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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
53/122

再出発 -2

 お昼を取った後、

「ん~……」

 二人は森にいた。

「見つかったかいカリオス?」

「……残念ながら」

「ハハハ! 本当に残念そうな顔だね」

 カリオスとリュトは森の中を中腰で歩く。そして血眼になってあるものを探していた。

 それはリュトにとってとても大切なものなのだそうだが、どこかでなくしてしまったらしい。

 あぁ~、とカリオスは何ともオヤジくさい声をだし、腰を伸ばす。一昨日からこの作業が続いている。

 それを見てリュトは笑う。

「さすが三十歳、といったところか」

「商売道具をなくした人に言われたくありません」

 カリオスは再び中腰になり、草木をかき分ける。それを見て彼女は満足げな表情をし、同じように流し始める。

 商売道具。この言葉から大まかに察することができるだろう。

 

 

 彼らが探しているのは『トンカチ』だ。

 魔剣を作るためのトンカチ。

 

 

 見た目は普通のものとあまり変わらないが、それがあるのとないのとでは出来具合が全く違うそうだ。

 彼女の工房の玄関にあったものは全てもとのトンカチがなくなってから作ったそうだ。それでも『魔剣』というジャンルのものを作ってしまうのだから恐ろしい。

「ん~ないな~」

「もう森はほとんど探しましたよ」

「なら次は集落かなぁ。あれぇ……どこに置いたかなぁ」

 彼女は頭を掻きながら辺りを見回す。そして疲労感に満ちたため息を吐く。

「もう今日はやめよう。疲れたよ」

「ダメですって!」

「いいの」

「いや僕がダメなんですって!」

 カリオスはきびすを返して行ってしまおうとする彼女の肩を掴み、引き止める。その瞬間彼女がものすごく面倒くさそうな顔をして振り返ってきたが、そんなことはお構いなしだ。

 何せこの仕事を達成しないと彼は仲間のもとに帰してもらえないからだ。

「まだ探してないところは?」

「あとは~……ないかな?」

 彼女は頭にクエスチョンマークを浮かべる。本当に思い当たらないようだ。

 しかしこういう時、大抵は見当もつかないところにあるものだ。

 カリオスは色々考えてみる。

 そして、

「全域見てみましょう」

「えええぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~」

 リュトは肩をガクリと落とし、口を『へ』の字に曲げる。明らかにその顔には「面倒くさいな~嫌だな~帰ってゆっくりしたいな~」といったものが見て取れる。

 こっちの方が面倒くさいよ! という言葉を胸にしまい、彼女の表情に少しひきつった笑顔を返して、カリオスは手を引っ張る。

「ほら、行きますよ!」

「ブーブー!」

 と彼らは森を出て、集落の方に向かってみることにする。

 嫌がる彼女を引っ張る形で歩いていると、しばらくして森を抜け、集落が見えてくる。

 彼が槍を突き付けられた、あの集落だ。

 カリオスはゴクリと唾を飲み込み、足を進める。

「いやならいいんだよ?」

 いつの間にか横に並んで歩いている彼女が、活き活きとした表情で囁く。が、カリオスはそれを無視し、集落に入る。

 その瞬間。

「きゃああああああああッ!!」

 そんな甲高い悲鳴を目の前にいた女性があげた。カリオスは何もしていない。ただ集落に入っただけだ。

 彼女は驚き飛びのき、地面に尻餅をついてしまうが、慌てて起き上がり、脱兎の如く走って行ってしまった。

 残されたカリオスはポカンと口を開け、何とも複雑な気持ちで胸をいっぱいにしていた。

 腑に落ちない、といった顔でリュトの方を見ると、彼女は人の心を逆なでするような度屋顔で胸を張る。

「だから言ったじゃないか」

「何も言ってないでしょ! え~とかブーとかそのくらいしか口を開いてないじゃないですか!」

 ハハハ、と彼女は笑う。が、カリオスは笑えない。再び集落の方を見ると、全員が視線をそらし、家の中にいる者たちは一斉に窓を閉め始めた。

「え……」

 さすがにへこむ。

 この扱いは一体どういうことなのだろう。

 カリオスは数歩歩き、辺りを見回し、愕然とする。

「彼らは未知に対して警戒心が強いんだよ」

 そんな彼の肩にリュトは手を置き、

「大丈夫。私もそうだから」

「今もですか?」

「そうだね」

 特に感情を込めず、それだけ言うと彼女はきびすを返し、

「だからここにはあまり来ない。トンカチを持ってくる用事なんてここにはないよ」

 と集落を出ていく。その表情はどこか諦めや悲しみが見えた。

 カリオスもそのあとをついて集落を出る。

 そのまま沈黙が続き、二人はリュトの家まで戻ってきた。

 中に入ると彼女がコーヒーを淹れてくれた。

「今度は砂糖を大目に入れたからね。きっと口に合うと思うよ」

 そういって彼女はカリオスの向かいの席に着く。彼はコップを持ち、恐る恐る口に運ぶ。

「……おいしい」

「それはよかった」

 彼女は満足げにコーヒーを飲み、

「疲れたぁ~」

 とテーブルに突っ伏す。

「コーヒー零さないで下さいよ」

「うーん」

「昨日そういって零したじゃないですか!」

「うーん」

 はぁ、とため息を吐き、カリオスはコーヒーを口に運ぶ。砂糖が入ると飲みやすく、またこの前は気づかなかった香りも、楽しむことができた。

 ふう、と一息吐く。

 この後どうしたものか。

 ここにきて時間的にはおよそ三日が経っている。二日目三日目は森でひたすらもの探しをし、本日四日目はこの有様。

 一日目、つまりここに来た日はとりあえず体を休めろと言われ、素直に泊まったが、催して用を足しに行こうと布団を出て入口のドアを開けると、数本の魔剣が一斉に飛んできて危うくチビリそうになったのを覚えている。そのあと、その剣たちに見守られるように囲まれて用を足したことも一生忘れないだろう。

 カリオスは大きなため息を吐き、両手で顔を覆う。

「アニス……」

「ん? 今のは彼女の名前か?」

「え……ああ、言ってませんでしたね」

 彼女はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべ、テーブルの上を迫ってくる。

「え~なになにぃ? 聞きたいですなぁ」

「いえいえいえ! そんなあなたの期待するような仲じゃありませんよ!」

 でも、とカリオスは付け加え、一泊置いた後にとても嬉しそうな笑顔をして、

「最も大切な仲間です!」

「へぇ~」

 彼女は腕を組んで今度は横目に見下すように視線を向けて、

「な・か・ま、ねぇ。へぇ~」

「……リュトさんにはいないんですか?」

 その瞬間、場の空気が凍ったような気がした。

 リュトの目の色がさっきまでの興奮したものとは変わり、冷めたものへと変化する。

 そして、

「……それは興味本位で? ならちょっと怒るよ?」

 その声音から、不機嫌になったことは明らかだった。

 彼女の地雷を踏んでしまった。カリオスはそう感じた。

 否、若干分かっていた。

 カリオスはその迫力に少し気圧されるが、

「す、すいません……でも、その……一人で住んでるし、集落からもなんだか歓迎されてないように思えたので……寂しいんじゃないかって」

「……」

 彼女はその様子を見て、大きなため息を吐き、コーヒー飲む。

「……唯一の仲間がね。今は行方不明なんだ」

「え……?」

 彼女は「あげる」と自分のコーヒーを全てカリオスの中にあける。彼は悲鳴を上げるが、それくらいでとまるわけはなく、空になったコップを流し台に置き、戻ってくる。

「それもったいないから残さないでよ」

 カリオスは顔をしかめるが、無駄だとわかり、渋々コーヒーを飲む。

 彼女は切り替えるようにフッと息を吐くと、

「まあ、ね。私がまだエルフたちの集落に馴染めていないのは事実だよ」

 彼女はいつもとは違う、少し寂しげな顔をする。

 でもね、と一泊の後つけたし、

「一人いたんだ。物好きな奴が」

 リュトは記憶をたどり、頬をほころばせる。

「最初あいつは一人でここに来たんだ。名前は『アダー』。年齢はちょうど君くらいだったよ」

 とても温かい、柔らかい表情だ。

「その頃の私はね。最高の武器を作ることに没頭していた。より硬く、より鋭く、より強力に。そんなことばかり考えていた」

 彼女は天井を仰ぎ見る。そして目を細め、

「それが原因になったんだ」

 その顔には明らかな後悔の色が見て取れた。

 リュトは机に肘を突き、眉間に手をやる。

「あいつが一緒に川に行こうっていったんだ。でも私は作業に没頭していて適当にまた今度だとあしらった。それが何回か続いた」

 少しずつ彼女の口調が早くなる。

「アダーがどこかに行きたがっても私は全て拒否していたんだ」

 心に溜まっていたものを吐き出すように。見えない誰かに懺悔するかのように。

「そしてある日、丁度一年前かな。私は自分の思い描いたものを作ることができず、苛立っていた。それをあいつにぶつけてしまったのさ。そこから言い合いになり、そこで私はひどいことを言ってしまった。今でも忘れないよ」

 彼女の声は徐々に震えだし、そして、

「『付きまとわれて迷惑してるんだ。行きたいなら一人で行って来たらどうだい? 正直邪魔なんだよ』って」

 机に上に、ポロポロとしみができる。彼女は顔を抑え、雫はそこから零れている。

「最低だよ。私……」

「リュトさん……」

「そのあとアダーは私のトンカチをもって出ていったんだ」

「え……じゃあ」

 驚きの声を上げるカリオスの顔を、リュトは申し訳なさそうに、

「すまないねえ。どうにも……不器用で」

そして自嘲の笑みを浮かべる。

 寂しかったのだ。どうしようもなく。

 アダーという子がいなくなってはじめて彼の大切さに気づいた。

 心にぽっかりと穴が開いているような、そんな感覚。

「……僕は」

 彼には、その思いが理解できる。

 身近な誰かが、別れの言葉もなしに、唐突にいなくなる。

「僕は、父を亡くしました」

「え……!?」

「父は狩りに行って、倒れてきた巨木に挟まれて亡くなったんです」

 そう言ってカリオスは自分の腰につけているナイフを抜き、リュトに見せる。

「これは父の形見なんです」

「ああ。だからあんなに大切そうに」

 彼はナイフをしまうと、

「リュトさんと同じです。僕はその胸に開いた穴を村のみんなに埋めてもらいました」

 でも、と瞳をまっすぐにリュトに向け、

「あなたはまだ間に合います」

 そして彼女の手を握り、

「探しましょう! まだ見つかりますよ!」

 嘘や他意は感じられない、真摯で力強い光を宿していた。

 いきなりの発言に、リュトは少し唖然としてしまうが、

「……ありがとう」

 そう自分だけに聞こえる声で呟き、涙を拭うと、

「大きく出たねえ」

 にやりと笑う。そこにはさきほどまでの悲しみに満ちたリュトはおらず、いつもの面倒くさい彼女がいた。

 いつもの彼女に戻ったことに安堵し、さて、と彼は立ち上がる。

「なら行きましょうか」

「え、どこに?」

 いきなり行こうといわれ、その目的地が見えないリュト。

「決まっているじゃないですか!」

 カリオスはその様子に満足げな笑みを浮かべる。

「探しに、ですよ!」

「宛てもないのにかい? 私も思いつく限りにところは回ったよ?」

 彼の様子に、リュトは少し呆れ半分で答える。しかし、カリオスは得意げに鼻を鳴らし、

「行方不明ってこの集落の中での話ですよね?」

「あ、ああ」

「で、エルフの彼らは集落から出ない」

「……まさか『外』に出たって言いたいの?」

「え……」

 彼女は細目で半場睨むようにカリオスを見る。期待させるだけさせておいてその解答? 呆れるわ、とでも言いたげな視線だ。

 えっと~、とカリオスは視線を逸らし、冷や汗を垂れ流す。

 彼女は落胆し、大きなため息を吐く。が、

「ま、いいか」

 と腰を上げ、そしていたずら気ににやりと笑う。

「たまには鍛冶以外の運動もしないとね」



 少し経って夕方。

 カリオスはリュトの工房の前にいた。

「よっ! ほっ!」

 そんな声が中から聞こえてくる。いったい何をしているのだろうと頭の片隅で思いつつ、ここから出た後のことについて思考を巡らす。

 まずヴーレンとケーラのどちら側に出るのだろうか。そしてアニスたちはどちらにいるのだろうか。

 時間的に考えて、彼女ならケーラに向かっている、もしくは着いている可能性が高い。

(行き違いになった場合はどうしよう……)

 何かいい解決策はないか、と首を捻っていると、工房から、

「あ、」

 と聞こえた後に、

「ああッ!!」

 と叫び声が聞こえ、次の瞬間、ドンガラガッシャーンッ!! と想像に容易い音が聞こえる。

 カリオスはその音にあきれ、面倒くさいが助けに行くことにする。

 ため息を吐いて玄関から中を見ると、

「は、はふへへ……」

 体を軟体動物のようにくねらせ、床に縫いとめられるような状態になっているリュトが目に入った。降り注いできた刃は全て寸でのところで躱している。口にも一本加えている。

「ふ、ふる~(つ、つる~)!」

 体をプルプルと痙攣させ、訴える彼女。

 カリオスは仕方なく刃の森をかき分け、彼女を救出してやる。体の自由が確保され、彼女はぜえぜえと肩で息をする。そして一度大きく息をすると、

「いや~危なかった。さすが私の作ったトラップ。解体するのも一苦労だ」

「いや思いっきり引っかかってたじゃないですか!」

「それは価値観の違いだね」

「それは誰ともかみ合いませんよ!?」

 はぁ、とため息を漏らすカリオス。対称的に彼女は苦労して取り出した剣を背負い満足げだ。

「ふむ。ずいぶんと触ってなかったが、なかなかしっくりくるものだね」

 リュトの背中には四本の剣が背負われている。全て形が違い、どれも一般的な剣とは異なる形をしている。

「それは?」

「これは私が作った最高傑作だよ。それぞれに四大元素の力が込めてあるんだ」

 彼女はそれを見て、担ぎ直すと、

「さ、行こうか」

「中は片づけなくていいんですか?」

「いいのいいの! 後ろは振り返らなーい!」

 現実逃避だった。

 彼女は意気揚々と進んでいく。

 カリオスもそれにため息を吐きながらついていく。

 リュトはどんどんと森の中に入っていく。

「霧はね。入るものを拒むけど、出ていくものはあんまり拒まないんだよ」

「そうなんですか?」

 そう、と彼女は言ってにやりと笑う。

「その証拠に……ほら」

「え……」

 そこで彼は気づく。

 さっきと森が変わっていることに。

 森の恩恵の中で育ったカリオスには木々の違いが顔の違いのように分かる。

 ここは、『フェルス』だ。

 彼らは結界をあっさりと出てしまった。

 あまりにも容易く脱出できたことに、唖然としてしまうカリオス。一体あのトンカチ探しは何だったのか。彼女はこのことを知っていたのだ。

「騙された……」

 落ち込みその場にしゃがみ込むカリオス。リュトはそれをニヤニヤと見下ろし、

「まだここからだよ」

 と言う。

 彼女の顔に少しの緊張が生まれ、後ろを振り返る。そこにはフェルスの森がある。

 カリオスもそういわれて振り返ってみる。特に何の変化も見られない、ただの森が。

 そう思っていると、

「!」

 突然その木々の隙間から白い霧が溢れ出してくる。

「ほらバレた。集落の長、つまりあのおじいさんに許可をもらわずに外に出るとこうなるんだ」

 しつこい男は嫌われるぞー、と彼女は霧に言うが、当然反応は返ってこない。

 カリオスはナイフに手をかけながらも、逃げる準備をする。

 が、

「まあ所詮は霧だからね」

 リュト自身は一切動作をしていない。しいて言うなら鼻で嘲笑したくらいだ。

 彼女の背中にある魔剣の一本がひとりでに抜けて、彼女の前に浮遊する。それは一見は普通の剣のように見える。

 彼女は霧に右手を翳すと、薙ぎ払うように振るう。それに合わせてその剣も宙を横に薙ぐ。

 その瞬間、ゴブオォッと辺りの太い木々がしなるほどの突風が吹き、這い寄ってきていた霧を全て残らず吹き飛ばしてしまう。

 役目を終えた魔剣は再び鞘に納まる。リュトは乱れた髪をかき上げると、晴れ晴れとした顔でニッと笑い、

「さ、行こうか!」

 きびすを返し、足を進める。

 『魔剣の鍛冶屋』の実力。

 その片鱗を見たカリオスは、少しの恐怖と畏怖を抱き、彼女についていく。

 そしてその夜。二人はケーラに入った。


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