ベルデにて
ネーベルの旅立ちから二日。
一行は調べた村に来ていた。
「ここがツユクサさんのいた村ね」
『ベルデ』
どこにでもある普通の村だ。ススキの居たあの村と大差はない。
柵を潜り、村を歩いていると、何人かの人たちがこちらを向く。珍しいのだろう。
そのうちの一人にアニスは声を掛け、村長の家を聞く。
その人は快く案内を引き受けてくれ、村の中で一番大きな家に着く。
「ありがとう」
彼女そう言うと、その男性は少し顔を赤らめる。魔法を解いて正体を知ったらどんな顔をするだろうか。
ドアをノックする。
「こんにちは」
と、声が帰って来る。
男性の声だ。
「誰かな?」
「旅の者です。この村に少し用があるので、挨拶をと思いまして」
「それはそれは、わざわざありがとうございます。どうぞ上がってください」
失礼します、とアニスたちは中に入る。と、屈強な体つきをした男性が出迎えてくれた。どうやらこの人が村長のようだ。
「ようこそベルデへ。私が村長の『ムラサキ』です」
そういうと男は頭を下げる。それに彼女らも頭を下げ、
「私はアイリスです。こっちは夫のレオン。これが息子のカリオスです」
と彼女に紹介され、二人は頭を下げる。それにムラサキは頭を下げる。
「それで、もしよろしければここに来られた理由を聞かせてもらっても?」
「はい。水を少し分けてもらいたいのと、こちらに伝説やおとぎ話に詳しい方がいると聞いたので、お話を聞きたいなと」
「ああ。『ヌルデ』のことですね」
「おそらくその方だと。有名な方なのですか? 噂でしか聞いたことがなかったので」
「ん~……噂になるくらい有名だということだと思います。私もこの村からあまり出ないもので」
と、彼は笑って頭を掻く。
「よろしければ案内しましょうか? 丁度私も彼女に用事があったので」
と、彼は手に持っていた本を見せる。
「しばらく返さないと怒るので」
と、彼らは外へ出て、彼に案内される。
「女性の方なんですか?」
「ええ。村では図書館のような役割を担ってますね。……ほら、ここですよ」
と、一軒の家に着く。そこはさっきのムラサキの家に比べれば少し小さいが、村では二番目くらいの大きさのある家だった。
ムラサキはドアをノックする。すると中から声が帰ってくる。
「誰だ?」
「ムラサキだ。それと旅の方々が君に会いたいそうだ」
「開いてるよ」
彼はドアを開ける。それに続きアニスらも「失礼します」と中に入る。
まず初めに飛び込んできたのは、大量の本だった。
部屋に所狭しと並べられた、天井まである大きな本棚。その中にはぎっしりと本が並べてあり、それでも入りきらなかった本がそこら中に積まれている。
図書館といわれるのが納得できる。
そんな本棚の間に、眼鏡をかけた栗色の長髪の女性が一人立っている。
手には分厚い本があり、彼女はそこから目を離さない。
「前に借りたのを返しに来たんだけど」
「元あった場所に返しといてね」
「どこだっけ?」
彼は困ったように頭を掻く。
彼女は一度チラリとムラサキの方を、正確にはムラサキの持っている本の方に目を向け、
「一番左の列の手前から二番目の棚。そこの上から三段目の左から十二番目」
スラスラと情報が出てくる。彼はそれを聞いて、
「ありがとう」
礼を言って本を返しに行く。
アイスらはそれを唖然として見ていた。
本を返し終わったムラサキは、そんな彼女らを見てクスリと笑い、
「彼女がこの村の図書館であるヌルデさんだ」
「誰が図書館だ」
「違うのか?」
フン、と彼女は鼻を鳴らす。そして本を閉じて、こちらに視線を向ける。
「で、そちらの方々はどんな用かな?」
そう聞かれ、まだ少し気の抜けていたアニスは慌てて取り繕う。
「旅をしているアイリスと言うものです。あなたが各地の伝説や伝承に詳しいと聞いたので少々うかがいたいことがありまして」
ほう、と彼女は目を細める。どうやら興味を持ってくれたらしい。
「ならこっちに来てくれ。座って話そう」
と、彼女は奥に歩いていく。ムラサキはその様子を見て少し安堵したように息を吐くと、
「なら私はこれで」
と去っていく。
彼女に案内されて奥についていくと、狭いスペースに一つのテーブルがある。そこには淹れたばかりの紅茶が置かれている。
「ついつい立ち読んでしまってね。紅茶の処理に困っていたところだったんだ」
彼女はそう言って椅子に座り、彼らも座るように促され席に着く。
「紅茶はセルフだ。あるだけなら好きなだけ飲んでもらって構わない」
「ありがとうございます」
「「ズズ~」」
「早!」
「仕方ないだろ喉乾いてたんだから」
「生き返る~」
早速飲んでいる男二人を見て、アニスは頭を抱える。それにヌルデはクスッと笑う。
「喜んでもらえて何よりだよ」
「すいません」
アニスは申し訳なさそうに頭を下げる。しかし思ったよりも社交的な人だ。
第一印象としては、口数が少なく、もっと偏屈な人だと思っていたのだが。
「で、何について聞きたいのかな?」
ヌルデはアニスの方を向き、再び目を細める。
アニスは気を取り直し、コホンと咳払いをすると、
「インテレッセ・ベルディーテについて聞きたいのですが」
「『魔法の始祖』『禁忌の魔女』について?」
「はい」
ヌルデは紅茶を一口含むと、
「てことはあんたらはヴォールから?」
「はい。幼い頃から旅というものを経験して見たくて」
「それはそれは。こんな時代に大変だろうに」
彼女はティーカップを置き、微笑む。
「いえ。想像よりは辛いものでしたが、一人ではないので」
と二人を見る。それにヌルデも、
「確かに、彼らとの旅は楽しそうだ」
絶え間なく紅茶を飲んでいる二人を見てクスリと笑う。
そして「さて、」とヌルデは切り替える。
「本題に入ろうか。インテレッセ・ベルディーテについてだね。具体的には?」
「彼女が今いると噂されている場所についてとかですかね。旅の途中で会ってみたいですし」
「ほう。彼女が生きているかは賛否両論。あなたは生きている派の人だね。実は私もだよ。だからここに引っ越してきたんだ」
「私は『マイネ・リーベ』という人の童話から興味を持ちまして」
「ほうほう。あの作家か。どちらかと言えばマイナーな方だね。魔女に生涯を捧げた人だね」
肘を突いて口の前で手を組むと、
「インテレッセ・ベルディーテはこの町で彼と出会い、しばらくともに暮らしていたが、ある日一緒に旅だったそうだ。それからの行き先は誰も知らない」
「え、じゃあ童話はどうやって」
「ひとりでに彼の家のテーブルの上に置かれていたそうだ。魔法でチョチョイとやったのだろう」
と、彼女は指をくるくると回して見せる。そして諦めたように肩をすくませ、
「よって場所は分からない。その各地でそれらしい話はあるが、目撃情報も曖昧で、見間違いも多い。中には目立ちたがって吹くやつもいるしね」
そうですか、と彼女は肩を落とす。
まあ予想はしていた。そう簡単に見つかるはずはない。が、やはり期待していた分ショックはある。
そんな様子を見てヌルデは紅茶を一口含み、
「そんなに彼女に会いたいの?」
「ええ。まあ、少し事情がありまして」
「ふーん。その口ぶりだとあんまり言いたくないようだし、深くは聞かないけど」
ん~、と彼女は何かを悩む。
それを見てアニスが尋ねる。
「何かあるんですか?」
「ん~、話はあるけど、確かかどうかって言われると自信ないしなーと思って。曖昧な情報でもいいならなくはないけど」
「教えてください! どんなことでもいいので!」
ヌルデの言葉を遮るように彼女は身を乗り出し、目を輝かせる。
それに彼女は驚くが、
「ちょっと落ち着いて」
と眼鏡をかけ直し、一息吐くと、
「隣の国『ケーラ』の有名な伝説。『魔剣の鍛冶屋』だ」
「ケーラの魔剣の鍛冶屋……」
ケーラ。
強国の中の一つで、鉄が獲れる鉱山が多くある国だ。
よって武器防具の生産が活発で、別名『鉄の国』とも言われている。
その地域で『魔剣の鍛冶屋』……
「中々物騒な名前ですね」
「ハハ、私もそう思うよ。その伝説は主に国の西側に広く伝わっている。数々の伝説に登場する勇者の剣、魔王の剣、炎の剣、雷の剣、龍殺しの剣、聖人殺しの剣は全てそいつが作ったとか、そう言った話もある。まあそれは噂が独り歩きした結果だと思うが」
「そんな伝説が……」
彼女は驚きに口を開け、また呆然としてしまう。それを見て、彼女はおかしそうに笑う。
「アハハ、そんなに真に受けなくていいよ。ただのおとぎ話の類じゃないか」
「え、ヌルデさんは信じてないんですか?」
彼女は紅茶を一口含むと、
「半々だね。信憑性のあるものもあるし、無いものもある」
だが、と付け足す。
「無いものは無いもので、もとになった何かがあるはず、と考えている。だから興味をそそられる、といった感じかな」
彼女はそう言ってクスクスと笑い、席を立つと、
「丁度今日は注文していた新しい本を受け取りに行く日なんだ。ついでに買い物もしようと思っていてね。どうだい? よかったらケーラまで送っていくけど」
「え、ケーラって。ここから歩いても一週間はかかるじゃないですか!」
ヌルデは自分のカップを持つと、
「裏に馬車があるんだ。留守はムラサキに任せているからね。それに向こうの方が良い本が揃っているんだよ」
それに、と彼女はふとあるところに視線の移し、
「新しい紅茶も必要かな?」
「え?」
アニスが見ると、そこには無遠慮に紅茶を飲みまくって、満足げにしている二人の男の姿があった。
アニスはそれを見てため息を吐き、
「……買い物に付き合います」
ということで、ケーラに向かう一行にヌルデが加わった。