村にて
馬車に揺られて五日間。
戦う前に真っ白になりつつあるアニスに見慣れたころ。
そろそろ馬車を借りた村に着く予定だ。
幸いにも天候は今日まで良好。今日も青い空が広がっている。
朝の陽気に少し欠伸を漏らすカリオス。
そして口から別のものを漏らしそうになるアニス。
「今日も安定だな……」
なんて言うレオン。
「……気を抜き過ぎじゃない?」
その抜けた様子を危惧して、ロードは振り返る。
が、カリオスは腰の剣に少し手をかけて、
「大丈夫だよ」
意気のある落ち着いた声で言う。
ロードの話を聞いてから少し気負い過ぎていた。適度に肩の力を抜いておかないといざというときに動けない。
「そう言うお前こそ大丈夫なのかよ? ……ビビってねえだろうな?」
なんてレオンは悪戯気な笑みを向ける。
それにロードは「フッ……」と鼻で笑い、
「び、びびびビビッてないし!」
「「おい!」」
手綱を握りしめ、血走った眼をする彼女に思わず二人して突っ込む。アニスは(以下略)。
ロードはぎこちない動きで前を向き、
「む、村にはお昼過ぎくらいに着くから」
「話をそらした……」
「実はビビりかよ。通りであんなに注意喚起してくるはずだ……」
一気に不安になり、ため息を吐くレオン、苦笑いを浮かべるカリオス。
和やかな不安を残しつつ、一行は村へと向かっている。
・・・
「おい。ちゃんと準備してきたのかクラン?」
「忘れ物をするのはいつもそっちでしょう? まったく。今回はホントに失敗できないんだからね?」
「失敗してもいい時なんてあったのかよ?」
なんて揚げ足をとって、魔族の少年『ブリッツ』は笑う。
それに同じく魔族の少女『クラン』はため息を吐き、
「もう知らない……」
ふん、とそっぽを向いて話を切り上げる。
二人は暗い階段を上っていた。
窓はなく、狭い階段を永遠と登る。
「しっかしこの階段の方が辛いぜ。動けないとストレス溜まんだよなぁ」
そうブリッツは肩を回して舌打ちをする。
それを聞いてクランはクスッと笑い、
「なら、今から行くところでそれを存分に発散すればいいわ。許しもあるしね」
「あったりまえだ!」
そうブリッツは嗤う。ニヤリと獰猛で貪欲な笑みを浮かべる。
しばらくして目の前に光が差し込んでくる。
徐々に白くなっていく視界。
その変化に伴い、ブリッツの笑みも深まっていく。
「さあ……愚かな人間狩りの始まりだッ!!」
・・・
お昼頃。
カリオスたちは森の入口に着き、少し馬車を停めていた。
この森の中、少し行ったところにその村があるらしい。
「……」
森の便利さを身に染みて分かっているカリオスはその顔に緊張の色が浮かぶ。
さっきは強気に振舞っていたものの、やはり本番前は緊張するものだ。
チラリと周りを見るとレオンとアニスもそのようだ。もっとも、アニスは別の意味で辛そうではあるが。
「……いよいよだよ」
そのロードの声にも緊張の色が含まれている。
彼女の声に全員の神経がピリリと立つ。
と、
『うあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!』
森の中からそんな大勢の叫び声が聞こえた。
「「「「ッ!!」」」」
いち早く反応したのはロードだった。彼女は見事な手綱さばきで馬の向きを反転させ、道を戻る。
「な、なんで!?」
それにカリオスは驚き尋ねる。
それにロードは、
「はあ!?」
とさらに驚き、呆れる。
「今の声聞こえただろ!? もうあそこはダメだ!」
「だからってそんな……見殺しにするなんて!」
「……」
彼の言葉に彼女は黙る。
が、後により力強く手綱を握りしめ、
「……それでも……それでも君たちを送り届けるんだ……この戦争を終わらせるために!」
……彼女は、泣いていなかった。
振り返らず、決意の宿った瞳で前を見続けていた。
振り返らない。
立ち止まらない。
「……」
彼女は、カリオスたちのために、カリオスたちを助けるために背を向けたのだ。
彼女の数少ないであろう理解者の死を踏み越える決意をしたのだ。
そんな辛い選択をした彼女に、カリオスは何も言えなかった。
言葉が出てこなかった。言う資格がなかった……
……だから、
「『巨人の溜息』!」
詠唱を終えた彼女は馬車から飛び降り、魔法を発動する。巨大な風の魔法は地面に当たって馬車の勢いを殺し、柔らかく着地することができた。
そして次にレオンとカリオスが飛び降りる。二人も同じく勢いを相殺してもらい無事着地する。
「うん。やっぱり地面が一番ね!」
「チッ、髪が逆立ってやがる……」
「みんなすごい頭になってるね」
アハハ、とみんなで笑う。
そして気持ちを切り替えて森の方を見る一行。
「何やってるんだよ!」
ロードは馬車を止め、髪型に突っ込んでいる暇もないくらい慌ててこちらに振り向く。
それにアニスは髪を直すと、
「助けに行くのよ!」
それだけ言って森に向って走り出す。
そんな彼女にクスリと笑みを漏らし、男二人もついていく。
「待ってよ! 何を考えているんだ!」
その背後の戸惑いを含んだ声に、カリオスは立ち止まり、
「ロードさんが笑えるように、頑張ってきます!」
振り返り、ニコリと笑うと、そのまま彼も森の中に吸い込まれていった。
「あ……」
……言葉が、出てこなかった……
「……ッ!」
悔しさに思わず唇を噛む。そして彼女は馬車を近くに停めると、一行の後を追いかけた。
・・・
森に飛び込んだカリオスたちは、声がする方に走る。
やがてその声の内容が具体的に聞こえるようになる。
「ああああああああッッ!! 来るな化け物!」
「助けてくれッ! 死にたくないぃ!」
「よくも……よくも仲間を! 殺してやる……殺してや―――――」
最後の叫びはぐちゃりと湿った音に変わった。
この後に待ち受けている光景に対する覚悟をしながら、一行は草木を掻き分けて予定にあった村に飛び込む。
そこには、地獄が広がっていた。
後退する兵士たち。
そしてそれを追う――――――、
「『魔獣』……」
驚愕するアニスたちの視線の先。
殴るような突風。
「うわああああああああッッ!! 助けてくれ! 助けてくれえええええええッッ!!!」
巨大な翼に、丸太のように太く強靭な鉤爪。
鷲。
翼を広げた大きさは約5mの巨大な鷲『幻鷲』が二羽、兵士たちを襲っていた。
兵士たちは鎧から見てドルン王国の者たちだろう。
幻鷲はその巨大な鉤爪をもって兵士たちを掴み上げ、潰したり、地面に叩きつける。
兵士たちは全部で8人は居た。が、戦力差は圧倒的だった。
勇敢に切りかかっていく者もいるが、付けた傷は浅く、後に餌食になる。
そんな光景を見て、
「アニス! 特大の風の魔法をあいつに!」
「え!? あ、うん!」
一番に反応したのはカリオスだった。
彼は腰の投剣をとると、アニスの詠唱を待ってから幻鷲の方に駆けていく。
そして彼女は詠唱が終わり、魔杖を幻鷲に向ける。
「『渦風の巨柱』!」
魔法の名を叫んだ瞬間、先から渦を巻いた風の柱が出現する。
それは幻鷲の体を全て包むまでには至らなかったが、片方の翼に命中し、バランスを崩させる。
その羽ばたきが止んだ瞬間を狙い、カリオスは投剣を投げ、その目に突き刺す。
『キイイイイイイイイイイッッ!!』
幻鷲は痛みに地面で悶える。
その行動にその場に居た兵士全員が彼に注目する。
「やつらの弱点は目だ! 足は硬くて刃は通らないよ!」
「わ、分かった!」
と、いったい彼が誰なのかという疑問はおいておき、目の前の地面に堕ちた鷲に群がる兵士たち。
痛みに鷲は痙攣していたが、兵士たちが蟻のように近づいてくると最後の力を振り絞り暴れる。
その様子を見ていたカリオスはあとは何とかなるだろうと思い抜きかけた短剣を納める。
が、地の利をしてた鷲は弱弱しく、その目を複数の刃で貫かれ、最後には動かなくなる。
その様子に兵士たちも終わりを感じ剣を戻し、疲労からその場にへたり込んでしまう。
歓喜に震える、なんてことはない。
辺りに散らばる紅い塊を見て、とてもそんな気分にはなれなかった。
目を背けたくなるような光景。
「あ、ありがとう。助かったよ」
そう言って一人の兵士が彼に近づいてきた。
カリオスは臨戦態勢を解除し、「いえ……」と少し俯いて応える。
「落ち込まないでくれ。君のおかげで助かったんだ」
そう彼は言って、笑って見せる。しかしその笑顔はやはり強がっている様子がチラつき、カリオスは思わず視線を周りに移してしまう。
そして思い出し、ハッとする。
カリオスは兵士の方を見ると、
「あの! この村に人は!?」
そう、当初の目的を思い出したときだった。
「……ッ!? カリオス、上ッ!!」
「ッ――――――!!」
そう叫んだアニスの声に反応し、彼はとっさに振り返り、上を向く。
が、すでに遅く、天空から急降下してきたもう一匹の幻鷲は彼をその鉤爪でとらえると、そのまま再び舞い上がり、連れ去ってしまう。
瞬く間――――――
一瞬の出来事だった。
「カリオス!!」
その鷲を追うアニス。しかし人間の早さと鳥の速さは比べ物にならない。ましてや、鷲なら尚更だ。
カリオスを掴んだ幻鷲はあっという間に飛び去ってしまい、見えなくなってしまう。
「カリオスッ!!」
悲痛な声をあげ、それでも鷲の消えていった方へ走ろうとするアニス。
が、
その前に立ちはだかった。
「だめだ」
遅れてきたロードは彼女の前に両手を広げる。