ナヴィにて
三日後の夕方。
天候は大雨。
「出向は明日以降になるんだって」
「ええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
ようやくナヴィに着いた一行。しかし大しけの海に船が出港できないということになり、一日町で過ごすことになった。
レオンと一緒に聞いてきたカリオスの報告に、アニスは雨音よりも大きな声を出すが、叫んでも結果は変わらない。
仕方なく一行は宿をとって一日過ごすことにした。
と言っても外は雨。レオンはさっさと行ってしまったが、カリオスはあまり外を出歩く気分にはなれなかった。
カリオスは武器の手入れをする。雨で濡れたのもあるが、これから戦場に向かうのだ。準備はいくらしてもし過ぎることはない。
リュトに作ってもらった魔剣。魔法を切れる魔剣。
(これをどこまで使いこなせるか)
それが今後の戦いに大きく関わってくるだろう。
刀身を磨く。すると鏡のような刃に自分の顔が映った。表情は硬い。明らかに緊張している。
(今までこんなことなかったのに……)
そう考えて当たり前かと思い直す。
ふと窓の方を見ると、暇つぶしに来たアニスが外を見ていた。暇つぶしと言っていたわりにあそこから動かない。
ずっと外を見ている。
空いた窓からは潮と雨が混じった匂いが雨音と一緒に入ってくる。部屋の中は湿気が多い。
アニスはため息を吐く。
最初は他の国にも協力を仰いで一緒に解決するつもりだった。
しかし二つの国に立ち寄ったが、どちらも深い闇を抱えていた。ネーベルに至っては自国の兵士が大量に死んだ上に、王妃も殺害されている。
自国のことでも大変なのに、協力してくれと頼むのは辛かった。
それにケーラは信用できなかった。船の手配はありがたいが、こちらが話すまでの信用は得られなかった。
そして気が付いたらここまで来てしまっていた。
「……」
ネーベル。
今から行く先はあんなものが日常茶飯事のように行われているに違いない。
自分はあの時かなり取り乱していた。
あんなものは一生に一回で十分だ。そう思っていたが、そうも言ってられない。
ここが先は境界線。
踏み出せば帰ってこられない。
(勢いでここまで来たけど……)
自分は後悔していない。それは許されない。
でもみんなはどう思っているのだろう。
様々な不安が頭を巡り、またため息を吐く。すると、
「大丈夫?」
カリオスが聞いてきた。
どうやら知らぬ間に心配をかけていたようだ。
「大丈夫。ありがと」
アニスは笑って答える。
思えばこうやって一人で深々と考えるのはいつ以来だろうか。
おそらくヴォール城を飛び出す決意をするまでだろう。
あの時はカリオスが来てくれたことにより決心がついた。
「……」
「ん? どうしたのアニス?」
「な、なんでもない!」
彼女は慌てて窓の外に顔を向ける。
今、「来なくてもいいのよ?」と言いそうになった。
それは誘導だ。
これは彼自身が決めることだ。自分が決められるような問題じゃない。
(でも、できることなら……)
そう思って彼女は窓の外、雨音に耳を澄ました。
・・・
カランカラン。
宿を出たのは気分転換のためだ。
レオンは適当な席に座り、一息吐く。やはり宿など、決まった場所に留まっていると余計なことを考えてしまう。
こういう時は酒を飲んで気分転換に限る。
「葡萄酒と林檎酒一つずつお願い。あとイカの足」
向こうから応答の声が返ってくる。
それを聞いてレオンはため息を吐く。
「なんでお前がいるんだ?」
その問いに、彼の前に座っているヌルデは笑い、
「気分転換」
と言う。レオンはため息を吐いた。
ほどなくして注文した酒とつまみがきて、
「まあ部屋に居てもやることないからね」
と彼女はイカの足をつまむ。
それには同感とレオンもイカをつまみ、適当に葡萄酒も飲む。
「ねえ」
彼女の声にイカをくわえながら「ん?」と反応する。
「なんでレオンはアニスたちと旅をしてるの?」
ヌルデも同じくイカをつまみ、聞いてくる。その顔は少し赤い。
酒の肴程度だろう。そう思ったが、改めて考えてみると、特に理由がないことに気が付く。
「……なんでだろうな」
「分からないの?」
「……どうなんだろうな。ほとんど成り行きだったからなぁ……」
そう天井を仰ぎ、過去を振り返る。
「出会いはヴォールの村だ。そこで俺は盗賊をやっていた」
ふんふん、と彼女は相槌を打ち、興味を示す。
そこからレオンは記憶を遡り、
「仲間二人と組んで盗賊をやっていた俺は、もう少しで大金が手に入るってところであいつら、アニスらに捕まった。まあ、今思えばかなり下衆な方法だったな。それがあいつらとの出会いだ」
語り始める。
「捕まった俺らはそのまま拘束されて村人の前に連れ出された。当然あいつらは怒声を飛ばしてきた。石も投げてきたな。完全に公開処刑だったよ。でもそれを止めたのもアニスとカリオスだったんだ」
そのあと、クスッと思い出し笑いをし、
「あいつら、飛んでくる石も構わず俺の前に立って、自分のことをでっけえ声でバラしたんだ。周りは唖然としてたよ」
「アニスならやりそうね」
話を聞いてヌルデもクスッと笑う。
「それからあいつ、俺のことを連れていくと言いだしてな。何か条件があるんだろって俺は疑ったんだ。そしたらあいつ、村のみんなに謝ることが条件って胸張っていったんだぜ」
「そこでレオンは観念したんだね」
「まあ……そうなるのか?」
レオンは首を傾げ、酒を飲む。
「俺ははじめ、次の町での情報収集役として連れてかれたんだ。それが終わったら途中で離脱して身を隠してもいいって言われてたんだけどな……どういうことかこんなところまで来ちまった」
頬杖を突き、ぼんやりと考えてみる。本当に成り行きだ。ああ言った以上、アニスも今別れると言ってもの文句は言わないはずだ。……おそらく。
思えば自分はヴォールの先行魔法騎士団に見逃されている。ということは隠れる必要もないということだ。ならばこれ以上あいつらと一緒にいる理由もないのでは……
「フッ……」
酒を飲む手が止まり、思わず笑みがこぼれた。
あの二人だけで戦場へ向かったら、真っ先に死にそうだ。もしくは、情報が無くて行先が分からなくなるか。
(やっぱり俺がいないとダメかな……)
なんて思いながら残った酒を飲み、ため息を吐く。
それを見て、ヌルデはクスリと笑う。
「やっぱりレオンは面倒見がいいね」
「あ? 俺がか?」
「うん。自覚なかったの?」
「まあ、つるんだの何て盗賊の時くらいだからな。その前は基本一人だったし」
「なんて寂しい人生……」
「ほっとけ! つうか本気で泣くな!」
ううう、となぜかレオンのことで泣きだすヌルデにため息を吐き、追加で頼んだ酒を飲む。彼女はかなり酒が回っているらしい。それを見て、自分もほどほどにしなければと思う。
「あんまり戦ってるイメージはなかったけど、一番大変なところを受け持ってるし……辛く……ない?」
ヌルデは心配そうに彼の顔をのぞいてくる。頼んだ酒が来るが、彼女の質問にいったん手が止め、
「どうした、柄にもなく?」
フッ、と鼻で笑い、酒を一口飲む。が、彼女はその返答に満足せず、不満げに眉間にしわを寄せる。
「これでも心配してあげてるんだけどー?」
「なら、明日は雪だな」
「……フフ。それなら私はアニスに怒られるわね」
彼女は最後のイカをつまみ、笑った。
そしてそのイカを手を使わず、頬杖を突いて器用に食べると、
「ねえレオン?」
「あ?」
「結婚しない?」
次の瞬間、ブフゥッッ!! と床に酒を撒くレオン。それを見てヌルデは満足そうな顔をする。
レオンは口に付いた酒を拭い、彼女を見る。
「酔いすぎだ」
「かもね♪ あんまり飲んだつもりはなんだけど」
そう言って彼女は残った酒を全て飲む。
まったく、と彼も酒を少し飲む。
「明日、危なそうなら馬車乗るなよ?」
「飲んだら乗るなでしょ。分かってるって。で、さっきの返答は?」
「あ?」
「結婚の」
「却下だ」
「あ、傷ついた」
そう言いながら彼女は楽しそうに笑う。
それにレオンはため息を吐く。
しかしそのあと、彼女はふぅっと一息ついて机に突っ伏し、
「でも私……結構好きなんだけどなぁ……」
「……」
その吐露された言葉に、レオンは黙って酒を飲む。
どう反応すればいいのか、そう思いながら様子を見ていると、急に彼女はバッと顔を起こし、
「うおっ!」
「絶対生きて帰ってくること!」
真っ赤な顔でヌルデはビシッとレオンを指さし、
「そして終わったらすぐに私に会いに来る! これでどうだ!」
「はあ!?」
「これ以上は譲らない!」
いったい何を言いたいのか、と彼はヌルデの顔を見る。が、彼女は何も言わず、ただ待っていた。
もう言葉はない。
あとは返答次第だと。
それにレオンは、
「めんどくさ……」
大きくため息を吐き、頭を掻く。
そして、
「まあ……そうだな……馬車の代金、とでも思っとくか」
その返答を聞いた瞬間、ヌルデの表情はぱあっと明るくなり、
バタンと机に倒れた。
「お、おいっ!!」
それに驚き、慌てて声をかけると、
「ZZZ……」
「……」
顔を見ると、よだれをたらしている。さぞいい夢を見ていることだろう。
まったく、と彼は顔を覆ってため息を吐くと、
「しゃあねえな……」
と彼女に肩を貸し、
「おい、起きろ」
「ん~……」
起きているのかどうなのか、微妙な返事が返ってくる。
レオンは酒とつまみの代金を机に置くと、
「結婚、か……」
そうため息交じりに吐いて、店を出た