ドルン攻略戦
「……準備はいいか?」
そうトレラントは後ろについている自分の隊の隊員に確認をとる。それに彼らは静かに「はい」と答える。
真っ暗な空間で、彼らは伝達を待っていた。静かに士気を高める各々。時間はあった。ゆっくりと己が心の刃を研ぎ澄まし、剃刀のような切れ味とダイヤモンドのような硬さを構築する。
殺意ではなく決意を確認する。
しばしして……遠くから駆けてくる足音。それを聞いた全員がその方を向いた。
そして、トレラントは腰を上げる。
「進軍、だな」
ここでドルン城の立地についての説明をしておこう。
ドルン城は陸の端にあり、目の前には森と山の緑が広がり、後方には崖があり、広大な青い海が広がっている。背後の断崖絶壁はほぼ垂直になっており、登ることは不可能である。が、そこから見ることができる夕日は格別で、おいしい海の幸と同様にその夕日もまたこの国では名物になっている。
戦闘に置いて『背水の陣』という戦い方があるという。この城はまさにそうだ。背に海があり、逃げることはできない。が、同時に登られることがない分、攻められる心配もないのだ。
よって、背中の装備は甘い。それは景観を損なわないため、と言いうものあるだろう。
城の巡回路を跨ぐと最低限の手すりがあるだけのむき出しの断崖がある。夕日が無くても広大な海を見渡せる巡回路は、兵士たちの中でもお気に入りの場所と言う者たちが多い。
はぁ、なんてこんな状況でもため息を吐けるのはそこぐらいだ。
二人の監視を任された日もまだ浅い兵士たちは一時の休息をとっていた。状況が状況なだけに緊張をほぐす暇もない。ここに来たのもため息を吐くためだけ。それが終わると彼らはまた業務に戻らなければならない。
さて、と片方が自らの頬を叩いて気持ちを戻す。それを見たもう一人も気持ちを切り替えようとする。
丁度その瞬間だった。
彼らの前に一羽の巨鳥が現れたのは。
そしてその上には乗っていた。捻じれた角に闇色の肌。
「登れないなら飛んじまえばいい、だろ?」
その登場を合図とするように三羽、五羽、十羽、十五羽と次々に現れる。
トレラントは真っ先に巡回路の上に降りると、同時に金槌を振り下ろし、
「うおらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
巡回路の床に叩きつける。その瞬間、そこに大穴が開き、中の廊下に瓦礫が飛び散る。
その廊下には掃除などをこなしていた使用人たちがおり、瓦礫の犠牲になった何人かとそのおぞましい姿の侵入者を見て絶句し、そして悲鳴を上げて散って行く。その大穴からあとから来た魔族たちが入り込んでくる。彼らを従え、トレラントは疾走する。
「狙うはタオフェ・ドルンの首だ! 体制を整える前に一気に畳みかける、いくぞ!」
・・・
蒸気が晴れていく。
クラハを隠す水の衣が消えていく。だがそれはおまけに過ぎない。彼女的には邪魔な木が脆くなればそれで十分なのだ。
「さあて、どこに隠れてるのぉ?」
「隠れてねえよ!」
その声とともにブリッツは目の前にあった切り株をクラハに向って蹴り飛ばす。根の方は燃えて脆くなっており、切り株は簡単に地面から離れ、勢いよく彼女の方に飛んでいく。
それをクラハは散弾で迎撃する。ドンドンドン、と重い発砲音と同時に燃え残っていた切り株は完全に破壊される。
一瞬だった。
だがその一瞬は間合いを詰めるのに十分な時間だった。
ブリッツはその切り株の下から地面を這うように稲妻を纏って疾走し、刃を振るう。クラハはそれを片手の魔銃で受け止め、もう片方で反撃しようとする。だがさせまいとブリッツも余った片手を振るい、銃口を明後日の方向に向けさせる。
「あら。お互い動けない感じね」
クラハがその状況に、にやりと薄ら笑いを浮かべる。まだまだ余裕があると言った感じだ。
しかしそこでブリッツは「は?」と、
「バッカじゃねえの?」
そう獰猛な笑みを返した瞬間、クラハの魔銃がバキリッと音を立てた。
「ッ!?」
これにはさすがの彼女も驚き、『強者の指弾』を使って彼から距離をとる。だがそれは思った以上の威力は発揮されなかった。
クラハは自分の武器を改めて見る。と、魔銃は刃の傷が大量に付いていて、銃身には穴が開いていた。きっとさっきの音はこれだろう。
「お前、ものを大切にしないだろ?」
そうブリッツは嗤う。そして『疾風の雷光』を再び発動し、止めを刺しに来る。
彼にとって厄介だったのはあの武器だ。中遠距離を連発されればさすがの彼も辛い。あの散弾の雨を全て見切るのはブリッツでも不可能だ。
だが、
「あーあ……」
そうため息を吐き、クラハは持っていた魔銃を向かってくるブリッツに向って投げる。だがそれは投げるというよりは放った、捨てたといった感じだ。ブリッツはそれに刃を振るって引導を渡し、彼女へと間合いを詰めにかかる。
が、その銃が目の前で真っ二つにされた瞬間、そこには間合いを詰めてきたクラハの姿があった。
「なっ!?」
予想外の事態に、慌てて刃を振るう。だがそれよりも早く彼女はブリッツの懐に潜り込み、詠唱を完了させ、その腹部に拳を放つ。
そして、
「『強者の指弾』」
瞬間、ドンッとまるで大砲のような衝撃が彼女の拳から放たれ、ブリッツの体は木より高く舞い上がり、少しして緑のクッションを転げ落ちてくる。倒れたブリッツは動かない。どうやら気絶してしまったようだ。
ふぅ、と息を吐いて拳を下ろす。
「甘く見過ぎよぉ」
そう蛇の様ににたりとクラハは笑う。
「魔杖とか魔銃が無くても使えるに決まってるじゃない?」
彼女はゆっくりと気絶しているブリッツの方に歩いていく。
だがその足は途中で止まり、後方に跳ぶ。そしてつい今しがた足を置いていた場所が爆ぜる。魔銃の弾。狙撃だ。
ということは、
「もしかして、ケージ君やられちゃったの?」
「そんな訳ないですよ」
だよねぇ、と彼女はくるりと方向転換する。そこにはさっきまでカリオスと剣を交えていたケージの姿があり、彼は呆れた様子でため息を吐く。
「壊しちゃったんですね」
「違うわぁ、壊されたのよぉ。私は慈愛に満ちた心で使っていたわぁ」
「ならあそこにある真っ二つになったのはなんですか!?」
「~♪」
「目をそらさないでください!」
まったく、とため息を吐くケージ。が、適当な話をするのもそこまで。彼は気持ちを切り替えて真剣な顔になると、
「ドルンが落ちたみたいですね。というわけで撤退です」
「もう!? さすがにあっけなさすぎじゃない!?」
クラハは目を見開くが、次にため息を吐いて頭を掻き、
「なら、もうこの戦闘に意味はなくなったってこと?」
「まあ概ねそうですね。魔族の回収もまあほかの誰かがやってくれてるでしょう」
多分、と笑って誤魔化すケージにクラハはクスクスと嫌味に嗤う。横取りは悪いことよ、と言いたげだ。
それにケージは特に何も返さず、「行きますよ」と走り出す。それにクラハも続く。そして重力を軽くした後ケージはクラハの腰に捕まると、クラハの魔法で飛び上がって一気に城に向った。
それを見ていたクランは陰から出てきて魔銃を構えてその後ろ姿を見るが、動きの速さに断念した。そしてすぐにブリッツの方に向かう。
「……」
慌てて抱きかかえる。酷い怪我だ。骨が何本が折れている。内臓もどうなっているか……
想像して、それをかき消すために自分の唇を噛む。今は絶望している場合ではない。魔銃ですぐに回復の魔法を発動する。
「『大回復の魔法』!」
着弾した彼の胸から半球状の回復エリアが出現し、ブリッツの体を包む。これで時期に回復するだろう。
だが、忘れてはならない。
「ッ!」
クランは即座に振り返ると引き金を引く。そこには一人のドルン兵がいて彼女に切りかかろうとしていた。魔弾は見事彼の眉間を貫通し、絶命させる。おそらくこの戦争、この勝負には勝ったのだろう。だが油断はできない。ここからは残党狩り。戦争という勝負ではなく、個人の生き残りの色が強くなるのだ。油断はできない。
「クラン!」
ブリッツを背にして構えていたところにカリオスが合流する。彼もかなり傷を負ったようだ。走ってきたところにクランは照準を合わせて『大回復の魔法』を放つ。
ありがとう! とカリオスは彼女の背後に回って構える。チラホラと遠目に逃走する者も見えるが、やはりまだ各所で戦いは続いているようだ。そこに援護射撃を加えつつ、目の前の敵も殺していく。カリオスも背後の敵を倒していく。だがそれを、
「甘いわね」
「あっ!」
そう言ってクランは撃ち抜いていく。
ズドンズドン、と音がするたびに一人一人と倒れていく。
カリオスは彼女の銃口を上に蹴り上げる。言葉より先に体が動いていた。
その行動にクランは少し驚き、彼の方に銃口を向けようとする。それに気づいたカリオスは投剣に手をかける。
そしてそれは―――――――――
「「ッ!」」
交差し、互いの後方に迫っていた敵に向って射られる。
人が倒れる音を背中で聞き、クランは加えて悶える声も聞こえてくる。
「…………はっきりしない男は嫌いよ」
「…………ごめん」
クランは疑いの目を、カリオスはそれに少し申し訳なさそうに謝罪を返した。それを最後に二人はまた背中合わせになり、以降戦いの中で目を合わせることはなかった。
・・・
「タオフェ様、お急ぎください!」
「う、うるさい! 分かっておるわ!」
トレラントの襲撃を受けてすぐ後。侵入者と聞いたタオフェ・ドルンは自室に来た五人の兵たちとともに脱出しようと廊下を急いでいた。
服が邪魔で走りづらい。王という身分故に服には金を使ってきたが、ここに来てそれが仇になるとは、
「くそ!」
その皮肉具合に怒りが湧く。まるで運命そのものに馬鹿にされているようだ。
こんな時にあのヴォールの二人は何をしているのだ!? こういう時に助けにくるのが兵士というものだろう!
彼は知らない。前線が壊滅寸前だったため兵士長の独断で二人を前に出したことを。
息が上がってきている。苦しい。
「ま、待て……お前ら……」
ぜえぜえ、と肩で息をするタオフェ。それに兵士たちは止まるが、
「急がないと出られなくなってしまいます!」
「分かっておるわ! 貴様誰に指図しているか分かっておるのか!」
その怒声に声をかけた兵士は「し、しかし……」と狼狽する。それにタオフェは続け、
「兵とは王のためにその命を賭すものだ! 貴様らは私の命のままにただ人形のように動いておればよいのだ! そんなことも分からんのかこの下衆が! いいから私を守れ!」
床にどっかりと彼が座ると同時に、兵士たちは「ハッ!」と応えて廊下の前後を警戒する。
だが次の瞬間、ぐらりと床が揺らぎ、
「な、なんだ!?」
そうタオフェが腰を上げたのと同時に地面にひびが入り、砕け、崩落した。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
彼が移動していたのは二階。
そこから一階にタオフェの体は落下する。
一瞬の浮遊感の後の衝撃が全身を突き抜け、足首から音が聞こえた。
「うがぁッ!」
冷たい汗が一気に噴く。思わず腰を抜かすようにして尻餅をつくと、足先が可笑しな方を向いていた。だが不思議と痛みはない。だが嫌な汗だけはどうしようもなく湧いてくる。
「あ、足が……足がぁ……」
そんな子供みたいに怯えながら助けを求めて辺りを見回した。
が、そこで気が付く。
「誰を探してるんだ? 国王様よお」
立っていた男は瓦礫の下敷きになって動けない……否、すでに動かない兵士の一人に担いでいた金槌を振り下ろす。担ぐのが重たくなったから一端下ろそう。そんな気軽さで兵士を肉塊する。血が飛び散る。
「ひっ―――――――!!!」
その頭には角。
闇色の肌。
(ま、ままま魔族!!!)
それに気づいた瞬間、彼は尻餅のまま後退る。後退って後方の壁に追い詰められる。
誰かいないのか!? と必死に辺りを見てみるが、全員瓦礫の下敷き。自分だけがここに生き残ったのだ。
「だ、誰かいないのか!? 私を助けよ!」
そう叫ぶが返事は返ってこない。トレラントはゆっくりと焦ることなく彼のもとへ近づいていく。そして金槌を振り上げて、構える。
「ま、待て! 落ち着け!」
タオフェは必死に両手を出して思いとどまるように言う。
王。強国の王タオフェ・ドルンは涙を流して懇願する。
「待て! 何が欲しい! なんでもやろう!」
それは最大級の屈辱だが、そんなことを感じる間もない。今はただ己の命が恋しい。己の命のみが愛おしいのだ。
「お前の好きなものを何でもだ! 金でも飯でも女でも領地でも、好きなものをやる! 人間が憎いというなら私の兵士をいくらでも殺させてやる! いくらでもだ! だから……だから……」
「ッ、」
それを無視し、トレラントは金槌を振るった。
見ていられない、というわけでもなく、かといって愉悦を感じたわけでもない。彼の行為に対して抱いたとすれば「流石、人間は醜いな」と再確信しただけだ。
振るわれた鉄塊は無慈悲にタオフェの頭を粉砕し、背後の壁に破裂し飛び散る。
「あぶねえ。ここも壊したら完全に俺も下敷きじゃねえか……」
なんて、戦闘以外のところで肝を冷やし、彼の一仕事終えたように汗を拭って外に出る。そこには大量の人間の死体が転がっていた。
タオフェ・ドルンは兵士ならいくらでも殺していいと言った。だがもう遅かったのだ。すでに城は制圧済み。兵士、使用人、料理人、その他全て処理済みだ。
トレラントは外の仲間たちを見て、それから満足げに笑う。
そして拳を高々と上げた。
「ドルン城は落ちた! 同胞たちよ、俺たちの勝利だ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
大気を揺らし、地すらも揺らぎそうな雄叫びが響いた。彼らはまるですべてが自分たちと同じく歓喜に打ち震えているような気さえ感じていた。
強国を討ち取った。これは今まで幽閉されてきた魔族たが初めの一歩なのだ。ようやく踏み出せた一歩なのだ。皆涙を流して喜びを天に地に吠えた。
こうしてドルン戦は見事魔族側の勝利に終わったのだ。