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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第六章 『戦場での二人』
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岐路にて -2

 ……カリオスは意識を取り戻した。

「ん……」

 そう漏らし、目を開いた瞬間、

「カリオスッ!」

「え、うわッ!」

 突然前方から何かが突撃してきて、起き上がろうとしていた彼の体を再び押し倒す。

 しかしそれは攻撃というには優し過ぎるものだ。

 そして、聞こえた声は確かに……

「いててて……」

 そう打った後頭部を抑え、もう一度目を開く。

 そこには、

「ケト……ニスッ!?」

 彼女の名を口にした瞬間、カリオスの胸に顔を埋めていたケトニスは顔を上げる。

「カリオス……カリオス!」

 そして赤い鼻で目からポロポロと涙を流し、彼女はまた顔を埋める。

「カリオス、カリオス、カリオス……」

「ちょ、ちょっとケトニス!?」

「心配したんだからね! ホントに心配したんだからね!!」

 うえええんッ!! と戦場であることを忘れ、彼女はカリオスの上で泣きじゃくる。

 感動の再会、なのだろう。

 だがしかし、彼はそれよりも驚いていることがある。

「お、落ち着いてよ!」

 とりあえず現状把握のために彼女には落ち着いてもらいたい。だがしかし、ケトニスは、

「いや!」

「えぇ~……」

 即答だった。

 大声は出さなくなったものの、そのまま顔を埋め、すすり泣く。

 困ったなぁ、と頭を掻くカリオス。

 しかし、彼女はこんなに泣くくらい自分のことを心配してくれていたのだ。

 それはカリオスも同じだ。一日だって魔郷の村で暮らしたことを忘れた日はない。

 そう思うと、じーんと暖かいものが胸の中にしみ出してくる。

 カリオスはクスリと小さく笑いを零すと、彼女の頭に優しく手を置く。

「心配かけてごめんねケトニス。ありがとう」

「っ!!」

 その言葉を聞いた瞬間、彼女はピタリと泣くのを止める。

 そしてカリオスが疑問に思っている中、ムクリと顔を上げると、じ~とカリオスの顔を見て、

「……大人になった?」

 なんて言ってくる。

 これはいったいどう返せばいいのだろうか。

「ん~……まあ、いろんなものは見ることができたよ」

「そう……」

 そう、短く返事をすると、ケトニスはカリオスの胸の上に頬を付け、

「……ねえ。もう少しだけこうさせて。そうしたら落ち着けるから……」

 彼女の声はさっきの喚き散らしていたものとは違い、か細く、か弱い。

「いいよ」

 そう彼は、硝子を触るかのように、優しく彼女の背中に片手を置いた。




「落ち着いた?」

 しばらく時間が経った。

 二人は近くにあった朽ち木を背もたれにして座っていた。

「……うん」

 カリオスの言葉に、ケトニスは少し顔を赤らめて小さく頷く。

 彼は手持ちにあった携帯食をケトニスにも渡し、ひとまず軽い栄養補給をしながら話を聞くことにする。

「この戦いはなんなの? なんでケトニスまで戦ってるの?」

「……革命が起こったの」

「革命?」

 うん、と彼女は頷き、小さくカンパンをかじる。

「か、硬い……」 

「そういう食べ物だからね。仕方にないよ……んぬぬ!」

 とカリオスも踏ん張って噛み千切る。

 それを見てケトニスはクスリと笑う。

「カリオスも慣れてないじゃない」

「まあ食べれるなら何でもいいからね。これ結構栄養も豊富らしいし」

 そうなの? と彼女はその手に持っている『食べられる板』を訝し気に見る。

「っと、話がズレちゃったわね。その革命を起こしたのが『十字に仇なす怪物たちムタツィオ・ウン・ティーア』っていう一団なの」

「『十字に仇なす怪物たちムタツィオ・ウン・ティーア』?」

「そう。そのリーダーの『レーエン』という男がこの反乱の首謀者なの」

「ッ!!」

 その名前を聞いた瞬間、カリオスは思わず目を見開いた。

 レーエン。

 それはあの日、あの最悪の日にいた魔族の一味の名前。

 『十字に仇なす怪物たち』

「彼らは魔郷を仲間を集めて回ったの。ネーベル王妃の首・・・・・・・・をもって……」

 やはり……

 カリオスの脳裏にあの時の光景が浮かんでくる。そして、その日のアニスの涙がよぎる。

「……帰らないと」

 食事を終え、そう呟くと、カリオスは立ち上がり、ケトニスの手を引く。

「ちょ、ちょっと!」

「行こうケトニス! この戦争はダメだ!」

「ダメって、いい戦争ってあるの!?」

「そういうことじゃなくて……とにかくマズいんだ!」

 もう、カリオスだって見たくない。

 あんな惨劇は二度とごめんだ。

 彼の足は、そう思い出し、そう思うたびに早くなる。

「あ、ちょ、早い! ちょっと待って! カリオス!」

「ここにいちゃ危ないんだ! だから少しでも遠くに逃げないと!」

「え……」

 その言葉を聞いた、ケトニスはピタリと足を止める。それに手を掴んでいたカリオスは躓きそうになり、振り返る。

「……ケトニス?」

「……」

「なんで立ち止まってるの? 早くいかないと」

「だめなの」

 カリオスを言葉を遮るように、彼女はそう言った。

 それに彼は一瞬、ケトニスが何を言っているのか分からなくなり、思考が途切れる。

「……え、ど、どうして!?」

「……」

 ケトニスは少しの間黙っていたが、

「……ねえカリオス。戦うためには兵士が必要じゃない?」

 そう彼女は、静かに話し始めた。

「でもね。戦力にならない、足手まといならいない方がマシでしょ?」

 彼女はそっとカリオスが掴んでいる手をそっと離すと、穏やかな口調で言う。

「だからね、試験があるの。魔獣使いの適正調査っていうのが。まあそれで私が受かっちゃったわけよ」

「……だからケトニスは……」

「うん。私の相棒は『幻鷲』。一匹はカリオスにやられちゃったけどね」

「……ごめん」

「いいのよ。まだ替えはいるしね」

 なんて彼女は、平気で言う。その言葉が信じられずに、カリオスはケトニスの目を見る。

 生き物など、魔獣などただの道具に過ぎない。

 そんな、罪悪感のかけらもない眼光。

「でね。そこで落選した人たちはみんな下働きをさせられるの」

「……」

「でもね。一番辛いのは医療班なの」

「医療班?」

「回復魔法の素質が認められた人たちのことよ。その人たちは戦闘で傷ついた人たちを回復させる役目を与えられるの」

「傷ついた人って……」

「……大量の人たちが運ばれてくるらしいわ。全身血だらけだったり、四肢のどこかがなかったり、体の中が抉られてたり……そんな人たちが毎日運ばれてくるの」

 想像したくない。

「それをずっと相手しなくちゃいけないの。しかも回復魔法は魔力の操作が普通よりも複雑で、初心者がやるとどうしても燃費が悪くなってしまうの。でも運ばれてくる患者たちのために発動しなくちゃならない。加えて毎日そんな人たちの相手をしていたら精神もズタズタに切り裂かれていく……」

 地獄よ……

 そう彼女は顔をしかめた。

 思い出したくないという風に。

 その話を聞き、カリオスの頭には母親のカヤナの顔をがよぎる。

 無事でいるだろうか。

 まさかそんな状況に追いやられてしまっていないだろうか。 

「……カヤナさんは大丈夫よ。魔法使いには向いてないってさ」

 そんなカリオスの顔を見て、察したケトニスは優しくそう言ってあげる。

「……よかったぁ」

 その言葉を聞き、思わずその場に尻餅をついてしまうカリオス。

 それを見て、ケトニスはクスリと笑う……

「……」

 違和感を覚えた。

 なんだろう。

 どこか彼女の笑いはいつもと違うような気がする。

 どこか……悲し気な・・・・

「……ケトニスおま」

「私のお母さん。医療班なの。っと、遠回りしたけどやっと本題に入れるね」

 カリオスの言葉をまたも遮って、彼女はそう笑った。

 自嘲気味に。

 カリオスは……

「………」

 何も言うことができなかった。言える事が見つからなかった。

 医療班。

 その状況がどれほど過酷か、旅をしてきたカリオスには十分すぎるほど理解できた。

「でもね。私が戦場で成果を上げればその分優遇してくれるって言ってくれたの!」

「ッ!!」

 その言葉に、カリオスは胸が張り裂けそうになった。

 彼女は笑う……明るい笑顔を浮かべる。

「だから私は戦わなくちゃいけないの。だから……ごめんね」

 なんて、笑顔で謝ってくる。

 カリオスは、後悔に押しつぶされそうになる。

 自分は、なんて残酷なことをしてしまったのだと。

 逃げようなどと手を引いて。

 自分の無知を呪った。

 愚かさを呪った。

 幼馴染をこんな状況になるまで守ってあげられなかった、あの時旅に出た自分を……後悔しそうになる。

「……大丈夫よカリオス」

 ケトニスは穏やかな声で言う。

 しかし、彼の胸の痛みは消えない。

 そして、

「……ケトニス。僕は戦うよ」

 少年は、顔を上げる。

 その目には今までの彼にはない、凄みが宿っていた。

「案内して、ケトニス」

「案内……?」

 その言葉の意味が分からず、彼女は疑問符を浮かべて聞き返す。

 カリオスは腰の短剣に手を置くと、決意の籠った視線をその行く先に向ける。




「僕は戦う。君の代わりに戦うよ。だから彼ら、『十字に仇なす怪物たちムタツィオ・ウン・ティーア』のところに!」




 

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