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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第一章 わんぱく王女の大脱走!?
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旅立ち

 魔郷に帰ると、まだ明るかったが日は少しずつ傾き始めていた。


 村に向かうカリオスの足は軽い。

 ここの空気を嗅いでいると、不安が取り除かれ、徐々にいつもの調子に戻って来るのがなんとなく分かる。


 『英雄』


 そんな称号は見せかけだけのものだと思っていたが、いざ扱われてみるとその心地よさに奇妙な浮遊感を感じる。


 村に帰り、家の前まで来ると、辺りを(うかが)い、カヤナがいないか窓から中をそっと覗く。幸い今は居ないようだが、すぐに帰ってきてしまうかもしれない。

 彼はそっと中に入り、手早く道具を揃える。


 狩猟用のナイフ二本、投げナイフ五本、それに傷薬。


 心臓が高鳴っていた。自然と笑みが零れるほどに。

 英雄。自分が特別な存在。

 その言葉に、その扱いに、彼の心は舞い上がっていた。


 そして準備を終えると、再び物音を立てないように家を出ようとした。


「何してるの?」

「ふぇッ!?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはバスケットに野草を摘んできたカヤナが立っていた。

 カリオスは言葉が出ず、その場に硬直してしまう。一方カヤナは「どうしたの?」と不思議そうに問いかけ、彼の腰にあるものを見て表情が変わる。


「……どこに行くの?」

「え、ええっとぉ……」


 カリオスの目は泳いでいる。カヤナはすぐに良くないことをしようとしていると分かった。


「そんなもの持ってどこに行こうとしていたの?」


 普段は穏やかなカヤナだったが、この時は少し違った。カリオスには何か、圧力のようなものが感じられた。


「……」


 カリオスは口を(つぐ)んで俯く。

 これでは(らち)が明かない、とカヤナは判断し、


「とりあえず家に入って」


 そう言ってカヤナはカリオスの腕を引っ張って家に入る。そしてバスケットを台に置き、カリオスとテーブルを挟んで面と向かうように座る。テーブルの上にはカリオスの持っていこうとした装備品がのっている。


「もう日が暮れてきたわ。こんな遅くにどこに行こうとしていたの?」

「……」

「……何か言わないと分からないわよ?」

「……」


 カリオスは俯いたまま黙っている。目も合わそうとしない。

 カヤナもまたしばらく黙り、カリオスから話し始めるのを待つことにする。


 しばらく、音のない時間が続く。その間にカリオスは俯きながらも、たまに視線をカヤナに向けていた。何か伝えたいことがあるのか、もごもごと何かを口籠(くちごも)らせている。


 カリオスは考えていた。


 先ほどまでの高揚は冷め、『まずい』という言葉で頭の中はいっぱいになっていた。息をするのも忘れてこの状況の打開策に頭を巡らす。


 カリオスのやりたいこと。それは『戦争を止める手助けをしたい』だ。

 しかしそれを言えば怒られてしまう。そう彼は思っている。


「怒らないから。言ってみて」


 カリオスの様子を見て、カヤナは優しく尋ねる。自分も少し冷静さを欠いていた。悪いことだと決めつけ、怒ることを前提で考えていた自分を反省し、気持ちを落ち着ける。

 それに影響されたのか、カリオスの表情もほんの少し和らいだように見える。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「……ヴォール王国に行ってきた」

「……え?」


 はあ!? とカヤナは思わず奇声にも似た声を上げて驚いてしまった。


「そこで王女様に会った」

「ちょ、ちょちょちょちょっと待って‼」


 続けるカリオスに静止を促し、取り乱した心を落ち着かせる。深呼吸し、ある程度落ち着きを取り戻すと、


「……どういうことなの?」

「え……えっとね……」


 カリオスは昨日の瓦礫の発見から今日の彼女との出会いまでの出来事を、オドオドしながらも包み隠さず話した。カヤナはその小さい少年の大冒険を、驚愕しながらも真剣に聞いていた。



 そしてカリオスの話が終わり、カヤナは唖然としていた。


 カヤナは顔を覆い、深いため息を吐き、

 そして、





「だめに決めってるでしょうッ!!」





 バンッと机を叩き立ち上がる。

 怒声にカリオスはビクッと身を強張らせる。


「人間がどれだけ恐ろしいか分かっているの?」


 今までにもカリオスが悪さをして、カヤナが怒ったことはたくさんあった。しかし今回の剣幕は別格だった。


「それにその子は王女様なんでしょしかもヴォール王国の! そんなの間違いなく追手が来るわ。あなたに勝ち目があるの?」


 ヴォール王国の兵は他の国よりも、国柄(くにがら)から魔法を得意としている。故に戦術も多彩で、個々人の戦闘力も高い。

 狩りの経験が豊富なカリオスが、魔郷の森で地の利を生かして、一対一で対峙したとしても勝てる確率はない。勝負にすらならないだろう。


「……そこまでちゃんと考えて行きたいって言ってるの?」

「……」


 カヤナは呆れたというように力なく頭を振って、椅子に座る。そして肘をついて髪を掻き上がるように頭を抱える。

 ずしりと、質量さえ感じそうなほど重たい空気が立ち込める。


「……」

「……」


 どう切り出せばいいか。

 完全に硬直してしまった空気に一歩を踏み出せない。

 と、


「……あなたは何でそんなに行きたいの?」


 カヤナが沈黙を破った。

 それにカリオスは戸惑いながらも、口を開く。


「……助けたいと思ったから」

「何で?」


 カリオスが言い終わるのとほぼ同時だった。

 その問いにカリオスは不意を突かれた。カヤナは優しく、いつも最後にはカリオス言うことを聞いてくれた。しかし今回は違った。

 頭の中でいくつかの質問は想定できていた。しかし、この質問については何も考えていなかった。


 カヤナはまっすぐにカリオスを見る。彼は俯き、


「えと……えと……」


 瞳は特定場所に留まらず、脳内は真っ白になっていた。

 そんな息子にカヤナはため息を吐き、


「何も考えてなかったのね……」


 呆れてものも言えないといったようすで、カヤナは装備品を持って席を立ち、片付けて、


「そんな理由で行かせるわけにはいきません」


 バスケットを持って台所に行ってしまう。


 怒られ、同じ部屋に居づらくなったカリオスはトボトボと外に出ていき、ドアの前で膝を抱えて(うずくま)る。


(行くって約束したのに……)


 

 アニスの顔と彼女の願い。そして自分がした約束。

 子供ながらに、彼はその責任を感じていた。

 自分の情けなさから、愚かさから、涙が零れそうになる。

 しかし、その涙を歯を食いしばってこらえる。今泣いてしまったら、栓を抜いたように流れて行ってしまう。


 カヤナにあれほど言われたのに、カリオスはまだ諦めていなかった。


 涙をこらえて解決案を考える。カリオスとしては、なんとか親であるカヤナには理解して欲しかった。そう思っていた。

 しかし、それも困難な状況になってしまった。


(どうすればいい……)


 日も少しずつ傾いている。

 時間はあまり残されていない。


「……カリオス?」


 ふと声のする方を見ると、目の前にケトニスが立っていた。その顔は心配にカリオスを覗き込んでいる。


「泣いてるの?」

「え?」


 そう言われて、初めて自分の頬をしずくが伝っていることに気が付いた。堪えきれなかった分が、音もなく流れ出してしまっていたようだ。

 彼は慌てて涙を拭い、赤らめた顔を逸らす。

 ケトニスはその隣に腰を下ろす。


「大丈夫?」

「……うん」

「何かあったの?」

「……あのね……」


 カリオスはカヤナに怒られた内容も含めて、全てケトニスに話した。彼女はそれを黙って聞いていた。


 そしてそれを聞き終わったケトニスは、


「それは怒られるわよ」

「何で!」

「何でって……常識じゃない、私でも分かるわよ?」

「常識って……僕はただ、それが正しいことだと思ったから!」


 ため息を吐く彼女にカリオスは食ってかかる。声を荒げる彼に「待って待って!」と落ち着くように促し、


「じゃあ聞くけど、カリオスはお母さんがいきなり死ぬかもしれないけど行ってきますって言ったらどう思う?」

「……嫌だ」

「でしょう? あなたのお母さんも同じ気持ちよ」

「……」

「で、どうしてもお母さんが行きたいって言ったとき、あなたは次に何をする?」

「……理由を聞く」

「そう」

「……意地悪なやつ」

「ごめん。でもお母さんの気持ちが分かったでしょ?」

「……」


 カリオスは何も言い返せず、俯く。

 改めて考えると、自分の我儘(わがまま)を通すことに必死になり、何も見えてなかったことを実感する。

 それで、とケトニスは切り替え、


「その打開策なんだけれど……素直に気持ちを伝えたら?」

「え?」


 カリオスは一瞬固まってしまい、失望したように俯いてしまう。


「それはやったよ。言ったじゃないか。やってだめだったんだ……」

「それはホントに本心を伝えたの?」

「伝えたよ!」


 二回同じことを聞かれ、鬱陶(うっとう)しく思う。

 カリオスは心に浮かんだことを全て話した。それ以外に浮かぶ言葉はなかった。

 が、ケトニスは、


「違う」


 それを真っ向から否定した。


 またしても意表を突かれ、彼は言葉を失ってしまう。

 ケトニスはカリオスの顔を見る。そして優しく微笑む。


「それはカリオスの本心じゃないと思う。振り返ってみて、」

「……何を?」

「カリオスが最初に思ったことは? ほんっっっとに最初に思ったこと!」

「最初……」

「……もう鈍いわね!」


 しばらく考えていたが答えの出ないカリオスに痺れを切らし、ケトニスははっきりと言い放つ。



「楽しかったんでしょ!」

「え……」

「嬉しかったんでしょ!」



 まだ気が付いていない様子のカリオスに、ケトニスは立ち上がって、

「楽しみだったんでしょ冒険が! それで自分が特別だって聞いて嬉しくてドキドキしたんでしょ!」

「!!」


 そこでようやく自分の本心に気が付く。

 さっきまでは、どうやってカヤナを言いくるめるか、ということばかり考えていて全く気が付かなかった。

 カリオスの行動の原動力と言っても過言ではないもの。

 ケトニスはニッと少し意地悪気に笑い、


「カリオスから好奇心を取ったら何も残らないからね!」

「そんなことないよ!」


 手を差し出す。

 カリオスは掴んで立ち上がる。

 その際に、カリオスは何かをケトニスに耳打ちする。


 ドアに向き直ると、前で深呼吸をし、ケトニスを見る。彼女は小さくガッツポーズをして無言のエールを送る。


 そして取っ手に手をかけ、音を立てず、そっとドアを開く(・・・・・・・・)


 中を見ると、カヤナは台所で包丁を使って料理をしている。

 カリオスは忍び歩きでタンスの前に行き、そっとタンスを開け、中からさっきの装備品を見つける。



 次の瞬間、カリオスはそれを掴むと、一目散にドアから外に飛び出した。



「ッ! カリオス!」


 カヤナが振り返ったとき、彼はすでにドアから外に出ていくところだった。

 包丁を置き、カヤナが急いで入り口を出ると、


「きゃッ!」


 足元の感覚がなくなったかと思ったら、地面が大きく沈み、体が地面に吸い込まれる。

 落とし穴である。

 転倒し、足を上げて風呂に浸かるような形ではまってしまったカヤナの頭上に、人影が現れる。

 ケトニスが申し訳なさそう立っていた。


「ケトニスー! 後はおねがーい!」


 村の入り口でカリオスが手を振っている。ケトニスはそれに笑顔で小さく振り返す。

 それだけ言うと彼はきびすを返し、また走り出す。しばらくすると姿も見えなくなった。

 それを見送って、二人はため息を吐く。実は全てカヤナに聞こえていたのだ。


「ごめんねケトニスちゃん」

「いえ。いつものことです」


 あはは、とカヤナは呆れたように笑い、


「どんどんお父さんそっくりになっていくわ」

「しっかりと遺伝子を受け継いでますね」


 はぁ、とカヤナはため息を吐く。しかし次に意地悪な笑みをケトニスに向けて、


「やっぱりあの子のお嫁さんはあなたしかいないわね」

「な、ななななにいってるんですか!」


 顔を真っ赤にしてケトニスはそっぽを向く。それを見てカヤナはにやにやとする。


「……ところで……助けて」

「え?」

「腰が抜けちゃって……」




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