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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
55/122

ケーラにて

 出発した翌日の夜。

 カリオスとリュトの二人はケーラに着いた。

 さすがは城下町というだけあって、まだ人通りは少ないというわけではない。

 武器の町、という通称から鉄のイメージが強いが、別に鋼鉄の町というわけではない。

 木造りの建物が並ぶ、活気溢れる城下町だ。

 通りには武器屋や防具屋をよく見かける。

「ここが今のケーラか。ずいぶん変わったねえ」

 リュトは辺りを見回しながら、感嘆の声を漏らす。

「以前はいつ頃ここに?」

 カリオスは彼女に『変化の魔法(トランス)』と同じ効果を持つ短剣をもらい、腰に差していた。柄の底に金庫のダイアルのようなものがついており、回して腰に差すだけでその決めた人の姿になれる、というより外からそういう風に見えるらしい。今は癖っけのある金髪の少年だ。

「そうだねぇ……ざっと百五十年くらい前かな」

 さらりと出てきたその言葉を聞いて、カリオスは思わず口を開けてしまう。

 そして思い出す。

(そういえばまだ彼女の正体を聞いてなかったな……)

 出会った当初はエルフの仲間だと思っていたが、話を聞いているとどうやらよそ者のようだ。

 早速そのことを聞いてみようかと考えたが、町を見て喜んでいる彼女を見てやめた。

(自分から話さないということは、何か理由があるのかもしれない)

 カリオスにだって話したくない秘密はたくさんある。お隣さんの家の窓を割ってしまったことを黙ってたり……。

 ……まったくレベルが違う気もするが、そういうこともあるということだ。

 カリオスはのど元まで出かかった質問を飲み込み、彼女の後についていくことにする。

 


リュトは新鮮なケーラを一通り歩き回った後、

「……はしゃぎ過ぎた」

 ボフンとベッドにうつ伏せに倒れる。テンションが元に戻り、疲れが一気に来たのだろう。

 カリオスはその横のベッドに腰を下ろす。

「楽しそうでしたね」

「柄にもなく興奮してしまったよ。久しぶり、という感覚には今後注意が必要だね」

「いいことじゃないですか」

「疲れなければ、ね」

 彼女は裏返り、「疲れた~」と胸に溜まった空気を吐き出すように言う。

「君は疲れないんだね」

「アハハ、慣れてますから」

 カリオスはそう苦笑する。

 リュトは「ふ~ん」とごろりとまたうつ伏せになる。その顔は少し浮かない。

 カリオスはその理由を知っている。

「……見つかりますって」

「……うん」

 町に流れる噂。

『魔剣の鍛冶屋』

 そんな単語を時折耳にした。

そしてもう一つ、子供の売買の方も。

 それを聞いた瞬間、リュトとカリオスの脳裏に嫌な予感が走った。

「アダー……」

 ぽつりとそう呟いて枕に顔をうずめる。観光と町の地理の把握をするついでにダメもとで町を探し回ったが、彼らの潜んでいる場所は特定できなかった。移動の疲れもあり、カリオスの案で明日出直すことにし、今日は宿をとって休むことにしたのだ。

 少し間とは打って変わって、重苦しい空気が立ち込める。

 カリオスは彼女のことを思い出す。

 彼女だったらいったい何と言うだろう。きっとこんな空気でも明るく振舞い、不安なんて一蹴してしまうのだろう。

 もう今日で五日だろうか。

 彼女らがいないこの五日間が、いつもより少し長く感じた。意味のない森探しを誰かにさせられたからかもしれないが。

 やはり自分では力不足なのかもしれない。そう考えることが多かった。やはり自分には彼女がいないとだめなのだろうか。

(……いけない)

 弱気になりかかっていた心を、顔を振って立て直す。そしてネーベルでの彼女の言葉を思い出す。

 アニスは言ってくれた。

カリオスが必要だと。

カリオスでなければダメだと。

「……弱気になっちゃだめだ」

 カリオスはスッと立ち上がると、両頬を叩いて気合を入れる。

 そしてそれに気づいて振り向いたリュトの方を見て、

「明日から頑張りましょう! 町を片っ端から探し回るつもりで!」

「どうしたんだい急に?」

「いいからいいから! そのために今日はもう寝ましょう!」

 いきなりのカリオスの変貌に彼女はきょとんとしていたが、次に、クスリと笑って、

「まあ、分からない状態で悩んでても仕方ないしね」

 その様子を見て、彼は安堵し、

「はい! じゃあまた明日!」

 と部屋を出ていこうとする。が、ドアに手をかけようとした瞬間、目の前に彼女の剣たちが整列し、行く手を遮る。

 え、と零し、カリオスは振り返る。

 そこにはベッドの上で、嫌味な笑みを浮かべているリュトの姿があった。

「どこに行くんだい?」

「いや、自分の部屋に行こうと」

「ここで寝てもらおうか」

「え……?」

「逃げられてはかなわないからな」

 ということでカリオスは、嫌々リュトと同じ部屋で一夜を過ごすことになった。



「ん……」

 カリオスは窓から差し込む柔らかい日差しで目を覚ました。

 否、朝日に加え……

「ぐが~」

 隣で上下逆さまに寝ている彼女の蹴りが彼の顔面をとらえていた。

 服は少しはだけ、肩から柔肌が少し顔を出している。

 カリオスが彼女と一緒に寝るのをためらった理由。

 寝相が悪い。

 彼女と出会って二日目。一緒に寝ることになったのだが、その時は裏拳が飛んできた。それで半場目覚め、虚ろの状態で用を足しに行こうとしてまたトラップに引っかかる。

 たった二日でトラウマが完成するかと思った。

 カリオスは彼女の足を適当にその辺りにどかすと、大きく伸びをする。すると、足をどかされたせいで彼女の目が覚めてしまったらしく、リュトも眠そうな半開きの目を擦って起きる。

「ん……」

「おはようございます」

「んん? ああ、おはよう……」

 ふあぁ、と大きな欠伸をし、二人は起床する。

 彼女は自分の体を隈なく見回し、最後に自分のお腹に手を当て、一言。

「ふむ。どうやら襲われて・・・・はいないようだね」

「……襲う? なんでですか?」

「……ああそうか。魔族の年齢的には十一歳だったかな」

 なんでもないよ、とクスリと笑いながら言い、彼女は着替えを始める。さっきの言葉に首を傾げて、カリオスも着替えを始める。



 朝食をとり、宿を出る。

 うんと伸びをし、リュトは凝り固まった筋肉を解す。

「さて。行こうか」

 そう言う彼女の顔には微かな焦りが見て取れた。それに気づいたが言葉にせず、カリオスは彼女についていく。

 焦り……というよりも、カリオスは緊張していた。

 昨晩。あの後、どうやって『魔剣の鍛冶屋』にたどり着くかを考えた。

 そして考えた末、彼女がある策を出した。

 リュトは昨日歩きながら集めた情報を頼りにある場所を目指す。それは『彼ら』の出現確率が高いと思われる場所だ。

『分からないなら彼らに連れてってもらおうじゃないか』

 それが彼女の提示した案だ。

 つまりさらわれようというのだ。

 当然カリオスは反対したが、「いざとなれば魔剣を使って切り抜ける」ということで彼女は譲らなかった。

 ということで彼女と一緒に町の隅に来た。

 別に特別変なところはない。しいて言うなら人気がないことだろうか。

 通りから離れたここは、家はあるが人が住んでいる気配がなく、手入れがあまりされてないせいか、少し傷が目立つ家々が並んでいる。

 リュトは辺りを見回して鼻で笑う。

「いかにもって場所だね」

「本当にここに出るのかな……」

 さあね、と彼女は一蹴する。

 カリオスの言った通り、実は本当にここがあっているかは分からないのだ。

 道行く人たちが話していた言葉を拾い、「またあそこで……」や「あの近くじゃない……」といった言葉をたどってきた結果がここなのである。

 彼女は辺りを適当に見回しながら歩き始める。カリオスもそれに倣って歩く。

 腰の獲物には手をかけない。さらわれることが目的なのだから、警戒している素振りはできるだけ見せない。

「まあこの場合、し無さ過ぎるのも逆効果になるかもね」

「えっ! あ、はい……」

 リュトは緊張しているカリオスを見て、クスリと笑う。

 次の瞬間、にやりと笑みを深める。

「……どうやら当たりみたいだよ」

「え……」

 そう呆けた声を出した瞬間、カリオスの背後に向かってリュトの剣が飛んだ。

 カチンッ! と金属同士がぶつかる音。

 とっさに振り向くと、一人の男が剣を出して防いでいた。

「くそッ!」

 そう吐き捨て、男は一度後退して距離をとる。

 それを合図に今度は反対側から別の男が突撃してくる。リュトはそれに気づかない。

 男は剣を振る。

「危ない!」

 カリオスは二本のナイフでそれを受けるが、力の差で負け、吹き飛んでしまう。

「うあッ!」

 地面に尻餅をついてしまう。男はそれを好機ともう一度剣を振ろうとする。

 が、次の瞬間、その彼の体が吹き飛んた。

「ありがとう」

 彼女の操っているのは昨日森で使った剣だ。ということは、今のは風の力で男を吹き飛ばしたのだろう。

 剣は彼女の周りで円を描くように浮遊する。それに男たちはジリッと後退る。

 一人が舌打ちし、吐き捨てる。

「チッ! 魔法使いかよ!」

 そしてもう一人の方に目で合図を送ると、身を翻し、逃走する。

「あ、逃げるな!」

 リュトは対面していた合図を送ったほうにそう叫び、納刀して追いかける。それを急いでカリオスも追う。

「守ってもらって言えた身じゃないですけど、抜刀したらこの結果は目に見えてましたよね」

「なら君を捨て駒にすればよかったかな?」

「ごめんなさい!」

 男は裏路地に逃げていく。二人もそれを追って入っていくが、入り組んでいためうまくまかれてしまう。

 男を見失い、リュトは顔をしかめる。

「見失ったか。カリオス! なんとかならないかい!?」

「すいません。森なら何とかできたかもしれませんが、町だと」

 無駄な音が多すぎる。微かな人の足音を聞くには、通りから聞こえてくる人の音は大き過ぎる。それにあちらこちらからにおいが漂ってくる。こんな状況で一人を特定するのはさすがに不可能だ。

 完全に見失ってしまった。

 カリオスは申し訳なさそうに俯く。それに彼女はため息を吐き、

「君のせいじゃないよ」

頭を撫でる。それにカリオスも少し気が楽になる。

彼女は辺りをもう一度見回し、何もいないのを確認すると、

「……仕方ない。出直すとしようか」

「そうですね」

 来た道を戻ろうとする。入り組んだ裏路地。そこで土地勘の効かないものは、方向音痴でない限り自分の来た道を戻ろうとするのが普通だと考えられる。

 よって彼女らの行動は簡単に予測できるというわけだ。

 路地を出る直前、カリオスは後ろから誰かに口を押えられ取り押さえられる。それに気づいたリュトは振り返る。押さえていたのはさっき見失った男だった。

「お前!」

 リュトは風の剣を抜刀する。が、能力を使うよりも早くキンッ、という金属音が聞こえた。その瞬間彼女の意識は刈り取られ、意識を失った体は地面に崩れる。

 そしてカリオスの意識も一気に吹っ飛ぶ。

 声を出すこともできなかった。

 意識が途切れる寸前。彼の目には異様な姿の剣が映った。

 刀身が柄のところから二股に分かれている、まるで馬の蹄のような剣。

 それを最後に、カリオスの意識は闇に沈んだ。


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