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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
63/122

終わりと次

 ケーラの宿屋。

 男女に分けられた部屋の女部屋で、アニスは一人ベッドに寝転がって天井を仰いでいた。

 戦いが終わって一週間が経った。カリオスは完全に治癒した。

 帰ってすぐは「一言言ってから行け!」とレオンにかなり怒られた。が、アニスはそれよりも心配なことがあった。

 カリオスのことだ。正確には彼のナイフについてだ。

 旅の途中で聞いていた。あれは彼の父親の形見のナイフでもあると。

 それがあの戦いで折られてしまった。 

 形見が破壊されたのだ。そのショックは彼女には想像することもできないだろう。

(不本意だけど……今は彼女に頼るしかない)

 戦いが終わってしばらくしてリュトは目覚めた。そして彼のナイフを見て、

「私が直してみよう。ただし、絶対に治る、とは思わないでくれ」

 と言って持って行ったのだ。彼女は魔剣の鍛冶屋。それ以外にいい方法はなかったし、異論はなかった。

 宿に戻ってカリオスにそれを言うと彼は「分かった。ありがとう」と笑ったのだ。

「んんんんんんんんんんん~~~~~~~~!!!!!」

 うつ伏せになるとバタバタと八つ当たりにベッドを殴る。

 今ほど自分の無力を呪ったことはない。彼が落ち込んでいるときに何もしてあげられない。

 泣きたいのはカリオスの方なのに、自分が泣きそうになっている。 

 なんだか悔しい。そんな自分がいることが悔しいのだ。 

「んんんんんんんんッッッ――――――――!!」

 枕を掴んで顔に押し付け、

「―――――ッぱ!」

 息苦しくなって顔を上げる。

 胸の中がむず痒く、どうしようもなくイライラする。

 どうすればこれを解消できるのだろう。

(どうすれば……)

「カリオス……」

「だいぶご執心のようだね」

「はひゃいッ!!」

 いきなりの声掛けに驚きベッド上を後退り、

「あ……」

 ドシン! と床に落下する。

 それを見てリュトは笑いを抑えながらも腹を抱えて笑う。

「……どうやって入ったのよ?」

 アニスは赤く、むすっとした顔で立ち上がり、彼女を見る。

 それに彼女は腰に差している短剣を見せ、

「これで柄の部分を回すと透明になれるんだよ」

 と、彼女は実践して見せる。本当に目の前から消え、そして現れた。さすがは伝説の魔剣の鍛冶屋。なんでもありだ。

「い、いきなりだったらみんなああなるわよ!」

 そうプンと顔をそらす彼女に、リュトは笑い涙を拭いて、

「いやあ悪い悪い。あ、暴れまわってる君があんまりにも面白かったからね」

 それを聞いてどこから見られてたか察し、さらに紅潮するアニス。

 そして何かを言おうとするアニスだが、彼女はそれを手で制し、そして手を入れ替え、もう片手に持っていたものを彼女に見せる。

 それを見て、彼女は一瞬呆け、そして次に喜びが噴き出したような感激の表情をする。

「直ったのね!」

「もちろん。鍛冶関係で私に不可能はないよ」

「ウソつき。あの時は五分五分みたいなこと言ってたじゃない」

「あれは嘘だ」

 まあなんにせよ、と彼女はアニスにそれを渡すと、

「これ、渡しといて」

「え? あなたが渡すべきでしょ?」

「いやそうなんだけど……」

 と彼女は少し言いにくそうな顔をして、

「ちょっと、申し訳なくてね」

「……?」

 彼女が首をかしげると、リュトは腕を組んでうなり、

「……なんか……アダーの代わりにしたみたいで気が引けるんだよ」

 そう小さく言って彼女は顔を背ける。その一言にアニスは思わず呆けてしまう。口調は人をおちょくっているように聞こえるが、実はかなり純粋なのだ。

 しかしそれなら……

「ならあなたが尚更渡すべきよ!」

 今度は彼女はリュトの手を取り、ナイフを渡す。

「そして辛いなら謝りなさい! それが一番よ!」

「で、でも……」

「い・い・か・ら! さあ!」

 とアニスは手を引き部屋を出てカリオスの部屋の前まで来る。そしてノックもせず勢いよく扉を開き、

「カリオス! あなたのナイフが!」

「え……」

「「え……」」

 そこには魔族の闇色の肌をさらけ出し、着替えの真っ最中だったカリオスの姿があった。

「きゃああああああああああッッッ!!!」

「うわああああああああああッッッ!!!」

「ほう、これはこれは」

「リュトさんはなんで平気なんですか! と、とりあえず出て行って!」

 バタンとドアを閉められかちゃりと鍵もかけられる。レオンは出かけていたようだ。

 ドアの前でアニスは腰を抜かして凭れるように座り込む。そして顔を真っ赤にして呪文のように言葉を繰り返す。

「下着だから大丈夫下着だから大丈夫下着だから……」

「なかなかいい体をしてたんじゃない?」

「や、にゃああああああああッッッ!!」

 ドアの向こうからは服の擦れる音が聞こえてくる。それだけで変な想像をしてしまう。

 自分はこんなにもマセていたのだろうか。今さらながら驚きだ。

 それを見てクスクスと笑うリュト。彼女はもっと羞恥心を持つべきだと思う。

「……もういいよ」

 しばらくしてドアの向こうから許可する声が聞こえてくる。

「う、うん……入るね」

 そう言ってアニスは恐る恐るドアを開ける。そしてゆっくりとドアを閉めて中に入ると、

「な、なに?」

「―――—――!!」

 ベッドに腰掛けている彼を見た瞬間、思わず視線を下に向けてしまう。直視できない。

「な、ナイフができたって!」

 これで精一杯だった。だが、

「ホントに!!」

 その報告を聞いた瞬間、彼はアニスと同じく、いや、それ以上の感激の色を顔に浮かべる。

 それにリュトは困ったように笑い、カリオスのところにナイフを持っていく。

 そしてそれを彼に渡し、

「ついでに魔剣にしといたよ」

「え?」

 と彼の疑問に答えるように彼女は鞘から抜くように促す。すると、刃の形も重さも同じだが、なんとなく違和感を覚えた。

「私が使った……って言っても君は寝てたのか。魔法を切ることができるようになってるから。これからの戦いに必要かと思ってね……私からのお詫びさ」

「お詫び?」

 その問いに、彼女は「あー、んー」となんだか少し恥ずかしそうにして、

「き、君を……その……アダーの代わりみたいに扱ってたから……その…………すまない。魔剣も迷惑だったかな?」

 顔を真っ赤にするリュト。

 未だ若干上からのもの言いだが、これが今の彼女にできる精一杯に謝罪だった。

 それにカリオスは一瞬きょとんとしたが、

「そんなことありません! 詰まっている思い出が増えました! ありがとうございます!」

 満面の笑みを返した。

 それに少し不安そうにしていた彼女も口元を綻ばせ、

「よかった」

 それを見てアニスも笑った。

 そして気が付いた。胸の中のモヤモヤが晴れていることに。

(そうか……自分は彼が喜ぶ顔が見れれば幸せなのだ)

 やはり自分は、カリオスのことが好きなのだと。

 そう考えた瞬間、また顔を熱くなった。

 

 

 

      ・・・



 

 夜になり、リュトを含めた全員が宿屋の男子部屋に集まっていた。

 リュトはあんな騒ぎを起こした以上、里には置いておけないと言われ、追い出されてしまった。そこでヌルデが引き取ると言いだし、それにリュト本人も了承した。

「まさか生きた伝説と一緒に暮らせるなんて……夢みたいです!」

「こちらこそ、鉄を打つ音がうるさいかもしれないが、これからよろしくお願いしたい」

「大丈夫です! あ、でも夜は勘弁してください。周りから苦情が来るので」

「で、話を戻していいか?」

 とレオンが仕切り直し、話を戻す。

 そこにカリオスがリュトに質問する。

「本当にインテレッセ・ベルディーテは北にいるんですか?」

「まあ動いてなければね」

 リュトはそう言う。

 彼女の話では、北の『ドルン領』のある山の中にあるリュトの故郷『混血族の里』の近くに、インテレッセ・ベルディーテの住んでる家があるという。が、それも彼女が里にいた時期の話。いったい何年、何十年前の話なのか。

「でも困ったわね。今北は戦争が一番激しい地域よ? しかもここは南寄りだし」

「馬車でも二十日はかかっちまう。徒歩だともっとだぜ?」

「それにこれ以上関係ないヌルデに迷惑をかけるわけにもいかないわ」

「申し訳ない。でも関係はなくもないかも……」

 と彼女はチラリとレオンの方を見る。それに彼は目をそらし、嫌そうな顔をする。それを見てヌルデはクスリと笑う。

「まあ確かに、申し訳ないけど馬車を貸すわけにはいかないし……力になれなくてごめんなさい」

「謝らなくていいわよ! もとから私たちが無理を言って始まったことだし、それにここまでしてもらって。本当にありがとう」

 アハハ、と彼女は少し照れ笑う。

 しかし、アニスとレオンは頭を捻る。地理的にケーラはどちらかというと南寄り。徒歩で向かうとなればその間に戦況が大きく変わってしまうかもしれない。

 それに北は魔族の動きが活発で、そこに魔族たちの出現場所があるかもしれないと言われている。ここら辺がまだ平和なのは北に戦力が集中しているからだろう。

 さてどうしたものか、と皆が黙ってしまったとき、

「なら海路は?」

 ヌルデがそう言った。

 しかしレオンは首を横に振る。

「海路は確かに早いが、海の上だと狙い撃ちにされる。一瞬で皆殺しだ」

「でも近くまで行ってそこから陸路は?」

 それにカリオスが案を出すが、それもレオンは難しい顔をする。

「引き受けてくれる船がないだろう。自分から戦争の真っただ中に突っ込むなんてイカレテやがるってな」

「失礼ね! 私は至って正常よ!」

「いや例えだって。あいつらならこういうだろうって」

 フン、と彼女はそっぽを向いてしまう。それに一同ため息を吐く。

 しかしどうしたものか。目的の人物の場所が分かったのに、その場所に行く手段がないなんて。

 と、そこでアニスが何かを思いついたようで、にやりと悪戯気な笑みを浮かべ、

「なら、ここの王に直接頼んでみるってのは?」

「「……は?」」

 カリオス、レオンは思わず目を見開いて彼女を見る。

「王に出してもらうように交渉するのよ!」

 それにアニスは自信満々に胸を張って答えた。


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