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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
57/122

アジト -2

 歳はカリオスと同じくらいだろうか。

 その耳は尖っており、髪は薄い金色。

 そしてその周りには彼を囲むように、四つの剣が床に突き立てられていた。

 それはリュトの魔剣だった。

 しかしカリオスが驚いたのはそのあと。その少年を見て目を見開いているリュトの口から漏れた、掠れるような声で零した言葉を聞いた瞬間だった。

「あ……アダー……」

 アダーは口元を少し綻ばせ、

「リュト……やっと準備が整ったよ」

 少年はこちらに向き直る。それと同時に四本の剣が浮き上がる。

 その剣を見た瞬間、カリオスは驚きを隠せなかった。

「それ、リュトの剣じゃ……」

「剣は道具だ。まあ僕じゃあ力の半分が限界だろうし、普通の人なら普通の剣のように使うのが精一杯だろうけどね」

 カリオスは剣を構える。

 それを見てアダーはニヤリと笑う。

「まあ試し切りは必要だね」

「やめろアダーッ!」

 そんなリュトの声には耳を貸さず、彼は二本の剣をカリオスに向かって飛ばす。

 一本は刀身が細く、見た目が杖のような剣。もう一本は鍔の部分が水瓶のような形になっていて、刃はなく、刀身は太い針のようになっている。

 宙を舞う剣は人が振っているのとは違い、変幻自在な動きが可能だ。

 杖の方が回転しながら直進してくる。それを受け流すと、その後ろに隠れていた水瓶の方が突きを繰り出してくる。

 二本の刃で受け止める。が、

「上だ!」

「ッ!!」

 リュトの声で上を見ると、杖の剣が死角の脳天から、縦に刃を振ろうとしていた。

 慌ててしゃがんで回避し、後ろに転がるようにして距離を取る。

 アダーは一度剣を手元に戻すと、感心したように笑い、

「へぇ。強いね中々」

「アダー! もうやめてくれ」

 いつもの彼女らしくなく、必死に懇願する彼女。それにリュトは切り替えたように優しく微笑む。

「大丈夫だよリュト。すぐに終わらせるから。何もかも……」

 それだけ言うと彼はまたさっきと同じ剣を構え、

「まあ僕も忙しいからね。悪いけどあまり構ってられないんだ」

 杖の方の剣が回転し始める。そして今度はその刀身が炎に包まれる。

それと同時に水瓶の中からも渦潮のように水が現れ、刀身を包む。

「『杖』は『炎』の象徴。『器』は『水』の象徴」

「なッ!」

 カリオスが驚いていると、アダーは回転させた炎の剣を放つ。それをガードしようとするが、カリオスに刃が届く前に水の剣がその水を炎の剣に向かって放つ。

 その二つが衝突した瞬間、カリオスの目の前で真っ白な爆発が起こり、熱波とともに視界が遮られる。

 水蒸気だ。

「なッ! リュトさん! 大丈夫ですか!?」

 大量の水蒸気で何も見えない。声だけが頼りだ。

 安否確認のために声を放ったが、

「まずは自分の心配をしたらどうかな?」

 その瞬間、ボッ、という音とともに目の前の霧に穴が開いたかと思ったら、カリオスの体に得体のしれない衝撃が襲い掛かり、廊下の壁まで吹き飛ぶ。

「あッ……」

「『剣』、それは風の象徴だ」

 風の剣を一振りすると、『霧』を払った時のように水蒸気が一気に払われる。

「カリオスッ!!」

 リュトは慌てて彼に駆け寄る。抱き起してみると完全に力が抜けているようで重たい。が、呼吸はあり、気絶しているだけのようだ。

「ここまでリュトを守ってくれたしね。このくらいで終わらしといてあげるよ」

 彼女は安堵の息を吐くと、キッとアダーの方を睨む。

「アダー! どうしてこんなことをする!」

「僕がしたいからだよ」

 彼は言葉に特色をつけず、ただありのままの心情を言う。

 鞘を拾って納刀すると、彼はまた優しく、

「リュトは優しくなったね」

 そして少し悲しげに微笑み、

「でも……なんだか皮肉だなぁ……」

 呟く。

 彼は四本の剣を背負うと彼女のところまで歩いてきて、手を差し伸べる。

「一緒に行こうよリュト! 僕もう魔剣を作れるんだよ!」

「なっ! お前が作って」

「うん!」

「なら『魔剣の鍛冶屋』っていう組織はお前が」

「それは違うよ!」

 アダーは慌てて否定する。

 そして腰からあるものを手に持つ。リュトのトンカチだ。

「最初はただゴロツキにさらわれたんだ。それで僕は必死に逃げ出そうとして自分は魔剣を作れるって言ったんだ。もちろん作ったことなんてなかったけど、彼らは暇つぶしのために試すように言ってきたんだ。僕は適当な鉄を用意されて一生懸命打った。リュトが打つのをいつも見てたからね。そしたら魔力が空になる寸前で本当に一本完成したんだ。そこからは地獄だったよ。まるで自動のトンカチのように扱われた。空になったら休憩を挟んでまた再開。日にちの感覚は次第になくなっていったよ。そして気づいたら魔剣の完成度も上がり、作業が苦じゃなくなってたんだ。まあ最初はホントに地獄みたいで死にたくなったけど、今となっては感謝してるくらいだよ。小さな・・・お墓くらい・・・・・作ってくれば・・・・・・よかったかな・・・・・・?」

「……今なんて言った?」

 ん? とアダーはきょとんとした顔をする。何か変なことでも言っただろうかといった表情である。そして記憶を遡ってようやく気づくと、にこりと笑い、

「だから、『魔剣の鍛冶屋』の頭は僕が殺したんだ。まあ頭だけじゃなくて全員なんだけどね。リュトの『土』の魔剣の力で」

 そういうと彼はその土の剣を抜き、彼女の前に見せる。

 柄や鍔に特別な装飾はない。しかしその刀身の先は円盤状になっている。

「『円盤』は『土』の象徴だよね」

「土を操って……」

 つまり彼らが追ってこなかったのは、追うのをやめたのではなく、追えなくな・・・・・ったからだ・・・・・

 アダーは剣を戻すと再び手を差し伸べ、

「一緒に行こうよリュト!」

「……どこに?」

 リュトは警戒心を抱き、アダーを睨む。

 しかし彼は特に気にしている様子はなく、「ん~」と返答の内容を考え、

「まずはエルフの里かな。あの堅物どもを一掃・・しに行こう! ね、『汚れた混血(カースヘレティック)』のリュト」

「どうしてそれをッ!?」

「まあこれはエルフの里にいた時から知ってたんだけどね」

 そう明るい笑顔で言い放つアダーに、リュトは言葉も出ず、ただ唖然としていた。

 待っていても中々手を取ってくれない彼女にいい加減痺れを切らし、

「早く!」

 その手を強引に掴もうとする。しかし、

「嫌」

 その手を払う。

 その行為に驚きを隠せないアダー。そんな彼をリュトはキッと睨む。

 沈黙が舞い降りる。

 しばらくしてアダーはまた微笑み、

「分かった。まあ心変わりしたら僕のところに来てよ」

 それだけ言うと彼は背を向けて、

「あ、それとこれ」

 と彼女の方に、正確にはカリオスの方に向かってあるものを投げる。

 それはカリオスの二本のナイフ。

「返すよ。要らないし、せっかくだからね」

 そして再び歩き始める。

「じゃあ、またね。リュト……」

 それだけ言うと、彼は闇に消えていった。

 彼の気配が無くなったその瞬間、彼女の瞳から雫が零れ始める。

「アダー……私のせいで……」

 自責の念が胸を締め上げる。

 自分がもっと彼を見ていたなら。

 その気持ちに気づいてあげられたら。

 後悔で溢れかえり、心が押し潰されそうになる。

「……な、泣かないでください」

「カリオスッ!」

 ようやく目を覚ましたカリオス。しかしダメージは大きく、骨も何本か折れているかもしれない。

 しかしそんなガタガタの体で、

「あなたのせいじゃ……ない。嫌なことがあった時は誰でも不機嫌になります。今回は偶然が重なってしまっただけです」

 彼は体を起こすと、握り拳を作って彼女の目の前に出し、

「それにまだ間に合います!」

 その言葉に彼女はカリオスを見る。それはまっすぐで、どこか確信を宿しているように感じた。

「……どうしてそう思うの?」

 そう聞かれ、彼は「え……」と言葉を詰まらせてしまう。どうやら今感じたものに根拠はないようだ。

 そして彼は唸りながら頭を捻っている頃には、彼女の中の後悔はどこかに消え失せていた。

 まだ間に合う。彼のその一言で自分の中に小さな希望の光が生まれたのを感じた。

 クスリと笑い、もういいよと言おうとした瞬間、彼は首をまた傾げ、

「んん~っと、だから、彼はまだあなたを見てる。だからあなたが彼を見ている限りは大丈夫です! だから自信を持ってください!」

 うまい言葉を見つけられなかったらしく、彼は少々自信なさげだった。

 しかし、その言葉は確実にリュトの胸の奥に届いた。

 そう。私が諦めてはいけない。

 答えなくてはいけないのだ。

 リュトはカリオスの手を取ると、握り拳を作り、

「ありがとう」

 自分の拳と合わせる。

 それにカリオスは嬉しそうに笑い、

「僕も手伝います! 頑張りましょう!」

「もちろんそのつもりさ!」

 彼女は当然と言わんばかりの表情で答える。

「それにかなり大事にしてしまったからね。申し訳ないが君の仲間にも手伝ってもらおうと考えてる」

「どこにいるんでしょう……」

「まあまずはケーラの宿屋をあたってみよう。とにかくここを出ようか」

 リュトはカリオスに肩を貸し、歩き出す。

 最初適当に歩いていると、カリオスが風を感じ、その方向に歩いていくと出口があった。

 暖かな光と新鮮な空気。

 外に出る。

 一瞬視界が真っ白に眩み、徐々に色が浮かび上がってくる。

 辺りには背の高い木々が広がっている。そして斜面になっていることからここが山だということが分かる。

 そして、

「カリオス!!」

 その聞き覚えのある声に眩む視界の中で目を細める。そして、

「アニ……ス? なん」

「カリオス!」

「うわッ!」

 アニスはカリオスの体に抱き付く。その衝撃で彼は地面に倒れてしまう。そして胸に顔を埋め、離すまいと強く抱きしめる。そして小さく嗚咽を漏らしているのが分かる。

 一瞬何が何だか分からなかったが、近くにレオンとヌルデを見つけ、本当に皆なのだということを確認する。

 しかし、どうして? と聞く前に安心したせいか、急激な眠気が襲い掛かってきて、彼の意識を刈り取っていった。

「……カリオス?」

「あ~あ。眠っちまったみたいだな」

 レオンはため息を吐き、しかしどこか嬉しそうにカリオスを肩に担ぐ。

 その後ろでヌルデはリュトに声をかけていた。

「あなたは?」

「ん? 私かい? まあ彼の……仲間ということになるのかな」

「アハハ。彼の、ですか。それはどういうことなんでしょうか?」

「そのままの意味だよ。まあしいているなら……」

 そこまで言って彼女はニヤリと口の端を歪め、

「一夜を同じベッドで過ごした仲……といった感じかな」

「ちょ、ちょちょちょちょっと待ちなさい! 今なんて!?」

 その言葉に反応し、アニスはバッと彼女の方を振り返る。それにリュトはニヤリと邪な笑みを浮かべ、

「ああ。あなたがね。そういうことね」

「え、なに? なんなのよ!?」

 半場パニック状態の彼女に少し落ち着くように言い、

「まあ話したいことはいっぱいあるし、カリオス君のこともある。まずは君たちの宿に」

カリオス(・・・・)君のこと(・・・・)!?」

「傷ね。傷のことね。まあ話は移動してからでもいいかな?」

 ということで一行は合流し、宿に移動した。



      ・・・



 湿気の多い地下から地上に出る。

 久しぶりの日の光。

 澄んだ空気に体が喜んでいるのが分かる。

 森の中、アダーは歩き始める。その顔は少し綻んでいた。

 やっと彼女に会えた。そのことが本当に嬉しかった。

 しかし同時に、

(なんだろう……これ……)

 アダーはそっと胸に手を当てる。鼓動するようにズキッと、まるで何かが刺さっているような痛み。

 そしてそれを感じるごとにどこか……悲しいというのだろうか、沈むような感覚が広がっていく。

 と、

「『魔剣の鍛冶屋』は壊滅か」

「……」

 ギャップに入ったところでアダーは足を止める。

 彼の視線の先には、鎧を着た一人の男が立っている。

 アダーはその男の鎧に刻まれている紋章を見て、警戒の色を強める。

「ヴォール……」

「ヴォール王国先行魔法騎士団所属、ソードという。……まだ子供だがエルフか……一応聞いておこう」

 冷たく乾いた表情でそう言うと、彼は腰の剣に軽く手をかける。

「お前は『魔剣の鍛冶屋』の頭か?」

 そこからは大きな余裕を感じる。しかし相手をなめている様子はない。

「違うよ。その人なら僕が殺したよ」

「そうか」

 それだけ聞くとソードは剣から手を離し、きびすを返して去っていこうとする。

「ちょっと待ってよ」

 その背中にアダーは制止を呼びかける。

 ソードは進めていた足を止めて振り返る。

「なんだ?」

「いや、ふと疑問に思ってね」

 そう前置きすると、

「どうしてヴォールは『魔剣の鍛冶屋』を狙ってたの? 完全に他国の話じゃない?」

「……」

「組織を潰して何の得があるの? それに他国の領域に勝手入って大丈夫なの?」

 ソードは答えない。

 その態度にハッ、とアダーは鼻で笑う。

「面白くないなぁ」

 そしてソードがいる方向とは違う方に歩みを進めながら、

「まあどうせ人間の考えることだし、大方予想がつくよ。魔剣の技術を奪いに来たり、うまくすれば丸め込めると思ったんだろう? まったく、正義正義と言いながらやることはこれだから」

「口を慎めよ小僧」

 その声音は低く、殺意を帯びていた。

 立ち止まってソードの方に目を向けると、彼の鞘から刀身が少し見えていた。

 そしてその表情はより冷たさを増し、憎悪を含んでいた。

「私にとってヴォールが正義であり全てだ。あのお方が掲げる正義を侮辱するものは何人たりとも許さん」

 アダーは全身の毛が総毛立つのを感じた。

 背筋に冷たいものが一瞬駆けた。

 これは……恐れ。

「それともう一つ……」

 アダーの様子を見て、ソードは剣を納めると、きびすを返す。

「私の正義はリューゲ・ヴォール様だ。しかし私を動かすのは私自身だ」

 そう言い残して、彼は森の中に消えていった。

 


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