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少年カリオスの冒険の書  作者: 梅雨ゼンセン
第四章 『十字に仇なす怪物たち』後編
43/122

エントランスホールにて

「怯むなッ!! 敵は二人とゾンビだけだ!!」


 エントランスホール。

 客人をもてなしとその建物の格を決めるともいわれる場所。


 普段は使用人たちにより、きれいに、埃一つなく掃除されている。


 そんな清潔感溢れる場所には今、

 腐臭と鉄錆の匂いが満ちていた。


「その二人に圧倒されてるのはどこのどいつだあ?」


 ブリッツは中央付近で刃を振り回し、周囲の敵兵を薙ぎ倒していく。

 そして入り口のところでクランは銃を構えている。


魔銃(マギードロップ)


 回転式狙撃銃(リボルビングライフル)の形をしたそれは、特定の魔弾を込めて射出するとその魔法が発動するというものだ。

 もちろん、魔力を込めるだけでそれを弾として出すこともできる。

 製品版が発売されたのは最近だ。そのため高価なものが多い。


 よって、開戦前に店から拝借した。


 彼女は膝立をした状態で照準を敵兵に合わせると、引き金を引く。

 ズドンッ、と音が鳴り、ほぼ同時にその兵士の頭が吹き飛ぶ。


「いった~い!」


 そんな戦場にふさわしくない声を上げるクラン。

 引き金から手を離し、誰にでもなく痛みを訴える。


 反動は魔力の大きさに比例する。その調整は本人が行わなければいけない。

 威力が有り過ぎてもダメで、なさ過ぎてもダメ。


「難しいなあ……」


 と呟き、彼女は再び銃を構える。

 と、どうやら兵士の数が少なくなってきたようだ。


 そのことに気付いた彼女はポケットから一発の弾丸を取り出すと、それを装填そうてんし、


「ブリッツ! 天井までジャンプして!」

「は? ってお前まさか!!」


 察したブリッツは『疾風の雷光(エレクトロン)』を発動し、天井まで瞬時に跳ぶ。

 その瞬間、彼女は撃鉄を起こしながら立ち上がると、


「『迅風の大鎌(トーベンゼンゼ)』。キャッ!」


 右手に持った銃を思い切り突き出し、引き金を引いた。

 ズドンッ、と腹の芯に響くような音と同時に、彼女の体は大きく後ろに飛ばされ、銃を落としてしまう。


 一方、エントランスにはそよ風が吹いた…………だけで、撃たれた方には何も変化は見られなかった。


 撃たれたかと思った兵士たちは一瞬自分たちの体を確認するが、何も変化がみられないので入り口の尻餅をついている彼女を仕留めようと襲い掛かろうとする。


 が、そこで気付いた者もいた。


 ゾンビたちが動きを止めていた。


 そして次の瞬間、ゾンビたちの上半身と下半身を分け・・・・・・・・・・るように切り口が入り・・・・・・・・・・、地面に崩れる。


 そして同様に兵士たちも・・・・・・・・


「な、なんじゃあこりゃあッ!!」


 両断。

 あちこちで人体が上下に二等分され、真っ赤な噴水が出来上がる。


 ブリッツはようやく下りてきて、彼女の前まで来る。

 クランは地面にしりもちを突いており、自身の右手を見ていた。その手首は青く変色しており、ひどく腫れている。


「おいクラン、お前その手……」 


 それに気づいて驚くブリッツに、彼女は笑って誤魔化す。


「アハハ、やって見たかったんだよね」


 それを見て彼は何か言いたげだったが、ため息を吐いて、


「まあいい。それよりその銃、壊れてないんだろうな?」

「え!? 私より銃の心配!?」

「うるせえ! どうせお前に何言っても無駄だろうが!」

「ひどい! 人をどこかの能無しブリッツみたいに!」

「おいてめえ。後で覚えとけよ?」


 などと話していると、カシャン、とエントランスホールの奥から音が聞こえる。

 その音の方を二人が見ると、


「いや実に素晴らしい。まさにこちらの望んだままの展開だ」


 奥の階段から悠々と下りてくる男が居た。

 彼は辺りを眺めると、何度か頷き、


「どうやら本当に息のあるものは居ないようだね。本当に君たちは優秀だ」

「あ? 誰だてめえ?」


 ブリッツは立ち上がるとナックルダスターを構える。

 それに彼は笑って応対する。


「しかし少し早すぎたかな? もう少し時間をかけてもよかったんだけど」

「何へらへらしてやがんだよ!」


 次の瞬間、彼は『疾風の雷光(エレクトロン)』を発動し、一気に懐に入ると、右手の刃をアッパーカットの容量で突き出す。


 が、


「これは失礼」


 男は半歩退き、首を後ろに反らして攻撃をかわす。

 そして同時に腰の広刃剣(ブロードソード)を抜きざまに振るう。


 ブリッツの首狙いで放たれた攻撃。

 彼は油断して大振りなっていたため、その攻撃をかわせない。

 よって左手の刃で防ぐ。


 が、それにより両手を挙げた状態になり、腹部ががら空きになる。


 その隙を逃さず、男は腹部に蹴りを放つ。


「しまッ!! うぐっ―――!」


 ブリッツはそれをもろに食らってしまう。彼の体はふわりと浮かび、一メートルほど飛ばされる。まるで子供に遊ばれる道端の小石のように。


「ゲホッ!! ゲホッ!!」


 地面に背中から着地し、衝撃でむせてしまう。吐血は今のところない。


「……のやろう」


 ブリッツは再び立ち上がり構える。今度は警戒心を膨らませて。

 しかし、野生の獣よりも人間離れした狂気の色が瞳から消えることはない。


 それを見た相手は鼻で笑う。


「その目を見ると、さっきの反応速度にも納得してしまうよ。君は目というよりも勘が鋭いようだ」


 ブリッツは答えない。

 再び稲妻を身に纏い、突進する。


 今度は跳び蹴りを繰り出す。が、彼は少し横に避け、その足を持って勢いを利用し、階段に叩きつけようとする。


「やべッ!!」


 ブリッツは不安定な体制から思いっきり左足を振り上げ、持っている手を蹴りあげる。

 その男の手からはメキメキ、と嫌な音がする。


「がぁッ!!」


 痛みに顔をしかめ、男は手を離す。


 ブリッツはそのまま階段を足場に再び跳躍すると、彼の首を掻き切りに行く。が、彼は剣で、それを防ぐ。


「チッ!」


 舌打ちしてブリッツは階段の上まで距離を取る。

 その位置から見ると、この階がどれだけ異質な場所と化しているか、ありありと分かるのだが、彼の目には一人の男しか映っていない。


 ブリッツは次の手を考え、構える。


 それを見た男はやれやれと肩をすくめる。


「馬鹿と煙は高いところが好き。あなたは礼儀というものを知らないようですね」

「誰が馬鹿だ! ていうか、お前誰だよ! 何もんだてめえ!」


 それを聞いた彼は、思い出したように謝り、


「これは失礼。まだ名乗っていませんでしたね」


 と剣をしまうと、一礼する。


「私の名は『クロウ』。王妃様の近衛兵をしております。以後お見知りおきを」



      ・・・



 T字路のところに三人は来た。その時一行が見つけたものは、

 三つの弓兵の死体。

 左側の大穴。


 そして右側の、

 大量の―――――死体


 その瞬間、カリオスの中で何かが崩れる音がした。


 溢れんばかりの、濃密で、生臭い鉄錆の匂い。


 床から壁から天井まで真っ赤に染まっており、そこには体をきれいに両断された死体がばら撒かれたように転がっている。


 これが、先ほどの魔族たちの手によって行われたことは明白だった。


 カリオスは自分の中から何かが抜け落ちていくのを感じた。脳内が一瞬空白になり、意識が朧気になり、視界がぼやけるが、慌ててそれを持ち直し、現実を見る。


 これが、彼らなのだと。


 カリオスは大事な栓を閉め、何とか踏みとどまる。


 レオンは職業柄と言うものなのだろうか。それと前に接触もしていたことから、顔をしかめ、ひどく不愉快な顔をしているが、それだけにとどめている。


「あ…ああああ……」


 カリオスの隣で、ドサリという音がした。

 カリオスが即座に視線を向けると、アニスが腰を抜かしていた。


「アニス!」


 カリオスがしゃがんで抱き上げる。


「ありがとう……ごめん。やっぱり魔術じゃないのは、だいぶ違うわね」

「大丈夫? 立てる?」

「……ちょ、ちょっと……無理みたい……」


 彼女は何度が立とうと試みるが、力が入らないようだ。

 レオンはその状態を見て、


「ならカリオスに負ぶってもらえ」

「えええええええええええッッッ!!」

「え?」


 驚き、顔を赤りんごにして取り乱しているアニス。その隣でカリオスは不思議そうに首を傾げてカリオスを見る。


「何でそんなに驚いてるの?」


 カリオスはアニスに聞く。

 それにアニスは顔を真っ赤にし、


「え、だって、男の子に背負われるとか……」

「え? 村の時は普通に背負ってたじゃないか」

「あ、ああああの時は意識が朦朧としてたから!」

「いやぁ、青春だね~」

「ちょちょちょちょっとレオン!」


 レオンはにやけ顔でアニスの方を見る。

 アニスは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。が、背負ってもらう以外に移動手段はないようだ。

 彼女は最後まで躊躇いながらも、カリオスの背中に収まった。


「じゃあ行くよ。いいアニス?」

「……うん」


 彼女は顔を赤らめ、小さく頷く。


 これが血だまり直前での出来事であった。

 彼らは凄惨な血の海を超え、魔族らを追う。幸か不幸か、かなりの血の多さだったため、彼らの足跡が城絨毯の上にしっかりと残っていた。

 カリオスらは絨毯で自分たちの血を拭くと、その足跡を追う。



      ・・・



「大したことないなあ」


 レーエンたちは廊下を走る。


 最初のT字路で殺すつもりだったのか、兵士の数は徐々に少なくなっている。

 クレマシオンは刀を血振りして納める。


「何かの作戦の可能性はないのかのう」

「なら城ごと壊すか?」


 トレラントは金槌を担ぎ、自慢げに鼻を鳴らす。

 レーエンは掴んでいた少年を離し、


「どうでもいいけど。いちいち捕まえなくちゃいけないって面倒だな」


 そんな言葉を無視し、少年は走り出す。そのあとを追う。

 彼は曲がり角を曲がったところで大きなドアを見つけ、その中に飛び込む。その瞬間、


『きゃあああああああッ!!』


 甲高い悲鳴が中から聞こえてきた。

 その部屋の中央には長机があり、食堂だと分かる。そしてその中には、たくさんの使用人が居た。


 だが、王や王妃の姿は見られない。


「モブばっかりですね」


 リュゼはクロスボウの構えを解き、中を見回す。

 レーエンはその状況を見て、


「おい使用人ども。王はどこだ?」


 その質問に全員が口を噤む。それに彼は嘲笑し、


「ハッ、えらく形になった忠誠心じゃないか。胸糞が悪い」


 と、リュゼに合図し、


「一番右の奴」

「は、はい!」

「王の場所を吐け。でないとその隣の男を殺す」

「そ、そんな!」


 その言葉を聞いたリュゼは、照準を左側に居た男にあわせる。レーエンは入ったときに彼女らが手を繋ぎ、身を寄せ合っていたのが見えた。特別な関係とまではいかなくても、それなりに大事な人であることには変わりないだろう。


 クロスボウの無慈悲の矢はいつでも発射可能だ。


 女性は動揺し、目の焦点が合っていない。どうやら脅しのせいで思考が空白になっているようだ。


「おーい」


 レーエンは少し落ち着いた様子で声を掛ける。それに彼女はハッと我に返る。そこで彼は、今度は笑顔を作って声を掛ける。


「早くしてくれないかな」

「あ、え、あ……」


 彼女は口をもごもごと動かす。それに隣に男が反応する。


「やめろよ! 俺のことは構うな!」

「でも話さなかったらあなたが!」

「口論始めちゃいましたよ?」

「仲がいいのは結構じゃが、時間が惜しいのう」


 と、クレマシオンは刀に手をかける。


「女。早くしてほしいのう」


 それに反応した彼女はビクッと体を痙攣させ、クレマシオンの方を見る。が、彼女はまだ迷っているようだ。

 それにトレラントはため息を吐き、


「なら他の全員を殺してしまえば、この女も黙る理由がなくなるだろ」

「あ、それに賛成です。レーエンさんいいですか?」


 それに彼は面倒臭そうにため息を吐き、


「お前撃ちたいだけだろ?」

「ご名答です!」


 と彼女は照準を合わせ、


「というわけで『必中の雨粒(エアモルデン)』!」


 十本の矢が発射される。生物的な軌道を描き、それは対象の頭、喉、心臓に刺さり、息の根を止める。

 これで使用人の残りはざっと見て三十人。


『きゃああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!』


 先ほどよりも大きな悲鳴が巻き起こる。が、それを無視してリュゼは次の矢を装填する。

 そこでレーエンは彼女を止め、再びあの女性に話かける。


「話してほしいな」

「ば、バンク・ネーベル様とシャオム・ネーベル様はそれぞれ自室に居られると思います!!」


 女性は顔を真っ青にして、早口でしゃべる。

 それを聞いたレーエンは振り返り、


「ならここで班分けだ。クレマシオン。リュゼ。お前らは王妃の部屋に行ってくれ。道が分からないだろうからこの女を連れてけ」


 と彼は親指で女性を指す。それに彼女は「ひッ!!」と声を漏らす。それに隣に居た男が声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 連れていくなら僕を」

「殺すぞ?」


 レーエンが言った言葉はそれだけだった。振り返りざまに一言。それだけ言うと彼は女性を掴み、クレマシオンに渡す。


「おいリュゼ。弾の無駄だ。それ以上撃つなよ」

「はーい」


 彼女は少し不満げにクロスボウを下ろす。そして一行は部屋を出て扉を閉める。


「ま、待ってくれ!」


 閉まる前にさっきの男の声が聞こえてきたが、彼は無視する。


「待ってくれッ!!」


 彼はその場で立ち上がり、手を伸ばす。が、それだけだった。

 扉は閉まり、中との景色は遮断される。

 さて、とレーエンは全員を見回し、


「集合はエントランスだ。では各自健闘を祈る」


 そして一行は別れた。


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