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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第六章 『戦場での二人』
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ボヌールにて

 アニスは、いた。

 窓がない部屋。ドアもカギがかかっている。

 しかし部屋の天井の中央には魔法で作られた光球があり、木で造られた温かみのある空間を照らしてしている。

 一人用のベッド。衣類がたくさん入る大きなタンス。床中央、絨毯の上には小さめの、といっても一人で使うには十分すぎる大きさのテーブルがあり、まるで宿のような一部屋になっている。

 今まで旅の途中で泊まってきた、どの宿よりも清潔感があり、広々とした空間だろう。

 ……だが、少々広々とし過ぎだ。

 一人で使うには少々大きいのだ。

 そういう空間は、始めこそ嬉しく思うかもしれないが、やがて寂しさがにじみ出てきて、嫌になってしまうものだ。最も、個人差はあるが。

 そんなのベッドのところ―――正確には床に座り、ベッドを背もたれにする感じで、彼女、アニス・ヴォールは俯いていた。

 この部屋に来てどのくらいの時間が経っただろうか。

 彼女、ロードに負けて気を失い、気が付いたらこの部屋のベッドに寝かされていた。

 彼女は生きているのかも訝しんでしまうくらいに動かず、下を向いて固まっている。

「……カリオス」

 その名前をぽつりと口にする。

 次の瞬間、せき止めていたものが溢れるように、彼女の瞳から涙が溢れ出る。

「ッ……」

 慌ててそれを止めようと袖で目を擦るが、その雫は止まらない。

 こわい。

 彼がいないことが、どうしようもなくこわいのだ。

 目を開けても、彼がいない。

 彼がいる気配がない。

 置いてきてしまった。

 置き去りにしてきてしまった。

 見捨てて……

「やあ、元気そうで……はなさそうだね」

 突然ガチャリと鍵が開き、ドアが開く。

 その声に反応し、アニスは入口の方を見て、目を見開く。

「やあ。おはよう眠り姫様」

「あなたッ!」

 その全く悪びれた様子のない、無神経な笑顔を見た瞬間、アニスは立ち上がりロードを睨み付ける。

 が、飛びかかろうとはしない。起きた時に確認したが、魔杖ワンドがなかった。これでは魔法が使えない。返り討ちにあうのが関の山だ。

「……へぇ。案外冷静なんだね」

「……」

「口はききたくない、と。細やかな抵抗だね」

 ま、ある程度落ち着いてるならいいけど、と彼女はくるりと背を向け、

「出ていいよ。会わせたいんだ」

 そう言って、ロードはドアを開けてアニスに出るように促す。

 それに彼女はロードに疑いと警戒の視線を向けながらも外に出る。

(会わせたい……?)

 ドアの向こうは部屋と同様、木造の廊下だった。目の前の窓から外を見ると、小さな集落が広がっている。どうやらここは一階のようだ。そして廊下の左右には等間隔で同じドアが並んでいる。宿舎か何かだろうか。

 行こう、とロードは部屋の鍵を閉めた後、歩き出す。それにアニスは渋々ながらもついていく。

 廊下を歩いていると、階段を見かけた。どうやら上の階もあるようだ。

「ここはね。なんだと思う?」

 なんて、アニスの反応に気づいて、ロードは訪ねてくる。

 寮かなにかだろう。そう思いながらも彼女は返事をせず、彼女をジッと睨む。

 ロードは「根に持つねぇ……」と苦笑いする。当然であろう。何せ大事な……最も大切な人を見捨てさせたのだから。

 ……そう考えるとまた怒りが昇ってくる。

(殺す……)

 アニスがここまで純粋な殺意を持ったのは生まれて初めてだろう。



 黒く、

 鈍く、

 重く、

 冷たく、……



 どんなときでも彼女の心にはいつも余裕があり、温かみがあった。

 しかし、今は違う。

 鉛のような昏く沈黙していて、青く凍てついた業火は音を立てずに、それでも激しく燃え盛っている。

 無自覚ではあるが、本当の戦いを知らず、平和を望んでいた少女が、初めて殺意を理解した瞬間である。

 その鬼のような形相で睨みつけてくる彼女を見て、ロードはなぜかクスリと笑う。

「そんな顔をしてても僕に襲い掛かってこないのは、僕に勝てないということを理解しているからだ」

「……」

「でも安心するといい。もうすぐ君の欲しているものは手に入るよ」

「……?」

 気が付くと廊下は終わり、二人は玄関らしき大きな扉の前に来ていた。

 ロードはそこを開ける。するとそこには窓から見た集落があった。

「ようこそ。僕たち混血族シェアブラッドの里、『ボヌール』へ」

 そこは異形の者たちが住まう、長閑な村。

 そしてここは、アニスたちが目指していた場所でもある。

 私、たち……

「レオンは!? レオンは無事なの!?」

「今思い出したの!?」

 その言葉に逆に驚かれてしまったが、構わずアニスは追及する。

 彼女は特に隠すつもりはなかったので、あっさりと口を割る。

「彼なら一足先に今から向かう場所に行ってるよ」

「……よかった」

 それを聞いてアニスはホッと胸を撫で下ろす。自分もレオンも、あの戦闘で重傷を負わされた。彼も助かっていなかったら今頃自分は魔杖なしでもここで大暴れしていただろう。

「僕らもさっさと行こうか」

 とロードは歩き出す。

 そして二人は里の中を横切る。

 チラリと周りを見ると、エルフや魔族のように普通の人間サイズの者もいれば、巨人族のような大きな者もいる。また人の形をしてない者も何人(何体)か歩いて(這って)いる。

 色も様々、形も様々。この里には統一性というものが存在しない。しかし、それが逆に『統一されている』ようにも感じる。不思議な空間だ。まるでおとぎ話の中に迷い込んだようである。



 そして二人はそんな賑やかな村を抜け、森の中へとさらに足を進める。

 その森に入った瞬間、アニスは違和感を抱く。

 何かがおかしい。

 この森は、『何か』がおかしいのだ。

 カリオスは自然に敏感だったが、そうでないアニスでも分かる。

(……何、これ……魔法?)

 幻覚の魔法だろうか。いや、それなら彼女はもっと顕著に感じているはずだ。

 どうも違う……

「離れないでよ? ここで逸れたら面倒なことになるから」

「……やっぱり幻覚の魔法?」

 そのアニスの言葉を聞いて、ロードは「アハハ!」と笑う。

「そんな優しいものじゃないよ。万が一でも魔法だと解かれちゃう可能性があるからね」

「……なら、何よ?」

 知っていながら答えない彼女の態度に、なんだか馬鹿にされているような印象を受ける。

 ロードは歩きながら辺りを見回し、

「『使役』だよ」

「……どういうこと?」

 『使役している』とは『使い魔(もしくは契約を結んだ何か)を持っている』という意味である。

 これは使い魔のせいなのだろうか。

 と、使い魔といっても上級から下級まで無数に存在する。一体どういうことなのだろうか。

「だから、森を使役してるんだよ。この森という場所自体が使い魔にされたんだよ・・・・・・

「ッ!!?」

 その言葉に、アニスは驚きを隠せず、思わず立ち止まってしまう。それにロードは「ちょっと。離れないでって言ったはずだけど?」と言ってくるが、彼女の耳にそれは届いていない。

 森を使い魔にする。

 言葉のままだと、『森』という場所を『使い魔』にしてしまったということだ。

「森という生命たちのいくつもの奇跡によって成り立っている『場所』を『森』という新たな一個の生命として固定、契約する。惑わせる幻覚の魔法なんかではなく、森自体の意志で侵入者を迷わせ、邪魔者は弾く」

「……新たな生命を作り上げたってこと?」

「ん~そうなるのかな? あの人は『(バブル)ボールにしただけだ』っていってたけど。形無きモノ、形無き意志に形を与えたってことだろうね」

「……」

 その言葉に、アニスはただただ驚くばかりだった。

 ここに来る前、ポートリアでの彼女の言葉では『結界』と聞いていたが、これはまったく別のものだ。『結界』は簡単に言うと、外と内を隔てる壁だ。

 しかしこれはどちらかというと『免疫』に近いように見える。この森の契約者にとって、いらないものは排除する。人間が咳や排出で菌などを外に出すように。

 ……しかしなるほど、

 生える木々、

 揺れる葉々、

 芽吹く新たな芽々、

 改めて見ると、その全てが生物でありながら、規則的に動いているように思える。

 そしてそこに住まう生物たちも微かだが、どこか非生物的な行動を、というより管理されて動いている、生きているように見える。

 一から森を作るのではなく、元からある森を使うことで違和感を抑えているのだろう。

 ……カリオスが見たらなんていうだろうか。

 アニスはふとそう思い、また気持ちが沈む。が、それはさっきほどではない。

 なぜなら、分かるからだ。この森の作り手が、奏者が。

 『森』という新たな生命のカテゴリを作り出せる者が。

 やがて、歩いている二人の前に小さなギャップが出現する。

 そこだけ木々が生えた形跡はなく、自然と穴が開いたかのようだった。しかし、それが逆にその場所の孤独感を演出し、アニスはまるで切り抜かれたかのような印象を受けた。

 そのギャップの中心に、一件の小屋が建っている。

 特に何の特徴もない、小奇麗な小屋。

 ロードはその小屋に向って足を進める。それにアニスもついていく。

 と、それとほぼ同時に小屋の扉が開いた。

「え……」

 次の瞬間、景色が変わった。

 瞬きをする間もなく、一拍の休符もなく、一瞬よりも一瞬で。

 そこは玄関だった。アニスが後ろを振り返ると、そこに少し開いたドアがあった。

「さ、行くよ」

 驚くアニスにそう特に驚きの無い声で言い、ロードは先を行く。何が起こっているか分からなかったが、今はその背中についていくしかない。そう肌で感じているアニスは黙ってそのあとを追う。

 木造の温かみのある廊下。

 しかしおかしい。

 ここがさっきの小屋だとするならば、廊下があるほど大きなではなかったはず。

「『感覚』とは、世界を第三者として観た結果のように思えるが、実は余すところなく自分の世界である」

 なんて声が、奥から聞こえてきた。

 女性の声。

 二人はその声のする方に歩いていく。

「視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚。その全ては最初から、生まれた時から備わっている能力であり、その感覚を認知、判断するのは自分である」

 そして二人は、導かれるように一つのドアの前に立つ。

 そして、

「ふふ、これではまるで、世界が自分を見てほしいがために生命を作っている。そうは思わえないだろうか? ヴォール王国第二王女、アニス・ヴォール様」

 ドアを開けると、部屋の中央で、揺り椅子に座った女性の皮肉じみた笑みが迎えてくれた。

 黒いローブに鍔の長いとんがり帽子。

 漆のように黒く、艶やかな長髪の女性。

 その姿を見て、アニスは自然と、頭に浮かんでいたある人物の名前を口に出した。

「インテレッセ……ベルディーテ」

「長旅ご苦労だったね」

 そう魔女は、さして気持ちの籠っていない、むしろ嫌味のような調子で労いの言葉を投げた。

 

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