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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第六章 『戦場での二人』
76/122

ボヌールにて -2

「これで最後か?」

「そうかと思われます」

 よし、と部隊長は辺りを見回して剣をしまい、それに倣うようにほかの兵士たちも剣を納める。

 彼らの足元には襲ってきた蛇の魔獣『シュランゲ』の死体が大量に転がっている。

 兵たちは疲れに伸びをしたりと、達成感に浸りながらその場を去る。

 アニスがボヌールに着いたとき程からだろうか、戦況は変化していた。

 ドルン領内を徘徊していた魔獣は粗方片づけ終わりつつあった。

 そこにはヴォールの魔法兵たちの貢献があった。もちろんこれはタオフェの望んだことではない。だがしかしあのままではらちが明かなかったのだ。戦争を長引かせればそれだけ兵士は消耗し、人間は不利になっていく。よってタオフェは歯を食いしばりながらも仕方なく魔法兵の投入を認めたのだ。だがあの二人・・・・にだけは頑として首を縦に振らなかった。

 しかしそれでも魔法は戦場にて多いに活躍し、剣と盾だけでは対処できなかった敵を薙ぎ払っていった。

「大きな敵は全部ヴォールが倒してくれましたし、私たちだけでも対処できますね」

 兵士の一人が安堵した風にそう言う。

 ほかの兵士たちもそう思っているのだろう。顔には安心が浮かんで、表情はどことなく緩んでいる。

 そうだな、と部隊長は肯定する。

「だが油断はするなよ」

 しかし振り返って彼は隊員たちに少し厳しめに言う。

「いくら終盤に差し掛かったとはいえ、戦争はまだ続いている。気を抜くなよおま――――――――」





「ああ。その通りだ」





 次の瞬間、彼の口は最後まで言葉を紡ぐことなく、宙を舞っていた。

 斜めに切り取られた見事な切り口から鮮血が噴き出し、即興の噴水が出来上がる。

「ぁ……」

 隊員たちは皆一瞬、口を開けて固まった。目の前の現実が認識できなかった。

 だがその漏らした音とも声とも取れるか細いモノが最後の言葉となった。

 刹那。

 胸を突かれる者。

 首を飛ばされる者。

 真っ二つにされる者。

 一瞬で築かれたオブジェの群れ。

 肉塊はすべてが地面に倒れ、己の周りの地面をどす黒く染めていく。

 それを見て少年は己の拳に着けている獲物を血振りし、合図する。

 草むらの中からゾロゾロと彼らが現れる。

 頭には奇怪な角。

 肌と髪は闇のように黒い。

「さあ! ここからが暴れどころだ! 行くぞお前ら!」

 稲妻を帯びた少年の言葉に、周りは『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』と大地が揺れそうなほどの叫び声をあげる。

 それを見てライフルを持った少女はクスリと笑う。

 進撃。

 その言葉に誰もが高揚していた。

 胸が高鳴っていた。

 ……ただ一人、

 魔剣を携えた少年除いては―――――――――



      ・・・



「やっと来たか」

 先に来ていたレオンはインテレッセとテーブルをはさんで対面するように座り、紅茶を飲んでいる。

 そのいつもの様子を見てアニスは少し安堵し、表情が綻ぶ。

 彼は面倒そうにため息を吐き、

「さっきからこんな話ばっかだ。正直頭がこんがらがりそうだぜ」

 なんて疲労の色を見せる。

 インテレッセはアニスにレオンの隣の席に座るように勧める。アニスはそれに軽く礼を言い、彼の隣の椅子に腰かける。そして彼女はレオンの体をチラリと見て、小さな声で言う。

「……大丈夫だったの?」

「ああ。まるで傷自体がなかったみたいに治ってやがった」

「幻術ではなかったわ。あれは本当に痛かったし……」

 と、それを見てインテレッセは「コホン」と咳払いを入れ、

「私の作った薬だ」

 その言葉を聞き、レオンは目を見開く。彼らは腹部を突き刺され、致命傷だった。いや、死にかけていた。そこからの回復。それはもはや蘇生や再生に近く感じる。

 しかしアニスはさほど驚きはしない。彼女の歴史を調べ、彼女ならできてしまうだろう。そう思えるからだ。

「まあもっとも、試作品だったのだが」

「え?」「は?」

「さて、君たちを呼んだわけだが」

 さらりと不安げな言葉を流し、今回の目的の話に入る彼女。滲みだすような不安が胸の奥に残るが、追及はしないでおこう。余計に不安が増しそうな気がする。

 インテレッセはロードにアニスに紅茶を出すように言うと、自分の紅茶を一飲みして一息吐く。

「まあ君たちは若干訪ねてきた感があるみたいだが、まあそこはどうでもいいな。単刀直入に言おう。ヴォール王国第二王女アニス・ヴォール。君にお願いしたいことがある。いや、これは提案かな」

「私に……?」

 こちらからお願いしたいことは多々あるが、まさか向こうからそう言ってくるとは思っていなかった。

「これは君にもメリットがあることだ。と、まあ内容を話すのが先かな」

 彼女は紅茶を飲み終え、「ふぅ……」と一息入れる。そして机に頬杖を突き、

「どうだい? 私のところで魔法について学び直してみないか?」

 そう彼女は切り出してきた。

 それにアニスは虚を突かれた。もとから彼女に協力を求めるためにここに来たのだ。

 だがこういった形になるとは……

「……インテレッセさん」

 アニスは少しの間の後、少し俯いて言う。

「なんだい?」

 その反応に対し、インテレッセは特に何も思っていないような感じで返事をする。

 それにアニスは申し訳なさそうな顔をし、

「その……すごく図々しいとは思うのですが、直接協力してくれるとか、もしくは何か役に立つ道具とか、そう言ったものはありまんか?」

「ホントに図々しいお願いだね」

 そう彼女は即答し、鼻で笑う。

「残念ながら道具は必要な時に必要なだけしか作らない主義でね。今は持ち合わせがないんだ。それに、すぐに作れるようなものなんてたかが知れてるし、おすすめは出来ないね」

「なら何か即戦力になるような!」

 そんな彼女の態度に思わずアニスも声を荒げる。

「アニス・ヴォール」

 が、インテレッセは言い切る前に遮る。

 そこから彼女の声音が少し低くなる。

「弱い君に与えるものなんて実際何もないんだよ」

「ッ!!」

「おい魔女さん。それは言いすぎだろ」

 彼女の発言に耐えかねて、レオンはギロリと睨む。が、事実じゃないかい? と言いたげに、インテレッセはお構いないし口を開く。

「猫に小判。豚に真珠。君はもう少し聡明だと思っていたんだけどね。付け焼刃でなんとかなると思っているのかい? そんなもの、一振りする前にポキリと折れてしまうよ」

 インテレッセは目を細め、嘲るように鼻で笑う。

 確かに付け焼刃なのは分かっている。

 今の自分が弱すぎるほど弱いのだって痛いほど痛感している。

 それでも彼女は諦めるわけにはいかなかった。

 アニスは目の前の女性を見る。ここまで来て引けない、という強い気持ちからだろう。その目は自然とインテレッセを睨んでいた。

 確かに弟子入りするという判断は正しいのかもしれない。いや、きっと正しいだろう。

 彼女だってこの戦争が長引いてほしくないはず。争いの種が広がれば広がるほどここも被害にあう可能性が高くなってくる。そうなればいくら彼女でも面倒は避けられないだろう。よって、弟子にすると言ってもそこまで時間をかけない可能性が、決して高くはないが若干はある。

 だが今のアニスにはその時間すら惜しいのだ。

 彼女は揺れている。

 確かに戦争の集結は何よりも先決だと思う。迷う余地なんて本当は無いはずなのだ。

(だけど……)

 その小さな胸の奥、その強く温かな心の中から、彼のことが離れなかった。

 旅の最大の目的ともいえる人物が目の前にいる。そして彼女が当初掲げた目的、目標が叶うかもしれない状況にある。

 にも関わらず、心はどこか明後日のところにあり、足はすぐにでもきびすを返しそうになる。

 彼女が求めるベストの解答。それはさっきも言った。

「……」

 黙って俯く彼女を、レオンは黙って見ている。いや、彼だけではない。部屋全体が静止して次の言葉を待っているようだ。ただ一人、その空間の主だけが嫌味を含んだ笑みをもって彼女を見ていた。

 そして……

「……くない」

「「「?」」」

 何かを呟いたかと思ったら、次の瞬間アニスは自分の両手で自分の両頬を思い切り叩き、タコのような顔になる。両手を離すと、紅葉マークの付いたくっきりと出来上がっている。

 そして彼女は机に勢いよく手を突いて立ち上がると、大きく息を吸い、





「私らしくなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいッッッ!!!」

「「ッッ―――――――――――!!??」」





 キイイィィィィィィィィィィンッッッ――――――――――!!! 

 炸裂、爆発した。

 思わずロードとレオンは耳を塞いだが、魔女だけはそれを笑って見ていた。

 衝撃波でも出そうな彼女の叫びは部屋をいっぱいにし、森までも響いた。囀っていた小鳥の声や生き物の音という音が一瞬無くなった。

 まるで、空間が固まったのではないかと錯覚するくらいの孤立感にも似た妙な感覚が場を満たす。

 そして、それはアニスが「ふぅ……」と一息吐いて腰を下ろすことで動き出す。

 アニスはそこで「ん~」と伸びをすると、

「あースッキリしでッ!」

「うるせえ! 他人の鼓膜を労われ馬鹿野郎!」

 すぐにレオンのゲンコツが後頭部に飛来する。

「いったーい! いいじゃない別に! 減るもの……ではあるけども! って、そんなことはどうでもいいわ!」

 その一言にレオンは「いいのかよ……」と言いたげな顔をするが、もう面倒くさくなったのか口には出さなかった。

「インテレッセ・ベルディーテ!」

 アニスはまたガタンと座っていた椅子を倒しそうな勢いで立ち上がるとインテレッセに向ってビシッと指をさし、

「もう面倒よ! あなた、私の仲間になりなさい!」

 そう、面倒なのだ。

 アニス・ヴォール。破天荒な彼女が物事を悩み、考える? 二つのことを天秤にかけて選択する?

 そんなことが起これば天変地異が起こるだろう。

 悩むくらいなら考えなければいい。天秤ならば間の棒の部分を持てばいい。それでもだめなら置いてある床を持つ。

 とにかく動く。それこそが彼女の最大の武器なのだ。

「……は?」

 それに声を漏らしたのはレオンではなくロードだった。レオンはもういつものことだからだろうか、もう知らんといった顔で紅茶を飲んでいる。

「アニス。君は誰に向って指をさしてるんだい?」

 そう言ってロードはアニスの腕を掴み、その顔を睨み付ける。

 さっきの頼みでも、いや、そもそもこの魔女様からの提案を断ること自体ロードの中では信じられないことなのに、

「インテレッセ様の話を断ったのに仲間になれ? 君、何様だい?」

「ヴォール王国第二王女アニス・ヴォール様よ」

 そう彼女は未発達な胸を張って、堂々と言い切った。そして今度はロードにも指をさし、

「ロード! あなたも私の仲間になってもらうから!」

「はい!!?」

「アッハハハハハハハ!! ハハハハハハッ!!」

 ロードが抜けた声を出した直後、今まで傍観していた魔女がこらえきれないといった感じで、大声で笑いだした。

 しかしそれは決して皮肉に満ちたものではなく、

「い、いいよアニス。アニス・ヴォール! 君は本当に面白い!」

 本当に愉快だと腹を抱えて笑うインテレッセ。それにアニスは「どんなもんだい!」と自慢げに腕を組む。ロードは突然の状況に茫然としている。

 そして一しきり笑い終えると、魔女は涙を拭い、

「良いだろう。面白い! 君の傘下に下ろうじゃないか」

「インテレッセ様!?」

 思わぬ彼女の回答に、驚くロード。魔女はそんな彼女を「まあそう不安げな顔をするな」と少し落ち着けてから、

「その代わりとこちらも言わせてもらおう」

「なに?」

「さっきの魔法を学び直す話だ。これにはうんと言ってもらう」

「う……」

 それをしないためにこの提案をしたのに、これでは本末転倒ではないか。

 そう思う彼女を見て、インテレッセは笑い、

「安心しろ。君が修行に入ることは、私から伝えておこう」

「え……」

「カリオス君だ。彼に私が伝えると言ったんだ」

 その名前が出てきたことに、アニスは驚きを隠せなかった。

 いや、それ以上に彼女の言葉にアニスは食いつく。

「カリオスは! カリオスは生きてるの!?」

 その様子にインテレッセは、「カリオス君が可哀想だね」と少し遠回りに肯定する。

 アニスはしばし茫然としてしまう。

(カリオスが生きている……)

 彼が……生きている……

 信じていた。当然死んでいる訳ないと思っていた。

 でも心のどこかで半信半疑だったのだ。

 もしかしたら……なんて考える自分を、そんな訳ないと叱りながら、騙しながら。彼が居なくなってから、彼女の意識が覚醒していたのはたった十数時間だが、それが何日にも感じた。

 その膨らんでいた不安が、晴れた。

「……信じてたわよ! と、当然じゃない……」

 アニスはぐしぐしと袖で目を擦ると、鼻をズズッと啜り、

「彼への伝言、お願い。それと……絶対死なないこと! これを約束させてきて!」

「フフフ。了解」

 そう笑うと彼女は席を立ち、

「でもそれは夜にしよう。今彼は戦闘中だ」

「戦闘!?」

 その単語にさっきまで安堵していた彼女の顔が再び暗くなる。

 が、それにインテレッセは安心するように促す。

「彼の味方は中々の手練れぞろいだ。それに相手もそこまで大した事無いようだし」

「……そう」

 その言葉を聞いた彼女。が、やはり顔は晴れない。

 戦っているのだ。つまりそこでは誰かが傷ついて、最悪死んでいるのだ。

「……インテレッセ」

「それは約束の外だ」

 アニスが言う前に彼女はそれをぴしゃりと遮る。

「アニス・ヴォール。君に損得勘定をしろって言っても無理なんだろうけどね。もうこのいくさを、今回のドルンでのいくさを止めるのは不可能だ。無駄な努力だよ。なら私は次に備えて君を育てることに専念する」

「そんな!」

「冷たいけど、もう諦めるべきだ……ドルンはもう終わりだ・・・・・・・・・・

 そう言う彼女の顔にはある程度の表情はあるものの、瞳には全く感動が無いように思えた。

 全く興味がない。

 ドルンの話題で目を合わせた瞬間、アニスはそう感じた。

「さて、ならとりあえず外に出ようじゃないか! いきなり理論やら方程式やら机に向かって勉強をするのは嫌だろう?」

 インテレッセはスイッチを切り替えた様に生き生きとした顔になり、楽しそうにアニスに言う。

 その状況、表情の変化に一瞬驚いて固まってしまうアニスだったが、「はい」と少しぎこちなく返事をする。

 返答にインテレッセは「うむ」と返し、杖をアニスに向って振る。

「と、言うわけで、とりあえず森の入口からここまで帰ってきてみてね」

「え?」

 次の瞬間、アニスは瞬きをする間もないくらい一瞬で、まるで初めからいなかったかのように姿を消されてしまった。森の入口に飛ばされたのだ。


 かくして、アニス・ヴォールの過酷な修行生活は始まったのであった。


「あ、ついでにあなたも」

 と言ってロードにも杖を向ける。

「!?」

 彼女には発言の間すら与えられなかった。

 そして賑やかだった部屋は、どこかの誰かの勝手で一瞬で静まる。

「さて、――――――」

 と彼女は杖を下ろし、元の席に着く。その向かいには一人の男が紅茶を飲みながら座っている。

 インテレッセも紅茶を一口含む。

 しん、とした空気。

 カチ、とインテレッセがカップを置く音。

「本題に入ろうか。侵入者君・・・・

 それに相手もカップを戻し、

「……ええ。ありがとうございます、インテレッセ・ベルディーテ様」

 未だ・・アニスの横の部屋で・・・・・・・・・眠っている・・・・・、レオンではとてもできないような感情のない、作品のようにきれいな笑みを浮かべた。

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