、狩りじゃない」

 アレは殺戮だよ、と。

 カリオスは言い切る。

 狩りとは、確かに命を奪う行為だ。でもその目的は食料を得るためだ。生きるためだ。

 だからできるだけ速やかに、かつ必要なだけしか狩らない。

 しかし殺戮は違う。

 その行為は殺しを楽しむことを目的としている。狩りと反対で、残虐であればあるほどその行為の価値は高まる。

 さっきの熊のアレ、明らかに後者の方だ。カリオスから見れば、とても狩りと呼べるようなものではないかった。

 だからこそ、彼はプリュイが嫌いなのだ。

「君は狩りと言って殺戮をしている。そのことが、僕は許せない」

「……」

 カリオスの訴えるその目は、本気だった。

 本心を隠すための言い訳では、明らかになかった。

 だからこそ、

「……クソ」

 小さくプリュイがは呟いたのが聞こえた。いや、聞こえてしまったというべきか。

「あっそ」

 と、彼はカリオスの話を聞くと、きびすを返して向こうの方に行ってしまう。

 一瞬見せたその顔は……失望? いや、悔しい、かもしれない。

 はっきりと見えなかったので確かなことは分からないが、とりあえず話はそれで終わりだ。

 そして今の会話と呼べるか怪しい、言葉の投げ合いの結果は。

「……嫌いだ」

「……」

 プリュイそう呟いたように聞こえた。

 カリオスはそれに何も返さなかったが、彼も気持ちは同じだった。

 結果は、互いの溝を確かなものにしただけだった。




 刹那。


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」


「「ッ!!」」

 その声は森の奥から聞こえてきた。

 そして誰のものかすぐに分かった。

「ケトニス!」

 そういち早く走り出したのはプリュイで、カリオスも一瞬遅れて声の方に走り出す。

 と、そこには、

「チッ」

 舌打ちをした大男はケトニスの腕を口を押えていて、逃げようとしていた。

「待て!」

 そう叫んでプリュイは弓を構える。が、その瞬間背後の木の陰から二人の男が飛び出し、カリオスとプリュイに襲い掛かる。

 手には剣。体には鎧。

 この距離では弓でそれに対応することはできない。

 しかしプリュイに剣が届く前にカリオスは投剣を放って一人の腕を刺して剣を手放させ、もう一人の男の剣を短剣で受け止める。

 その隙にプリュイは弓の方向をその男に変えて、矢を放つ。

 ずちゃ、と最も近くに居たカリオスの耳には湿った音が聞こえ、脳を射抜かれた男は糸が切れた人形のようにその場に倒れる。

 それでようやく安堵してカリオスは短剣を納める。

 が、その背後でまた乾いた、矢が放たれた音がして、うめき声があがる。

「ッ!」

 驚いて振り返ると、すでにプリュイが矢を射った後で、男は地面で息絶えていた。

「……礼は言わない」

「……」

 カリオスの目を見て真意を察していながら、なぜ殺したと問うその目を無視ししてプリュイはそう言った。

 そして冷静に、

「今はそんな言い争いをしている場合じゃないだろ」

 と、さっきの男の逃げた方を見る。

 さっきの彼の行いを許したわけではないが、しかし彼の言う通りでもある。

 カリオスは死んだ男の前で十字を切って祈ると、その手から投剣を抜き取り、草で血を拭いてから納める。

 …………あの紋章。間違いない。

「ドルン兵の残党だな」

「……」

 だから森はやめた方がいいって言ったのに。そう言いたくなる気持ちをぐっと抑え込んで、彼は一度大きく深呼吸をする。

 そしてさっきの男を追うために足を進める。

 と、同じタイミングでプリュイも一歩踏み出しており、

「足手まといにならないでくれよ」

 そう刺すような目で見てくるが、カリオスはそれに言い返したりしない。

 そんな言葉を考えている暇すら惜しい。

 彼の目は、まっすぐ敵の逃げた方を見つめていた。

 ただケトニスを助けたいという一心で。

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