真実
翌日。
日は高く昇っているが、どちらかと言えば朝。
ケーラ城。
町より少し離れた高い丘の上にあり、そこにはケーラ国王『アイゼン・ケーラ』が住んでいる。
「ほぉ。お前たちが魔剣の鍛冶屋を倒したという一行か。しかし名乗り出るのが遅かったな」
「はい。少々事情がありまして」
「ほお。まあいい」
アイゼンは目の前に跪く一行を見て、感嘆の声を漏らす。国王というから歳をとっているのかと思ったが、案外若い。歳は30はいってないだろう。
「若いな。子供もいるじゃないか」
「これは私の息子です。こう見えても腕は確かです」
『変化の魔法』で若い女性に変身したアニスが言う。
アイゼンは「ほう」と興味が湧いたようで、
「ならば試してくれないか? 私はどうにもやつらを倒したということを信じられなくてな」
と近くにいた兵を一人呼ぶ。これはどうにも避けられないようだ。
困った顔で彼女を見るカリオスに、アニスは申し訳なさそうにアイコンタクトでお願いし、仕方なく彼は前に出る。
「武器は自分のを使ってもいいですか?」
「ん? それがいいのか?」
はい、とカリオスは答える。それをアイゼンは了承する。
「殺す気で構わん。存分にその武を発揮しろ」
(殺しちゃだめだからね! 寸止め!)
とアイゼンの言葉の後にアニスは目で訴える。それにカリオスは小さく頷き、構える。
相手は長剣使い。基本的に振りは大きいはず。
(なら、)
「では、始め!」
その合図があった瞬間、カリオスは腰の投剣を相手の顔に向かって投げる。突然の攻撃に兵士は剣で顔をかばう。が、そのすきにカリオスは背後に回り込み、背中の鎧の隙間にナイフを入れて突きつける。
瞬く間だった。
「勝負あり!」
その合図で二人は剣を下ろす。
カリオスは大きくため息を吐き、気持ちを落ち着けて元の場所に戻る。一方兵士は子供に負けたのが悔しかったらしく、落ち込んだ様子で戻っていった。
今の一瞬にアイゼンは拍手を送り、
「いやお見事! なるほど確かに魔剣の鍛冶屋を倒しただけのことはある」
「ありがとうございます」
アニスは頭を下げる。
さて、ここからが本題だ。
「さて、私に願いがあると聞いたが?」
「はい。船を出してほしいのです」
「ほうほう。船か。行先は?」
「北の『ドルン』に一隻」
「なに?」
その単語を聞いた瞬間、国王の顔色が変わる。さっきまでのカリオスの戦いの酔いはどこかへ、少々険しい表情になっているのが分かる。
「あそこは戦争の真っただ中だぞ? 何用だ?」
「探している人がいるのです。その人がそこにいるという情報を聞きまして」
「……なるほど」
アイゼンは「ふむ」と思考を巡らす。そしてしばらくして、
「……ダメだ。船は出せん」
「……そうですか」
なぜ、とは聞かない。一国の王だ。戦場に民や兵を無益で送るなど許されることではない。
それは正しい判断だ。
なら、
「国王!」
ここでレオンが声を上げた。
それにアイゼンが反応する。
彼はこう切り出した。
「無礼は承知です。しかしどうしてもお聞きしたいことがございます!」
「……申してみよ」
「はい。魔剣の鍛冶屋についてです」
言うと同時に顔を上げる。その単語に王の眉がぴくっと動いたのが見えた。
レオンは続ける。
「国王。なぜ魔剣の鍛冶屋が人をさらっていたいたことに気が付かなかったのですか?」
「なに?」
「旅の途中でやつらの被害にあった者に会いました。その時聞いたのですが、彼らはかなりの数を誘拐していたようです。しかもケーラ国内で。国王はなぜそれに気が付かなかったのですか?」
「……私はそんな報告を受けてはいないぞ。誘拐はそれほど多発していたのか?」
はい、と頷き、レオンは続ける。
「それは国民に申し訳ないことをした。以後は警備を強化し、何かあればすぐに私に伝達するようにしよう」
それだけか、と思いながらも誰も口を出さない。ここで何か言ってもややこしくなるだけだ。
「なるほど……しかし国王」
そこで彼は、
「なら、なぜこの城に魔剣が運び込まれているのですか?」
鎌をかける。
「……何のことだ?」
「とぼけるのはやめましょう? 王の周りの近衛兵。その腰に差しているのは全て魔剣でしょう?」
情報はこっそりリュトからもらっていた。
近衛兵の方を見るが、彼らは微動だにしない。忠誠心が強いのだろう。動揺が感じられない。
国王はハッと鼻で笑い、
「面白いことを言う。ならば証明してみよ」
「なら私の出番だね」
とリュトが立ち上がり、
「そこのあなた。剣を貸してもらってもいいかな?」
そう指さされ、彼は迷わず剣を渡す。実際、魔法を出す魔剣は、使い方が分からなければただの剣だ。が、彼女の前ではそれはない。
リュトは礼を言って剣を受け取ると、
「あなた、居合が得意みたいですね」
「え……」
どうやら当たったようだ。不意を突かれた兵士は思わずそんな声を漏らし、一瞬固まってしまう。
鞘に入れたままリュトは居合の構えをする。
「床や天井が少々傷つきますが、大丈夫ですか?」
「……まあよい」
では、と彼女は魔剣に魔力を注ぎ、抜き放つ。
その瞬間、ザバッ! と床から壁を伝って天井まで、一瞬で切り傷ができる。
その現象に、その場にいた全員が絶句した。
彼女は剣を納刀すると、
「なに。ちょっと魔剣には詳しくてね。まだこの城にはいっぱいあるみたいだね」
持ち主の近衛兵に返し、
「いい魔剣だよ。大事にするといい」
そしてチラリとほかの近衛兵を見る。これにはさすがに表情を硬くし、少し動揺が見られる。
それを見てアイゼンもともに固まっていたが、やがて徐々に表情が戻っていき、
「……そうか……そういうことか……」
そして、バッと立ち上がり、
「この者たちを捕えよ!」
『ッ!!!』
部屋のすべての扉が開き、兵士たちが雪崩のように流れ込んでくる。
一行は立ち上がり、武器を構える。そして背中合わせになり、その周りを兵士たちが囲み始める。
数が多すぎる。しかも相手は全て訓練を受けている兵士。
万事休すか。全員がそう思ったとき、
「何をしている! 捕えるのはその者たちではない!」
壇上から国王の声が飛んでくる。その予想外の声にカリオスたちも含め、その部屋にいる全員が注目する。
そして国王が指を刺した場所は、
「捕えるのはそこの者たちだ!」
近衛兵たちだった。
その指示に全員が躊躇いを見せたが、国王が「早くしろ!」と催促したので実行された。
それからは迅速だった。いくら魔剣持ちが五人いても、相手は約二百の訓練兵。勝てるわけがない。
結局彼らは捕えられ、城の地下牢に連行された。
とりあえずことが納まり、はぁ、と深いため息を吐いて、頭を抱えるアイゼン。
「大変見苦しいところを見せた。許せ」
「いえ。こちらこそ王を疑うような無礼を働いたことをお許しください」
レオンはそう謝罪し、跪く。
彼ら五人が運ばれた時点で察しがつき、そして合点がいった。
道端で会った青年は、魔剣の鍛冶屋は「いずれ国にも取り入ってやろう」と計画していたと言った。つまり彼らはまだ国には取り入ってないのだ。なのに国王の近衛兵が魔剣を持っていた。
そして国王は誘拐が多発していたことを知らなかった。つまり国王への情報が誰かによって操られていたのだ。それができるのは国王のそばにいる者。
つまり、彼らは魔剣の鍛冶屋と通じていたのだ。
なんということだ、と彼は深くため息を吐く。
味方の裏切りという事態に、重たい雰囲気が充満する。そんな中、自分たちの船の話を言いだすのは中々難しい。
と、思っていると、
「……君たちの要望を飲もう」
「え……」
彼の唐突な言葉に、アニスは一瞬呆けてしまう。
アイゼンは相変わらず落ち込んでいるが、アニスたちの方を見て、
「君たちは私の国の闇を完全に払ってくれた。まさに救世主と言っても過言ではない。これは私からの感謝の気持ちだ。どうか受け取ってほしい」
と彼は「本当にありがとう」と壇上ながらも頭を垂れた。
それにアニスは慌てて、
「そんな! 頭をお上げください! 一国の王が私たちのような旅のものに! 勿体ないです!」
なんて言いながら内心ガッツポーズを決めているのだろう。そうアニスを除く皆が思っていた。
というわけで何だかんだで船を用意してもらえることになった。ただし、行先はやはり北の入口までで、そこから先は自分たちで進まなければならない。
城をでて、アニスたちはどっと疲れを感じる。
「まさかあんな事態になるとはな……」
「魔剣の魅力につられたのかな」
ヌルデがそう言うと、それにリュトがフフッと鼻で笑い、
「魔剣に限らず、武器には等しく魅了の魔法がかかってるものさ。より強いものを使いたいって欲求はいつの世にも憑いて回るものだよ」
「さすがは生きた伝説。悟りの深さが違いますね」
「……いくつなんだろ」
「カリオス君。気になるかい?」
「イエナンデモナイデス!」
何やら殺気じみたものを感じ背筋がピンと伸びる。
と、アニスはいきなり皆の前に出てくる。そしてみんなの顔を見て、ニコッと笑う。
「どうしたのアニス?」
カリオスが声をかけると、彼女は「あのね……」と彼の手を取り、
「みんながいるって、やっぱり楽しいなっと思って!」
その一言に、皆笑顔が零れる。
「そうだね。どんなことでもできそうだよ!」
「次は『ドルン』だな。また骨が折れそうだ……」
「その前に『ナヴィ』に着かないといけないけどね。まあそこまでなら馬車で送るよ」
「なら必然的に私も行くことになるんだね」
「よし! なら各自、町を回って出発準備! 出発は明日よ!」
それに各自返事をして、バラバラと町に別れていく。
そして明日、一行はケーラを後にした。
・・・
ケーラ城。
アニスたちが去ってからしばらく。
「……フ」
国王は王座に腰掛け、不敵に笑う。
「フフフ。まさか魔剣のことを見抜かれるとはな……」
彼は立ち上がると、自室に足を向ける。その間も笑いが止まらなかった。近衛兵たちは名目上、本当に処分する必要があるだろう。まあ見つかるようでは役にも立たないか。魔剣だけ秘密裏に回収すればいい。
戦争で勝つためには力がいる。が、戦争で勝った後も力がいる。
(強者は常に先を見通して行動する。先手を打ったものが勝者となる……)
しかしそれなら未だヴォールの方が優勢だ。
彼はまえに来たヴォールの使者を思い出す。退屈な男だったからよく覚えている。
使者は言った。
魔剣の仕入れはもう十分だ。早々に手を切れ、と。
(忠告は大切だな)
くつくつと邪悪な笑みを零し、彼は城の中へと消えていった。