岐路にて
「退いて!!」
アニスはロードを睨みつける。その視線には殺気すら感じる凄みが宿っている。
対しロードも睨み返し、広げる手を下げて、彼女の方に歩いていく。そしてその胸ぐらを掴む。
「間違えるな! あなたの救いたいのはどっちだ!」
叫ぶ。
問う。
「ど、…っちかって……」
首が閉まり、苦しそうに言うアニスに、ロードはさらに問う。
彼女の心に、
信念に。
「カリオスという魔族の少年一人か世界中の大勢の人間か、どっちを救いたんんだと聞いているんだ僕は!」
「そんなの両方よ!」
その問いに、彼女は即答する。
そんなことを話している間も惜しいと言うように。
言うまでもないと。 しかしそれにロードはさらに苛立ちを募らせ、
「そんな幼稚な考えでこれから先もいけると?」
「やってやるわよ!」
アニスは視線を逸らさず、ブラさず、まっすぐに彼女を見る。
それにロードは舌打ちし、彼女を地面に投げ捨てると、
「お子様の時間はここで終わり。馬車から飛び降りたりと、自分勝手ばかり……君は自分がどれだけ重要な存在か分かっていない!」
そうロードは彼女に言う。
重要な存在。
アニスが、この小さな少女がに、いったいどんな価値があるというのか。
しいてあげるならヴォール王国の姫様ということぐらいだろうか。
しかしそれはアニス・ヴォールという少女に与えられた単なる称号だ。そんなものはこの戦争でほとんど意味をなさない。
「……でもいいことよ」
呟く。
彼女は起き上がり、
「そんなのはどうでもいいことよ……」
静かに言う。
「ここで仲間一人助けられないで……戦争一つ止められるわけないじゃない」
そして、真っ直ぐにロードを見据える。
迷いのない、信念のこもった眼で。
「……」
それにロードは何も応えない。
彼女はアニスを見て、何も言わない。
「……私はカリオスを追うわ」
彼女はそう言い、歩き出す。
ザッザッザッ、と地面が彼女の蹴りに鳴る。
「……」
黙って歩くアニス。
「……」
俯き、沈黙するロード。
「……」
「……」
「……」
「……」
そして、
アニスはロードの隣を通り過ぎた。
「ッ!」
瞬間ッ――――――
ロードは彼女の背中、死角に入った瞬間、懐からナイフを取り出し、思い切りその峰を彼女の延髄に打ち込もうとする。
「おい」
が、その腕をレオンが掴んで止める。
「ったく、空気してたらこれかよ」
「もうちょっとしててくれたら助かったんだけど、ね!」
なんて言って彼女はナイフを持っていないほうの手を切り、血の刃をレオンに向けて伸ばす。
「おおっ!?」
手を離し、その刃をかろうじて避けて距離をとる。
その瞬間、ロードはアニスの方に刃を向け、行く手を封じる。
そしてナイフで腕に切り傷を増やしながら、ゆっくりと再び二人の前に立ちはだかる。
「僕たち『混血族』だって、この戦争の被害者なんだよ……何人も死んだ……」
そしてナイフを懐に終い、全身から血を吹き出して刃を出現させる。
「あの人は、君を連れてくれば全てが解決すると言った。だから僕は、君を連れて行かなくちゃならないんだ」
「あの人?」
アニスの問いに、ロードは少し呆れたように笑い、
「最初に言ったはずだけどね。君たちが探している人さ」
「……!?」
その言葉に、アニスは、
(まさか……)
驚き、
(……どういうこと?)
同時に疑問を感じる。
なぜ彼女はそんなことを言うのだろうか。
自分のような者に一体どんな価値があるというのだろうか。
戦争を終わらせられる……
この戦争を……
「……ま、カリオスを助けてからね」
アニスは魔杖を構える。それを見てレオンは少し安心したようにクスリと笑い、
「そうこなくっちゃな!」
短剣を構え、アニスの横に並ぶ。
それにアニスは『凝視の魔法』を彼にかける。
「……」
彼らを見て、ロードは呆れたようにため息を吐く。
「穏便には出来ないか……」
それにレオンは鼻で笑う。
「ハッ! 火ぶたを切ったのはそっちだろうが」
「ま、確かにね」
と、彼女はまた面倒くさそうにため息を吐き、頭を掻く。その光景を見て、なぜ刃が頭に当たらないのか二人は不思議になるが、今は置いておく。
と、
「っと、靴を脱ぐのを忘れてたよ」
そう言って彼女は靴紐を刃で切り、足を振って片足ずつ靴を捨てる。
そして両足を脱ぎ終わった瞬間、
「よし。僕の勝ちだね」
そう、ロードが言った瞬間、アニスとレオンの足元から血の刃が飛び出してくる。
「ッ!!」
魔法のおかげでいち早く気づいたレオンは、アニスを引っ張って後ろに跳ぶ。
が、
「そして、左足分で終了」
その飛んだ先。
地面に下から再び刃が飛び出す。
「マジか!」
「レオン!」
アニスは魔杖を向け、防御の魔法をかけようとする。
が、
それよりも早く、彼の体を刃が貫く。
「がッ!」
出血か、刃か、
彼の腹部から真っ赤なものが飛び出し、飛び散る。
「レオンッ!」
仲間の悲惨な姿を見て、彼女は悲鳴にも似た声を上げ、駆け寄る。
が、
「右足分で二本分の刃が出てきた以上、左もそう考えるのが自然だよね」
その駆け寄ったところに、もう一本の刃が彼女の前に現れ、
「あ……」
そんな声とも音ともとれるものを漏らし、彼女の意識は――――――――――
・・・
「ったく、面倒くさいなぁ……」
ロードは刃を戻し、ため息を吐く。
その目に前には、腹部に穴が開いた人体が二つ転がっている。
その血を噴いている姿は、『絶望』をテーマに作ったオブジェのようだ。
こんな少女が『希望』とはとても思えない。
……が、今は『希望』なのだ。
あの人、――――――『インテレッセ・ベルディーテ』がそう言うのだから。
「……さて」
彼女は一息吐くと、懐から小瓶を取り出す。栓がされたその中には緑色の透明な液体が入っている。
薬である。
『魔法の始祖』、天才の魔女、インテレッセ・ベルディーテが調合した秘薬だ。
その薬を塗った患部は、傷跡も、違和感も残らず、まるで何事もなかったかのように再生する。
栓を開け、彼女はそれを二人の傷口に垂らす。
すると、その液体が当たった瞬間から再生が始まり、あっという間に傷口が塞がってしまう。
「おお、何だか親近感が湧くなあ」
なんて言いながら、傷が完治しているのを確認し、アニスを担ぎ、レオンを掴んで引きずる。
「お、おいお前!」
「ん?」
そこに、声がかかる。
見ると、さっきアニスたちが助けた兵士たちだ。
彼らは警戒の色を出し、各々自分の剣を握り、こちらを見ていくる。
「お前はなんだ? その人たちをどうするつもりだ?」
「ん? ん~……これは言ってもいいのかな?」
そう彼女は少し悩んでから、クスリと笑い、
「この男は別だけど、この子はこの戦争の救世主になるんだ」
「は?」
それに兵士たちは首を傾げる。が、別にロードはソレに関心はない。とりあえずこの二人を自分たちの村に連れていかなければ。
「ま、待て! もし彼らに危害を与えるようあれば、我々も兵士として黙って見過ごすわけには」
「しつこいよ?」
そう、一言。
彼らを見て、彼女は言った。
その瞳、声音、雰囲気、
「ッ……!」
その静かな、冷たい凄みに、彼らは動けなかった。
それにロードはため息を吐き、再び歩き出す。が、そこで少し足を止めて、
「……」
振り返る。
そしてもう一度村に足を向ける。
「……」
その足は、一件の小屋に向っていた。
天井に新しく、荒々しい穴が開いた小屋。
彼女はその小屋の前まで来ると、レオンを置き、扉を開ける。
そこは物入れだろうか。農具や狩猟具が置いてあるが、部屋は酷く荒れている。
そして奥の壁には、真っ黒い大きな染みと、誰かの腕が。
「……」
それを確認するように見て、ロードはきびすを返し、少し速足で、馬車に戻って行った。