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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
58/122

誰かのために

 魔剣の鍛冶屋のアジトがあった日の午後。

 人通りの多い大通り。

 その中に一人、レオンは歩いていた。

 あれから一行はとっていた宿に戻った。

 しかし『魔剣の鍛冶屋』のリュトは、

「私たちと一緒に来てくれませんか?」

「悪いね。私は失礼するよ」

 と一人どこかに行ってしまった。

 結局アニスとヌルデと気絶したカリオスを背負ったレオンの四人で宿に戻った。

 それからアニスはカリオスに付きっきりだ。

 二人きりにしておこうと彼とヌルデは静かに部屋を出てきて今に至る。

 ヌルデの方は適当にぶらぶらしていくると言ってどこかに行ってしまった。




 一方レオンはというと、




「……」

 浮かない表情だった。

 少し面倒くさそうに頭を掻く。

「んー……」

 どうすっかなぁ、と零し、道を歩く。

 武器屋、防具屋、本屋、よろず屋を通り過ぎたところで進路を路地裏に変更する。

 体の向きを変えて路地裏を向き合う。大通りとは違い影が濃いそこはひんやりとした空気が漂っているが、彼はそれを心地よいと感じることはできない。

 再び頭を掻き、ため息を吐くと、重い足取りでその中に入っていく。

 その中を右に左にと進み、かなり奥までやってきた。

 盗賊の経験からベタだがこういう場所は色々なことに使われやすい。

 大通りも遠くなってきた。そろそろ誰かいそうなものだが……

 と、

「ひ、ひいいいいいいいいいいッッ!!」

「おぼ、覚えてろよ!」

 目の前の曲がり角から二人の青年が走ってくる。一人は後方を睨みつけ、もう一人は涙目だ。

 その二人を避けて見送り、レオンは曲がり角に視線を移す。

 ここで当たりだろう。

 彼は再びため息を吐き、曲がり角を曲がる。




「よう。久しぶりだな……『シャムシー』」




「ああ。それと今は『ソード』だ」

 そこにはヴォールの紋章が刻まれた鎧をまとった、屈強な騎士がいた。

 彼の態度にレオンはハッと鼻で笑う。

「相変わらずぶっきらぼうだな。さっきのあいつらはなんかしたのか?」

「なに。金が欲しかったら働けと言っただけだ」

「カツアゲだったのか!? お前に!?」

 あまりの異常な事態に驚くレオン。こんないかにもな奴にカツアゲする奴とは、

(いったいどんな神経をしているんだ……)

 と思っていると、

「いや。俺じゃない」

 と、見ると彼の後ろに一人の少年がいた。歳はカリオスやアニスと変わらないくらいに見える。

 レオンが少年を見ると、彼はビクッと体を震わせ、ソードの後ろに隠れてしまう。

 それに苦笑を浮かべるレオン。

 ソードは少年の頭をくしゃくしゃと撫でると、

「早く自分の家に帰りなさい」

「う、うん」

 少年は戸惑っているようだったが、頷くときびすを返して、

「ありがとうおじさん!」

 と言って走っていく。それをソードはチラリと見送り、再びレオンの方を見る。

「お前の子かと思ったぜ」

「そんな暇はない。今は戦争だからな」

「だからこそという発想はないのか?」

「そんな話をするためにここに来たのか?」

 相も変わらず、とレオンはやれやれとため息を吐き、切り替える。

「で、なんで俺に場所を教えた。何を企んでる?」

 表情が鋭くなる。

 魔剣の鍛冶屋の潜伏場所。

 アニスらがあの場所が分かったか。それはレオンが情報を持って帰ってきたからだ。

 このソードから聞いて。



 カリオスが町に入ってから、時間的には一晩の後。つまり彼がさらわれた日である。

 日はとっくに暮れ、月が顔を出している頃にアニスらはケーラに入った。

 接触してきたのはソードから。

 酒場を出たところで半場拉致されるように路地裏に連れ込まれ、一方的に情報を渡された。

 そして、

「安心しろ。罠ではなく本当の情報だ。私の正義にかけて誓おう」

 彼は正義に執着、否、もはや憑りつかれているといっても過言ではない。故に嘘を吐かない。これは信用度が高かった。

 その証拠に本当に罠ではなかった。

 

 

 しかし例え知り合いでも相手はヴォールだ。油断はできない。

 戦闘……なんて考えは毛頭ない。やばいなら逃げるの一手だ。

 何を答えるのか、内心身構えて待つレオン。

 ソードは特に表情を変えることなく、

「無論。アニス様のためだ」

 彼はそう言い切った。

 ヴォール王国先行魔法騎士団のソード。普通ならこの言葉に違和感を覚える者はいないだろう。

 ヴォールの兵士が姫様のためだと。

 ごく自然なことだ。

 ……しかし、今は残念ながら普通の状況ではない。

「……ちょっと待て」

 レオンは訝しげな顔をして彼を見る。

「なんだ?」

 ソードはやはり表情を崩さない。無表情のままだ。

 レオンは腕を組むと、

「ヴォールはアニスを連れ戻そうとしているはずだろ? だったらなんでそんなアドバイスをするんだ? しかも下手したら危険な場所に」

 それに彼も腕を組み、

「私の独断。とだけ言っておこう」

「独断? ハッ! 冗談はよせ。本当の目的はなんだ?」

「やはりお前は疑うことを優先的にするんだな」

「当たり前だ。じゃなきゃこっちが騙されるだろうが」

 それにソードはフッと鼻で笑う。

「お前とこうして話していると、なんだか懐かしい気持ちになるよ……」

 そして過去を思い出し、懐かしむような顔をする。

「……そうか。で、なんでだ?」

 レオンはそれだけ言うと話を戻す。

 ソードはまた鼻で笑うと、

「やはり他者から見て俺はそういう風に見えているようだな」

 そしてまた無表情に戻ってからレオンを見る。

「リューゲ・ヴォール様からの命令はとっくに解けている」

「……」

 そんな気がしていた。この旅の途中でヴォール兵との遭遇が一度もない。これは明らかにおかしい。

「そして俺がケーラに来たのは別のようだ」

「何のようかは?」

「無理だな。だからアニス様たちと出会ったのはまったくの偶然だということだ」

「……信用し辛いな」

「好きにすればいい。話は以上か? あるなら次で最後にしてもらいたい」

 そう聞かれ、レオンは記憶に再検索をかける。

「……ヴォール……というよりお前は俺たちを邪魔しないのか?」

「それが最後の質問か?」

「ああ……」

 少し迷ってレオンは頷く。ヴォールについてもあまり深く聞いても、答えられないと言われるだけだろう。今一番気になるのは、彼らが今確実に邪魔をしてくるかどうかだ。

 彼の質問にソードは特に表情を変えず、

「ああ。今は命令が・・・・・ないからな・・・・・

「……」

 ただ当たり前の事実を述べている。そんな顔に、レオンは少なからず恐怖を覚えた。

 しん、――――と静寂が舞い降りる。

「……時間切れだ」

 レオンの様子を見て、終わったと判断すると、ソードはきびすを返し、

「そこのねずみはお前の責任だからな」 

 と、それだけ言うとレオンのいる方とは反対の路地裏に姿を消した。

 その間に、レオンは黙ってその背中を見続けた。そして、

「ねずみ……?」

 しばらくして彼もきびすを返し、一度ソードの消えていった路地を見てから脚を振り出した。そして角を曲がったところで……

「やあ!」

「ヌルデ……」

「本屋の前を通り過ぎたのを見てね」

 その元気な笑顔に、彼は顔を覆った。




      ・・・




「……」

 重たい瞼をゆっくりと開ける。そこは見慣れない場所だった。

 カリオスはぼんやりした意識で起き上がり、辺りを見回す。すると、隣にアニスが寝ているのが目に入った。

 カリオスとしては今どういう状況なのかが気になる。

 彼の寝ているベッドに突っ伏して眠るアニス。おそらく付きっきりで手当てをしてくれたのだろう。安心した表情ですやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。

(しばらく寝かせてあげよう……)

 そう思ったカリオスはしばらくそのままの体制でいることにする。

 思えば自分は突然彼女の前から居なくなったのだ。彼女はひどく心配したに違いない。

 アニスの顔を改めて見てみる。その安心した様子からは逆に今までどれだけ不安だったかが伺える。

(……もう少し寝かせてあげよう)

 

 

 ……だいたい一時間が経ったころ。

「……んん」

 目を覚ましたアニスはむくりと起き上がり、眼を擦る。どうやら眠ってしまったようだ。疲れが溜まっていたのだろう。

 と、彼女は自分がなぜそこにいるのかを思い出す。そして慌ててように彼の方を向く。

 そこには見知った、しかし懐かしく感じる笑顔があった。

「カリ……オス……」

「おはよう。アニスッ!」

 言い終わるのと同時に、彼女はカリオスの体に半場体当たりするように抱き付く。

 それにカリオスは傷が痛み、「いたッ」と零すが、それを彼女はクスッと笑い、

「夢じゃないのよ。分かった?」

「アハハ。ありがとうアニス」

「心配したんだから……心配したんだからね!!」 

 そう言う彼女の頭をカリオスは撫でる。

 優しく、優しく……。

 彼女の涙に答えるように。

 聞こえるのは風の音と、彼女の嗚咽。感じるのは温もり。そんな心地よいひと時にしばし酔いしれる二人。

 しかしそれもしばらく。

「……アニス」

 カリオスは彼女が少し落ち着くのを確かめると、その肩をそっと掴み、彼女と目を合わせる。

 その行動に驚いたのか、アニスの顔には驚きの表所が浮かび、泣いていたせいで目元は赤くなっている。

 いつものアニスだ。カリオスはそう思ってから、

「リュトはどこ?」

 その単語を口にした瞬間、彼女の顔には、

「リュト?」

「え?」

 怒りが浮かんだ。

 カリオスは思わずその手を離して後退る。

 鬼の形相とはまさにこの顔のことというような、まさにオーガの如く憤慨した表情を浮かべ、彼女はじりじりよって来る。どうしてだろう。さっきよりも彼女が大きく感じる。威圧的な意味で。

「カリオス!」

「はい!」

 反射的に背筋がしゃんと伸び、額に脂汗が噴き出す。

 まるで追いつめられた子山羊の如き彼に、ライオンのような睨みをきかせる彼女。

「……リュトとはどんな関係なの?」

「え? え??」

「ど・う・い・う・か・ん・け・い・なのッ!!」

 ボンッ! とベッドと叩き、反発で少し浮き上がるカリオス。

 いったい何を聞かれているのか。何に関して怒っているのか。

 カリオスにはまったく訳が分からない。

 しかし黙っているのはマズい。とりあえずこれまでの経緯を話そう。

「え、え~っと。彼女は伝説の『魔剣の鍛冶屋』で、僕は彼女の下僕に登録されて」

「下僕!?」

「いやそんなひどい扱いを受けたわけじゃなくて……まあ大変だったけど……」

「大変(意味深)!?」

 一体彼女は何を考えているのだろう、と首をかしげるカリオス。

 彼としては早くリュトの居場所を知りたいのだ。

 嫌な予感がする。

「アニス! リュトはどこなの!?」

「そ、そんなに彼女のことが知りたいの!?」

「なんで怒ってる!?」

 ふん! と彼女はそっぽを向き、

「彼女なら一人でどこかに行っちゃったわよ。何か他にやることがあるんでしょうね」

「ッ!!」

 一人で向かった。なら行先はどう考えても……

 カリオスは唐突にベッドから降り、

「アニス! 僕の装備は?」

「え!? ちょっと待って!」

 彼女が言葉を言い終える前に、カリオスは自分の手で探そうと部屋の中を歩く。

 が、

「うっ……」

 全身に痛みが走る。思わずその場にしゃがみ込んでしまう。

 慌ててアニスはそばにより、

「治癒魔法で治しはしたけど今日一日は安静にしてないとだめよ!」

 彼に肩を貸し、ベッドに戻そうとする。しかしカリオスはそれに抵抗する。

「ちょっと待って」

 その助けを外す。しかし体は正直で、その外した反動でふらりと近くにあった机に手をついてしまう。

「そんな……そんな体で……どこに行こうっていうのッ!!?」

 見かねた彼女は柄にもなく叫んでいた。

 カリオスは彼女の顔を見る。

 泣いていた。今度は悲しい涙だ。

 ……見たくない。見たくなかった。

 アニスが悲しんでいる。それを思っただけで胸が締め付けらる。

 アニスが泣いている。それを見ると胸に太い串を打たれたような痛みが走る。

 でも……それでも……

 カリオスは彼女に笑顔を向けた。

 それは弱々しい笑顔だったかもしれない。でも、それでも安心してくれるように。少しでもその気持ちが晴れるように。

「約束したんだ……見つけるまでリュトの事情に付き合うって……」

「カリオス……」

 アニスは俯き、血が出るかと思うほど唇を噛み、そして黙って、

「……」

 壁の棚の方を歩いていき、扉を開けて中から彼のナイフを取り出す。そしてそれを持って彼の前に行き、顔を上げる。

「私も行く!」

「え……」

「決めたから!」

 彼女はそういうとナイフを押し付けるように渡す。こうなってしまうと彼女は絶対に曲げないだろう。意地でもついてくる、もしくは魔法で拘束するに違いない。

 カリオスは思わず安堵の息を吐く。

「ありがとう!」

「何がなんだかさっぱりだけど、危ないと思ったらすぐに帰るからね! 分かった?」

 分かった、と頷くカリオスに満足するアニス。

 そうしてある程度の準備をすると、二人はすぐに町を出た。

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