けじめをつける
「アダーッ!!」
そう喉が張り裂けそうにほどに叫び、女は彼の方に駆け寄り、そして抱きしめる。彼の母だ。
「アダー……アダー……」
彼女は息子の名前を呼びながら、泣きじゃくる。
温かな滴が零れ、彼の服を濡らす。
「このバカやろう!!」
次に怒声が飛ぶ。見ると、父が怒りを浮かべて立っていた。しかし同時に泣いていた。その二つから涙を堪えようとして、堪えきれていないようにも見える。
彼は近くまで来ると、爪が食い込むほどに握りしめた拳を振り上げる。その瞬間、誰もが息を飲んだ。
が、しばらくしてその拳を解き、そして母も一緒に抱きしめた。
そのたくましく、力強い暖かさに呼応するように、母も抱きしめる力を強くする。
そして二人とも涙を流した。
一年間行方不明だった息子と家族再開。その感動的な光景にその場に居合わせた皆もホロリと涙を見せた。
「…………………………」
「アダー。よく帰ってきたな」
そう言って長が前に出てくる。その表情は、カリオスやリュトに見せた表情からは想像できないほど優しいものだった。
彼に警戒の色はない。
「お前が居なくなったときは皆総出で探した。無事で本当に……」
ゾブリッ、―――――—――――――
そんな濡れた音とともに、周りから一切の声が消えた。
取り巻く彼らの視線の先。そこには男がいた。
剣で腹を刺された男が。
「うあっ……うっ……」
抜けるときは滑らかに抜けた。油で滑ったのだろうか。
……何て、冷静に分析しているフリをするが、内心は飛び上がりそうなほど興奮していた。
なにせ、
(父を刺したんだから!)
「あなたッ!!」
刃を抜き、まるで潰れたカエルのように地面に倒れた父に母は覆い被さり、何度も「あなたッ!! あなたッ!!」と叫び揺する。それを見てアダーは思う。
実の母が父の死を嘆いている姿を見て、
冷静に、
配慮を考えて、
(一緒に火葬してあげた方がいいよね)
抜刀するは火と土の魔剣。
まずは土は地面に突き立てる。その瞬間、母と父のいた場所の周りの地面が隆起し、まるでつぼみが閉じるように蓋をしていく。
「やめて……お願いアダーやめて。ね? あなたはこんなことをする子じゃないでしょ? 優しいこだったでしょ? イタズラはよして。ね?」
「……そうだね」
そこで隆起が止まる。それに母だけでなく周りもホッと胸をなでおろす。
が、彼はにぃと口の端を歪め、
「確かに僕は、優しい子……だったね」
バンッ、――――――—――――――
二人の入った『竈』が完成する。
「いやアアアアアアアアアアアアアア出して!! 出してえ!! お願いッ!!」
生みの親。血の繋がった母の叫びを無視し、アダーは冷静に次のステップ。火葬に移行する。
火の剣をその『墓』の上まで持って行く。
そして、
「……」
最後には、一言もなかった。
彼は合図のために手を上げ、
「やめるんじゃアダー!」
その長の声に一言。
「やだ」
「まあ待ちなよ」
カキンッ、―――――――――――――
金属音が響いた。ニ人には聞き慣れた、鉄と鉄がぶつかる音。
絶句、誰一人として言葉を発することのない沈黙の群集を、
「退いてくれないかい?」
その一言が切り裂く。
何処の魔剣のように、海を切り裂くが如く。彼女はその拓かれた道を通って歩み出る。 それにアダーは嬉しそうに笑う。
「やあリュト。待ってたよ」
・・・
リュトとアダーは向かい合う。その間に言葉はない。ただジッと互いの目を見る。
と、彼の前にある土の山からの声が徐々に小さく、か細くなっていく。中の空気がなくなっているのだ。
「……アダー。出してもらえないかい」
「リュトがそう言うならいいよ。でも今だけね」
と彼はもう一度土の剣を突き刺す。するとそこから墓へとヒビが入り、土壁が砂のように崩壊する。
そこから現れた者達を見て、リュトは目を丸くする。
ぐったりと横たわり父。窒息寸前で、顔面蒼白の母。
「長、早く手当を。それで、今度こそ避難してくれるね?」
そう言われ、柄にもなく呆けていた長はすぐに手当てするように指示を出す。
その間、アダーは手を出さなかった。
長の指示に皆従い、避難をするのにそれほど時間はかからなかった。
全員が避難した最後、長とその護衛が避難する。
避難をする直前。
「……」
「これで『霧』の件は帳消しだよ」
何も言わない長にリュトはそれだけ言った。長も何も言わずその場を去った。
広場にはアダーとリュトの二人だけになった。
アダーはクスッと笑うと、
「まあどこに逃げても殺すけどね。ゴキブリは一匹でも残すと百匹増えるし」
「……ずいぶんとそう余裕だね」
その問いに彼は首を横に振る。
「楽しんだ。これでようやくリュトと遊んでもらえるからね」
「……」
無邪気に、満面の笑みで言うその一言に怒りが沸騰する。
彼に対してではなく、こんな彼にしてしまった自分の対して。
「……そうかい」
その瞬間、アダーの背後から四本の剣が飛んでくる。
彼はそれをチラリと目視で確認すると、土の魔剣で壁を作り弾く。
弾かれた魔剣は地面に落ちることなく、速やかにリュトの頭上で二撃目を準備する。
それにアダーも備え、四本を抜刀する。
彼はその魔剣を見て、鼻で笑い、
「そんな不完全の剣で勝てるの?」
「勝つさ。そしてその剣を返してもらうよ」
それが開戦の合図だった。
最初に動いたのはリュトだった。
彼女は二本の魔剣を角のように自分の前に構え、突進する。
アダーはそれを一本の剣で垂直に切り上げ、上に弾く。
が、間髪入れずに二本に剣がサイドから切りかかってくる。
サイドはさすがに二本を使って受け止める。
これで四本。アダーはあと一本ある。
詰んだ。
が、
(最後に!)
リュトは背中に隠していた一本を上から突き刺すようにだす。
「うわッ!」
アダーはそれをなんとか寸でのところで弾く。これで彼の剣もなくなった。
そこに、
「ここ!」
リュトは大きく一歩踏み込み、力をためると、彼の溝に向かって拳を突き出す。それも魔力を集中させて威力を増した拳だ。
完全に不意を突い拳打は深く彼の溝に突き刺さり、その体は大きく後ろに飛ぶ。
「あっ……」
どさり、と彼の体が地面に落ちるとともに、彼の魔剣もカランカランと地面に落下する。
勝負あった。
そのあともしばらくリュトは立っていたが、緊張が解けるとくたっと地面に崩れる。思ったよりも被害が少なくて良かった。
想定ではこの町が無くなるかもしてないと考えていたのだが。
「……――――—――ッはあ」
胸に溜まった息を吐き出し、呼吸を整えると、立ち上がる。早く気絶しているアダーから魔剣とトンカチを取り上げなければ。また暴れられては困る。
と、彼のそばによると、
「……まーだだよ」
魔剣が浮かび上がり、一斉に四方から突き刺しに来る。
それをしゃがんでかわし、バックステップで距離をとる。
アハハハ、と笑いながら彼は起き上がり、再び魔剣を構える。
「リュト。やるなら本気じゃないと。殴られたり蹴られたりなんて日常だったんだから」
「っ……」
手加減したつもりはなかった。が、無意識にしてしまっていたのだろう。
リュトも魔剣を構え直す。
今ので決められなかった。
彼女ははっきりと気づいていないが、これはかなり大きな失態だ。
アダーと剣を交える。アダーはそれを楽しんでいるが、リュトはその度に身を切られているも同然の気持ちなのだ。
長期戦になればなるほど、彼女の負ける。精神的に。
「さあ! 今度は僕の番だね!」
そう楽しそうに、本当に楽しそうにアダーは剣を構える。
それにリュトは攻撃の態勢ではなく、防御の姿勢をとる。
彼は身を沈め、ばねをためると、
「行くよ!」
「……」
……虐待が、始まった。