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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
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魔剣の鍛冶屋

 アニスらは山を下っていた。

 ヴーレンを出て二日が経った。

 ラケナリアのところをあとにし、馬を休めるためにラケナリアのところに行った後、宿をとって出発した。翌日、眠れなくて辛かったが、そんなことを言っている場合ではない。

 登山する際は霧に注意して慎重に登った。が、霧は出てこなかった。そのまま何も起こらず、今に至る。下山の際も何か起こるような気配はない。

 安全面ではとてもいい。が、何の手がかりも得られないのは歯がゆい。

 焦る気持ちをなんとか抑えて彼女は、

「うっ……」

 乗り物酔いと戦っていた。

「カリオスに会うまで……死ぬわけには……」

「死なねえから安心しろ」

 レオンは淡々と言い、ため息を吐く。それにヌルデも笑う。

「この山を下りたらもう少しだと思うよ」

「どの……くらい?」

「一日かかるかどうかくらいかな。早くなるかは馬と相談ってところだね」

「うう~……カリオス……さきに、いく……ね」

「ネタラシヌゾー」

 レオンはどうでもよさそうに声をかける。

 登山の時とは違い、下山は半日もかからなかった。

 山を下りたところで小休憩をはさみ、再び発進する。

 山の頂上から城が見えた。そこから計算するに、明日の朝には着くだろう。

 目的地が近づくにつれ、全員の表情に緊張が目立ってくる。

 と、しばらく馬車に揺られて、ちょうどお昼くらいになったころ、

「ん?」

 ヌルデがそんな声を漏らした。それにレオンが反応する。

「どうした?」

 馬車から顔をだし、彼女の様子を見る。ヌルデは目を細め、

「あれ……人?」

 前を指さす。目を凝らして見ると、そこには一人の青年が倒れていた。

 近づいて起こす。どうやら気絶しているらしい。

 どうする? と聞く間もなく、馬車から「の、乗せる!」とアニスが青い顔で言ったので、とりあえずケーラまで乗せていくことにする。

「……ん」

 しばらくすると、馬車の振動のせいか、青年が目を覚ます。

「お、起きたぞ」

 レオンがそう言った瞬間、青年は彼に向って殴りかかる。

 突然のことに反射的に硬直してしまう。

(しまっ……)

 拳が顔面に向かって飛んでくる……はずだった。

 青年はその途中でふらっと急に脱力し、前に倒れる。

 全員が硬直した。

 いったい何が起こったのか。そう思っていると、

「……ちくしょう」

 次の瞬間、ぐぅ~と盛大に腹の虫が鳴き喚いた。

 それは紛れもなく、この青年の腹からだった。

 


 と、いうわけで、昼食をとることにした。



 バクバクむしゃむしゃ、と目の前にある食料が青年の口の中に消えていく。

 一行はそれを見て唖然としていた。

 ほぼすべての食料を平らげると、青年は満足げに一息吐く。そしてその場に正座し直すと、

「本当にありがとうございました! そして本当にすいませんでした!」

 深々と頭を下げる。

 それを見て女二人は、

「アニス。これは?」

「まだまだね。誠意は感じられるけどフォームがいまいちよ」

「え……」

「お前ら」

 どういうことだろう、と言いたげな青年。レオンは二人の頭に拳を振り下ろし、

「俺が話すからどいてろ」

 と二人の間に割って入るように前に出てきて、青年の前に座る。

 彼に顔を見て、青年は申し訳なさそうな顔になり、

「え、えっと……ごめんなさい!」

「ああいいよ。それより何があったんだ?」

 彼の謝罪を流し、レオンは本題に入る。彼の体にはいくつものかすり傷があった。今はアニスによって回復してなくなったが。

 それを聞かれた青年は目を伏せ、落ち着きなく視線を乱すと、

「あ、あの……あなたたちは?」

「ああ、そういえばまだ紹介してなかったな。と言ってもただの旅人なんだけどな。『魔剣の鍛冶屋』のうわさを聞いてやってきた」

 それを聞いた瞬間、彼の顔が青ざめる。

「『あれ』に……会いに行くんですか?」

「知ってるのか!?」

 青年は震えながら頷く。

 思わぬところで情報が手に入った。

 彼は震える声で、

「……悪魔だ」

「……詳しく聞いてもいいか?」

「……」

 青年は少しの間黙っていたが、

「あ……あいつら(・・・・)は、子供をさらって売るんだ」

 その言葉を聞いた瞬間、全員が絶句した。

 青年は自分を守るように自分の体を抱える。

「女は多分……下手したら男も……うっ――――――」

「大丈夫か?」

 青年は顔を青くし、自分の体を抱きしめる。

「僕はその途中で逃げ出して、必死に逃げてたら森の中で迷ってしまって、この道を見つけた時にはもう限界で……」

 次第に青年の体が震え始める。精神的な傷が相当大きいようだ。

「本当に大丈夫か?」

 レオンは心配になり声をかける。それに彼は唾を飲み込み、ぎこちなく頷くと、

「あいつらは代金の代わりに鉄を求めてた。いずれ国にも取り入ってやろうって話もしてた」

「マジか……」

 そうなればかなりの大ごとだ。

 強国のケーラに魔剣が渡ったら一気に連合の均衡が崩れかねない。

 うわさと一緒にとんでもないものも発掘してしまった。

「そうか……ありがとう」

 レオンはそういうと深刻な顔で立ち上がり、舌打ちする。

 暗い顔をしているのは彼だけではなかった。後ろのアニスもヌルデも同じだ。

 それはケーラが魔剣を手に入れる、ということもある。

 しかし、それよりも彼らの耳に残っていたのは、

(子供をさらって……売る)

 アニスの頭が最低の結末を導く。

 もし、先にカリオスがケーラに着いていたとしたら。

 血の気が引いていくのが分かった。

 その予想は全員していた。一行は急いで出発の準備を整えると、馬車に乗る。

「あなたは!?」

 アニスは馬車の荷台に手をかけ、青年に問う。

 彼は、

「……僕は」

 少し迷い、そしてアニスの方に手を出そうとする。が、

「……ごめん」

 その手を引っ込めて、俯く。

「ごめん……」

 彼の目から涙がこぼれる。体の横におろされた両手は爪が食い込まんばかりに固く握りしめられ、口は歯が折れそうなほど噛みしめられていた。

「……ごめん。僕は……」

「そんなに自分を責めないで」

 気が付くと目の前にアニスがしゃがんでいた。

 彼女は彼の頭を撫で、

「もうあなたは十分に傷ついた。だからこれ以上傷つけないで」

「でも、僕は」

 彼はそれでも納得がいかず、俯いてしまう。それに彼女は微笑み、

「大丈夫よ」

 そして立ち上がり、

「そんなやつら、私たちがけちょんけちょんにしてやるわ!」

 と、いつもの調子で胸を張った。

 それに彼は一瞬、きょとんとして、

「あ、あなたたちはいったい……」

「言っただろ」

 それにレオンが馬車の後ろから凭れかかるようにして顔をだし、にやりと笑う。

「ただの旅人だ」

 それに彼はまたもポカンとしてしまう。そしてもう一度アニスに視線を戻す。彼女は自慢げに胸を張り、鼻を鳴らす。

 それを見て、彼は俯き、そしてしばらくして顔を上げる。そこにはやはり悔しそうな彼の顔がある。が、同時に嬉しさ、安堵も感じられた。

「お願いします! みんなを助けてくださいッ!」

「任せなさい!」

 アニスはそういって胸を叩くと、馬車に乗り込む。それを確認してヌルデが馬を出す。

 彼はそれが見えなくなるまで頭を下げ続けた。

 あの人たちならやってくれそうな気がする。

 そんな漠然とした、しかし大きな希望を思わせる何かを彼女から感じた。

 青年と別れ、見えなくなるまで手を振った後、ヌルデが後ろを向いてふと言った。

「あれ? 乗り物酔いは?」

「あ……」

 と彼女は手を挙げた状態で固まり、冷や汗を吹き出し始める。そして、馬車の外へ身を乗り出し―――――

(……待っててカリオス。必ず見つけ出してあげるから)

 乗り物酔いで揺れる意識の中、彼女は強く心に誓った。

 こうして一行はケーラに入った。



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