ケージとクラハ -2
木々の隙間から重たい破裂音が響く。
クランは魔銃を構え、銃口を相手に向けて発砲する。
魔弾を込めていない短縮化散弾銃は彼女の魔力で生成した散弾を打ち出し、地形を抉る。
「チッ、木ホント邪魔ねぇ」
弾の大部分は木に当たってその表面に穴を掘るだけ。短縮化のせいで余計に弾が散乱しやすくなっている。故にまっすぐに飛んでいくのは通常より少なくなっている。
そしてブリッツは稲妻で加速し、木々を盾にしながら彼女に襲い掛かる。その早さはまさに疾風。地面から木へ。木から木へ。そして地面へ。
縦横無尽に飛び回り、ヒットアンドアウェイを繰り返す。
彼女はその刃を銃で防ぎながら発砲する。だが少し遅く、木の邪魔もあって中々彼に弾を当てることはかなわない。
「おいおいどうした! 当たんねえじゃねえか!」
彼は勝ち誇ったように獰猛な笑いを浮かべ、刃を構えて突進する。まるでかまいたちだ。
「ハエに当てるって案外難しいんだよ」
そう毒づき返し、彼女は発砲する。がやはり弾丸は空を切るだけで敵を穿つまでに至らない。
クラハは辺りを見る。少し遠くではケージと魔族の少年が戦っているのが見える。ケージは重力系の魔法を使うのだが、相手の動きに鈍りは見えない。何かの魔法を使っているのだろうか。そんな相手では彼の苦戦するだろう。
こちらも認めたくはないが少々苦戦中だ。でかい魔法を使いたいがこの距離では巻き込んでしまう。
彼女はため息を吐くと、魔法の絨毯をした時の魔弾を装填し真横に向けて『強者の指弾』を発動する。その途端彼女の体はその衝撃で真横に吹っ飛び、木に激突する。
「痛っ!」
ドン、と鈍い音がして彼女は背中から木にぶつかる。しかし距離はそこそことれたようだ。ケージの姿はかなり小さくなった。
が、つかの間の安息もない。
そこに目の前からブリッツが切りかかってきて、彼女はそれに銃口を向けて発砲する。彼はそれを横に跳んでかわすと、そこからまた地面を蹴って突進してくる。
「もらったッ!」
「そうかな?」
そう彼女は笑い、さっき今度は真下に向って『強者の指弾』を発動し、真上に飛び上がる。そして空かさずそこでもう二種類の魔弾を右手の魔銃に装填し、真下に向ける。
「燃え散りなよ! 『火災旋風』!」
銃口から二つの魔法が同時に発動される。一つは火の玉を射出する火の魔法。もう一つは竜巻を発生させる風の魔法。その二つが発動の瞬間に反応し、火の火力を高め、熱風より恐ろしい火の渦となって地面に叩きつけられる。そして火の柱はまるで油でも巻かれたように地面に火を這わせ、森を紅蓮で侵食していく。
「なっ、マジかよ!」
炎は当たらなかったにしても、その熱波に顔をしかめるブリッツ。この威力は森一個軽々と飲み込むものだ。辺りの木々はその火の柱に呼応するように燃え始め、小さい柱が乱立する。
だがそれでは終わらない。
彼女は地面に着く前にさらにもう一種、二発の魔弾を装填すると、
「『洪水』」
引き金を引くと同時に大量の水が射出され、その火柱もろともあたりの火をかき消す。そして同時に大量に発生した水蒸気で辺りは真っ白になる。
ブリッツは舌打ちをする。これが狙いだったのかと。
最初の火柱で死んでもよし。もしダメならこの水蒸気で仕留めればよし。
だが彼女からもこちらの位置は分からないはず。ならば先に見つけた方の勝ち。
そう思っていたとき、重たい発砲音とともに彼の肩に何かが掠った。
「ッ!」
思わずその場に尻餅をついてしまい、音が出る。それで相手はだいたいの位置を察したようで、こちらに向かって乱射してくる。
何回もの破裂音から、無数の弾丸が打ち出されたイメージが彼の脳内を過る。ブリッツは獣のような反射神経でとっさに地面に伏す。その頭の上を雨が通り過ぎていき、後ろの真っ黒に焼けた木がチーズのように穴だらけになる。
そこで彼はもう一つの事実に気が付く。
木が炭になり、脆くなっているのだ。
きっと、本当の狙いはこれだったのだ。
(壁の排除かよ。クソ!)
そう彼は急いでまだ焼け切っていない木の陰に潜り込むと、腰を下ろして狙われにくくする。我ながら惨めだ。クソ。
さっきの雨から敵の方向予想が付く。が、距離がどれだけあるかは水蒸気のせいでパッとしない。『疾風の雷光』を使っても先に迎撃されては元も子もない。
さて、どうする……
・・・
少し時間は遡り、カリオスはケージと交戦していた。
はじめはケージも『罰の足枷』を使ってきたが、効かないことが分かると剣主体の戦いに切り替えてきた。
交わる剣戟。散る火花。
「まさか魔法が掻き消えるなんてね。すごいね君」
クラハの心配はほぼ無意味だったようで、余裕を持って話す彼。魔法を封じれば幾分か楽だと考えていたカリオスはその考えを改める。やはり先行魔法騎士団は他ほど簡単にはいかない。彼は戦い方が非常にうまい。カリオスの繰り出す剣撃を受け止めるのではなく、流すように受け流し、その隙を突いてくる。油断なんて元からなく、気を抜けば簡単に首か心臓を持っていかれそうだ。
カリオスは突撃し、右手の魔剣を振る。それをケージはカリオスから見て右側に弾き、開いた脇から掻っ捌こうと剣を返す。
「ッ!」
それを読んでいたカリオスは左手を魔剣でそれを受け止め、その隙に右手の剣を逆手に持ち替えて彼の首へ突き立てようとする。
「あ、これはマズいな」
そう彼はやはり余裕気に笑い、バックステップで後方に下がる。が、それを逃すまいとカリオスは投剣を放つ。
だが、
「『罰の足枷』」
彼がそう言うと投剣は彼に届く手前で地面に落下する。
それにカリオスは顔をしかめる。彼の魔法で落とされたのは明白。しかしその効果が具体的に分からない。みんなの体が重くなったことから重力系統のものだということは想像できるのだが、確証がない。
ケージは投剣を拾うと「危ない危ない。詠唱ギリギリだったな」と遠くに放り投げる。
そして彼は剣を構え直し、対峙する。
「君、中々強いね。剣はまだまだ拙いけど、殺し慣れてるのかな?」
「……」
「う~ん。会話してくれないな……まあいいか。なら僕も少し本気を出そうかな」
そう言って彼は詠唱を始める。
本気。その単語にカリオスの危機感はグッと高まる。今までは剣撃のみだったため少しは対処できた。だがしかしここからは魔法も入ってくるのだろう。
(なら……その詠唱を止める!)
カリオスは地を蹴り、距離を詰める。魔法使いは基本、詠唱時はその場にとどまって詠唱に集中する。そうでなけでばきちんとした魔法は発動しない。それが普通なのだ。
だが、カリオスはこの緊張の中で曖昧にしか思い出せていなかった。彼ら、先行魔法騎士団は詠唱中でも戦闘ができるということを。
ケージは言霊を発しながら剣を構え、同じように地を蹴ってくる。その行動にさきに突っ込んだ方のカリオスが驚いてしまい、動きが鈍る。
ケージは彼よりも早く切り上げる剣撃を放ち、カリオスの刃を上に弾く。そしてそこで詠唱が完了したようで、彼は魔法名を口にする。
「『断罪の鉄』
「ッ!?」
その言葉の瞬間、彼は背筋にすさまじい悪寒が走った。
マズい。
これはダメだ。
本能大音量で警鐘を鳴らし、カリオスはとっさに彼から距離をとる。
その直後。ケージの目の前、つい一瞬前までカリオスがいたその地面に、一メートルほどの横一文字の窪みが生まれる。幅は一センチ弱。
あれが、魔法の結果だ。
そう感じた。
飛び退いたカリオスを見てケージは関心したように「へぇ」と漏らす。
「今の避けるんだ。どういう反射神経してるの君?」
「……今のは……刃?」
「お、やっと口を開いてくれたね」
そう彼は本当に嬉しそうに笑う。
「そうだよ。ネタバラシをするとギロチン、断頭台だ」
そう言うと彼はまたその詠唱を始める。ギロチン。ということは攻撃は上から来るということだ。おそらく簡単に人の人体を切断できるものなのだろう。だが来るところが分かっているなら魔剣で防げる。
カリオスは再び身を沈めると、地を蹴る。
それにケージも前に出てきて剣戟を交える。
そして詠唱が完成したケージはカリオスを蹴り飛ばすと、『断罪の鉄』を発動する。見えない刃が彼の上から投下される。
魔法名が聞こえた瞬間、カリオスはとっさに右手の魔剣で自分の頭上を切る。すると手応えがあり、魔法が掻き消えた。
「やるね」
「ッ!?」
その声は彼の目の前から聞こえてきて、次の瞬間躊躇いの無い刃が彼に向って振られる。
魔法は囮。
「うあああッ!!」
そう無意識に声を絞り出し、体に鞭打ち、強引に左腕を動かして無理にでも剣を受け止める。しかしろくに構えもせず受け止めたので、その力に耐えられず彼の剣は弾かれて、左肩に剣戟が入る。
「がっ!」
カリオスは後ろに吹っ飛ばされた後、肩を抑えて呻く。幸い剣は手から離れなかったが、肩の傷は少し深い。重症というほどではないと思うのだが出血は問題だ。
が、止血をしている暇はない。
ケージは剣を血振りすると一息吐く。
「これ使ってやっと一撃か。やっぱりすごいね君」
その言葉をカリオスは訝しむ。いや、正確にはさっきの剣撃を、だろう。
今の剣撃はただの剣撃だった。魔剣の当たっても何の効果も発揮されなかった。
しかし彼の口ぶりとさっきの衝撃の重さからすると、何かしらの小細工があったのは明白。子供とはいえ一人を吹っ飛ばすほどの衝撃だ。受け止めたにもかかわらず、だ。
「……ん?」
そこで彼は全く別の方向を見る。すると次の瞬間、その先が紅蓮に染まる。そして同時にむせかえるほどの煙の臭いがカリオスの鼻に入ってきて、思わず彼は鼻を抑えてしまう。
あっちの方はブリッツが戦っているところ。炎は凄まじい激しさで燃え広がり、森を侵していく。が、それはしばらくするとすぐに止み、熱波とともに真っ白な蒸気がこちらにも流れてくる。が、見えなくなるほどではない。
それにケージはクスリと笑い、
「向こうもそろそろ終わりムードかな。ならこっちもぼちぼち終わらせるかな」
そう刃を構え、詠唱を始める。
カリオスはそれに身構える。
左手は使い物にならない。魔剣で魔法を消せても剣の技量で及ばない。
状況は絶望的だ。
「……」
覚悟する。
だが全てを諦めるわけではない。
(せめて相打ちには……)
とカリオスは左腕に残った最後の力を振り絞って構える。ここでこいつを倒さないと後に響く。先行魔法騎士団はなるべく数を減らさなければ……
自分から飛び込むのは今の状態だと自信がない。ならば受けに回ってカウンターが妥当だろうか。
そう思考を固め、相手の攻撃に身構える。
……だが次の瞬間、ケージは唱えていた詠唱をピタリと止めてある方向を見る。
そして「時間ですか」と剣をしまったのだ。そしてカリオスの方を見て、
「今回はここで。武器はいいものを使ってますが、剣技においてはまだまだ未熟かな」
そうまるでさっきまでの戦闘が嘘だったかのように爽やかな笑みを浮かべると、彼はそのまま走り去ってしまう。
その後ろ姿を見てカリオスは、――――――――――――――胸を撫で下ろした。
見逃された。助かったのだ。
思わずその場にぺたんと尻餅をついてしまう。鼓動が早い。
ふと、さっき彼が見ていたものが気になった。確かあの向きは城の方だ。
見るとそこに黒い煙が立ち昇っているのが分かった。