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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第五章 『魔剣の鍛冶屋』
51/122

リュト

「ちょッ! 待って待って!!」

 カリオスは両手を上げ、抵抗の意思がないことを示す。が、彼らから突きつけられた槍はピクリとも動かない。

 まず驚いたのは『変化の魔法(トランス)』が解けていたことだ。どうやらあの霧を通ると消えてしまうようだ。

 そしてカリオスは囲まれていた。円を描くようにぐるりと周囲を十人に包囲され、腹部にそれと同じ数の槍が向けられている。

 その全員が薄い金色の髪を持ち、耳が尖っている。

 エルフだ。

 『山の精』ではない。

 彼らは魔法を得意とし、魔族よりも長生きだ。基本は自分たちの『里』、つまり領地内で一生を終え、外界に出ることはあまりない。

 カリオスはその領地に入ってしまったのだ。

 と、カリオスの目の前の列が割れ、そこから一人の老人が歩いてくる。雰囲気から見てどうやらここの長のようだ。

 彼はカリオスの前で止まると、頭の先からつま先まで、まるで観察するように視線を移し、

「ここへ何しに来た?」

 目を見る。そこには明らかな疑念と警戒の色が見て取れた。

「『魔剣の鍛冶屋』の伝説を追っている途中、ヴーレンで霧の噂を耳にしたのでやってきました」

 ほほう、と彼は目を細める。そしてしばらくの沈黙の後、彼はきびすを返すと、

「我々はこの戦争に関与しない。そのつもりだったが……」

 そして去り際に一度カリオスの方を見て、

「魔族が『彼女』の存在を嗅ぎつけた、以外に何か考えられるか?」

 その言葉を放った瞬間、囲んでいた全員の槍を持つ手に力が入る。そして彼が出て行き、道が塞がれると、

()れ」

「まあ待ちなって」

 その声に全員が注目する。今度は左側に道ができ、そこからあの桜色の少女が現れる。

 彼女は全体の様子を見ると、大きく息を吸って、

「これは私の客人だ! 手を出すことは私が許さない!」

 それを聞いた男たちは困惑した様子で互いを見合う。それに彼女は畳みかけるように、

「不作法だな。これがこの村の持て成し方か? 私の時とはずいぶん違うな」

「で、ですが」

「さーげーろ。この集落でのこの子の行動には私が責任を持つ」

 槍を持っている男の発した言葉を遮る。

 それに全員が渋々従い、構えを解く。彼女が「ありがとう」と礼を言うと、男たちは一礼し、去っていく。

 長はため息を吐き、

「問題だけは起こさんでくださいよ?」

 と言って去っていく。

 それに彼女は、

「はいはーい! ありがとうございまーす!」

 と、さっきまでの気迫はどこへやら。出会った時のようにマイペースな感じに戻っていた。

 カリオスは嵐のような一部始終に呆然としていたが、彼女が彼の肩を叩き、

「大変だったね。私の家に来なよ。お茶くらい出すし」



      ・・・



「上がって上がって」

「お、お邪魔します……」

 やってきたのは集落から離れたところにある小さな木造の民家だった。近くに他の民家はない。

 ここが彼女の家らしい。

 中に入ると奥の食堂に通され、テーブルに着くように促される。

「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

「じゃあ……コーヒーで」

 コーヒーは話で聞いたことがあるが、カリオスはまだ飲んだことがなかった。が、紅茶は散々飲んだので違うものを飲みたかった。

 しばらくして彼女が「どうぞ」と彼の前に黒いお湯の入ったカップを置き、向かいの席に着く。

 彼はカップを持つと、注意深く匂いを嗅ぎ、一口含む。そして、

「……にっがい!」

「何だ、飲めないのかい?」

 ブラックコーヒー。

 彼女は平気でそれを飲み、少しうっとりした表情をする。

 対してカリオスは少しむせてしまう。

「こ、これはこういう飲み物なの?」

「そうだよ。口に合わなかったみたいだね。初めてだったかな?」

 カリオスは黙って頷く。それに彼女は「そうかい」と言って自分の分を飲む。

 彼は自分のカップをそっとテーブルに置くと、彼女の方を見る。

「あの……」

「何だい?」

「た、助けてくれてありがとうございました」

 彼女は少し頬を綻ばせ、カップをテーブルに置く。

 そこで今度は彼女が申し訳なさそうな表情をし、

「礼なんて……君は私を連れ戻そうとしたあの『霧』に巻き込まれたんだ」

「巻き込まれた?」

「怖い思いをさせて本当に申し訳ない」

 彼女はテーブルの上に手を突き、深々と頭を下げる。慌ててカリオスは顔を上げさせようとするが、その瞬間に彼女は顔を上げ、カリオスの眉間に頭突きが繰り出される形になる。

 彼女はずつきをくりだした!

 こうかは、

「うごはッ!!」

 ばつぐんだ!

 カリオスは大きく仰け反り、そのまま椅子ごと後ろに倒れる。

 それに彼女はコーヒーをズズーっとすすり、

「今のは私が悪い?」

「……いえ。きっとあなたの頭が悪いんでしょう」

 カリオスは椅子を立てながら言う。それを聞いた彼女はしばらくポカンとしていたが、突然笑い出し、

「アハハ! 面白いね君!」

「え?」

 椅子に座った途端褒められ、カリオスは驚く。それに今度は彼女が少し驚き、

「あれ? そういう意味で言ったんじゃないのかい?」

「え? あなたの頭が……あ! ごめんなさい! そういう意味じゃなくて!」

 自分の発した言葉に気付き、彼は慌てて謝罪しようとする。が、彼女は特に気にする様子はなく、

「いいよいいよ。舞い降りてきた神様に感謝するんだね」

 と、笑い流してくれた。

 ホッとしてカリオスはカップの中身を口に含もうとしてコーヒーだということを思い出し、再びテーブルに戻す。

「そういえばまだあなたの名前を聞いてませんでした。いいですか?」

 ああ、と彼女も忘れていたようで、コーヒーを一口飲むと、

「私は『リュト』。よろしく」

 と、出された手をカリオスは握る。

「僕は『カリオス』です。よろしくお願いします」

「カオス君ね。覚えた覚えた」

「違います! カリオスです! カ・リ・オ・ス!」

「ああごめんごめん。忘れっぽいもんでね」

 リュトは笑って誤魔化すと、コーヒーを含み、

「で、カリオス君。出会った記念に手伝って欲しいことがあるんだけど……いいかな?」

「はい?」

「今のは了承?」

「いえ疑問形です」

 冗談だよ、と笑い、彼女は席を立つと付いてくるように言う。

 彼女は家を出て、隣の林の中に入っていく。カリオスもその後を追って付いていくと一軒の小屋が姿を現した。

 その中に彼女は入っていく。カリオスもともに中に入る。

「わっ!」

 思わずそんな声が出てしまったのは、玄関を入ってすぐに大量の剣が出迎えてくれたからだ。

 天井から壁から床まで一面に所狭しと並べられた


 剣、剣、剣、……いや、それだけではない。

 斧、投剣、鎌、槍、刀。


 小さな玄関一面が白銀色で染め上げられていた。

「これ……」

「迂闊に触ると全部崩れてくるようになってるから注意してね。あとそれ全部『魔剣』だから」

「うえッ!!」

 すんでのところで素早く手をひっこめる。

 こんな数が降ってきたらひとたまりもない。しかも全て魔剣。そう彼女は付け加えた。

(と、言うことは……)

 玄関の奥に通される。そこに入った瞬間、彼女はニヤリと笑い、

「お察しの通り、」

 振り返り、




「私が『魔剣の鍛冶屋』。『リュト』だよ」




 手招きする。それに従ってカリオスは奥の部屋に入る。

 そこは工房だった。

「ここで剣を作ってるんだ」

 彼女は作りかけの一本を手に取り、それを眺めると、

「そこにあるものはどれでも持って行っていいよ」

「え?」

 いきなりの言葉のカリオスは思わず聞き返す。彼女は作りかけの剣をもとの場所に戻すと、視線を玄関の方に向け、

「だから、そこにある失敗作ならいくら持って行ってもかまわないって言ったんだよ。君だと短剣がベストかな?」

 そう言ってリュトは再び玄関に行き、そこから何本か取り出すと、工房内の机の上に並べる。

 それはどれも見事な物で、今カリオスが使っているものよりも数段いいものばかりだった。

「え、でもこれ……」

「丁度処分に困っててね。君に全部あげるよ。投剣でもいいよ」

 と、彼女は再び玄関に戻り新たに剣を取ってこようとする。が、

「いりません」

 カリオスはそう言い切った。

 リュトの脚がピタリと止まる。彼女は振り返り、物珍しそうな顔をする。

「いらないのかい?」

「はい」

 その質問に、カリオスははっきりと答えた。彼は自分の腰に着いているナイフを触り、

「これはそんな簡単に変えられるようなものではないので」

「愛着、か」

 クスリと彼女は笑う。それはさっきまでのいたずらじみたものではなく、どこか嬉しそうな印象を受けた。

「その武器を作った人は幸せ者だね」

「いえ。僕なんかが使ったところで」

「いや。嬉しいだろうよ」

 彼女は少し遠い目で、

「自分のやっていることが人のためになるんだ。それだけでやりがいがあるってものだよ」

 天井を仰ぐ。

 その表情は何かを後悔しているように思えた。

 と、その顔をしたのもほんの一拍で、彼女はさっきまでの様子に戻り、

「いやいや。少し思い出にふけってしまった。で、私は君に何かお詫びをしたいんだけど、どうしたものか」

「え、何のですか?」

「霧に巻き込まれたじゃないか。あれは私が勝手に外に出たから出てきたんだよ」

「あ、いえ。それはもう村に入ってきたときに返してもらったので」

「あれはノーカウントだよ。何かないのかい?」

 ん~、とカリオスは首を捻る。

 今彼がふと浮かんだのは『一緒に旅に同行して欲しい』だ。が、それは簡単に承諾してもらえるとは思えない。第一あの霧がある限り難しいだろう。それにエルフたちの様子から、彼女は簡単に出さしてもらえるとは思えない。

 どうしたものか。

「ん~」

「何かあるのかい?」

 カリオスの様子を察し、リュトは彼の顔を覗き込んでくる。それに驚き飛び退くと、彼女は可笑しそうに笑う。

「失礼だね。まるでお化けに会ったみたいな反応じゃないか」

「お化けでは怖がりませんよ」

(あの『死体』は別だけど……)

 不満げな表情をするカリオスに、彼女はクスクスと笑い返す。そして「ふむ……」と一拍置くと、

「どうしてすぐに私の力をこわなかったんだい?」

 直球。

 カリオスが考えていたまさにその質問だった。

 彼女は目を細め、興味深そうに、また意地悪そうに微笑む。

 カリオスは不意を突かれ動揺するが、彼女が切り出してくれたことにも感謝していた。

「いえ。そう簡単なものではないと思いまして」

「ふむふむ。君は中々謙虚だな。それとも堅実といった方が正しいのかな?」

 まあいい、と彼女は席を立ち、

「気に入った。気に入ったよ」

「え?」

「君のことが気に入ったと言ったんだ」

 彼女は工房の入り口のところでくるりと向き直ると、

「少し手伝って欲しいことがあるんだ。それを達成してくれたら何でも言うことを聞こう」

「……はい!?」

「ただし、成功するまで続けてもらうぞ」

「えええええええええええええええええッッッ!!」

 こうしてカリオスはリュトの下僕として登録された。


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