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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第六章 『戦場での二人』
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出航!

 夜。

 雨は上がり、海からは穏やかな波の音。

 荒れ模様が嘘のように空には月が煌々と顔を出している。

 カリオスは埠頭ふとうで海を眺めていた。

 地面にはまだ濡れており、歩くとぺちゃぺちゃと音がする。

「黄昏てるね。まあもう夜だけど」

「……あ、リュトさん」

 振り向いた彼に、リュトは「やあ」と返す。

「散歩ですか?」

「ん~、まあちょっとね」

 彼女はカリオスの隣に来ると舫い杭の上の水を払い、海を背にして腰を下ろす。

「ん、まだちょっと濡れてたね。まあいい」

「アハハ……何か、僕に用事ですか?」

「ん~……まあ、君と話がしたかったってだけかな。暇つぶしだよ」

 そうリュトはクスリと笑う。

 それにカリオスもクスリと笑い、再び海を見る。 

「……眠れないのかい?」

 リュトはカリオスの方を見る。

 それに彼は少し落ち込んだような表情をする。

「……不安で」

 そう、ぽつりと漏らすように口にした。

 それにリュトはしばらくして、またクスッと笑う。

「わ、笑うんですか!?」

「いやあごめんごめん」

 カリオスの言葉に笑いながらも謝るリュト。

 彼は信じられないといった表情をしたあと、呆れてため息を吐く。

「相談した自分が愚かでした」

「そんなこと言わないでくれよ」

 落ち込むカリオスにリュトは少し申し訳なさそうに笑いかけ、

「私の中で、君はもっと勇敢なイメージがあったんだ」

 そう言って彼女は少しカリオスから視線をそらし、ケーラでのことを思い出す。

「……あのとき、私の心は潰れかけていた。アダーをあんなのにしてしまったのは自分だっていうね」

 

 アダーとアジトで会って……

 村に帰って牢に閉じ込められて……

 もう一度対峙して彼と剣を交えて……

 

 その度に彼女の心は擦り減っていった。

 その度に壊れそうになった。

「自分が罰を受けるべきなのか。死ぬのが一番なのかってね」

 でも、とその瞬間、彼女の表情が明るくなる。

「私の心が潰れそうになったとき、君の言葉が救ってくれたんだ」

「そ、そんな大そうなことしてませんよ!」

 カリオスは慌ててそう言う。

 それにリュトは少し間を置いた後に、

「……はぁ」

 深くため息を吐き、

「まったく、謙虚なのはいいことだけどね……」

「え……?」

「こういう時に口を挟まない。これは大事だよ?」

「え、あ、えっと……ごめんなさい」

 よく分からないが、とりあえず謝るカリオスに、リュトはもう一度ため息を吐き、

「本当に分かった?」

 じと~、と訝しんだ目を向ける。

 それにカリオスは慌てて何度も頷く。

「……ならばよろしい」

 未だ不安はあるが、仕方なしと許すリュト。

 戦闘時の感性はいいはずなのだが、どうも彼はこういう場面に弱いらしい。

(アニスは苦労してるのかなぁ……)

 なんて思ってみたり。

 さて、と彼女は立ち上がり、濡れた部分を見て嫌な顔をした後、

「私は戻るけど、君はどうするんだい?」

 カリオスの方を見て尋ねる。

 彼は少し悩むように黙り、

「……僕はもう少しここに居ます。戻っても眠れなそうなんで」

 アハハ、と少し硬い表情で笑うカリオス。

 そんな彼にリュトは「そうかい……」と返すと、トンッ、と彼に向って一歩踏み出し、彼の頬に唇を当てる。

「え……リュト、さん……?」

 その柔らかな感触を彼が理解したとき、リュトはすでに元の場所に戻り、ニヤッとハニカンでいた。

「緊張、少し解けたかな?」

 彼女は「じゃあね」とくるりと身を翻すと、宿の方に戻っていってしまった。

 残されたカリオスは、未だ柔らかく、甘い感触の残る頬に触れ、そして腰にあるナイフに触れ、思う。

 自分は彼女から助けてもらってばかりだ。

 そしてここまで後押ししてもらった以上、成果を挙げなければと。

 

「戦争を止める。

 もう誰も傷つけさせない……」

 今一度、彼はそれを強く心に刻んだ。




      ・・・




 翌日。

 天気は昨日の雨が嘘のように快晴で、海同様空にも気持ちのいい水色が広がっている。

 一行は朝ごはんを皆でとり、少し間をおいて出航の時間を迎えた。

 ケーラに頼んだ船は大きなもので、側面からは大砲の筒が何本も出ていた。

「ううう~、ぎぼじわるい……」

「だからあんなに飲むなって言っただろうが……」

 レオンはため息を吐き、ひん死寸前ヌルデに付き添う。

 その前でカリオスはアニスとリュトに挟まれ、

「え、えーっと……」

「むっ……」

「……どうしたんだいアニス? そんな不機嫌そうな顔をして」

 カリオスを挟んで二人、アニスとリュトの視線が彼の前でぶつかっていた。 

「なんでもないわよ!」

 フンッ! と彼女はそっぽを向く。が、片手はカリオスの右手を握っている。

 それを見てリュトはクスッと悪意に満ちた笑いを浮かべ、

「ま、これ以上はちょっとかわいそうかな」

 そしてカリオスの方を見、

「ね、私の唇を奪ったカリオス君☆」

「……はあッ!?」

 最後の一言にバッと反応して振り向くアニス。そして彼女の視線は嫌味たらしく笑うリュトに向けられ、そのあとに名前の挙がった、

「どういうこと?」

 カリオスを突き刺す。

 殺気じみたものを帯びた彼女にカリオスは「え……」と一瞬固まり、

「き、昨日されたんだよほっぺに!」

「何の抵抗もしなかったけどね~♪」

「リュトさん!!」

 それは誤解だと言おうとした瞬間、悪寒が走った。

 その理由は、右手の先からくる潰されるような痛みとともに、背中に向けられた……、

(殺……気?)

 恐る恐る振り返ると、そこには……

「あとでゆっくりお話ししましょう?」

 とても……とてもきれいな笑顔を浮かべたアニスが。

 嫌な予感がした……

 桟橋のところで一行は三人と二人に別れる。

「さて、ここで一端お別れね。短い間だったけど、二人とも本当にありがとう!」

 アニスはヌルデとリュトに頭を下げる。

 それに二人ともクスッと笑い、

「私はとくに何もしてないんだけど……むしろケーラを救ってくれてありがとうね!」

「私は完全に救われた方だしね。本当にありがとう」

 二人とも頭を下げる。

 いやいやこちらこそ! とアニスはそれに下げ返す。

 それに二人も「いやいや」と下げ返す。

「いやいや」

「「いやいや」」

「いやいや」

「「いやいや」」

「いやい」

「いつまでそのお約束をやるんだ?」

 後ろでレオンが呆れてため息を吐く。ちなみにカリオスはその横で苦笑いを浮かべている。

 それにヌルデがレオンの方を見て、

「レオン! 戦いが終わったら結婚だからねー☆」

「「「……は?」」」

「んなっ! ……チッ」

 舌打ちの後に少し赤くなって大きくため息を吐くレオンに、全員の視線が集まる。

 そして、

「レオンが真っ先に……いや、これ以上はよそう……」

「レオン……大丈夫……だよね?」

「レオンは誓って私が守る! 守ってみせるわ!」

「人を勝手に殺すな! ってお前ら黙祷してんじゃねえよ! その祈りの構えを解け!」

 と、ぐだぐだとした感じでアニスらは別れ、

『出航!!』

 海の男の頼もしい声ととも、船は海へ繰り出した。

 地上ではなく海の上。

 穏やかと言っても揺れることは揺れる。

 そんな中……

「はぁ……」

「船は大丈夫なんだな。あのお姫様」

 甲板の後ろで小さくなった港を眺めていたレオンの隣で、カリオスはため息を吐く。

「思えばヴォール城からの脱出も船だったから……慣れてるんだと思う」

「で、その様子だと、こってり絞られたようだな」

 うん、とカリオスは早くも疲労の色を見せながら頷く。

「なんか、途中で自分でも墓穴を掘ったりしてたみたいで……女の子って難しいんだね……」

「女は気難しいぞ。人生の先輩からのアドバイスだ」

 アハハ、とカリオスは笑う。

「気難しくて悪かったわね」

「「あ……」」

 背後から飛んできた聞き馴染んだ高い声に、二人は反応する。

 しかしアニスは「まったく……」とため息を吐き、二人の間に入って……もう一度だけチラリとカリオスを見る。

 彼はもう、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 しかし、気はもう済んでいるみたいで、それ以上の追撃は来ず、彼女は小さくため息を吐き、今度は二人を見る。

「二人とも……本当に来てよかったの?」

 その表情は少し不安げである。

 桟橋ではレオンにふざけてあんなことを言ったが、実際にはあれが現実になってしまうかもしれない。自分だって本心を言うと行きたくない。

 そんなところに仲間を連れていく。その行為はアニスとって頼もしくもあり、不安でもあるのだ。

 それに二人は一瞬間を置き、

「アニス。その質問はずいぶんと遅いだろ」

「言うなら船に乗る前だね」

 二人はあっけらかんとして、そう言う。

「ま、答えは変わらないけどな」

「僕も同じだよ。ここまで来たんだ。最後まで一緒だよ、アニス!」

「カリオス……レオン……」

 彼らの言葉に、アニスは袖で顔を拭うと、

「分かった。私、もう前しか見ないから! 後ろは二人に任せたわ!」

 私は、もう迷わない。

 そう自分に言い聞かせ、言葉を放った。

 二人が付いてきてくれる。

 なら私は自分の我儘を、最後まで通さなくてはいけないのだ。 

 その言葉に、レオンは「仕方ないな」とため息を吐き、カリオスは「うん」と力強く頷いた。

 こうして一行は戦地『ドルン』に向けて、意気込みを新たにした。

 

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