戦いの後
お待たせしましたm(__)m
生きてます!
でも更新はやはり不定期ですので、ご了承くださいm(__)m
「ドルンが堕ちたそうだな」
「はい。これでより彼らの勢いは……」
「むぅ……」
「いかがいたしますか?」
「……」
「……?」
「………………………………………………………………………もう逃げちゃうか」
「……はぁ。言うと思いました」
「まあ冗談だけどな。でもまだ様子見だろう。こちらから何かできるかと言われれば……思いつかんしな」
「頼りなきことこの上なし」
「うるさい。とにかく、もうしばらく待機だ」
「御意」
・・・
ドルン戦を終えて、魔族軍は本陣をドルン城に移し、つかの間の休息を得ていた。
その間、傷を負った者はそれを癒し、そうでない者もいつでも戦うことができるように武器の準備をしている。
カリオスも軽い治療を受けた後、道具の手入れをしていた。
ここは中庭。そこら中にあった死体は数日でなくなった。
全て城の後ろにある海に捨てられるか、魔獣の餌になった。
「……」
魔剣を磨いていると、そこに映った自分の顔が目に入った。
何とも言えない、複雑な顔だ。悲しいのか、迷っているのか。
比率的には寂しさが一番大きいだろう。チクリと冷たい針で心臓を刺されているような、胸から湧いてくる冷気に霜焼けするような。
原因はきっと、さっきのお見舞いだろう。
ブリッツが大けがをしたということは知っていたので、彼が手当てを受けている部屋に顔を出したのだ。おそらく大臣かそのくらいの者に与えられていたであろう立派な部屋だ。入るとそこには手当を受けて眠っているブリッツと、その手を掴んで心配そうにしているクランの姿があった。
クランはカリオスが入ってきたことに気づくと、眉間にしわを寄せて、
「……何しに来たの?」
「え……」
その明らかに敵意と不機嫌さを含んだ声に、彼は狼狽してしまって言葉を詰まらせる。
「お……お見舞いに……」
「いらない」
そうぴしゃりと言い切られ、彼女は手を離すと入口で戸惑っているカリオスのところまで来て、睨み付ける。
そして、
「出て行って、半端者」
「……」
彼女のその言葉に、彼は何も言い返すことができなかった。
「―――はぁ……」
思わずため息を吐くが、胸につっかえたものが出ていく様子はない。鈍く重い疼き。息苦しさを誤魔化すことはできず、カリオスは磨く手を止めてごろんと寝転がって空を仰ぐ。
下界の争いなんてまさに上の空。雲は長閑に流れていき、空との間に時間の壁でもあるかのような錯覚を覚える。
「……」
なんで自分ばかり。
そう思ったのはきっと青さに少しだけ妬いてしまったからだろう。
これが自分の選んだ道なのだ。ただその選んだ道がどうなっているかを知らなかった、考えなかっただけだ。
故にこの考えは傲慢そのものなのだが……やはりクランの顔を思いだしてしまう。
仲間から嫌悪の視線。
それは敵から受けるいかなる攻撃よりも深く斬りつけ、彼を突き刺した。
などと考えていると再び懐に蟠りが溜まってきて、
「……はぁ」
「どうしたの?」
ため息を吐いた瞬間、視界に影が現れた。それに驚いたカリオスは「わあ!?」と驚いて起き上がり、その人物とゴッチンと正面衝突する。
「「――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!」」
互いに煙の出た頭を抑えて蹲る。
珍しく考え事にふけっているせいで注意力が散漫になっていた。近寄ってくる物音に何も気づかなかったのは狩人として大きな減点だ。
少しして痛みが落ち着いたところでカリオスは「だ、大丈夫だった?」と振り返る。それに丁度向こうも振り向いたところだったようで、
「いったぁーい!!」
「ケトニス!?」
彼女はおでこにできたタンコブを擦りながら「何するのよ!」と頬を膨らまして怒ってくる。それにカリオスは「ご、ごめん!」と慌てて駆け寄る。幸い鼻血は出ておらず、女子としての尊厳は保たれたが、
「本当にごめん。ちょっと考え事してて……」
「もう、しっかりしてよね。……それで死なれたら私の方が困るんだからね」
なんて小さく言って頬を赤らめる。それにカリオスは「うん」と頷いてもう一度おでこを触る。前髪をあげると赤く腫れている。何かで冷やした方がいい。
「とにかく何かで冷やそう」
それに彼女も「うん」とハニカんで返し、立ち上がろうとする。
と、
「ケトニス!」
遠くから別の声が飛んでくる。その方に二人とも顔を向けると、一人の少年がこちらに駆けてきていた。
その顔にカリオスは見覚えがあり、ケトニスはその彼に向かって手をあげて答える。
「プリュイ!」
(……あれ、デジャヴ?)
プリュイはケトニスの声を聞くと嬉しそうにしながら彼女のところに来る。どんな人なんだろうか、と気になったカリオスも彼の方を向く。と、その時丁度目が合い、
「……」
「あ……」
さりげなく目を逸らされたのが分かった。
ケトニスはそれに気づいてないようで、彼が近づいてくると笑顔を向ける。
「どうしたの? 何か用だった?」
ケトニスが聞くとプリュイは首を横に振り、
「別にそう言うわけじゃないよ。たまたま君が見えたから声をかけようと思っただけ」
なんて笑う。その笑顔はとても爽やかでカリオス的にはミントを想像させる。
カリオスが彼に会うのは二回目だ。もっとも、最初のあれを会ったとカウントできるかは若干怪しいが。
なんて二人の会話を傍目に、ぼんやりと考えていると、
「そうだ! まだちゃんと話したことないでしょ?」
「「え?」」
その一言に男二人が反応する。
ケトニスは思いついたように手を合わせてにこりと笑い、少し横に捌けながら、
「彼がカリオス。私と同じ村出身で幼馴染なの」
そこでまた二人の視線が合う。
ついさっき一度目を逸らされているカリオスは少し申し訳なさげにチラリとプリュイの方を見てみる。すると案の定プリュイは始め微妙な顔をしていたが、すぐににこりと笑顔を作り、
「初めまして……じゃないよね。魔郷の本部で一回会ったし」
「あ……うん。よろしく」
そう手を出して握手を求める。それに彼は素直に応じてくれてしっかりと互いに手を握る。それを横から見ていたケトニスは、二人が仲良くしている光景に嬉しそうに微笑む。
しかし対面しているカリオスは犇々と感じている。
きっと彼は、向けてくる笑顔ほど僕のことを好く思っていない、と。
しかしその理由が分からない。
(……)
いや、理由なんてものはないのかもしれない。
手を離しながらカリオスは思う。
好きになるのに理由は要らないと誰かが言っていた。ならばきっと嫌いになるのにも理由は要らないのだろう。
それに、
『出て行って、半端者』
「……」
手を離すと、カリオスは少々バツが悪そうに頭を掻いて、
「じゃあ、僕は自分の仕事に……って言っても剣を磨くことしかないけど」
そう申し訳なさそうに言って、二人、主にプリュイから距離をとろうとする。それに気づいてか気づいていないか、プリュイの方も「そうか」と相槌を打ってケトニスの方を向き、
「なら僕たちも邪魔にならないように他所に行った方がいいかな?」
なんてお道化半分でケトニスに言う。
その声を聞いていて、カリオスもその方がありがたいと思った。正直なところ今はあまり人と居たい気分ではないのだ。
『半端者』
何度もその言葉が頭に響く。
その言葉に想像以上に心が傷つき、自分でも少し驚いている。
その傷を誰かに悟られたくなかったし、それにもう一つ、心の中に蟠っていることがある。
(アニス……)
その名前がひどく懐かしく思えた。まだあの別れから数日しか経っていないというのに。
しかし、旅の間ずっと一緒に居たからなのか、彼女のことを考えると胸の中に小さな穴が開いたような気持ちになる。
「……」
革命軍に入ると決めたのに、それでも彼女のことが頭から離れない。思えば別れの言葉も告げていないのだ。アニスのことだ。きっと自分のことを血眼になって探しているかもしれない。
もう全てが手遅れなのだ。
すべてが遅い。
「……」
僕は、最低だな……
そう誰にも聞こえないように呟く。
ケトニスを守ると言ったのに……
(僕は……いったいどうしたら……)
そう、カリオスの気持ちが塞がり切りそうになった時、
「ねえ、みんなで森に遊びに行かない?」
そうケトニスが突如何の前触れもなく言いだし、
「「……は?」」
その突飛もない一言に、カリオスだけでなく、プリュイも目を丸くしたのであった。