けじめをつける -2
「アハハハ!」
笑顔で振るわれる四本の剣。それらは宙を縦横無尽に飛び回り、多角的な連撃を繰り出す。リュトも五本の剣を使っているが、それでも押される。
それは剣の性能に違いがある訳ではない。彼は一度も魔剣の力を使っていないからだ。
ならばなぜか。技術の差か。
否。
「そーれ!」
連撃、連撃、連撃!
嵐のように四方八方から繰り出される刃。
防ぐので精一杯だ。
リュトは一度距離をとる。
(詰められれば分が悪いのはこっち!)
しかしアダーはそれを許さず、容赦なく詰め、
「お返しだよ!」
拳を弓のように弾き、突き出す。
拳打はさっきリュトが打ち込んだのと同じ腹に入る。
「がっ――――――!!」
地面に膝を突く。彼は自分の拳を見ると、満足そうに頷く。
「うんうん。見様見真似でやってみたけどうまくいった」
「う……」
腹を押さえ、苦悶の声を漏らすも、彼女は立ち上がる。そして剣を構える。
しかしアダーはそれにため息を吐く。そして頭を掻き、
「……もうやめなよ」
「……」
リュトは剣を射出する。それを彼は全て弾き落とす。
「だから無駄だって」
「……無駄?」
「うん。無駄」
だって、と彼は風の剣の先を彼女に向ける。
「!!」
とっさに横に跳び回避する。彼女の横を突風が抜ける。
リュトは剣を構え直し、アダーを睨む。
しかし彼は、
「ほらやっぱり」
と二撃目を放たず、剣を戻してしまう。
そして彼女を指さし、笑う。
「僕を殺す気……ないでしょ?」
「っ―――――――」
「まあ優しいのはうれしいけど、それじゃあ勝つことすらできないよ?」
彼はそう言って炎の剣に炎を灯し、リュトに向かって薙ぐ。
その軌跡に沿うようにして炎の波が空気を焼き、彼女に迫る。
彼女は五本の魔剣を前に集めると、その波を切り裂き、穴をあけてそこから飛び出そうとする。
が、それを読んでいたのであろう。目の前には水の柱が迫ってきていた。
「くっ!!」
慌てて集めて受け止めようとするが、
(重い! 受け止めきれない!)
そのまま押し流され、後ろに吹っ飛ばされる。
勢いは激しく、地面に落下して何度か転がる。
近くでカランカランと魔剣が地面に落下する音が聞こえる。
そして遠くで聞こえるため息。
「魔剣の質でこれなんだ。本気を出さないと……っていうか殺しに来ないと釣り合わないよ?」
呆れ半分の退屈気な声音でアダーは言う。
その言葉一つ一つが彼女の心を抉る。
彼をこんな風にしてしまったのはあの組織の連中だ。
彼女が手を下したわけではない。
しかし、しかし、きっかけは自分なのだ。
こうなる結果が見えていなくても、それでも彼を不幸にしてしまったのは自分なのだ。
「……」
「あれ? リュト?」
「……」
ならば、
「死んじゃった?」
自分はここで、
「……しょうがない。なら……」
裁きを受けるべきなのだろう。
「火葬しなくっちゃね!」
前のように土の魔剣を地面に突き立てる。彼女の周りの地面が盛り上がり、彼女を包み込もうとする。
自分は彼の手によって殺かれる。
うん。道理にかなってるな。
世界が暗闇に閉じていく。
リュトは静かにその中で目を閉じ、覚悟を決める。
が。
カチンッ、と外から金属音が聞こえ、
「『四水斬壁』!」
蓋が完全に閉じる寸前、その魔法の名が聞こえた。
魔法の知識があったリュトはそれがどんな魔法か知っていた。そしてその内容から自分がどうするべきかもわかった。
彼女は天井を抑える。その刹那、不動の感触があった天井が軽くなる。
それは彼女の体の横を勢いよく落ちていった水に関係しているだろう。
(水の力で物体を正方形にくり抜く魔法……それにあの声は……)
天井だったものを地面に捨て、開いた隙間から恐る恐る外に出る。そしてアダーの方を見ると、彼はある一点を睨んでいた。
その場所には、
「……なんで」
「あなたが一人で行くからですよ。僕は手伝うって言ったのに」
広間の中央。村に入った時に通される場所にカリオスとアニスがいた。
カリオスはナイフを構え、アダーを睨む。
アダーも魔剣を構え、視線を交える。
「ふーん。せっかく見逃したのにわざわざ殺されに来るなんて、バカだね」
「……」
「……面白味のない奴。まあいいけど」
アダーは炎の剣を出すと、その剣先をカリオスの方に向け、
「死ぬだけだし」
突きを放つ。それに伴い、火球が剣先から放たれる。カリオスはそれを避けると、前に出る。
アダーはそれを迎撃せんと火球を連続で放つ。カリオスはそれを全て避け、合間を縫ってなお前進する。
そして彼の前に来ると、躊躇いなくナイフを振る。
アダーはそれを剣を使って受け止める。しかしカリオスは腰から投剣を取り出し、投擲する。
その瞬間、アダーは確かに感じ取った。
殺意を。
「くっ――――――」
彼は初めてうめき、不意の投剣を弾き、残りの二本で反撃する。
彼はそれをバックステップで避ける。
おかしい。前の彼とは動きが違う。
と、彼の目が薄らと光を帯びているのが見えた。『凝視の魔法』だ。
チッと舌打ちし、魔剣を構え直す。
一方距離をとったカリオスはあんな立ち回りをしては見たが、やはり病み上がりの体。体力の消耗も激しいし、何より傷に響く。
「うっ……」
「もうやめろ! ボロボロじゃないか!」
しかし彼は構えを解かない。
なぜだ。
なぜ彼は構えを解かない。
「援護するわ! 突っ込んで!」
「分かった!」
アニスの言葉に彼は頷き、走り出す。
アダーは炎を剣を振り、あの炎の波を繰り出す。カリオスはそれに魔剣なしで正面から突っ込む。
「『四水斬壁!』」
その炎の波の一部、カリオスの前方だけを縦一直線にくり抜き、彼はそこを駆け抜ける。
しかしその前に待っているのは水の柱。
「避けて!」
「え!? 援護は!?」
「詠唱が間に合わない!」
ええええッッッ!!! と叫びながらも『凝視の魔法』と持ち前の反射神経のおかげでなんとか間一髪避けることに成功する。
そして次は土の力だ。アダーは土の剣を地面に刺すと、カリオスを狙って地面から石の針が射出される。
アニスは、
「え!? そんなの反則!」
「アニスうううううううううううううううッッッ!!」
「やれやれ」
リュトがそうため息交じりに呟いた直後、彼女の魔剣がカリオスの周りに集まり、針を全て叩き落とす。
「頼む! カリオス!」
最後は風の力。それは剣を振って繰り出される空気の刃だった。
風の剣を振って連続で飛んでくる空気の刃。
それは、
『燃火の射矢』」
無数の炎の矢が飛び空気の刃と衝突する。が、矢と斬撃では大きさが違う。
その撃ち漏らしはリュトが魔剣で処理をする。
最後は最高のコンビネーションだ。
そう思って彼は踏み込む。
アダーは剣を振りおろす。それを避け、
横に振る剣を姿勢を低くして避け、
突き出される剣を頬をかすめる程度で避け、
「うああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
最後に渾身の力で薙いだ剣を、
「……」
跳躍して避け、彼の顎を思い切り蹴り飛ばす。
「あ……」
そして相手がひるんでいるうちに、素早く背後回り、そのうなじをめがけて刃を――――――振った。
ゴツ、と鈍い音が聞こえた。
後ろに倒れようとしていたアダーの体が、前に倒れる。
トサッ、と軽い音を立てて倒れる彼の体。カランと落ちる魔剣。
そのうなじから、出血はなかった。
「峰打ちです」
そうカリオスは笑った。
確かに彼のナイフは逆さだった。
「峰、打ち……あっ!」
ホッとしたら思わず腰が抜けてしまった。
そしてどっと疲れが襲ってくる。ずっと極度の緊張状態だったのだ。とくに最後のはかなりひやひやした。いくら目が良くなっているからと言って、あんな無茶苦茶な、
「……あっと!」
と、彼も気が抜けたらしく、その場に尻餅をついてしまう。それを見て今度はリュトが笑い、
「よくあんな動きができたね」
「は、反射的に……」
三十年の経験の賜物です、と彼は照れ笑う。それにリュトも少々つられてクスリと笑う。
しかしアニスは頬をパンパンに膨らませて、腕を組み、
「笑い事じゃない! 今回はよかったものの一歩間違えればどうなってたか!」
「一番危なかったのはアニスが避けてって叫んだところだったけどね」
「あ、あれはわざと試練のために」
「あのタイミングで!?」
「よくぞ生き残った! 褒めて遣わそう!」
と、無駄に王女らしさを振りまく彼女にため息を吐く。さっきまでのシリアス感はどこへやら。
この穏やかな空気。
リュトはアダーを見る。自分は諦めていたのだ。そして彼に裁かれることで責任から逃れようとしていた。最低の行いだ。
しかしこの少年はそのすべてを助けてくれた。自分も、アダーも。そしてカリオス自身も傷つくことなく。
自分が諦めたものを全て助けたのだ。
この感謝はどんな言葉を尽くしても足りないだろう。どんなものを持ってしても代わらないだろう。
(少年カリオス……)
この名前を魔剣の鍛冶屋リュトは一生忘れることはないだろう。
と、魔剣を回収するのを忘れていたことにリュトは気づき、自分の手元に移動させてアダーの方を見る。
欲を言うなら、自分の手で助けたかったのだが、
(最後の最後まで彼に救われてしまった感じかな……)
そう、少し疲れた笑いを漏らした。
ピクっ、と指が動いたのが見えた。
「離れるんだ! カリオス!」
「え……」
次の瞬間、
「……返シテヤルヨ」
ゴッ、と空気が動く音がし、カリオスは反射的に振り向く。そこには蹴りが迫っていた。
とっさにナイフを構えてガードする。
が、
「ソレデ」
その蹴りを受けた瞬間、
「大丈夫カ?」
嗤いがあった刹那、
バキンッ、―――――――――――――—――――――――――—――
「あ……」
カリオスのナイフが、折れた音だった。
蹴りはそのまま彼の腹に突き刺さり、リュトたちのいる場所まで吹っ飛ばす。
「カリオス!」
アニスが駆け寄ると、彼はどうやら気絶しているようだった。
彼女はすぐにカリオスに『小回復の魔法』をかける。その間リュトはキッと彼を睨む。
「お前……誰だい?」
「クククク」
「アダー?」
「カカカカカ!」
嗤う。目を見開き、髑髏のようにカタカタと。
リュトはカリオスたちの前に立ち、魔剣を構える。
それに、
「魔剣ノ鍛冶屋カ。コウシテ話スノハ初メテダナ」
「何?」
「混血族ハ魔力ガ異常ダカラナ。我ノ力モ自然ト抑エテイタノダ」
「自然と……」
「マダ分カラヌカ? 永キ時ヲ同ジクシタトイウノニ」
と、彼が何かを握るようなそぶりをすると、両手の中に一本ずつ剣が現れる。禍々しい力を放つ、二本の広刃剣が。
しかしそれよりもリュトは彼の言葉に驚いていた。
「お前は……私の!」
「イカニモ」
その声が聞こえた時、すでに間合いは詰められており、下から切り上げが迫っていた。
とっさに自分の手元にあった風の剣でガードするが、
「正確ニハ、ソノ中ノ悪魔ダガ」
ピキッ、と嫌な音がし、弾き飛ばされてしまう。
体制を立て直し、剣を見るとひびが入っていた。
それを見て彼は剣を肩に担ぎ、鼻で笑う。
「脆イナ魔剣ノ鍛冶屋ヨ。コノ少年ヲ使ッテイルトキニモ言ッタナ。ソレデ本気カ?」
「……使っていた?」
彼女は立ち上がり、悪魔を見る。
「お前、アダーを操っていたのか?」
「潜在意識下ダガナ」
「……自分は気づかれないようにして、彼に彼の選択だと思わせてたってことだね」
御名答、と彼は剣を構える。
その言葉にリュトは、
「そうか……」
魔剣を構え、
「なら……」
笑う。
「まだ……助かるんだね!」
彼は何も悪くない! その事実を知った瞬間、彼女の中に光が生まれた。
まだ間に合う。
それは人の言葉ではなく、自分の言葉になる。
「……フフフ」
彼女はいつものように、
「……さて私の使い魔君」
にやりと嫌味な笑みを浮かべ、
「さっきはそれで本気かとか言ってくれたね……」
ぱちんと指を鳴らす。その瞬間、
「ッ!!」
悪魔は自分の頭上に向かって剣を振った。その瞬間、カチンッという何度も聞いた衝突音が鳴る。
天から降ってきた魔剣は弾かれ、リュトの手元に戻る。
不意打ちを避けた悪魔は再びリュトの方を見る。
そこには、
「これが魔剣の鍛冶屋の本気だよ!」
バッとリュトは両手を広げる。
百や二百ではない。
約千本はあろう魔剣が彼女の頭上、天を埋め尽くさんと整列していた。
それは今まで彼女が打ってきた剣たち。
彼女はその前で腕を組み、仁王立つ。その腰には一本の剣があった。
リュトはそれを抜くと、彼の方に翳し、
「これは私が作った魔を祓う剣だ! 本来なら魔法を切るために作ったんだが、まさかこんな使い方でお披露目とは思ってなかったよ」
その姿を見て悪魔は鼻で笑い、
「私ガイナイ間ニソンナ物ヲ拵エテイルトハ。イイダロウ」
己の剣を構える。
「同ジ鉄ニ属スル者。言葉ヲ交エルノデハ不足ダロウ。我ラハコレデコソダ!」
「同感だね。なら…………始めようか!!」
リュトは魔剣を連続で、まるで滝のように射出する。
それを悪魔は無駄のない動きで滑らかに避け、弾き、合間を縫って前に進む。
しかし近づいたところには四属性の魔剣がある。
炎の剣から波が放たれ、透かさずそれに水の柱を当てる。途端に周りに白い霧が発生し、視界を包む。
水蒸気。アジトでアダーが使った組み合わせだ。
しかし悪魔は力を溜め、思い切り剣を振って霧を払い飛ばす。無茶苦茶な魔力だ。
しかし、
(霧ガ晴レナイ)
そこで風に微かに魔力が漂っていることに気づく。風の魔法で維持しているのだ。
そしてその視界がゼロに近い状態のところに、四方から剣の群れが襲い掛かる。
彼はそれをさっきの要領で弾く。
(ナラバ……ヨリ出力ヲ上ゲルマデ)
弾きつつ魔力を剣に流し、思い切り振る。
今度は剣圧で霧が強引に吹き飛ばされる。
そして晴れていく霧の裂け目から相手を探す。時間からして逃げるにしてもまだ視界でとらえられる位置にいるはずだ。
タンっ、―――――――—――
背後で足音。踏み込んだのだろう力強い音。
彼は振り返りざまに剣を振るう。カチンと衝突音がし、バリンと水の剣が砕ける。
しかしリュトは止まらない。そのまま手に持った剣を突き出す。
それを破壊しようともう一方を振る。が、土の剣で庇う。
しかし、
「甘イワ! 戯ケガ!」
バキンとそれを砕き、そのまま無理矢理薙ぐように振り、彼女の持っている剣を破壊する。
これで勝負……
「引っかかったね」
「ッ!」
トン、と背中に小さな、鋭利な衝撃があった。その瞬間、全身から力が抜けていき、地面に膝から崩れる。
その衝撃があったところを見ると、最初にリュトが持っていた魔を祓う剣が刺さっていた。
なぜそれが、そう思ってさらに後方を見ると、ひびが入った風の剣があった。それは地面に落下すると、バキンと折れてしまった。
最後の力を出し切り、この剣を飛ばしたのだろう。
彼女の手に握られていたのは炎の剣だった。
「……完全ニ敗北ダナ」
「……」
リュトは地面に倒れた彼の腰からトンカチをとる。その瞬間、アダーの体から禍々しい魔力が消え、もとの少年に戻る。
その拾い上げたトンカチを見て、彼女は笑う。
「お前も……遊んでほしかったのか?」
返答は返ってこなかった。
リュトはフッと鼻で笑うと、ばたりとその場に倒れ、気を失った。
「あ、ちょっと! 私の仕事増やさないでよ!」
アニスの虚しい叫びは虚しく空に飲まれた。




