入隊
大変遅くなりました! すみません!
……息を潜める。
草陰、葉々の隙間から様子を伺う。
数は全部で……八人。
うちヴォールの魔法兵は二人。
陣形は二人の魔法兵を囲むようにドルン兵が六人六角形。戦闘が始まると魔法兵二人が後方に下がる。
……よって、作戦はこうだ。
数秒後、彼らの前に魔獣『猪牛』が躍り出る。
それに彼らは即座に例の陣形をとり、魔法兵たちは魔杖を取り出して詠唱の準備を始める。彼らの戦い方は魔法兵たちが詠唱し終わるまでの時間を稼ぐことができれば勝ち。そういったものだ。現に唱えられる魔法は少々時間がかかるが強力なものが多く、完了してしまうと勝ち目はぐっと下がる。
故に、その前に仕留める。
前方、猪牛が前衛とぶつかった瞬間、魔法兵たちの背後に今度は少年が躍り出る。
そしてそのまま地を蹴り、彼らが振り向く間も与えずとどめを刺すのだ。これがベストな方法。
……しかし、現実はそう甘くない。
「後ろだ!」
と、魔法兵たちは驚くも、振り返りざまに魔杖を翳してくる。どうやらバレて―――というより考慮されていたようだ。詠唱時間の短い魔法だ。
二人は振り向きながら、一人が火球を放つ魔法『火炎の咆撃』を放つ。
もう一人はまだ詠唱をしている。やや強力な魔法を使用するようだ。
避けようとするが間に合わない。
子供一人分ほどの直径の火球は飛来し、爆ぜた。
「『押流の陣風』」
もう一人が詠唱をし終え、魔杖を翳す。次の瞬間、杖の先から木々をしならせるほどの突風が噴き出し、自分という対象を倒すついでに飛び散った火の粉を払い飛ばす。
人間側、現状 死者三十数名 負傷者多数
言うまでもなく負傷者は皆重症である。手足が一本ない者もいる。
当たり前だ。
敵も味方も、向こうもこっちも、生死、命をかけて剣を振るっているのだ。手加減など存在しない。戦争と名の付くものは、『勝敗』があっても『勝負』でない。
勝つためには手段を選ばない。それがむしろ『真面』と受け取られる場なのだ。
……だが、負傷者の中には不思議な者たちがいた。
そいつらは皆、同じ部分に傷を負わされているのだが……
「……ふぅ。森が燃えなくてよかったよ」
「「ッ!!」」
二人は目を見開く。
が、その驚いている間に、二人の足に鋭い銀色が飛来する。
一人は太ももに深々と、もう一人は膝関節の腱を切るように。
「あぐッ――――――!!」
二人はうめき、その場に倒れ込んでしまう。
少年は右手の短剣を持ち直し、左手にも同じ短剣を腰から抜いて持つ。
そして倒れている二人に向って駆け、―――――――――その間を抜ける。
魔獣にやや苦戦気味のドルン兵六人のところへ行くと、流れるように全員の『足』ではなく『足の筋肉』を切断する。
地を這う蛇か。蜥蜴か。
そんな滑らかな動きで少年はその場を駆け抜け、制圧する。
そして最後に猪牛のところにへ行き、その体を一突き。
途端に猪牛はまるで霧の塊だったかのように霧散してしまう。幻覚の魔法だ。
「……次に行かないと」
そう呟き、彼はそれ以上彼らには何もせず、次に場所に足を進める。
「精が出るわね」
森をかけていると、樹の上から降ってくる声に足を止める。
見ると枝に腰掛け、肩にライフルを凭れさせている少女『クラン』がいた。
彼女はこちらを警戒しているようで、枝から降りてくるとカリオスを睨んでくる。
「え、えっとぉ……」
その視線にカリオスがどう返そうか迷っていると、彼女は「はぁ……」とため息を零し、
「本当にあなた、あの時のあの子なの?」
あの時のあの子とは、また困るくらい漠然とした言葉を使うなぁ、とカリオスはぼんやり思いつつ、
「そうだけど」
とりあえず短く簡潔に返す。
あの時とはネーベルでの時だ。あの戦闘の時カリオスは『変化の魔法』で人間の少年の姿になっていた。
「……ま、そうだろうけど……」
とクランはそれでも何だか不満そうである。これ以上どうすればいいのか、カリオスが困っていると、
「死ね!」
「ッ!!」
背後からの殺気に横に飛び退く。
さっきまで彼が立っていたところを鋭い回し蹴りが過ぎる。
そしてその繰り出した人物は「チッ」と舌打ちすると、
「ああクソ! なんでお前味方に来たんだよ!」
と、彼が魔族側に入った時から言っている言葉を、今日も変わらず頭を掻きながら発する。
そんなブリッツにクランは持っていた銃を逆さに持つと、
「いい加減仲間に蹴りかかるのやめなさい。ブリッツ」
それを重力に任せてコツンと、――――正確にはゴンと振り下ろす。
当然、そんな鉛の塊を頭に喰らった彼は、
「うげッ! あっ、ってえなクラン何しやがる! つうか銃でたたくか普通!?」
「獣にものを教えるときは痛みが一番早いのよ」
「あ?」
「あ、ごめん。ケダモノだったわね」
「てめぇ……」
二人の間にバチバチと火花が散る。
それをカリオスは少し離れたところで、この一触即発の状況を落ち着かない様子で見ていた。
いったいどうするべきなのだろうか。
この二人、『ブリッツ』と『クラン』は彼がこの部隊に入った時からこの様子だ。手を出す喧嘩は見たことがないが、口喧嘩は四六時中やっている。
部隊のほかの人も「あれは二人の生活サイクルの一部だから仕方ないんだよ」と言っていた。
最初はまさかと思っていたが、最近では確かにそうだと思えるようになってきた。なぜなら四六時中しているからである。
しばらく睨み合っていた二人。が、フンと両者ともにそっぽを向いてそこで終了。漂っていた暗雲が晴れていく。
カリオスもようやく落ち着くことができる。ここで喧嘩でもされたら、この二人を止めるのは自分だけではできないだろう。思わず安堵の息が零れる。
「おい。次の場所を移動するぞ」
「言われなくても」
ブリッツの言葉にそっけなくクランは返し、言った彼より先を歩き出す。それにブリッツはカチンときたのか彼女の横を過ぎて前に行く。それにクランは「フフっ」と笑いを零し、
「子供ね」
「ああっ!」
「なんでもな~い♪」
「お前……」
ブリッツは拳を握って振り返るが、後のことを考えて面倒くさくなったのだろう。せり上がってきていた言葉を飲み込むと「フン!」とまた前を向いて歩き出す。それにクランはクスクスと笑うが、それ以上は何も言わなかった。
カリオスはクランの後ろを歩いていて、そのやり取りを見て、思わず頬を綻ばしてしまう。
何だかんだ言い合いつつも、この二人はやはりこれでつり合いが取れているのだ。喧嘩するほど仲が良いとはまさにこのことなのだろう。
そんな二人を見ていると、彼的にはどことなく羨ましく思えてくるのだ。
・・・
ケトニスと出会った後、二人は魔族たちが魔郷から出入りしている秘密の穴へ向かった。
何もない地面をケトニスは探り、そしてあるところを持ち上げる。それは蓋の上に土が乗っており、パッと見ではどこにあるか見当もつかないようになっている。そして蓋の裏側にはロープが結ばれている。
蓋を開けた中は真っ暗で、妙に急こう配な通路が続いている。
「……これを降りるの?」
カリオスの疑問にケトニスは「そうよ」と返しつつ、何やら茂みの中でもぞもぞとしている。
と、
「あった!」
彼女は次に達成感のある顔で茂みから取り出したものをカリオスに見せてくる。
それは木の板の先に手綱のようにロープが付いているものだった。
「……」
デジャブというのだろうか。
何やらどこかでお世話になった記憶が……
そんな嫌な予感を膨らませて、茫然としている彼を無視し、ケトニスはその木の板を穴の前に置くと、
「さ、早く乗って!」
(やっぱりそうだった!)
懐かしい思い出が脳裏を過る。
だが確かに歩いて降りるよりかは格段に早い。
……乗るしかないのだろう。それがベストだ。
「……」
カリオスは少し嫌そうにしながらも、渋々乗ろうとする。と、そこでケトニスが先に木の板のところに行き、
「あ、カリオスは男の子だから前ね☆」
「ッ――――――!」
と、言うわけで、先にケトニスに後部座席を陣取られてしまい、彼はやむなく特等席に座ることになる。
そしてケトニスは、蓋の裏側に付いているロープを掴むと、
「それじゃあしゅっぱーつ!」
と、アニスの時とは違い、勢いよく地面を蹴った。
「え……」
カリオスが不満、講義をする前に、そりは何の文句も言わずにスルリと穴に吸い込まれる。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ―――――――――――!!!!!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ―――――――――――!!!!!!」
高い悲鳴が二つ、穴の中に反響する。そしてそりが或る程度まで進むと、そこでケトニスが掴んでいたロープがピンと引っ張られ、地上の蓋がしまと同時に彼女の手からロープが去っていく。
そしてそのままそりは加速を続け、螺旋を描いた道を滑走していく。
ヴォール城よりも随分と長い。それもそうだ。おそらくあの『支柱』を降りているのだ。約山一つ滑走しているのだから、時間もかかろう。そしてスピードも出る。
「ッッ―――!!」
カリオスは途中途中で足を付けて少しブレーキを掛けるが、それも雀の涙。焼け石に水である。
このままだとトンネルから出たときに支障が出る。というか最悪死ぬ!
そう思ったカリオスは足を地面につけて、もう一度ブレーキを試みる。が、あまりの速さに足が弾かれそうになり、慌てて戻す。
(どうする!?)
打開策が見つからない。後ろのケトニスは「キャアアアアッッ!!」と楽しそうに叫ぶのに忙しいようで、こちらのことなど露ほども気にかけている様子はない。
このままだと本当にマズい。
そう感じたカリオスは最後の手段として、ダメもとで足をついてみることにする。何もしないよりかは幾分ましだろう。
そう思って足を突こうとしたとき、フワリと体に感じる重力の方向が変化した。
それが滑らかな上り坂だと理解するのに、少しかかった。
そりの速度はそこで大幅に軽減され、登り切ったところでなだらかな下り坂に入る。そしてその先には光が見えた。
ようやくの出口だ。
白光が網膜を焼く。
その先には、
ザッパァァァァア―――――――ンッッ
予想通りのビショビショクッションが待っていた。
「やっぱり……」
「気持ちぃー!」
ため息を吐くカリオスとは真逆で、水にはしゃぐケトニス。
それを微笑ましく思いつつ、彼は現状把握に脳を回す。ここはどうやら湖のようだ。
陸の方を見渡すと、テントの群れがあるところを一か所見つけた。おそらく魔族たちだろう。
「ケトニス。あそこ?」
水の中でもその問いが聞こえたらしく、ケトニスは水につけていた顔を上げると、彼の指す方を見て、
「そうそう! ごめんねはしゃいじゃって」
なんて、楽しそうで嬉しそうな笑顔で言ってくる。緊張の糸が緩んでいるのだろう。カリオスから見て彼女はいつもより活発だ。
それに彼も嬉しくなり、口を綻ばすと、パシャリと水を弾いて彼女にかける。
「キャッ!」
「ほら、行こう!」
「あ、やったわね! 待ちなさいよ!」
なんて、久しぶりの温かな空気に身を浸しながら、二人はテントのある岸の方へ泳いだ。
泳ぎ着いた二人を迎えたのは、他の魔族たちの好機と緊張の視線と、
「どうしたのケトニス!?」
カリオスの知らない、同い年くらい―――いや、少し年下だろうか―――の少年だった。
「『プリュイ』!!」
が、ケトニスは面識があるようだ。
プリュイ、というその少年はケトニスを見るとすぐに駆け寄っていく。それに彼女の手を取って、
「どうしたの!? 緊急のところから来るなんて、上で何か―――――」
その切迫した様子で、なぜ周りの視線が緊張しているのかカリオスは納得する。
さっき二人が降りてきたところは基本的には緊急時に使用される場所なのだ。
伝達、あるいは避難か。いや、主に伝達だろう。避難などする暇があったら戦うだろうし。
「違うわプリュイ。落ち着いて」
そう彼女は慌てふためく彼に穏やかに話しかける。すると彼はたどたどしくも頷くと、気持ちを落ち着ける。その緊急事態という考えに対する否定の言葉が聞こえたようで、周りの空気も少し柔らかくなる。
と、落ち着いた少年プリュイは、気持ちに余裕ができて視野が広がったようで、今度はカリオスの方に視線を投げてくる。
その訝しんだような不思議に思っているような視線に、どう反応していいのか困り、とりあえず柔らかく苦笑するカリオス。が、どうにも良い印象を与えなかったようで、プリュイは眉間にやや皺を寄せるとケトニスに視線を戻す。
「……アレ、誰なの?」
その問いはこの場にいる全員の意見を代表しているようだった。緊張が無くなった以上、純粋な好機の視線が二人に―――主にカリオスに―――注がれる。
それにケトニスはにこりと穏やかに嬉し気に笑い、
「安心して。彼は私たちの味方よ。トレラントさんはいる?」
「ッ!?」
驚いたのはカリオスだった。
だがそれをとっさに隠し、バレないようにする。
その名前には覚えがある。
ネーベルでの一件での連中、その中の一人の大金槌を持った巨漢の男。
『十字に仇なす怪物たち』『トレラント』
確かにそう呼ばれていたのを覚えている。
いきなり彼らの名前を出され、そして会うらしいことをサラりと聞けばそれは驚く。それに何より、あの戦いでカリオスは彼に手傷を負わせている。
後ろめたいを通り越して、不安しかない。
「あ、うん。いるけど……」
「よかった。なら行こうカリオス!」
こちらの気持ちなど露知らず。彼女は若干戸惑っていたカリオスの手を取ると、そのまま引っ張る。
それに驚きながらも、やるしかないと覚悟を決めてついていくカリオス。
と、
「……」
背中に何かを感じて、思わず振り返った。その途中で、その違和感は消える。
振り返ったその先には、さっきまでケトニスと話していたプリュイという少年がいた。
彼はカリオスが振り返ると分かった瞬間に顔をそらして斜め下の地面の辺りを見ていた。
「……?」
結局その違和感の正体はつかめず、彼は首を傾げて顔を戻した。
いったい何だったのだろう。あの冷たいモノは……
……今は関係ないだろう。
そう区切りをつけて、カリオスはケトニスの後に続いた。
彼女は迷いなく一番奥の、というか円形に配置されたテント群の中心にある大きめのテントに向かう。
「トレラント様はいらっしゃいますか?」
その入口で立ち止まり、門番の男性二人に話しかける。
それに彼らはカリオスを不審な目で見ながらも「ああ」とぶっきらぼうに答えた。あまり歓迎されていないのだろうか。いや、こんな状況で言うまでもないか。
ケトニスはそれを聞くと「ありがとうございます」と頭を下げ、入口に向って、
「失礼します! 魔獣部隊所属のケトニスです!」
と、中から「入れ」と返答があり、二人はテントの中に入る。
テントの中は思いのほか広かった。外から見ても中くらいの小屋くらいはあるなと思っていたのだが、壁がないせいだろうか、思いのほか広く感じた。
「……」
中に入った瞬間、カリオスはほんの少しだけ身構えてしまった。
テント内の中央に知らない二人の魔族と一人の知っている男がいた。彼らの取り囲んでいるテーブルの上にある地図とその場の雰囲気から、現状把握と今後の作戦を立てていたのだろうか。
「ん?」
そんな身構えた彼を見て、知っている男トレラントは他二人に「少し待て」と。
言って、彼はこちら……入ってきた二人―――否、カリオスを見る。
……その口は、何も発さず。
彼はただ黙って見る。
以前の戦いの時はかなりしゃべっていた印象があったのだが、今の彼は一言も発しようとはしない。
それを前にして、彼は思わず、聞こえないように喉を鳴らした。
彼の目は言っている。
『何をしに来た?』
と。
そしてその答え次第でどうなるかも暗に告げている。
「……」
押し殺して、それでもにじみ出ている殺気に、その場の空気が歪む。
それを直線的に感じているカリオス。だがそれ以外の者たちも感じ取っているのか、その場の誰もが口を噤んで動かなかった。
何かを言おうとしていたケトニスも、その威圧に負けて口を閉じている。
今、この場で発言の権利があるのはカリオスただ一人。
彼は考える。
何が正解で
何が不正解か
どういえば目の前のトレラントという男は納得してくれるのだろうか。
彼は何を欲しているのか。
「――――――――」
思考を巡らす。
巡らし、廻し、汲み上げ、組み上げる。
……そして、――――――
カチャリ、と――――――
「……」
彼は自分のベルトを外すと、それを差し出すように前に置き、その場に跪いた。
「っ!!」
その行動にケトニスは驚く。
カリオスの直感が――――――否。直感などなくても分かるだろう。この状況ならばこの選択しかないと。
「お願いします。ここで戦わせてください」
口にできたのはそれだけだ。
そこから先は『うまくやろう』とばかり考えたからだろうか、考えがごちゃ混ぜになって言葉にならなかった。
それにトレラントはじっとその姿を見つめた後、その場を動く。
そして頭を垂れているカリオスの方へ歩いてくる。
一歩――――
二歩――――――
三歩――――――――……
そして彼の前に来ると、
「あの仲間はどうした? 裏切ったのか?」
「ッ!?」
責めるような声。いや、そう聞こえたのは彼がそう思っていたからかもしれない。
無機質な声の質問は、鉄の刃のようにカリオスの心に突き刺さる。
そして同時に、「嘘を吐くな」と体が警告する。
ここで嘘を言っても意味がないし、逆効果だ。
「二人とは……別れました」
それは真実だ。
結局、どれだけ自分の中で美しく飾ろうと、事実だけを見ればそうなのだ。
カリオスは二人と別れた。
要らないものを排除すると、結局核はこういうことなのだ。
そして、
「僕は、今僕のやるべきことをするためにここに居ます」
「やるべきこと?」
その単語に彼は疑問符を浮かべる。
それにカリオスは「はい」と、
「友達のためです!」
この一言だけは、力強く、譲らないと決意を込めた声で、顔を上げた言った。
平和のため?
魔族のため?
人間のため?
そんな漠然としたモノのために戦うことなんて、彼にはできない。
彼にできるのはただ目の前の守りたいと思ったものを守るだけ。この小さな掌に収まるもの程度のものしか守ることはできない。
貧弱な思い上がりかもしれないが、それが今の彼の現実だ。
『狩り』ばかりしてきた彼が、『守る』ことのできる全てである。
それ以上、言葉はいらなかった。
トレラントはその目を見て、「そうか……」となんだか少し呆れた様に言うと、
「ようこそ。同胞よ」
そう優しく力強く言って、彼は手を差し出した。
「お前がいてくれれば百人力だ」
「――――――」
その言葉がカリオスは素直に嬉しく、思わず顔を綻ばせていた。
もとは敵で、あの凄惨な戦いを起こしたやつらということは分かっていた。
しかし仲間に対してはこんな優しい顔もできるのだと。
しかしそれが同時に、ほんの少し悔しく、歯がゆかった。
ケトニスと彼女の母に関しては、話すとあっさり免除してくれた。
「その分こき使ってやるからな」
と、言われて一番戦闘の多い、ブリッツとクランの部隊に入れられただけで、それ以上はなにもなかった。
ちなみにブリッツとの関係は、配属の初日に「お前かよ!」とブリッツから全力の蹴りを喰らい、それをかわしたところから始まっている。
こうしてカリオスは、魔族たち側に入ることになった。
・・・
二人の後ろを歩きながら、カリオスは別れたアニスのことを思い出す。
彼女は今何をしているのだろうか。
無事に着いたのだろうか。
寂しい思いは……
「……いや」
彼女なら大丈夫だろう。強くて、逞しくて、行動力があって、決定力があって。
彼女ならきっと大丈夫だ。
そう……信じることにしたのだ。
だから、今……僕は、
(僕は、僕のやるべきことをやる)
誰も殺さないし、誰も死なせない。
これはきっと、自分にしかできないのだ。
人間と魔族、双方につながりがある僕にしかできないのだ。
……しばらく草木を掻き分けるようにして歩く。と、開けた場所に出た。
そこには三人以外の魔族たちも集まっていて、皆次に備えて準備をしたり、休んで英気を養ったりしている。