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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
56/122

アジト


 目を開けると、

「……ここは……」

 体が縛られている。

 意識を取り戻したカリオスは辺りを見回す。

 薄暗い、石の壁でできた部屋。

 とても整備がされているとは思えない、六畳ほどの物置のような部屋に彼はいた。

「ん……」

 そしてその横で、同様に縛られ、寝かされていたリュトが起きる。

「ここは……ああ、捕まったんだね」

「えらく落ち着いてますね」

「君もね」

 ふわぁ、と欠伸をする。頼もしい限りだが、この状況では彼女でもどうしようもないだろう。

 あれからどれくらい気絶していたのだろうか。カリオスたちのところに届く明かりは隣の部屋から零れてくるものしかない。

(さて、どうするか……)

 カリオスは改めて自分の状況を確認する。持ち物は当然取られている。腰にナイフは一本もない。ということは、彼らは自分が魔族だということに気づいているだろう。

 彼女の方も魔剣を取られ、同じような状態だった。

 両者ともに腕を後ろで縛られている。足は自由だ。

 カリオスは立ち上がるとドアの方に行き、耳を当てる。そして集中し、隣の部屋の音を聞く。

 話し声は二つ。

 内容は……



「ったく、うまい話には気を付けないとな」

 一人の男が椅子に腰かける音。

「何かあったんですか?」

 今度は少し若目の声。

 それに歳をくったほうの男はため息を吐き、

「何ってお前。聞いて驚くなよ?」

「もったいぶらないで下さいよ。なんなんです?」

「今日の獲物。つまりそこにいるガキ二匹はな。片方は魔族だろ? もう片方は魔法使いだったんだよ!」

「はいッ!? あの女の子が魔法使い!?」

「おお! いいリアクションするなぁ」

「いやいやだって、え? ほんとの話ですか?」

 驚く若者に、男は「マジマジ!」と答える。

 若者は「へぇ~」と反応すると、しばらくして席を立つ音が聞こえる。



 カリオスは慌ててドアから離れると、初めの場所に戻る。

 ドアが開き、そこから男が入ってくる。その入ってくる光にカリオスは目を凝らす。奥に話していた男以外に誰も見られなかった。

 入ってきた若い男はにぃっと三日月を浮かべる。

「お! 起きてますね」

 彼はカリオスの前まで来てしゃがむ。それをカリオスが睨み返すと、彼は鼻で笑って、

「はは。活きがいいのはいいことだ」

 カリオスの腹を蹴り上げる。本気ではない。が、まるでものを蹴るような感覚で蹴り上げられる。

「がっ!!」

 うめき声を漏らし、背中が壁に打ち付けられる。

 ハッ、と嘲笑交じりに鼻で笑われた後、髪の毛を掴まれ顔を上げさせられる。

 カリオスは与えられる恐怖に負けじと、再び睨み返す。

「いいねいいね。さすが魔族ってところかな?」

 男はその手を振り、カリオスを部屋の隅に投げる。髪の毛が何本か抜け、焼けたような痛みと床からの衝撃が体を襲う。

「結局魔族だし、蹴っても殴っても罪にならないんじゃないかな? まあ、まだまだ生意気だからやりがいがあるって感じかな」

 起き上がろうとしているところに男はゆっくりと時間を与え、起き上がった丁度その時をねらって蹴りを放ってくる。

 カリオスは再び床に転ばされ、今度はそこからさらに蹴りが飛んでくる。

 腹。足。顔にも少々。主に腹部を重点的に攻撃される。

 と、そこのさっきの話していた男が入ってくる。

「おい。殺すなよ?」

 それにカリオスを蹴っていた男は足を振り上げているところでピタリと動作を止め、

「分かってますよ」

 振り下ろす代わりに横腹を踏みつける。

 それによって零したうめき声に、年をくったほうは鼻で笑い、

「ならいいんだけどよ。俺は報告に行ってくる。見張りは頼んだぞ」

 そう言って彼は部屋から出ていく。そのあとにまた別のドアが開いた音がし、その瞬間風が舞い込んできた。どうやら出口は近いらしい。

 カリオスはリュトの方に目を向けると、彼女も目を合わせてきた。どうやら気づいているようだ。そして二人はその風に炭の匂いが混じっているのに気付いた。

 と、男はカリオスを退けるように蹴飛ばすと、今度はリュトの方に歩いていき、そのまね委経つと見下ろす。

「お前。白状か?」

 その問いに彼女は答えない。目を伏せ、動きもしない。

 それに男は舌打ちし、横腹を蹴り飛ばす。

「リュト!」

「うるせえぞガキ」

 そう言い鈍く光る眼光でカリオスを睨み、リュトをもう一度見せつけるように蹴る。彼女は咳き込む。

 それでカリオスの沸点がくる。

「やめろッ!」

 カリオスは立ち上がり、男に突進し、足に噛みつく。

「いてッ! このやろう!」

 男は足を振って蹴り飛ばすように振り払う。

 カリオスの体は横の壁にぶつけられ、崩れたところをさらに蹴られる。

 ひとしきり満足するまで蹴ると、最後に唾を吐きかけ、男は部屋を出ていった。

 そしてしばらく様子を見た後、

「大丈夫かい?」

「は……い。そっちは……?」

「君ほどじゃないさ。本当にありがとう」

 いえいえ、と笑うカリオス。しかし呼吸は乱れ、顔をしかめて、どう見ても大丈夫なようには見えない。

 彼女はため息を吐き、

「ああ言うのは面白くないと思うと引き上げていくものだよ。逆らって欲しいんだ。ある意味マゾといえるかもしれないね」

「マゾ?」

「ああ。それもまだか……」

 彼女は少し呆れたようにため息を吐く。が、その顔にはカリオスに対する心配がにじみ出ていた。

 カリオスは呼吸を落ち着け、情報をまとめる。

 まずドアの向こうでの会話を彼女に伝える。

「何より出口らしきものがそこにあることが分かったのはありがたいね」

「はい。時間的には今は何時なんでしょうか。お腹のすき具合からそんなに経ってないと思うのですが」

「さっきの会話の内容ならまだ日はまたいでないだろう。夜くらいかな。まあ、ここがケーラなら……ね」

「それは僕の腹時計的にもそんな気がします」

「もし胃もたれしてたら? 確か朝食は……」

「「レタスサンド」」

「……どこにも原因らしきものが見当たらないんですけど」

「偶然だね。私もそう思ったよ」

「……話を戻しましょう。ここがケーラじゃなかったとしても、ある程度近い場所のはずです」

「君の嗅覚で大まかな場所は分からないのかい?」

「すみません。炭の匂いに気を取られていて……すいません。二回目の失敗です」

 カリオスは反対側の隅のところでこちらに背を向けてスネてしまう。

 リュトはため息を吐き、カリオスをなだめ、会話に戻る。

「で、さっきの話だけど……」

 そこまで言ってリュトはドアの方を見て、人気のないことを確認し、カリオスに耳打ちする。

 空気の揺れがこそばゆい。

「炭に混じって、ほのかに鉄の匂いがした」

「え……」

 それは長年鉄を打ち、鉄に触れてきた鍛冶屋の彼女だから分かるもの。カリオスが森で動物の匂いをかぎ分けられるのと同じようなものだ。

「きっと近くに剣を作ってる工房がある」

 彼女は断言する。

 そこからは容易に想像できる。

『魔剣の鍛冶屋』。そう名乗る集団が作るものなど、『魔剣』に決まっている。

 そしてそこにはたくさんの、もしくは信頼できる腕の立つ仲間を置いておくはずだ。

 つまり、出たところで袋叩きに会う可能性が高い。

「他に出口は見えましたか?」

「残念ながら部屋の半分も見れなかったよ。まあ風のおかげであるってことは分かったね」

 希望はまだあるということだ。

 そして問題がもう一つ。

「それとあなたの魔剣ってどこにあるんでしょうか?」

 その疑問に彼女は「ああ、」と思い出した反応し、

「それなら問題ないよ。近づいたら分かるし」

「え、そういうものなんですか?」

「打った剣の感触、魔力の具合は全部覚えてるよ。丹精込めて作ったんだ。そのくらい当然だよ」

「す、すごいですね」

「フフン。もっと褒めてもいいんだぞ?」

「スゴイデスネー」

「……君たまにそういうのぶっこんで来るよね」

 はぁ、とため息を吐くリュト。そして次に、

「さて、と」

 立ち上がる。そんな彼女にカリオスは疑問の目を向ける。

リュトはニヤリと余裕の笑みを浮かべると、何かをモゴモゴを呟き、

「『炎の短剣(リトルバーナー)』」

 そう言った瞬間、彼女の人差指からロウソクの火ほどの炎の刃が現れ、手を縛っていた縄を切る。

 その現象を見たカリオスは「へ?」と間抜けな声を漏らしてしまう。

 リュトは自由になった手の状態を確かめ、縛られた痕に顔をしかめると、カリオスの方に向いて、不敵な笑みを浮かべる。

「私が魔法を使えないといつから錯覚していたんだい? もっとも、使えるのは最低限の下級の魔法だけだけどね」

 カリオスのロープを焼き切る。これで二人とも両腕が自由になった。

「これからどうするんですか? あの見張りは倒すとして」

「根に持ってるね。そうだね、まずは私の魔剣を探したい。おそらくそんなに考えてないだろうから、取り上げたものは全部同じところに集めてあると思うんだけどね」

「どうしてですか?」

「彼らにとって重要なのは鉄と子供だよ。ならそれ以外は……」

 そこまで言って彼らは気づく。

 自分たちの武器もまた鉄であることに。



「ふぁ~あ。面白くねえ」

 カリオスを蹴った見張りの男は椅子を傾け、大きな欠伸をする。

 見張りと言っても今日は来客があるわけでもないので、ほぼやることがない。

 こうやることがないと、逆にむしゃくしゃしてくる。本来ならここであの少女に手を出しているのだが、今回は傷物はNGという注文を受けているので手を出すことはできない。

 苛立ちが募る。

「……暇でも潰すか」

 そう言って立ち上がり、卑劣な笑みを浮かべる。このイライラを、少年を蹴って殴って晴らそうというのだ。

 手の関節をポキポキと鳴らすと、ドアノブに手をかける。

 そして捻る。

 その瞬間、

 


 ドンガッシャアアアアアアンッッッ!!

 

 

 ドアが内側から吹き飛び、男の体はその下敷きになり、後頭部を床に打って気絶してしまう。

 中から出てきたカリオスとリュトはその男を確認し、

「驚くほど作戦通りだね」

「僕も驚いてます。って、そんな場合じゃなかった!」

 彼らは部屋を見回す。が、彼らの武器はどこにもなかった。

 武装しないのも危ないので、仕方なくカリオスは下敷きになった男の腰から短剣を取る。いつも使っているナイフとは違い、刃が少し太く、重い。

 振った時の感触の違いに不満げな顔をするが、丸腰よりはずっとマシだ。

 それを腰に差すと、ドアのところで待っているリュトに急かされ、彼女のところに行く。

 部屋を出るとそこは石でできた廊下になっており、石を煉瓦のように敷き詰めてある通路が続いている。

 通路の左右を確認する。と、奥からこちらに駆けてくる足が聞こえる。まああれだけ大きな音を出したのだ。聞こえない方がおかしいだろう。

「足音は……三つですね」

「二人で相手するのは不可能ね。なら早くここを離れるべきだね」

 二人は廊下に出て一気に走り出す。

「おい! ガキが逃げたぞ!」

「追え! そっちの方が重要だ! 絶対逃がすな!」

 カリオスの言った通り、来たのは三人だった。そのうちの二人がこちらに向かってくる。

 カリオスとリュトは目の前の曲がり角を右折する。それを追って男たちも曲がってくる。

 が、曲がった瞬間、先頭にいた方の目の前にカリオスが居て、

「なッ!」

短剣を縦に振りおろす。

とっさに男はそれをかろうじて避ける。しかし、その剣先ははじめから男を狙っておらず、よろけ、回避不可能のところでカリオスは腰の剣を指しているベルトを狙い、切断する。

「なにッ!!」

 カチャンッと床に男の小太刀が落ちる。

カリオスは男がひるんでいるうちに素早くそれを拾うと、抜刀する。そしてまた顔をしかめる。

(左右で重さが全く違う……)

 カリオスが日本の剣を構える。と、丸腰になった男は後ろに下がり、替わって長剣(ロングソード)を持った男が前に出てくる。

「くそガキどもが!」

 男は唾を吐き捨て、腰の長剣を抜く。

「おい、殺すなよ」

「分かってるよ」

 そう言って男は少し興奮じみた笑みを浮かべる。殺さないにしても、痛めつけないわけではないようだ。

「調子にのんじゃねえぞ!」

 カリオスを狙って踏み込む。狙いは彼の持っている剣だ。

 長剣が振り上げられる。カリオスはそれに対し、回避の姿勢を取ろうとする。

「『小さな水弾(ライトウォータ)』」

 男が振り下ろし、カリオスが避ける。そして彼の背後から水の球が男の目に向かって飛んでくる。

「ぐあッ!!」

 男はそれをまともに目に喰らってしまい、構えを解いて目を抑える。

 そのすきにカリオスらはきびすを返し、逃走する。

「あ、待ててめえら!」

 武器を失ったもう一人が叫ぶが、当然止まるはずはなく、そのまま廊下を走る。

「これどこに向かってるんですか?」

「一応鉄の匂いが強い方に進んでるね。まずまともな武器が欲しいからね」

 普通の刃物を武器と言わない辺り、さすが魔剣の鍛冶屋。

 しかしかなり大きい空間だ。そして窓がない。

「地下……」

「まあ鉄を打ってる音も漏れないけどね。一酸化炭素中毒になりかねないような気がするんだけどね」

「熱も籠りません?」

「まあ魔法を使えばいくらでもできるんだけどね」

 辺りを警戒しながら廊下を走っていると、その匂いがカリオスにも分かるようになってきた。

 血の匂いとは違う、ツンと鼻腔を刺すような無機質な匂い。

 その匂いは進むにつれて確実に濃くなっている。

 近づいている。

 自然と剣を握る手に力が入る。

「……あそこだね」

 リュトは奥にあるドアのない大きな入口を見る。

 二人は覚悟を決めると、立ち止まらず、部屋の中に飛び込むように入る。

 そこには……




「やあ。待ってたよ……リュト」




 一人の少年がいた。


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