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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
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その救いは、

「『汚れた混血カースヘレティック』? どうしてそんなこと聞くの?」

 アニスとカリオスは山を登っていた。しかし今日はいつもと逆だ。

 いつもならカリオスがサクサク進み、アニスが後ろから「休憩しよー」と言ってくるのだが、

「……いや……知っているの?」

 今日はカリオスの方が引っ張られている。カリオスのそばにアニスが付き添い、少々不安そうに何があっても動けるように準備している。

「……そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「何言ってるの! ボロボロなのよ!?」

 彼女は割と本気で怒ってくる。それを笑って誤魔化すカリオス。

 アニスはため息を吐くと、

「それで、『汚れた混血カースヘレティック』ね。これは俗称なの。自分の種族以外は認めないっていったやからのね。正確には『混血族シェアブラッド』よ」

混血族シェアブラッド……」

(そうか。リュトさんは混血族シェアブラッドっていう種族なのか……)

 エルフの里で、明らかに周りと違う見た目。そしてあの里での扱い。

 あれは『魔剣の鍛冶屋』というだけではなく、これも原因だったのだろう。

「そして、混血族シェアブラッドはその身に巨大な魔力を宿す。そして寿命は永遠に近いと言われているわ」

「永遠!? え、死なないの?」

「少なくとも種族の中では最も長生きよ」

 大体魔族が300歳、人間はその三分の一だから100歳くらいだろうか。

 ……彼女はいったい何歳なのだろうか。

(聞かないほうが身のためだよね……)




      ・・・




「……」

 冷たい床。目の前には鉄格子。

 腕には縄。しかも魔力を封じる魔法をかけてある特別制。

 ここは洞窟を改造して作られた牢屋。入口からは少々遠く、焚かれている松明の光が主だ。

 日も落ちてきた。ひんやりと漂う空気。しかしいま彼女の頭は爆発しそうなほど沸騰していた。

(時間がないってのに!!)

「おい! 早く出してくれないか! 出ないと本当に間に合わなくなってしまう!」

 しかし看守は何も動かない。それどころか欠伸まで漏らす始末。

 危機感というものが全く感じられない。かろうじて話を聞いてくれた長もあの様子では意味がない。

 彼が別れ際に放った言葉。

「アダーは子供だが、話せばわかってくれるいい子だ」

(ふざけるのも大概にしろ!)

 ギリッと思わず下唇を噛み、血が出る。鉄の味が口いっぱいに拡散する。

 この味が、匂いが、のちの惨状をイメージさせる。

 ……アダーがそれを行うのは自分せいだ。これは自分の責任なのだ。

 止めなくては、

 止めなくては、

 止めなくては!

「……フフ」

 そこで笑いが漏れる。

 そう、そうなのだ。

 アダーがこれ以上罪を重ねるのを止めたい。 でもそれは……、

「自分のためじゃないか……」

 そう、そうなのだ。

 結局は己の身の可愛さ故。

 結局自分は失敗ばかり。

 

 魔剣を作ったのも自分が作りたかったから。

 そのせいでたくさんの者が魔剣に振り回され、犠牲になっていった。

 

 この里に来たのも自分が集中して魔剣を作れるから。

 そのせいで一人の少年が道を踏み外してしまった。

 

「フフ……」

 自分の学習能力の無さに怒り悲しみを通り越して笑ってしまう。

 魔剣の鍛冶屋。

 その自分が作った魔剣のせいで大勢の人が救われ、同時に死んでいった。

 しかしそれならまだ割り切れた。武器は使い手の第三の手だ。

 繋ぐ手。払う手。そして切り伏せる手だ。

 それは本人の意思のままに動く。

 しかし今回は自分が自分の手で彼を払ってしまった。

(その自分の罪を清算しようしているだけじゃないか、私は……)

 その結論に至った瞬間、急激に体から力が抜けていくのが分かった。

 結局自分は、自分でしかないのだと。そう、思い知らされた。

 そういうものなのだと。自分を主軸に周りを回す、身勝手なものなのだと。






『あなたはまだ間に合います!』





「ッ!!」

 そう、声が響いた。

 聞いたことのある声。ついさっきまで近くで聞いていた声。

(カリオス……)

 彼のまっすぐな目。

 まだまだ幼く、頼りないものだったが、それでもその光は元気をくれた。

 そう。まだ間に合うかもしれない。

 まだ……

(変われるかもしれない!)

 彼女の瞳に再び光が宿る。諦めたくない。

 これ以上あの子の手を汚させるわけにはいかない!

 ……今は彼の言葉に縋ることになるのかもしれない。

 それでも魔剣の鍛冶屋リュトは……否。

 リュトはリュトとして、一人の友人を守りたい。

 そう思ったのだ。

 思えたのだ。

「くっ!」

 魔力を指に集中し、詠唱を始める。

 そして、

「『火の短剣リトルバーナー』」

 しかしそれはきちんと発動せず、指先で小さな火花を散らす程度に終わる。

(もう一度)

 詠唱を開始し、魔法を発動する。が、また火花が散るだけで終わる。

(もう一度)

 火花。

(もう一度)

 火花。

(もう一度!)

 火花……

(もう一度……もう一度……もう一度……もう一度……)

 ……そうして繰り返して何度目だろう。火花は徐々に火の形をとり始めた。しかし刃まではいかないようだ。

 これで焼き切るしかないようだ。

 ロウソクのようなか細い炎をロープにあて、消えないように制御する。縄のせいで乱される。かなり集中力がいるが、これならしばらくで焼き切れそうだ。

「おい。何をしている」

 その声にビクッと体が反射的に反応する。そのせいで火が乱れ、慌てて集中をし直し持ちこたえる。

 どうやら看守が気づいたようだ。そして外を見てみれば微かにあった日の光もなくなっている。もう夜のようだ。

(早くしなければ!)

 しかし焦っては集中を乱す。ここは耐えるしかない。

 看守が鍵を取り出す。縄はまだ切れない。

 そしてそれを鍵穴に通す。あと少しだ。

 そして回し、開ける。あともう少し!

 鍵を片づけ格子の扉を開けて入ってこようとする。もう少し! もう少し! もう少し!

(切れろ! 切れろ!! 切れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!)

 そして、




 プチッ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 そして刹那。

 鉄格子が吹っ飛んだ。

 内側からではなく、外から・・・

「ひいぃ!!!」

 枠ごとはがされた鉄格子の下敷きになった看守がそんな声を上げた。

 無理もない。

 彼の顔面すれすれ、いや、体の至る所の紙一重の場所に標本を止めるピンのように剣が刺さっていた。

 それも否。

 剣だけではない。

 斧、投剣、鎌、槍、刀……

 あらゆる刃物。刃物という刃物がそこに看守の彼だけをさけ、洞窟いっぱいに突き刺さっていたのだ。

 そして、舞い上がった砂煙の中。牢屋の中にあった人影が動く。

 人影は立ち上がると、一歩踏み出す。

 その瞬間、剣たちが浮く。そして道を開けるように横にずれる。

 人影はその開けられた道を歩く。

「魔剣の……鍛冶屋……」

 看守の男がそう、人影に言い放った。

「ああ」

 魔剣の鍛冶屋と言われた人影は、そう肯定した。

「私は魔剣の鍛冶屋。魔剣に溺れた混血さ。自己中心的でそのくせ身勝手に他人を巻き込んでこんな大ごとにまでしてしまった。まさに化け物だね」

 でもね。

 振り返る。

 その瞬間、入口から風が吹き込む。砂塵は晴れ、その人影の姿が露わになる。

 その表情が露わになる。

 透き通った夜空のように、彼女は迷いのない、しかし冷たく吹く風のように、少し悲しい顔をして、彼女は嫌味に笑った。自分を笑うように。

「私はリュトだ。魔剣の鍛冶屋。『混血族シェアブラッド』である前にね」

 そういうと、彼女は洞窟を出る。そのあとを剣たちが浮遊し、ついていく。

 町までは距離がある。

「……『微風の滑走ヴァンスケート』!」

 地面から足が1㎝ほど浮き、洞窟の横の山肌を蹴って加速する。

「アダー……」




      ・・・




「……はあ……はあ……はあ……」

 胸が痛い。

 心臓が痛い。

 息が苦しい。

 意識がぼおっとする。

 もやのかかったような視界でアダーはフラフラと山を登っていた。

 どうにも最近調子が悪い。

(……いや)

 よろけて思わず木に凭れる。

 ……違和感ならもっと前からあった。

 そう、あれはトンカチを使ったときだ。

 初めて使った時からだ。

 はじめは小さく鋭利な頭痛から。それは徐々に酷くなっていき、やがて何か、声のようなものまで聞こえてくるようになっていた。

「早く、足を進めないと……」

 朦朧とする意識を繋ぎ止め、彼は足を前に出す。

 もうすぐ目的の場所だ。自分が初めて外界に出てきた場所。

 まだ空いているだろうか。(まあ、だめなら山ごと切り開くだけだけど)

 と、目的の場所が見えてきた。朦朧として気づかなかったが、いつも間にか夜になっていたようだ。

 天高く、月が煌々こうこうと輝いている。

 聖寂せいじゃく

 そう呼べるほどにどこか神秘的で、何かが起きそうな予感をさせる夜だった。

 心の端でクスリと笑い、アダーは森の中に入っていく。

 懐かしい風景だ。

 この風景自体は好きだ。

(リュトにも見せたかったなぁ……僕がいない間に見て回ったのかな?)

 なんて考えながら進んでいると、木々がける。

 そして……、

 僕の舞台の幕が上がる。

  

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