ポートリオにて
『ナヴィ』から出た船は目的の港町『ポートリオ』についていた。
ドルンから少し南にあるここは、戦火の影響を受けないところにあり、住民たちはナヴィとあまり変わらない生活を送っている。
違うところがあるとすれば、たまに兵士のための物資を積んだ船が来ることくらいだろう。
現在戦争の中心である場所に行く。そう決心して船に乗ったアニスたち。
桟橋で船から降りた時、想像との差に驚きを隠せずにいたが、それはここからだ。
「とりあえず馬車が欲しいわ」
町を歩きながらアニスは店を見る。
そして、彼女はある店の前で足を止める。それにならい、カリオスたちも足を止める。
彼女は真剣な眼差してその店を見る。まるでそこに自分のすべてを見つけたかのような顔である。
一体何に目を惹かれているのだろう。そう思って彼女の視線を辿り、その店を見る。
その店の前には、こんな看板が立っていた。
『捕れたて新鮮! 海の幸!』と……
「……」
「……」
「……おなか減った」
「……」
「……」
「……何か言ってよ」
「いや……レオン何か言える」
「……はぁ、知らん」
残っていた緊張感を全て持っていかれた。
レオンの言葉にアニスは満足げな顔をし、「よし!」と店の中に入っていった。それを男二人はため息を吐いてついていく。
案内された席に着き、彼女の楽しみにしている顔を見て思う。
戦争への緊張感は、捕れたての海の幸に負けたのだと。
「おひぃ~♪」
極楽にいるかのような満足げな顔をして、彼女は自分の顔と同じくらいのサイズのエビフライを頬張る。
サクサクと気持ちのいい音を出して頬張る彼女を見て、男二人は顔を見合わせてため息を吐く。
あのナビィでの別れはなんだったのか。
いざ戦地へ! という意気込みはどこに行ってしまったのか。
……全て彼女の胃袋で消化されてしまったに違いない。
「フッフフ~ン♪」
幸せそうに口の端に衣をつけて鼻歌を歌うアニス。
それにレオンは諦めたようにため息を吐き、
「やっぱお前、大物だよ」
「ん? エビのこと?」
「プッ――――!」
その反応に、カリオスは思わず吹き出してしまう。幸い口に物は含んでいなかったので被害は出なかったが、それにアニスは驚く。
「な、なに!? なんなのよ!?」
そしてお腹を抱えて堪え笑いをするカリオスとレオンにムッとし、懐からスッと魔杖を取り出す。
それに気づいた二人はさすがにヤバいと思い、笑うのをやめ、
「ああごめんアニス! 謝るから! 心から謝るからその魔杖しまって!」
「む、むぅ……確かに魔法はだめよね……ごめ」
「まあ原因はお前の口元に刻まれた『大王の刻印』が……ぷクッ!」
「れ、レオンそれ言ったら……ククッ!」
原因を言った瞬間、二人ともまたさっきのがぶり返してくる。
それをアニスは聞いて口周りを腕で拭い、「うぅ~!」と顔を真っ赤にする。
「もううるさい! 私は食べる!」
と、怒りと羞恥の混乱を、食欲に変え、彼女は再びがっつき始める。
それに二人もちょっとやりすぎたかな、と反省する。
「あ、あんまり早食いし過ぎると体に悪いよアニス?」
「……(ガツガツむしゃむしゃ)」
「だめだ、聞こえてねえ……まあのどに詰まったら止まるだろう」
「それ止まるっていうか息の根止まっちゃうよ!」
と、言っていると、
「うっ――――――!」
彼女の動きが止まり、顔が真っ青になる。
それにレオンは「ほらな」と言い、カリオスは慌てて店員に水を頼む。
少しして店員が戻ってきて彼女の前に一杯のお茶を出す。
が、カリオスがそれに気が付いた。
「アニス! それ」
しかしもう窒息寸前のアニスは、それを手に取り、一気に飲んでしまう。
そして、
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!」
「熱いお茶だから……」
彼がそう伝えた時にはもう遅く、彼女は椅子から転げ落ち、地面をのたうち回っている。
カリオスは自分で水をとってくるとアニスを抱き起こし、水を飲ましてあげる。
水を飲むと、少し落ち着いたようで、呼吸を整える。そして彼女はキッとある方向を見る。
そこにはさっきの店員が立っており、その顔には……笑み。
「毒じゃなくてよかったね。でも分かってる? 今から君たちが行こうとしている場所はそんなところだよ?」
「ッ!」
その言葉に一行の警戒心は膨れ上がる。が、それを見て店員は呆れたようにため息を吐き、
「そこの男の子は鼻が利くようだけどね、今更警戒しても遅い遅い。もうみんな死んじゃってるって」
と、彼女は手刀を自分の首に当て、「こうだよこう。首ちょんぱ」と言ってくる。
それにカリオスは腰の投剣にそっと手をかけ、警戒しながら問う。
「あなたは……?」
「ん? 僕? ああそう言えば確かに自己紹介がまだだったね」
と、懐から魔杖を取り出すと、アニスに『小癒の魔法』をかけて回復させてから、改めて言う。
「初めまして。僕は『ロード』! 君たちの案内人を任された者だよ」
・・・
「……」
「……」
「……むぅ、」
「もぐもぐもぐ……」
ロードと出会った一行。
自らを案内人だと言った彼女と、カリオスらは未だ食事処にいた。
一行の前でガツガツと食べ物を掻き込んでいくロード。
それを男二人は唖然として見、アニスは不服そうに頬を膨らます。
ふん、とアニスはそっぽを向き、
「何で私があなたの分の食事代まで持たないといけないわけ?」
「正確には俺だけどな」
レオンから横槍を入れられ、「う……」と黙るアニス。
それにロードは、海鮮メインのところなのに、何故か大盛のスパゲティを頬張りながら、
「んんんん、んんん……」
「食べ終わってからでいいよ」
カリオスが苦笑い気味にそう言うと、彼女は指で輪を作り、「OK!」の意を示す。
モグモグ、とよく噛んで飲み込むと、ロードは話に入る。
「これは前払いだと思って、ね☆ 道中の食べ物は自分で捕ってくるしさ」
「それは寂しいよ。僕らでみんなで食べようよ」
ロードの言葉にカリオスは少し悲しそうな顔をする。それにロードは嬉しそうに微笑み、
「ありがとうカリオス君! っと、そう言えば僕に何か質問ってあります?」
彼女はスパゲティを巻きながら、そう言ってくる。
それにアニスは一拍置き、
「あなたは誰に言われてここに来たの?」
「『魔法の始祖』、といったら分かるよね。あーん♡」
スパゲティを頬張り、大変満足げな顔をするロード。
しかしアニスたちは彼女の放った言葉に、驚愕の色を隠せなかった。
『魔法の始祖』
『呪い』を『魔法』に進化させた天才
絵本作家『ツユクサ』が生涯をかけて愛した女性……
(インテレッセ・ベルディーテ……)
間違いない。
しかし、
「な、なんで!?」
アニスは思わず大きな声を出してしまう。それにより店の店員を含めた全員がアニスを一瞥する。
それに気づいたアニスは、コホンとすると、
「なんで彼女が私たちのことを知ってるの?」
「ほへは……ごっくん。それは、案内するんで彼女に聞いて欲しいな。僕だって分かんないし」
完食し、合掌するロード。
しかしそこに、
「信用できないな」
「ん?」
レオンが割って入る。
彼は目を細め、
「お前が教えてくれたことだぞ? ここから先は戦場だ。危機感が足りないってな。何か証拠になるものはないのか?」
彼の言葉で、アニスとカリオスに緊張が走る。
そうなのだ。
ロードというこの少女が味方である保証がない。
もしかしたら気が変わってアニスを連れ戻しに来たヴォールの側の者。もしくは彼女がヴォールの王女だと知って連れ去りに来た魔族側の者の可能性もあるのだ。
いや、実は両陣営に全く関係のないただの誘拐かもしれない。
可能性なんて考えだしたら止まらない。
しかしここから先、むやみに突撃するだけでは危険が大き過ぎる。
「さてどうしたものか……」
ロードは少し考えると、
「私は案内する身なんだけど、後払いって言うのはダメかな?」
「一番信用できないな」
だよねー、と彼女は困ったように笑い、席を立つ。
「ちょっとここじゃあ見せたくないから、こっちに来てくれる?」
「……」
それに一行は黙すが、
「このくらいなら信用してくれないかな?」
「……分かった」
そう言ってアニスは席を立つと、二人も立ち上がる。
店を出ると、一行は人目の付きにくい建物の陰に入る。
そこでロードは振り返り、
「見せたかったのはね……」
懐からナイフを取り出す。
「「「!!」」」
それに全員が身構える。
が、それにロードは慌てて弁解し、
「ああ違う違う! 君たちを傷つける気はないって!」
いきなりごめんごめん、と軽く謝罪し、その刃先を自分の首に当てる。
「これはこういうことに使うためだよ」
そして思い切り掻き切った。
その瞬間、そこから大量の紅黒い血液が噴き出す。
それにアニスらは目を見開く。
自殺。
自傷行為を目の前で見せつけられたのだ。
驚きを通り越してトラウマになりかねない。
が、――――――――――
「……っとまあ、こんな感じなんだよね」こんなのもいるんだよ……っとまあ、こんな感じなんだよね」
彼女はケロッとしてナイフをしまう。
彼らの驚きは自傷行為から別のものに移る。
その噴き出した血液が空中で固まったのだ。
そしてそれはしばらくすると彼女の体の中に、まるで生き物のように潜り込んでいく。
「僕は自分の血を自在に操って戦うんだ」
そう言って今度は自分の掌を切る。するとその手から紅い刃が飛び出す。
「僕は『混血族』なんだよ。色んなモノが混ざってるからね。人間にも魔族にもこんな事できるやついないでしょ?」
そう言いながら、彼女は血の刃を体内に戻す。傷口はそのあとに自然と閉じてしまう。
「……それを証拠にしろと?」
レオンの問いに彼女は「うん」と頷く。
「あの人……ん? 人なのかな? まあいいけど、インテレッセ・ベルディーテは人間とも魔族とも干渉しない。だから僕たちの村の近くに住んでいるだよ。『混血族』は住処の周りに結界を張って住んでるからね。普通の破り方じゃ突破できない頑丈なものをね」
(結界……)
それを聞いてカリオスはフェルスのエルフたちを思い出す。
彼らも自分たちの里を霧の結界で隠していた。
魔族も結界こそないものの、地下に隠れ住んでいる。
(人間以外、みんな同じなんだな……)
ふと、そう思った。
ロードはナイフをしまうと、それを鞘ごと外し、地面に置く。
「この能力は傷つけられないと発動しない。だからこのナイフは君達に預けるよ」
そう言ってナイフをアニスの方に蹴る。
それを彼女は、
「な、何か細工とかしてないでしょうね……」
恐る恐る足でつつく。
それにロードは困ったように笑い、
「そんなビビらなくても……」
「び、びびびビビってないわよ! このくらい!」
と、彼女はガシッとナイフを掴み、ふん! と鼻を鳴らす。
逞しいことで、とロードは言い、
「で、僕のことは信用してもらえたのかな?」
レオンの方を見る。
「二割ほどだな……」
「厳しいね……まあ、そのくらいがちょうどいいかな」
それにアニスは頬を膨らませ、
「もう面倒くさいわ! とっとと連れて行って!」
「彼女はまだ問題ありだね……」
「考えるより先に行動するタイプなのよ! 悪い!?」
フン、とそっぽを向く彼女。
それにカリオスは困ったように笑い、
「アニスが行くなら僕も行くよ」
「さっすがカリオス! ありがとう!」
と笑い合う二人。
それを見てレオンはため息を吐き、
「と、リーダーが言っている。なら俺の意見も自動決定だな……」
「レオンもありがと! というわけで、意見は一致したわ!」
アニスはまっすぐにロードを見据え、
「さあ! 連れて行ってロード! あの伝説の魔女のところへ!」
「後戻りはできないよ? って、今更か……」
と彼女はクスリと笑い、
「ならすぐに出発しよう! 『時は金なり』って言うしね!」
「違うわ!」
それにアニスは得意げな顔をし、
「『時は金に勝る』よ!」