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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第六章 『戦場での二人』
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旅路にて -2

 案内人『ロード』を新たに仲間に加え、一行はポートリオから馬車で北に向かっていた。

 馬車はロードのものである。

「馬車うえぇ~」

「アニスは陸の乗り物がダメなんだね」

 カリオスは彼女の背中をさすりながら笑う。それにアニスは、

「笑わないでよぉ……ああ、世界が揺れてる……」

 少しむくれるが、またすぐにげっそりする。

「乗り物酔いをなくす魔法とかないのか?」

「あったら使ってるよぅ……あ、やばいかも」

 レオンの問いに答えた直後、アニスはバッと起き上がり、馬車から顔を出す。

 それにロードはため息を吐き、

「肥料を撒くのはいいけど、あんまり目立たないようにしてね」

「ううう……わ、分かってるわよ! 好きでこんなことしてるわけじゃないんだから……」

 なんてしているうちに半日が過ぎた。

 一行は休憩のためにしばし足を止めていた。

 地面に腰を下ろし、車座。 

「もう少ししたら馬車はやめて徒歩で行くことになる。戦場を迂回すると何日も時間を使っちゃうし、それに必ずしも安全とは限らないからね。敵はどこからでも出てこれるわけだし」

「とりあえず馬車から解放されるのね……」

 ぐて~、とカリオスの膝枕の世話になっているアニス―――アニスが「膝枕~」とせがんできたからである―――は、少し安堵したように言う。しかしロードはそれに少し嘲を含んだ笑みを返す。

「次の吐瀉物は血になるかもしれないよ?」

「……大丈夫よ。私だって自己防衛くらいできるわ」

 アニスは不満げな顔をして返す。

 まあいいけど、とロードは切り上げ、行先の方を見る。

「……この先に小さな村がある。戦火を受けないギリギリのところにあるんだ。そこで馬を預けて徒歩に移る」

「村? 人がいるのか?」

 レオンが反応する。

 今は段々と戦場に近づいているはずだ。ポートリオよりも危険地帯のはずなのに人などいるのだろうか。

「この馬車、実は借りものなんだ。だからそこで返す約束になっているんだよ」

「その返す相手は……?」

「人間だよ。おじいさん。僕の知り合いでね」

「人間の知り合いがいるの?」

 それに反応したのはカリオスだった。

 ロードは「まあね」と少し得意げに肯定する。

「引きこもってばかりじゃ生きてけないからね」

 そう彼女は笑う。

 カリオスは、自分たち魔族やエルフの印象から、他種族同士は干渉を嫌うと思っていた。

 いや、人間が表舞台を実質牛耳っている今、ほかの種族は己の領土を隠して、拒絶して暮らすのが一般的だろう。

 今のところはエルフがその代表例だ。

 が、やはりこういった手を取り合おうという者たちはいるのだ。

 そのことにカリオスはなんとなく嬉しくなって親近感を抱く。

「カリオス……」

 そう膝の方から声をかけられ、アニスの方を見る。

 彼女も同じように優しい笑みをこちらに向ける。

 これが彼女の理想の世界のありかたなのだろう。

 みんなが手を取り合って生きていく世界。それはなんと幸せな世界だろう。

「ありがとうアニス」

 カリオスはそう返した。

 自分が外に出るきっかけになった女の子は、それに「どういたしまして」と笑い返した。

「……っと、話を戻すけど、ある程度は迂回するつもりだから」

「実際は何日くらいで着くんだ?」

 レオンの質問にロードは「状況にもよるけど……」と少し考え、

「大体5日ぐらいかな……」

「5日か……」

 最悪水だけでもなんとか行けるかどうか。

 地理と気候にもよるが……いや、無理だな。

(カリオスは大丈夫だろうが、アニスは……)

 かなり心配要素である。

 初めて会ったあの村の時だって、熱を出した聞くし、

「……食料は邪魔にならない程度に少し多めに持っていくか」

「分かってると思うけど、栄養価の高いものだよ?」

「うう……ごめん。私動けない……」

 アニスは未だにげっそりしている。それにカリオスは困った顔をしてロードを見る。

「一人でおいていってもこの辺りは大丈夫なの?」

「ん~、魔族は魔獣を使ってるからね……もしかしたらってものあるし君は残ってもいいんじゃない?」

「そんなに多く取ってくるつもりはないからな。お前はそこでお姫様の面倒を見てても大丈夫だ」

 分かった、カリオスは頷く。

 「それじゃあ行ってくるよ」とロードたちはきびすを返し、森の中に入っていった。

 残された二人。

「……そう言えば最近、二人だけの時ってあんまりなかったわね」

「そうだね」

 ……

 風の音と、囁く葉々。

 戦場戦場と連呼していたが、立ち止まって見ればこんなにもきれいな時間が流れている。

 いや、それは一緒に立ち止まった人が彼だからだろうか……

 ふと、アニスはそう思った。

「……結婚かぁ……」

「ん?」

 ふと、そう零してしまったアニス。それに発してから気づき、顔を真っ赤にする。

 が、カリオスにはそれがしっかりと聞こえていて、「あぁ……」と何か思い当たったように頷く。

「レオンのことだね」

 ………違う。

 が、今はそれでいい、と彼女は少し安堵する。

「……そう言えばアニスはこの戦いが終わったらどうするの?」

「え!? わ、私は……」

 いきなりそう聞かれ、言葉に困る彼女。

 しかし冷静になって考えてみれば、何も考えてなかったことに気が付く。今まで、いや、今もそうだが、目の前のことで手いっぱいだからだ。

 この戦争を彼女の望む形で終わらせられたとしても、そのあとの後始末が必ず待っている。

 やることは山積みだ。

「うう……やることがいっぱいあるわね……」

「そうなの?」

 カリオスは疑問符を浮かべる。

 彼は戦争が終わればそれで終わりと思っているようだ。

 戦争が終わっても、種族と種族の間での問題は山積みなのだ。いや、その傷は一生消えないものになるだろう。

 人間たちが魔族を1000年経っても嫌悪するように。

 負の記憶というのは解釈や脚色などが付け加えられたりしてどんどんと深く根付いていく。

 それをさせないためには何をすればいいのだろう……

 ……今の彼女には解決策が浮かばない。

 もしかしたらこの旅だって一時的に戦争を止めるだけになるかもしれない……

「あまり深く考えない方がいいよ」

「え……」

 その言葉に、アニスの思考は渦から帰ってくる。

 彼女はカリオスの方を見る。

「僕はあんまり難しいことは分からないけど、今は今やるべきことをやろう! まずこの戦争を止めないと、後のこと考えても仕方ないしね」

 そう、彼は笑った。

 その顔は能天気だなと思えた。けど、安心した。

 いつも通りの彼だと。

 最近いろいろなことが怒涛の如く起こったからだろうか。思考がマイナスになっている。

「……私、迷ってばかりね」

「僕もだよ」

 そう二人でクスリと笑った。

 ……心地よい沈黙。

 聞こえるのは風の声と、草の音。

「ねぇ、カリオス……」

「なに?」

「……その……」

 彼女は顔を赤らめてしばらく黙った後、

「頭、撫でて……」

 それで安心できるから……

「いいよ」

 カリオスは優しく彼女の頭を撫でる。

 彼の手が触れるたびに心地よい胸の高鳴りを感じる。

 穏やかな紅潮に身を任せ、不安が薄れていくのを感じながら、彼女はそっと目を閉じる。


 ゆっくりと、時間が流れている―――――――――――――



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