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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第七章 『思惑と思い』
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ドルンの森にて

「ねえ。帰ったほうがいいんじゃないかな……」

「嫌! 私は森に行きたいの!」

 そうカリオスの止める声を一蹴。ケトニスを先頭にカリオスとプリュイは結局森に入った。

 カリオスはいつも通り短剣と投剣を。

そしてプリュイは背中に長弓ロングボウを背負っている。

 森といっても、ドルンの周りは背後以外基本的には森だ。カリオスたちが来ているのは戦場だったところから離れている。

「……」

 それでも、臭いはした。

 木の燃えた臭い、土の臭いに混じって運ばれてくる、血の臭い。

 戦争を……していたのだ。

 ……いや、しているのだと・・・・・・・、今更ながらに再確認させられる。

 ふと横を見るとプリュイも、隠そうとしているようだったが苦い表情をしていた。

「……」

「……何か?」

「あ、いや……なんでもないよ」

 そうカリオスが目を逸らすと、プリュイもいつの間にかいつもの表情に戻っていて「そうかい」と何事もなかったかのように前を向く。

 気まずい。

 別に彼に対して嫌がらせをした、という覚えはカリオスにはない。しかしどうにも自分はかなり嫌われていているようだ。

森に入る前に何回か話しかけてみたが、会話にはならず、短い返事があっただけだった。

そのどれもが貼り付けたような笑顔だった。

 気づかれないように小さくため息を吐く。どうして仲間なのに、こんなに気を遣っているのだろう、と。

もっと仲良くなれないのかな、と。

なんて考えて歩いていると、突然前を歩いていたケトニスが立ち止まって前を指さし、

「ねえねえ! あそこに何かいるよ!」

「「?」」

 そう言われたカリオスとプリュイは彼女の下に行き、その指さす方向を見る。

 その先。距離にして約五十メートル。森の木々の中に巨影が見えた。

 熊だ。

「魔獣に似てるよね!」

「いや、まあそうだけど」

 ケトニスは熊を知らないのだ。だからこんなに嬉しそうにしているのだろう。プリュイもあまり驚いた様子ない。

 だがカリオスはアニスたちから聞いて知っている。あの二メートルはありそうな巨大な生物は、馬のような速さで走り、その腕からは剣撃よりも威力のある一撃を放つことを。

 あのクリクリな、つぶらな瞳に騙されてはいけない。

「あれは熊っていうんだ」

「クマ、ね」

「へえー」

 そう二人はその熊に関心を示す。だが今はそんなことをしている暇はない。まだ向こうがこちらに向かってこないうちに少しでも離れた方がいい。

「二人とも、あれは危険な動物だからあんまり近づかない方が」

「嫌よ」

 そうケトニスは、逆にカリオスの方にが「何言ってるの?」と言いたげな表情を返し、次いで楽しそうに笑い、

「久しぶりの狩りよ。楽しまなくちゃ損じゃない!」

「狩りって……」

 その言葉と意気に思わず唖然としてしまうカリオス。あれは猪牛のように突っ込んでくるだけじゃない。切り裂く腕があり、噛み付く口もあるのだ。今は操ることができる魔獣もいないし、ケトニスには荷が重い。

 そう思ってやめさせようとしたところに、

「そうだね。楽しんだ者勝ちだよ」

 なんて、カリオスの前にプリュイが割って入ってきてそういう。そして「だよね!」と喜ぶケトニスを見てから、カリオスの方に振り返る。その顔には薄らともの言いたげな笑みが浮かんでいて、

「不満そうな顔だね」

 なんて言われる。

 それは不満にも思う。ケトニスを危険な目にあわせるわけにはいかない。

 そう言おうとして、しかしプリュイはその言葉を見越したように、

「なら、僕が彼女を守るよ」

 さらりと、当然のように口にする。

 守る、と。

 それを聞いていたケトニスは彼の後ろから「そうそう!」とはしゃいで出てきて、

「カリオス聞いて! プリュイってすっごく弓がうまいの!」

 そう他人のことなのに、自分のように自慢げに笑うケトニス。しかし、彼女には悪いがそれはだいたい想像できた。何せ彼の背中には長弓ロングボウがあるのだから。矢筒は腰にある。

「まあ、見てなよ」

 そう彼は得意気に足元に落ちていた石を一つ取り、熊に向かって振りかぶる。

 その時にケトニスはそそくさとカリオスの後ろに隠れて、

「見ててよ」

 なんて言ってワクワクした顔をしている。それにカリオスは「うん」と答えつつも、短剣に手をかける。弓の間合いは中遠距離。もし近距離にまで入ってきたら、その時は自分が、と。

 プリュイはしっかりと遠くの熊と目を合わせる。

 自分は敵であると認識させる。

 そうした上で、彼は思い切り石を投げた。

 宙を舞った投石は放物線を描きつつも、届く前に枝に当たって熊の足元に落ちる。一撃目を外した。

 刹那。それが開始の合図となり、熊が突進してくる。その早さはやはり馬のソレと同等。しかし迫るのは巨体。巨大な肉の塊が、荒れ狂う暴風のように突進してくる。

 それと正面から向かい、プリュイは冷静だった。

 冷静に矢筒から矢を取り出し、構え、狙う。

 そして、



 ―――――パシュッ、

 ――――――ぐちゃぁ、



 からくり仕掛けのように、乾いた音とともに放たれた矢は、疾風の如く宙を滑り、迫ってきていた熊の右目に潜り込む。

 それにより迫ってきていた熊はひるみ、その隙にプリュイはもう一本の矢を取り出し、もう片方の目に向って放つ。

 ―――――命中。

 敵、完全沈黙まで、残り一撃。

「――――――」

 息を吸い、最後の矢のために弦を引く。

 狙うは、脳天。

 射るは、命。

 そして最後の矢は、いとも簡単に放たれて、

熊の眉間から、

頭蓋を破って、




命を――――――奪った。




 一瞬だけ硬直し、ドシンと地面に巨体が倒れる。

「……ふぅ」

 そう一息ついて力を抜き、プリュイは弓を終う。そしてカリオスたちの……否。正確にはケトニスの方を見て、

「お粗末様でした」

 なんて首をかしげて笑う。

 何事もなかったかのように。

 それにケトニスは「すごい!」と笑い返す。プリュイは「ありがとう」と笑って返す。

 だが、カリオスは違った。

 さっきまでの、プリュイに感じていた気まずさからではない。

 カリオスは今、ケトニスと同じように心から彼に讃美を送ることはできない。

 今この時に浮き出た感情を彼ははっきりと理解した。

 カリオスは、プリュイが嫌いだ、と。


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