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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
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理解

 リュトは一人登山に勤しんでいた。

 『霧』は自分が払い飛ばしてしまった。よってあの里から出てきた隙間のところに戻るしかない。

「こういう利用法があるなら消すんじゃなかった……」

 と、あのときカッコつけていた自分を後悔する。なんとか『微風の滑走ヴァンスケート』で平坦な道は来ることができたが、これは坂では使用できない。

 『微風の滑走』は風の魔法で、足の裏を空気の力で浮かして滑るように移動する魔法だ。よって坂では逆走してしまう。

 しかし予定よりずいぶん早い。これなら間違いなくアダーより先に里に入ることができるだろう。

「あああ長い! あの引きこもりどもが! 魔剣があれば山ごと切り開いてやるのに!」

 と恐ろしい文句を言いつつも足を進める。

(……カリオスにでも負ぶってもらえば良かったかな)

 なんて、冗談を思えるほどにはまだ元気があるようだ。そういえば彼はもう仲間との再会を果たしているのだろうか。

 彼には彼の帰るべき場所があるのだ。ただのトンカチ探しならいざ知らず、これ以上は巻き込むわけにはいかなかった。

 なんて言いながら、チラリと後ろを振り返ってみる。

 誰もいない。ケーラの街の喧騒は遠く、辺りには溢れるのは木々の奏でる音だけ。

「……フフ」

 自分の行いをクスリ笑い、彼女は再び足を進める。

 彼が追ってくることはない。それに追ってきていたとしても、その前に終わらせる。

(私の問題は、私で片づける!)

 アダーにはこれ以上汚れてほしくない。

 覚悟を新たに、彼女は拳を強く握る。

(……しかし)

 しかし、彼女にはずっと引っかかっていることがあった。

 アダーのことだ。

 彼はもとは優しく、温厚な性格の子だ。アジトで会った時のように、あんな簡単に、まるで石ころでも蹴り飛ばすように生き物を殺すようなことができるようなやつではなかった。

 彼がいなくなってから、一年。

 いったいどんな生活を強いられてきたのか。想像することもできない。

 それとも何か他の要因があるのだろうか。

(……何にせよ、まずは……)

 そこで彼女はため息を吐き、先を見る。

 ……この坂をなんとかしないと。

「行きはよいよい帰りは怖い……あああもう長い! 魔剣があったら山を縮めて登らずに帰れたのに!」

 なんて、またスケールのおかしい文句を言いながら、リュトは足を進める。



 しばらくして、ようやくあの森の場所に戻ってくる。

 カリオスとケーラに向かって出発した場所。

 リュトは迷いなくそこに入っていく。

 木々の波を避けながら進む。そして、

「……おかえり。魔剣の鍛冶屋」

「あららぁ……」

 森を抜けた先。

 そこにはエルフたちが待っていた。どうやら入るときは必ず広場に通されるらしい。

 もちろん、歓迎といったムードではない。槍を構えて囲んでいる彼らの視線は、その刃同様、刺すような殺気と敵意を帯びている。

 長もかなりご立腹のようだ。

 彼はリュトの前に出てきて彼女の目を見る。

「自分が何をしたか分かっているかね?」

 その表情は無にしているが、目の奥からは囲んでいる者たちよりも大きな怒りがにじみ出ている。

「一応はね」

 リュトは両手を上げ、落ち着いた声音で言う。

「話があるんだ」

「話? 混血ふぜいが何を言い出すかと思えば」

「なんだ。みんな知ってたのかい?」

 リュトはそこで思わず鼻で笑ってしまうが、構うことはない。

「通りでアダーが知っているはずだ」

「アダー!?」

 その単語に思わず長は反応する。いや、彼だけではない。囲んでいる彼らも反応する。一年前、いなくなった彼を里総出で探したのだ。この里でこの名を知らないものはほとんどいないだろう。

「私の話を聞く気になったか?」

 彼女は囲んでいる槍のうちの一本を掴み、どけてくれ、と無言で訴える。

 それに周りは動揺し、自然と目は長の方を向く。

 彼は黙って少しの時間考えると、

「……牢に連れて行け。話はそこに行ってからだ」

「はあ!? ふざけないでくれ! 時間がないんだ!」

「ふざけとるのはどっちだッッッ!!!」

 今までの落ち着いた雰囲気から一転。その怒鳴り声に、その場にいた全員が硬直する。リュトも例外ではない。

 長は彼女の方に歩み、

「自分が何をしてしまったか、その自覚はあるかと聞いたな」

 そして顔と顔が触れいそうなほど接近し、彼女の目を見る。否、睨む。

「あの『霧』がないと里は外界にまる裸になってしまう。あれはお前を連れ戻すためだけにあるのではない。主な使用目的は里を守るためだ。なのに貴様は安易に破壊した。その間里がどれだけ危険な状態にあったか分かるか?」

「……」

 ビビりすぎだ。正直そう思う。

 しかし未知に対しての恐怖は誰にでもある。そこはもう価値観の違いだ。

 彼は長なのだ。里の責任もあり、それはより大きく感じているだろう。文句を言うつもりはない。

「……反論はできないし、言い訳をするつもりもない。ただ時間がない! もうすぐ……」

 彼女の言葉を無視し、長は連れて行け、と上げで指示する。男たちは言われた通りに彼女の前方を開け、警戒しながら前に進ませようとする。

「ほら。進め」

 そう槍を突き付けられるが、彼女は進まない。

 それに男は苛立ちを覚え、もう一度言おうとしたとき、

「アダーが帰ってくる」

「何!?」

 呟くように言った言葉に反応したのは長だった。

 それに続くように周りに波が広がっていく。それは安堵と喜びの輪。一年前に死んだとしていた少年が生きていた。その喜びは仲間意識の強いエルフたちにとって、とても大きな喜びになる。

 しかし、そこでリュトは続ける。

「お前たちを殺しにな」

 その一言に、全員が一斉に静まる。今度は波のように広がっていくのではなく、その笑いを叩き潰すように一瞬だった。

 そして、

「何をバカなことを」

 囲んでいる男たちから嘲笑が漏れた。

「アダーがそんなことするはずがないだろ」

 誰かが言った一言。それがこの場にいるエルフたちの心境だった。

 事態の深刻さを知っているのはリュトただ一人。

 彼女は長の目を見る。

「あいつは私の魔剣を持っている! 早く里の皆を避難させろ!」

「!!」

 その言葉に長は驚きを隠せなかった。それは周りの者たちも同様だ。彼女の魔剣の恐ろしさは、彼女を閉じこめていた自分たちが一番知っている。

 今まではその力に矢印はなかった。ただ完成度を求め、点が膨らんでいく、またはより洗練され、濃縮されていくだけだった。

 しかし彼女の話ではそれが敵意をもち、迫ってきている。

 この焦り具合から時間はあまりないだろう。

「早く避難しろ! あいつは私が何とかする! いや、しなくちゃならないんだ!」

「……断る」

「はッ!?」

「断ると言った」

「なっ! 話を聞いてなか」

「アダーは帰ってくるのだ・・・・・・・……話はそれだけか? なら牢屋に連れて行け」

 長はきびすを返すと、それ以上なにも言わずに去っていく。リュトは待ったをかけるが、それに彼は応じず。捕えられないように暴れてみるも、魔剣を持っていない彼女と訓練を受けた兵士との力量の差は明白で、すぐに取り押さえられてしまう。

「くそ! 離せ!」

 そう呻いて暴れて拘束を遅らせることしか今の彼女にはできなかった。

 

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