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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第四章 『十字に仇なす怪物たち』後編
45/122

決戦!

 登場して、ビシィッ! と指をさしたアニス。

 それを見てレーエンはレイピアを抜き、


「何者だ?」


 落ち着きつつも、鋭い敵意を向ける。

 それに彼女は胸を張って、


「国王様に用があるものよ!」

「ハッ、奇遇だね。実は俺達もなんだ」

「ハッ、それはそれは。実は私たちもだよ」

「ハッ、で、そっちはどんな用なのかな?」


 そこで彼女が「ハッ」と鼻で笑ったところでカリオスは「めんどくさいよ」と止めに入る。


 そして一歩前に出ると、国王の方に向いて、


「国王様。どうか研究をやめてもらえませんか? 彼らもおそらくそれで来たのだと思うので」


 それにレーエンとトレラントは顔を見合わせて、


「まあ返答だけ聞こう」


 レーエンは肩を竦める。

 バンクはカリオスの言葉を聞くと、


「け、研究? 何のことだ?」


 それにトレラントは金槌を突き出し、


「とぼけんじゃねえ。俺らの同族を何人も使っただろう?」


 その目には殺意が灯っている。それを見てバンクは慌てるが、


「本当だ! 本当に知らないんだ!」


 首を振って否定する。

 まだ言うか、とトレラントは金槌を振り上げる。そこでバンクは「ひぃっ!」と悲鳴を漏らすが、何もしゃべらない。


「……本当に知らないようだな。トレラント、金槌を下ろせ、お前も片手じゃ辛いだろ」


 レーエンがそういうと彼は舌打ちして金槌を下ろす。だが、まだ納得していないようで、


「本当に知らなんだな?」

「あ、ああ……」


 バンクは首を激しく縦に振る。


「……となると他は……」


 レーエンがそう考えると、アニスが口を開く。


「王妃『シャオム・ネーベル』の方は?」

「……おい。王妃は前から怪しい行動をしていなかったか?」


 レーエンは彼女に対して反応せずそう聞くと、バンクは首を横に振り、


「シャオムが? 考えられない! 彼女は優しくて明るくて」

「そんなことは尋ねていない。少しでも彼女に怪しいと思うところなかったかと聞いて」

「カリオス! アニス!」


 レーエンが言い切る前に廊下の奥から声が聞こえてくる。それはレオンのものだ。

 彼には王妃の方に向かった。

 彼女らが振り返ると、彼はひどく慌てた様子で、


「今すぐ逃げろッ!! 『奴ら』が来る!!」


 その直後、彼が二人の前にした瞬間。

 異臭が廊下の奥から漂ってくる。


「レオン、臭いわよ」

「俺じゃねえ! いいから逃げるぞ!」


 と言った瞬間、曲がり角からその異臭の原因たちが溢れてくる。


 大量の異形の動物たち・・・・・・・・・・


「な、なにアレ!!」

「チッ! 来やがった!」


 レオンは二人を部屋の中に入れると、扉を閉めて鍵をかけ、


「アニス! 魔法で塞げ!」

「え、あ、はい!」

「早く!」


 と、彼女は短い詠唱の魔法を選び、唱える。


「『泥壁の魔法(マッドシェル)』!」


 魔杖を扉に向けるとそこから泥が飛び出し、扉に張り付く。


「そして続けて『乾燥の魔法(ドライ)』!」

「あ、干し肉作ったやつだ」

「よ、余計なこと言わないでよ! あ、気持ち悪く……」

「とはいえ扉は固まったな」


 レオンは泥で固まった扉を見て一安心する。

 そして振り返り、


「で、どういう状況だ?」

「いやそっちの方が大問題じゃないの?」


 カリオスはナイフをしまってレオンに状況の説明を要求する。

 レオンは自分が見たことを簡単に説明した。

 王妃様の部屋に王妃本人は居なかったこと

 王妃様の部屋からあの化け物が出てきたこと

 魔族らは一端退くと言ってどこかに行ってしまったこと

 以上の情報を聞いて、


「なら王妃で決定だろ」


 そのレーエンの考えに全員が同意する。

 バンクは頭を抱える。


「そ、そんな……彼女が……」


 その目からは悲しみの涙が零れる。


「お父さん……」


 リベルテはそれを見てそばに寄る。

 バンクは息子の心配そうな顔を見ると、少し笑い、


「……ありがとう」


 抱きしめる。


 そんな彼らを見て、アニスらは同情を感じる。

 そんな人間のことは無視して、レーエンは次の行動を考える。


「ということは、俺たちはエントランスに向かわなくてはならないな。トレラント、壁に穴を開けてくれ」

「待ってくれ!」


 そこに待ったをかけたのはバンクだった。レーエンはそれを無視したが、バンクは尋ねる。


「その、私の息子『リベルテ』と同じ顔をした子は・・・・・・・・……」


 それにレーエンは少し興味が出たのか、鼻で笑い、


実の息子・・・・の顔も忘れたか? それとも会う前に引き離されたか」

「な……何を言っているんだ?」


 バンクはその場から立ち上がり、


「お前は……何を言っているんだ!」

「人に訊いておいてその反応はないだろう。なあ、少年」


 それにレーエンは何も言わずその子の手を離してあげる。

 その瞬間、


「うっ……」


 バンクの腹部にナイフが刺さっていた。それは少年の手に握られている。


「嫌いだ……」


 少年は言葉を出す。

 少年はナイフを抜くと、


「何で捨てた! 何で捨てた! 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンナンデナンデナナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデッッッ‼」


 溜まっていた言葉を吐き出す。

 それを言う度に少年の瞳の怒りは沸き立ち、制御を失っていく。

 そしてもう一度ナイフを振り被り、


「嫌いだきらいだキライダッ!!」


 振り下ろそうとする。


「危ない!」


 カリオスはとっさにその手を掴み、抑える。が、少年は振り解こうと暴れる。

 バンクは少し吐血しながらも、傷を押えレーエンの方を見る。


「どういう……ことだ!」


 レーエンはしばらくバンクを見てからため息を吐くと、


「あんたの子供だよ。双子だ。出産のときになにか聞かなかったのか? 片方はお腹の中で死んでましたみたいなこと」


 それを聞いて、バンクは顔色を悪くする。どうやら思い当たる節があるようだ。

 バンクは改めて少年を見る。そして、震える声で、


「なら……ならあの子は……」

「そうなんじゃない?」


 とレーエンは興味がなさそうに肩を竦める。

 と、


「邪魔するな!!」


 そう少年が叫んだ瞬間、彼の背中がボコボコと波打ち・・・・・・・・そこから二本の青白い・・・・・・・・・・手が出てきて・・・・・・、カリオスを掴む。


「うわ!」

「邪魔だあああああああああああああああッ!!」


 腕を振ってカリオスを投げ捨てる。

 カリオスは壁に激突し、頭から出血する。が、意識ははっきりしているし、特に問題はない。


 ナイフを二本取り出し、構える。それを見て彼も標的をカリオスに変更する。


「殺す……」


 少年がそう呟くと、再び背中が泡立ち、更に六本の腕が出てくる。


 鉤爪かぎづめの付いた虎柄の腕、

 同じく鉤爪持ちの鱗の付いた三本指の腕、

 まだら模様の蜘蛛ような腕。

 それぞれが左右二本ずつ。


 そして髪の毛には所々に闇色が混じり・・・・・・、頭からは二本の捻じれた角・・・・・・・・が現れる。


 魔族のものだとカリオスはすぐに分かった。


 そしてそれが実験の結果なのだろうと全員が思っていた。

 これを少年と言ってもいいのだろうか。そう悩むほどの変身を遂げた『少年』は雄叫びを上げる。



『ゲオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』



 もはやその声は人間のものではなかった。

 様々な生き物を混ぜたようで、それでいてどれとも似つかないような、そんな『化け物』としか言いようのない、そんな声だった。


「ひどい……ひどすぎる……」


 アニスはその痛々しい姿を見て、思わず口を覆って涙を零す。

 カリオスも同情している。が、今はそれどころではない。

 少年はその奇妙な八本足で立ち上がると、


『ココココ殺ススススス!!』


 カリオスはそれを見てナイフを構える。

 と、


「今、楽にしてやるからな」


 レーエン・・・・はそう言うと、レイピアを振るう。が、少年は八本足を器用に使い、後ろに避け、同時に虎柄の手で反撃してくる。


「させるか!」


 トレラント・・・・・はその手に金槌を振り下ろす。と、彼は痛みを感じたのか叫び声をあげ、手を引く。


 二人はカリオスの横に来ると、構える。


 それを見てカリオスは疑問に思ったが、先にレーエンが言葉を放つ。


「あいつが人間ならそのまま放っておいて俺たちはすぐさま逃げる手はずだったが、同胞が混じっているなら話は別だ」


 と、レイピアを祈るように前に立て、構える。

 それと、と今度はカリオスの方を見て、


「お前、魔族だろ?」

「え……」


 『変化の魔法(トランス)』を見抜かれ、少し動揺するが、レーエンは首を振り、


「別にどうこうしようってわけじゃない。お前にも事情があるんだろう。が、俺達来ないか?」


 彼の目は真剣だった。そしてさっきまでバンクにしていたような冷たい目ではなく、とても優しい目をしていた。


 この人は、本当は優しい人なんだ、とカリオスは感じる。しかし同時に過去に人間と何かあったのだろう、という予測もできた。



 カリオスは首を振ると、


「申し訳ありません。僕には僕の旅の目的があるんです」


 まっすぐにレーエンを見返す。それに彼は優しく、しかし少し残念そうに、


「そうか」




『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』




 少年の雄叫びが二人の気持ちを切り替えさせる。



      ・・・



 少年は八本の手を翼のように構える。その視線はレーエンを見ている。


 トレラントはさっきの傷をアニスに直してもらっている。「人間なんかに」とかなり嫌がっていたが、カリオスが頼むと渋々受けてくれた。レオンはバックとリベルテを守っている。


 今、少年と対峙しているのはカリオスとレーエンだ。

 レーエンはレイピアを振るう。それは鱗の腕で防がれてしまう。


「チッ、硬い!」


 カリオスはその隙に後ろから回り込み、ナイフで切りかかる。

 それに気付いた少年は体を回転させ虎柄の腕を使って薙ぎ払う。それを受け止めようとナイフでガードする。が、


「おも、いッ!」


 思い切り弾き飛ばされる。何とか空中で体制を立て直し、床に着地する。がそこに蜘蛛の腕による刺突が襲い掛かる。

 それを横に転がって避けると、カリオスは再び前進し、ナイフを振るう。が鱗の腕に阻まれ攻撃が通らない。


 その反対側からレーエンは突きを放つ。が鱗の腕で防がれてしまう。

 二人は一端体制を立て直そうと合流する。


「あの鱗が付いている手が厄介だな」

「はい。ですが威力は虎柄の方が大きいです。蜘蛛の手は突き系の攻撃を出してきます」


 と、レーエンは少年を見る。


「あの人間の手は何だ?」

「今のところ使ってきませんね」


 そこでトレラントの治療が終わる。

 彼はアニスを見ると、


「……ありがとよ」


 ぼそりとそう言う。彼女はそれに対して胸を張って答える。


「どういたしまして!」


 彼はフッと鼻で笑うと、金槌を担ぐ。


「レーエン! 俺も参加するぜ!」


 とその横に並ぶ。これで三人。


「トレラント。あの鱗の手を攻撃して見てくれ」

「オーケー。他の腕は?」

「まずはあれからだ。もしかしたら鱗が剥がれるかもしれん」


 よし、彼は金槌を構える。


『ゲゴグアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 少年は叫び声をあげると、接近し、虎柄の両腕で三人を掴むように振るう。

 それをカリオスはジャンプして避け、二人は前に出てその間に入る。

 そしてレーエンはレイピアを突き出す。

 しかしそれは当然のように鱗の腕に阻まれる。そこでトレラントに交代し、彼は金槌を振り下ろす。


「うぉりあッ!」


 ガゴンッ、と重たい音がすると、金槌と腕が衝突する。その先は腕にめり込む。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 今度は甲高い悲鳴だった。しかしそれもどこか化け物じみている。


「よし! 通ったぜ!」


 そう言ったトレラントに蜘蛛の刺突が襲い掛かる。それをレーエンはレイピアで払う。


「油断するな」

「サンキュー」


 一端距離を取る。そこにカリオスは投げナイフを投擲し、それは少年の片目に当たる。

 少年はまた甲高い悲鳴を上げてその場に座り込んでしまう。

 鱗の腕の攻略法は見つけた。これで突破口が見えてきた。

 三人は武器を構え、呼吸を整える。

 が、少年の悲鳴が止んだかと思うと、


『――――――』 


 何かを呟き始める・・・・・・・・

 それははじめ、はっきりとは聞こえなかったが、まるで一気にいくつもの言葉をしゃべっているように聞こえる。そして次の瞬間、全身にゾクリと何かが走るのが分かった。


 そして彼は人間の両手を上に伸ばすと、



『『栄光の手』』



 その手首から上が真っ赤に燃え上がる。その瞬間、


「な、何だ!」

「体が動かねえ!」


 その部屋にいる全員の体の自由が奪われた。まるで透明な型にでも入れられているように、まったく動くことができない。


「アニス! この魔法は何!?」


 そう言ってカリオスは視線だけアニスに向ける。そ、彼女は顔を真っ青にして口を震わせていた。


「……あれは魔法じゃない……『(まじな)い』よ」


 『呪い』。失われた法。

 インテレッセ・ベルディーテが魔法を生み出す前にあった技術。今は魔法のせいで使われることはなくなったが、それ以前は死刑囚などを使って行われていたという記録が残っている。

 使用時には生贄を必要とし、詠唱に長い時間を必要とするが、威力や効果は魔法よりも大きい。

だが贄と時間を必要とすることから、魔法が出来てからは使われることはなくなった。


 アニスは魔法を勉強している途中でいくつかの呪いに出会っていた。


 その中の一つに『死体の手に蝋燭を立て、火を灯すとその部屋内の人の動きを封じる』というものがあった。


 今少年が使っているのはそれだろう。が、あまりにも異様すぎる。蝋燭の代わりに、直に手を燃やしている。それに、


「詠唱が短すぎる」


 そうなのだ。

 確かにこれは短い時間で発動するものだが、あまりにも短すぎるのだ。こんな一瞬で唱えられるようなものではない。


 それに関して、カリオスには思い当たることがあった。


「もしかして、同時にいくつもの詠唱・・・・・・・・・・をした・・・とか?」

「どういうこと?」

「彼の声、いくつも重なっているように聞こえたんだ。だからいくつかに分けて一気に唱えたんじゃない!」

「そんな……じゃあ……」


 アニスの頭には最悪の答えが浮かんでいた。


 呪いの即時発動

 加えて道具や技術を使わない単純な魔法の複数同時発動 


 そんな意味の分からないことが可能なのか。

 だが呪いができた以上、魔法の方も可能だろう。


 少年は叫び声をあげると、虎柄の腕を大きく振るい、カリオスとレーエンとトレラントを薙ぎ払う。

 身動きの取れない彼らはかわすことができず、そのままチリのように弾き飛ばされる。

 重たい一撃が、三人の脇腹に入る。その瞬間、喉から変に空気が漏れる。

 床に打ち付けられた瞬間、受け身がとれずその衝撃をもろに受けてしまう。


「くそ!! まだ動けない!!」


 カリオスは少年を見る。彼は口元に邪悪な笑みを浮かべると、もとから標的にしていたリベルテの方に向かっていく。

 その前にはレオンが立ちはだかっている。


「くっ!」


 彼は不愉快そうに顔をしかめる。少年は虎柄の手で彼を掴むと、まるでゴミを片付けるとようにカリオスらと同じところに投げる。そして再びリベルテの方に向き直る。目が合い、リベルテは小さく悲鳴を漏らす。


『お……まえ、サエい……ナケレバ……』


 少年は目を伏せ、ゆっくりと歩いていく。少年の方を見て、片目は怒りをたぎらせ、片目からは血の涙を流しながら、


『オマエ、が……サキニう……まれ、タ……から……』


 たどたどしく、『人語』を思い出すように口を開き、言葉を発する。


『だカらボクハ……こんな体に……』


 そして彼の目の前まで来ると、



「ズルい!」

「「!」」

「ズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいズルいッ!!」



 少年は顔を上げる。そこには人間としての彼の顔があった。口をへの字に曲げて涙を流す、名も無き少年の顔が。


 泣きじゃくる幼い子供の顔が。


 その声はさっきまでの色々なものが混じった怪物じみたものではなく、少年としても声のものだった。


 少年は虎柄の腕を振り上げると、


「嫌いだああああああああああああああああああッ!!」


 リベルテに向かって振り下ろす。

 誰も動けない。

 幼いリベルテの体は剛腕の鉤爪の餌食になる。


 誰もがそう思った瞬間、


「開け! ごまああああああああああああっ!!」


 入口のドアが吹っ飛んだ。乾燥した泥と一緒に、大量の『何か』の死骸が転がり込んでくる。それに反応して、少年の動きがピタリと止まる。そして入り口の方を見る。


「お、やっぱり苦戦してたみたいだ!」


 ブリッツはそう言って笑う。そして部屋の中を見回して少年を見つけ、にやりと笑みを浮かべる。


「ちょっとブリッツ暴れ過ぎなのよ! クレマシオンさんみたいにきれいに捌けないの?」


 と、文句を言いながらクランが入って来る。そしてその後ろの廊下からは、


「切っても切ってもキリがないのう」

「文句言ってないで切ってってくださいよ」

「分かったっとる! 分かっとるからわしに矢を撃つのをやめんか!」

「クレマシオンさんが全部倒すからやることがないんですよ」


 何てクレマシオンとリュゼの会話が聞こえてくる。


 ブリッツは刃を構えると、


「クラン。お前はレーエンとトレラントの怪我を治してろ。あいつは俺が殺る」


 そう言われ、彼女は部屋を見回すと、壁に凭れかかっている二人が目に入り、ぎょっとする。


「だ、大丈夫ですか!」


 慌てて駆け寄り容態を確認する。そしてその横のカリオスに気付く。


「彼も一応治してやってくれ」

「え……はい」


 と、彼女は詠唱をはじめ、


「『大回復の魔法(グランデ)』」


 魔杖を向けると、レーエンを中心に半球状の回復エリアが発生する。少年が一か所に集めてくれたおかげで、その中にレオンも入ることができた。


「ありがてえ」

「チッ、最悪ね」


 彼女はそう言いながらも治癒をしてくれる。


 その間にレーエンは少年を熱いバトルを繰り広げているブリッツに叫ぶ。


「ブリッツ! その燃えている腕も含めて人間の手を全部切れ!」


 どうやらあれは後から部屋に入ってきた者には効果がないらしい。


「了解!」


 と、言うとブリッツは虎柄の腕を体制を沈めてかわし、『疾風の雷光』で急接近して、燃えている手を切り落とす。


『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「うるせえ」


 そう言って顎を蹴り上げ、距離を取る。そしてもう一度接近してもう一方も切り落とす。そしてそのまま少年自体の腕もいっぺんに切り落とす。


「よし。これで全部だってうお!!」


 と、そこで油断し、彼は虎柄の腕に掴まってしまう。


「ああああああああ離せええええええッ!!」

「何をしとるんじゃい」


 その腕をクレマシオンが長刀を振るって切り落とす。ブリッツは腕ごと床に落下し、うめき声を上げる。


「大丈夫かの?」

「いててて、ああ。サンキュー」


 と、そこに鱗の腕が迫ってくる。それを動けるようになったトレラントが金槌で殴り上げ、弾き返す。


「サンキューのう」

「あの鱗には斬撃系の攻撃は効かない。やるなら打撃だ」

「オーケー打撃だな」


 ブリッツは腕を外して立ち上がると、ナックルダスターを適当に放り投げ、素手に切り替える。

 稲妻を纏うと彼は突進し、回し蹴りを放つ。


 少年はそれを鱗の手で受けようとするが、彼の蹴りはさっきトレラントがつけた傷のところに当たり、その部分の鱗が完全に剥がれ落ちる。


 衝撃を完全に消しきれなかった少年は少しよろめき、そこにクレマシオンが鱗のない部分に長剣を振り、その腕の手首から上を切り落とす。


 少年が痛みに悶えているところに、今度は根元から潰そうとトレラントは近づき、金槌を振る。が、それに合わせて少年は蜘蛛の手の刺突を繰り出し、受け止め、もう一方の蜘蛛の手の刺突で反撃する。


「危ないのう」


 クレマシオンは回り込むと、根元からその腕を二本とも切り落とす。そしてトレラントはもう一度振り被り、鱗の腕を二度叩き、鱗を剥がす。


「クレマシオン!」

「あいよ!」


 彼の振った刀は見事に命中し、鱗の腕は根元から落ちてしまう。

 少年の腕で残っているのは虎柄の右腕一本と鱗の左腕一本。


「あっという間に減っちまったな。あれ? 俺の獲物どこ行った?」

「はい。これでしょ」


 ブリッツがあちこちをキョロキョロと見回していると、クランがナックルダスターを持ってくる。


「あ、お前が隠し持ってたのか!」

「あんたがさっき投げ捨てたんでしょ!」

「仲がええのう。羨ましいわい」

「「誰がこんな奴と!」」

「ハモってますね」


 入口の方からリュゼがやってくる。どうやら雑魚は全て片付けたようだ。


「さて、これで全員か」


 レーエンが揃い、これで全員。アニスはそのことに驚き、


「ろ、六人! たったそれだけでここまで来たっていうの!」

「まあ今の戦闘見てりゃあそれも納得できるけどな」


 レオンは横腹を押えて苦笑いをする。まだ少し痛むようだ。

 レーエンは彼女らを無視し、戦闘に入る。


「トレラントとクレマシオン、あとブリッツで鱗の腕を。止めは俺がさす」

「え~俺一人じゃねえのかよ」

「文句を言うな。まずわしらで鱗を切り落とすぞ」

「よし。根元を狙うぞ」


 と、三人は構える。

 次にレーエンはリュゼとクランの方を向き、


「二人は後方支援だ」

「はい!」

「はーい」


 クランは元気よく、リュゼは少し伸ばして返事をし、距離を取る。レーエンはその場でレイピアを構えると、戦闘が開始される。


 まずブリッツが突っ込み、ひじ打ちを少年の胸に入れてバランスを崩すと、すかさずトレラントは背後に回り込み、根元に一撃を与える。

 そこに流れるようにブリッツが回り込み、拳でそこを砕く。


「いってえッ! 流石に手はいてえな!」

「お前はようしゃべるのう」


 とクレマシオンが一撃。それで鱗に腕は一瞬で分離させられてしまう。そこに虎の腕を振って反撃するが、


「「『貫通の竜巻(ヴィントホーゼ)』!」」


 それをクランの魔法で強化した螺旋状の太い矢が打ち抜き、その腕がねじ切れる。

 少年の腕は無くなった。

 しかしそれでも少年の目からは狂気がなくならず、腕がなくなった彼はレーエンに噛みつこうとする。


 彼はそれに対して何も言わず、何もしなかった。


 少年は彼に噛みつく。

 しかし、出血がひどいのか、まったく力を感じない。


 それでも少年は必死に噛みつく。噛み千切ろうと顔を振る。

 が、それはただ虚しさが増すばかりだ。


 レーエンは目を瞑り、祈りを捧げる。そして、



「今。解放してやる」



 レイピアを振った。

 それは少年の首を切断する。

 完全に息の根が止まった。



 その時、バンクは見た。


 レーエンの言葉。

 それは誰に言ったのか。


 少年に言ったのか、少年の中の魔族に対して言ったのか。


 しかし、その言葉を聞いて切り落とされる瞬間。少年はこちらを見た。


 その顔は涙でくしゃくしゃになっており、こちらに助けを求めているように見えた。


 バンクは動けないまま少年の首は刎ねられ、床に転がる。

 その落ちる音を聞いた瞬間、彼の体の拘束は解け、彼は走り出す。そしてその落ちた首を抱き締める。


「『トロイ』ッ‼」


 それがその子の名前だった。それがその少年の名前。

『トロイ・ネーベル』


「ああ、そんな……トロイ!! トロイいいぃぃッ!!」


 バンクはその首を強く抱きしめ、泣いた。

 そして何度も何度もその名前を呼んだ。


 その部屋に悲しみの空気が流れる。

 そんな中、レーエンはレイピアをしまうときびすを返し、


「行くぞ」


 と言って入り口の方に行く。それにブリッツが声を掛ける。


「あれ、殺さなくていいのか?」


 その言葉にアニスらが反応する。レーエンは入り口のところで振り返ると、


「興が冷めたよ。獲るのは王妃の首にしよう」

「なら彼女の部屋に抜け道っぽいものがありましたよ。そこからあの気持ち悪いのがうじゃうじゃ出てきたんですけどね」

「よし。ならそれでいこう」


 と彼らは部屋から出て行く。

 こうして、この誰も救われない、悲惨で凄惨な戦いは幕を閉じた。


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